公益社団法人日本都市計画学会 都市計画論文集 Vol.48 No.3 2013年 10月 Journal of the City Planning Institute of Japan, Vol.48 No.3, October, 2013

6. LRT プロジェクトの成立要件に関する事例考察 - スペインにおける事例調査に基づいて - A Case Study of Requirements of LRT Project - Based on a Field Survey in -

伊藤 雅*・塚本 直幸**・ペリー 史子**・波床 正敏**・吉川 耕司** Tadashi Itoh*, Naoyuki Tsukamoto**, Fumiko Perry**, Masatoshi Hatoko** and Koji Yoshikawa**

In Japan, the merit of installing LRT (Light Rail Transit) is well known, however the introduction of LRT to urban areas is not making progress. To study effective strategies of LRT adaption, field surveys were conducted at cities where LRT systems were placed in Spain with data collection of urban characteristics adjacent conditions, accommodating spatial conditions, effectiveness of service and project management. This paper aims to clarify the specific requirements to make LRT adaption possible. The results indicate, beyond the need for middle range transportation systems, the importance of the following: potential contribution to inner city revitalization, environmental concerns, land use conditions and spatial composition needed by adjacent businesses.

Keywords: light rail transit, public transportation planning, project evaluation LRT, 公共交通計画, プロジェクト評価

1. はじめに 路空間の再配分を避けて通ることはできないが、この数十 近年わが国でも欧州諸国の事例にならって、路面電車を 年、 わが国のモータリゼーションの進展と道路整備の進捗 近代的・システム的に発展させた LRT (Light Rail Transit) と とが一体不可分のものであったため、 市民の側にも、「道 呼ばれる中量輸送システムが注目されている。LRT は、こ は車のもの」という意識がきわめて強く、道路空間を車か れまでの路面電車の良さを生かしながら、走行性能や走行 らLRT に譲り渡すことには強い抵抗がある。また計画・事 環境を大幅にグレードアップさせた次世代型路面電車シス 業主体である行政の側にも、LRT 整備に関しては前例がほ テムである。大量輸送の地下鉄などよりも建設費が安く、 とんどないため、LRT 開通が地域や交通に与える影響を十 少量輸送のバスよりも定時性に優れ、人と環境にやさしい 分に説明しきれないこと、関連する都市開発、産業振興、 システムであるといわれている。「路面電車」という表現が 交通施策、各種補助・支援などの政策を、市民に対して具 交通手段のひとつを示すのに対し、「LRT」は路面電車の特 体的に提示しきれていないことなどの課題を抱えている。 徴を生かしながら、車輌だけでなく、路線・運行面、まち LRT整備に関わる社会的合意が十分に形成されていない づくりとの関連性まで含めたシステム全体をさすことが多 わが国の状況を改善するためには、海外の成功事例等に基 い。 づいて、LRT の整備効果、財源問題、導入空間デザイン、 欧州諸都市では、トランジットモールと呼ばれる都心地 都市の活性化や環境保全に果たす役割等の個々の項目につ 域内から自動車を排除し歩行者と路面電車のみが通行可能 いて、客観的データ等に基づきながら広く紹介することが な区域を設定して、斬新なデザインの LRT 車体ともあいま 重要である。また、わが国での LRT 事業の前例の少なさか って快適な歩行空間を形成し、都心地域の交通問題の解決 ら政策担当者を含めて啓発活動を進めることも必要不可欠 と活性化に大きく寄与している。このことから、都市交通 である。 問題と都心活性化の切り札としての LRT への期待は高ま こうした観点から既存調査研究について概観すると、欧 り、世界中の多くの都市で次々と開通しているが、我が国 米でのトラムの事例紹介 3)やLRT 導入による交通機能面で では 2006 年に富山市で第一号が開通したのみである 1)。全 の整備効果のモデル分析 4)といったものは数多く存在する。 国 70 余りの都市で、LRT の計画・構想・要望等があるが しかし、即地的・個別的な現象面からの考察はあっても、 2)、いずれにおいても具体化に向けてなかなか進んでいない 都市特性や社会的合意形成の視点から LRT 事業の成立可 のが実情である。 能性について分析したものは少ない。とりわけ都市交通問 各都市の計画・構想・要望が大きく前進しないのは、個々 題解決と都市活性化の切り札としての LRT の意義は十分 の都市の実情に応じた様々な理由があろうが、一般論とし 知られるようになり、前述したように多くの都市で LRT の ては、財源、軌道運営、導入空間整備等の LRT 整備に関わ 計画・構想が立ち上がってはいるが、LRT が持つ都市公共 る社会的合意が十分に形成されていないためと考えられる。 交通としての特性から考えて、LRT 事業の成立可能性が低 特に LRT は、道路上に軌道を敷設するという形態を取る以 い都市も多くあるのではないか、というのが筆者らの問題 上、すでに過密なまでに自動車利用が進んでいる都市の道 意識である。

* 正会員 広島工業大学(Hiroshima Institute of Technology) **正会員 大阪産業大学(Osaka Sangyo University)

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研究方法の観点から見ると、LRT 事業の前例がほとんど 表-1 調査対象都市一覧 ないわが国では過去データに基づいた帰納法的なモデル分 人口 路線長 現地 析が極めて困難であり、行ったとしても推計された整備効 都市名 (万人) 開業年 備考 (km) 調査日 果の妥当性に関する市民からの理解・信用が進まず、社会 [2010年] バレンシア 75 1994 20.7 2011.9.13 地下鉄あり 的合意形成上の課題となっている。 アリカンテ 33 1999 52.4 2011.9.14 こうしたわが国の現状に鑑みると、LRT 事業成立要件を ビルバオ 36 2002 4.8 2012.8.30 地下鉄あり バルセロナ 162 2004 29.2 2011.9.15 地下鉄あり 都市特性との関連で抽出し、LRT 計画構想のある都市の特 ベレス・マラガ 8 2006 4.7 2011.9. 9 2012年休止 性に応じた適切な計画内容と計画プロセスを示すことが重 マドリッド 326 2007 27.8 2011.9.12 地下鉄あり パルラ 12 2007 8.3 2011.9.12 要となる。筆者らの LRT 導入計画に関わる経験から、LRT セビーリャ 70 2007 2.2 2011.9. 8 地下鉄あり 事業が成立する客観的条件は次の 5 つが重要であるという ムルシア 42 2007 11.0 2011.9.14 仮説を立てた。なお、仮説抽出プロセスは参考文献 5)に詳 ビトリア 24 2008 9.0 2012.8.31 ハエン 12 2011 5.0 2011.9.10 2011年休止 述しており、本研究では仮説抽出を主眼にしたものではな サラゴサ 67 2011 12.8 2011.9.16 く、この 5 つの視点から現地調査を敢行した結果を示す。 グラナダ 24 工事中 15.9 2011.9.11 (1) 適切な事業収入を確保できるだけの都市規模や都市構 バレンシアの都市内鉄軌道網は地下鉄路線と路面電車を 造 組み合わせてネットワークを形成している。地下鉄路線は (2) 沿線開発、都市再生・活性化、環境改善等 LRT の整備 3 系統あり、都心から南北方向および東西方向を結ぶ基幹 効果が見込める所 路線として整備されている。 (3) LRT を通すにふさわしい街並みと通りの存在 LRT は 4 号線が 1994 年にスペイン最初の LRT として整 (4) LRT を収容できる交通空間(通り、駅前広場)の存在 備され、郊外部を東西に結ぶ 9.7km が最初に開業した。こ (5) LRT 運営の受け皿となる既存鉄道・軌道事業者等の存在 の路線はもともと 1990 年まで鉄道線として使われていた 本研究は、実際に LRT 事業が成立しているものと、成立 敷地を LRT に転用したものである。その後、東側の沿岸部、 していないもの(事業を開始したものの休止に追い込まれ そして西側の郊外部へと延伸され、2005 年には 15.7km の たもの)の双方が存在するスペインの事例に着目して、そ 路線となった。2007 年には 6 号線が開業し、4 号線の一部 れらの都市特性を踏まえて LRT 事業の成立可能性につい と共用する形(6.1km を共用)で 10km の路線系統を形成 て検証しようとするものである。ここでは、2011 年から している。また、延長 1.2km の 5 号線の末端部分とも路線 2012 年にかけて、スペインの島嶼部の都市を除く全ての を共有する形となっている 7), 8)。 LRT 路線(12 都市 14 路線)について実施した文献調査及 (2) アリカンテ(Alicante) び現地調査に基づいて、前述した成立要件の仮説に基づい 2 番目に開業したのが 1999 年のアリカンテで、都市近郊 た考察を試みる。おそらく日本では初の事例紹介となる都 地域を結ぶ路線として現在では 52.4km の路線網となって 市もいくつかあると思われ、わが国の今後の LRT 整備に有 いる。 用な知見が得られるものと考えている。 1999 年に最初のトラムが現在の Puerta del Mar(4L 系統の 終端駅)と Albufereta 駅の間約 3.5km で試行的に運転され、 2. スペインにおける LRT 整備の動向 一部区間は内燃運転の鉄道線と軌道を共用した。この運行 世界の新設 LRT 第 1 号は 1978 年に開業したカナダのエ の成功を受け、Alicante-Benidorm-Altea 間にトラムを運行す ドモントンと言われているが、それ以降 163 路線(2012 年 るプロジェクトが開始された 8)。 末現在)が整備されている 1)。この中で、整備路線数が最 2003 年8 月、Puerta del Mar とEl Campello 駅(現在の L3 も多いのが、フランスの 28 路線で、次いでアメリカ合衆国 系統の終点)間でトラムが運転され始めた。2007 年5 月に の 26 路線、そしてスペインが 15 路線と、スペインは実は は中心市街に伸びる地下線区間を含む区間が開業、同年 6 世界でベスト 3 に位置する LRT 先進国となっている 6)。 月には支線である L4 系統が開業している。同年 6 月、El 筆者らは、2011 年 9 月および 2012 年 8 月に、スペイン Campello から Creuta まで延伸し、郊外部で 100km/h 運転で 国内の既開通 LRT 路線のうち、カナリー諸島にあるテネリ きるトラムトレインにより、乗り換え無しで 40 分あまりで フェを除いたスペイン本土の 12 都市 14 路線全ての現地調 運転されるようになった。2008 年 6 月、L1 系統がさらに 査を実施した(表-1)。これに加えて、整備中であるグラナ Benidorm まで延伸開業し、それまで L9 系統との乗換駅が ダについても調査を行った。まずはスペインの各都市の Creuta 駅であったものが Benidorm 駅に変更されている。こ LRT 整備の概略を開業年の時系列順で紹介する。 れにより中心市街から Benidorm まで 30 分毎にトラムトレ (1) バレンシア(Valencia) インが運転されるようになった。なお、アリカンテはスペ スペインで最初に新規の LRT として開業したのは 1994 インで最初にトラムトレインを運行した都市である 9)。 年のバレンシアで、郊外部の開発地域の路線として最初の (3) ビルバオ() 区間 9.8km を開業させて以降、現在では 20.7km のネット 3 番目のビルバオは、1995 年に開業した地下鉄網を補完 ワークに成長している。 する路線が LRT として 2002 年に整備された。

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ビルバオのトラムは、鉄道 Eusko Tren に隣接する停留所 (7) パルラ(Parla) Atxuriから始まる最初の区間が 2002年に開通し、それ以降、 マドリッドの近郊都市であるパルラでは、近郊鉄道路線 年までにグッゲンハイム美術館を通って の拠点駅から地区内を周回する路線が 年 月に開業し 2003 San Mames 2007 6 までが開通、2004 年には Basurto まで、2007 年には LaCasilla た 14)。 までと徐々に運行距離を伸ばし、現在では総延長 4.8km と パルラの役所や警察署、裁判所、文化スポーツ施設等、 なっている。さらに La Casilla から先への延伸も計画されて まちの核となる主要施設を環状に結ぶ総延長 8.3km の1 路 いる 10)。 線である。街中を回る全て地上走行であり、一部には芝生 (4) バルセロナ(Barcelona) 軌道も導入されている。表定速度 19km/h、27 分で環状を 2004 年にはスペインの大都市における最初の導入ケー 一周し、双方向に運行している。Poligono Industrial Ciudad de スとして、バルセロナにおいて LRT が開業した。 Paria とAv. Sistema Solar 間にある 4 つの停留所は平行な 2 トラムは中心市街地から東西の郊外に向けて走っており、 本の道路に進行方向別に分かれて単線で配置されている 東側に伸びる路線は、Trambesos と呼ばれ、T4、T5、T6 の (8) セビーリャ(Sevilla) 3 系統があり、合計で 27 停留所、延長 14.1km で、2004 年 2007 年に市庁舎前のヌエバ広場から始まる 1系統の LRT 5 月に開業した。また、中心市街地の西側に延びるのが が都心歴史地区に整備された。2011 年には延伸されて総延 と呼ばれる T1、T2、T3 の各系統で、合計で 29 長2.2km になり、また同年、世界遺産に登録されているセ の停留所、延長 15.1km で、2006 年1 月に開業した 6), 11)。 ビーリャ大聖堂に面する通りの架線レス化が行われた。今 郊外地区の住宅や工業団地を結ぶ路線と、湾岸地区の開 後はセビーリャの主鉄道駅(サンタ・フスタ駅)まで延伸 発とセットにした路線が整備され、2 路線合わせて総延長 する計画であり,長期的には都心部でのループ化が目指さ 29.2km の路線を形成している。 れている 15)。 (5) ベレス・マラガ(Vélez-Málaga) (9) ムルシア(Murcia) 2006 年のべレス・マラガは、近くに位置する地域の中心 2007 年4 月、2km の複線軌道が Plaza Circular から北西に 都市であるマラガと結ぶことを意図した路線として 4.7km 延びるファンカルロス 1 世通りに試験導入されるとともに、 の路線を先行開業させた。 4 つの停留所が設けられ、1 号線と名付けられた。さらに Paseo Larlos 駅から海沿いに東に走った後、南北方向に長 9km の路線が建設され、2011 年5 月に現在の路線が開業し い市街地部をつなぐように路線が敷かれている。Paseo ている。将来的には、南西のエルパルマル方面に 2 号線を、 Larlos 駅から北端の Parque Juado Lorca 駅まで、延長 4.7km、 南東のロスラモス方面に 3 号線を、北西のアルカンタリー 9 停留所ある。Parque Juado Lorca からさらに北側にも 1.4km ジャ方面に 4 号線を、それぞれ整備する構想がある 16)。 の線路が敷設されており、Esplanada de la Estacion まで 3 停 (10) ビトリア(Vitoria-Gasteiz) 留所が建設されている 6)。 2008 年 12 月にスペイン国鉄の Vitoria-Gasteiz 駅近くの しかし、開業後の利用需要は少なく、また悪化するスペ Angulema 駅から Ibaiondo 駅までが開通した。また、2009 インの経済事情ともからんで、2011 年 10 月に運休が決定 年 7 月に上記路線の Honduras 駅から分岐して Abetxuko 駅 され、最終的に 2012 年3 月に運行を休止した 12)。 までが開通し、総延長 9km となっている。今後 Abetxuko (6) マドリッド(Madrid) 駅からさらに北に延伸予定である 17)。 2007 年はスペイン国内で 5 路線の開業が相次いだ。首都 (11) ハエン(Jaén) マドリッドでは2つの郊外地区を結ぶ路線として総延長 ハエンの路線は延長 4.7km、10 駅からなり、主要道路に 27.8km が整備された 13)。 沿って市の南北軸を貫く形態となっている 18)。 LRT 1 号線(ML1)は2007 年5 月に開業し、マドリッド市 2011 年5 月に無料体験運行の実施と 9 月の本運行開始の 北部の Pinar Chamartin と Las Tables を結んでいる。延長 予告等、準備は順調に進んだが、競合するバスサービスの 5.4km で、うち 3.7km は地下線となっている。このため、9 撤退に関する政策論争が起こったことから運行が休止され 駅中の 5 駅は地下駅である。8 編成の LRV が使用されてお た。一方、市長は州当局に運営補助金の交付を求め、その り、地下鉄 1 号線、4 号線、10 号線に接続されている。 後バルセロナのメトロ等を運営する鉄道会社である FGC LRT2 号線(ML2)は同年 7 月に開業し、市の西端部の (Ferrocarrils de la Generalitat de Catalunya)が少なくとも1年 Colonia Jardin とEstacion de Aravaca を結ぶ環状方向の路線 間の運営を行うことについて 2012 年2 月に合意され、2012 で、延長 8.7km、駅数 13 で、うち 3 駅は地下駅である。12 年6 月に試運転が再開されている。しかし、FGC は市の補 編成の LRV が使用されており、地下鉄 10 号線と LRT 3 号 助金なしでは運営できないという経営計画を提示し、これ 線、郊外鉄道線の C-7 線と C-10 線に接続されている。 に市側が同意しなかったため、新たな運営事業者を 2013 LRT 3 号線(ML3)も ML2 と同時に開業しており、Colonia 年 3 月から公募しており、運行再開の見通しが立っていな Jardin とPuerta de Boardilla を結ぶ放射方向の路線である。 い 19)。 延長 13.7km、駅数 16 で、うち 1 駅は地下駅である。15 編 (12) サラゴサ(Zaragoza) 成の LRV が使用されている。 サラゴサは、2011 年4 月に都心地区のグランビアと南部

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地区を結ぶ 5.8km の路線が開業した。2013 年3 月には都心 表-2 都市規模と路線形態との関係 と北部地区を結ぶ 7km の路線が開業し、総延長 12.8km と 人口 フィー 中心市街 20) 都市名 (万人) 郊外線 市内幹線 なっている 。 ダー 地 [2010年] (13) 今後の整備計画 マドリッド 326 ○ 今後もグラナダ(Granada)、マラガ(Málaga)、カディス バルセロナ 162 ○ (Cadiz)などの都市において LRT 事業が計画されている。 バレンシア 75 ○ セビーリャ 70 ○ このうちグラナダでは、延長約 15.9 km、26 駅を 45 分で サラゴサ 67 ○ 結ぶ 1 路線が建設されている。地下部分()が17%、 ムルシア 42 ○ ビルバオ 36 ○ 地上部の専用軌道敷が 83%を占める。前者は、中心部の アリカンテ 33 ○ ○ Méndez Núñez とRío Genil 間にあたり、Camino de Ronda に ビトリア 24 ○ 沿って 2.7km の掘割方式のトンネルが掘られて、区間内に グラナダ 24 ○ パルラ 12 ○ ○ 3 つの地下駅が作られる計画である。2008 年よりトンネル ハエン 12 ○ 部分の工事が開始された。また後者(地上部分)について ベレス・マラガ 8 ○ は2007 年に工事が開始されている 21)。 表-3 各都市の LRT 事業の特性

新規沿線 自動車 併用軌道 都市名 開業年 運営主体 3. 事業成立要件の仮説に基づく考察 開発 規制 特性 (1) 都市規模と都市構造 バレンシア 1994 ○ × △ 州 アリカンテ 1999 ○ △ △ 州 はバスに比較して初期設備投資額や維持費が大きい LRT ビルバオ 2002 ○ ○ 州 ため、一定の事業収入を確保するためにはそれなりの需要 バルセロナ 2004 ○ △ △ 事業委託 量を保証するだけの人口規模が必要である。 ベレス・マラガ 2006 ○ ○ 事業委託 マドリッド 2007 ○ × × 半官半民 表-1 に示した 13 都市は、パルラとベレス・マラガを除 パルラ 2007 ○ △ △ 事業委託 いていずれも州都あるいは県都であり、都市としての中心 セビーリャ 2007 ○ ○ 市 性は高い。中でも 70 万人以上の人口を有するマドリッド、 ムルシア 2007 ○ △ ○ 事業委託 ビトリア 2008 ○ ○ 州 バルセロナ、バレンシア、セビーリャはいずれも都市内公 ハエン 2011 ○ ○ 州 共交通としては地下鉄を有しており、セビーリャを除いて サラゴサ 2011 ○ ○ ○ 事業委託 グラナダ工事中○○○- LRTは幹線としての地下鉄を補完するフィーダ路線として の性格が強い。セビーリャのトラム路線は整備中であるが、 場合を「フィーダ」、市内公共交通の骨格を形成しているも 直線的に延びる地下鉄に対して中心市街地の周回機能を強 のを「市内幹線」、中心市街地のみを走行しているものを「中 めたものである。 心市街地」と分類した。表-2 よりわかるように、人口規模 逆に、人口が 20 万人未満の都市では、ベレス・マラガは と路線形態との間には明確な関係があることがスペインの 都市としての中心性も低く人口も 10 万人を切るため休止 事例でも確認することができた。 が決まり、ハエンも当面運行を休止するなど苦しい状況に 以上のように、都市人口が一定規模以上でないと経営上 ある。パルラも人口 12 万人の都市であるが、マドリッドか LRT の成立は困難であり、また人口が大規模になると公共 らの郊外鉄道線が延伸するなど、マドリッドの一つの地区 交通の骨格は地下鉄でないと需要を賄えないため LRT は のような性格のため維持できているものと思われる。 フィーダないし特定地域巡回路線として整備すべきことと 20 万人以上 70 万人未満の都市では、ビルバオを除いて なる。わが国とスペインでは事情が異なり、また人口の集 中量以上の公共交通機関が他にないため、都市内幹線およ 中度合いによって単純に都市人口のみでは決めきれない側 び郊外と都心をつなぐ幹線として機能している。ビルバオ 面はあるが、今後わが国でも LRT 成立要件としての人口規 は36 万人の都市であるが、歴史的経緯もあって RENFE(ス 模について LRT 計画立案時に明らかにしておく必要があ ペイン国鉄)3 路線、バスク鉄道など私鉄 3 路線、地下鉄 る。 により中距離公共輸送網が充実しているので、トラムの役 例えば、わが国の路面電車は運営補助なしで事業が成立 割は都心地域の巡回機能が大きい。これら中規模都市にお しているわけであるが、うち人口の最も少ない都市は高岡 いては、実際に乗車しても常に多くの乗客がおり、一定の 市で 18 万人、ついで函館市の 28 万人である。スペインほ 乗車運賃収入が確保されているものと推察できる。 かの欧州の 20 万人未満の都市で LRT 事業が運営補助に基 次に、各都市の人口規模の順に並べ直し、都市規模と路 づいて成立していることを考え合わせると、運営補助なし 線形態との関係を示したものが表-2 である。これは、各都 で今後 LRT を新設していく場合、約 20 万人程度の人口規 市の LRT 路線がその都市の公共交通網の中で、どのような 模がひとつの目処となるであろう。 位置づけにあるかを示したものである。トラムトレイン方 (2) LRT の整備効果 式で郊外線と直通運転を行っている場合を「郊外線」、地下 LRT 事業は、わが国においては公共投資の一形態として 鉄網が存在していて LRT はその補完的な役割をしている 実施される可能性が高い。そうした点で、他の公共投資と

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同様どのような整備効果がどの程度あるのかを明らかにす 特に、LRT の超低床の車両は着座姿勢での目線の高さが歩 る必要がある。特に、LRT には輸送面での整備効果に加え 道を歩く人のそれとほぼ同じであるため、乗車したままま て、都市再生・活性化や都市環境改善等の都市全体への効 ち歩きの擬似的な体験を得やすい。単純に地点間を結ぶだ

果が求められる。 けならば低廉なバスシステムで十分であるが、都心地域の まず旅客輸送面での効果は、バレンシア、ムルシアでは 活性化をアクセス性に優れた LRT に担わせるならば、商業 交通混雑解消の役割を LRT が果たしている。また、その他 施設の連担する街路・街並みが必要である。 の都市でも RENFE、地下鉄等の大量輸送機関やバス交通と 表-3 の「自動車規制」欄には、軌道を設けるにあたって の接続性を高めることで、交通システム間の有機的連携、 既存道路から自動車を規制・排除して新設されたような区 郊外から都心への人の誘導等に効果を上げている。 間が多い場合を○、中程度のものを△、専用軌道あるいは 都市開発等の側面では、表-3 の「新規沿線開発」に、特 広幅員道路の一部を利用していて既存の自動車交通にほと に郊外部にまで路線が延びている場合、新たな沿線開発地 んど影響のないものを×としている。 域を通過しているかどうかを示した。都市外縁部・郊外部 今回調査を行ったほとんどの都市の中心市街地部では、 にまで延伸している LRT 沿線では、工業団地、住宅団地、 商業施設の連担が見られた。都市によっては表-3 の「自動 オフィスビル群、大学、病院、商業施設等の開発が見られ、 車規制」欄が示すように自動車を排除してトランジットモ 地域開発と交通網整備が一体のものとなっている。また、 ールが作られているなど、LRT を通過させるにふさわしい これら施設の新規需要が生じることは、結果的に LRT 需要 通りや街並みが形成されている。しかし、休止に追い込ま 量を増大させ LRT 経営に寄与することとなる。 れたベレス・マラガでは自動車規制が行われてはいたが、 大規模な新規沿線開発が見られない都市でも、都心地域 元々の商業施設の連担区間長が短く、LRT の機能が十分に にデザイン性の高い車両、停留所、架柱、芝生軌道等を整 発揮されなかったものと思われる。 備することで、都市景観・都市環境改善への寄与、都市ア わが国の LRT 計画・構想のある都市の一部では、このよ メニティの向上等の整備効果が現れている。また、中心市 うな通り・街並みが発達していない所もあり、そのような 街地での周遊性や近接性を高めることで、観光開発、商業 地域ではバスシステムで十分と考えられる。逆の言い方を 施設の活性化等にも大きな役割を果たしていると考えられ すれば、十分に街並みが発達していない所での LRT 計画に る。 おいては、バス輸送量では賄えず LRT が必要となるだけの スペインの事例からもわかるように、鉄道やバス等の他 乗降客をどのように創出するのか、それに対応した沿線ま 交通システムとの連携、大胆な郊外開発、そして LRT の持 ち作り計画なしには LRT 計画は立案し得ないということ つデザイン面からの効果と、都市への波及効果は多面的に でもある。 表れている。一方、わが国において LRT 整備は輸送改善の (4) LRT の収容空間 一事業として捉えられがちであり、都市への波及効果は漠 軌道1 線あたりおおむね 1 車線の余地が必要である。そ 然とした都心活性化への期待にとどまっていることが多い。 のため、自動車を走行させつつ往復の軌道を敷設するには、 今後、わが国での LRT 整備の社会的合意を得る観点から 4 車線以上の広幅員の道路が必要である。実際、スペイン は、都市への多面的な効果を担保する制度設計と、その効 の都市でもこのような道路に軌道が敷設され、あるいは道 果を明示するための綿密な需要推計、そしてデザイン面か 路沿いや地下空間に専用軌道が設けられるなどしている。 らの都市環境改善効果のアピールが重要である。 表-3 の「併用軌道特性」欄には、全路線のうちどの程度 現状では例えば、富山ライトレールの岩瀬浜や広島電鉄 の割合で道路面上を走行しているかを表したものであり、 の廿日市市役所前など交通システム間の乗り継ぎ施設の改 ほぼ全区間の場合を○、20〜80%程度のものを△、大部分 善は進められているが、交通システムの連携という点での が道路とは別の所に専用軌道として敷設されている場合を 運賃面でのシームレス化は進んでいない。また、堺市での ×と表している。 LRT計画においては臨海部の工場跡地の開発との連携が唱 十分な道路余地がなくても、表-3 の「併用軌道特性」欄 えられたが、わが国の世論を説得する方法としての需要量 に示したように、都心地区などでは自動車の通行を制限し の推計や整備効果の推計までには至らなかった。さらに、 て軌道を敷設する、近接して並行する 2 つの街路に各々単 都市景観という観点から、路面電車の車体デザインや停留 線軌道を通すなどの工夫も見られる。自動車走行車線から 所等のシンボル性等のデザイン面での検討が十分とは言え 軌道への切り替えなど、道路空間の再配分は LRT 整備のた ない状況にある。 めには避けられないものであり、地区特性や関連ネットワ (3) LRT 通過街路と街並み ークとの兼ね合いで十分検討する必要がある。 鉄道や地下鉄は大量輸送が可能でトラフィック機能は大 LRT のターミナル施設としては駅前広場等があるが、多 きいが、上下移動を強いられる地下鉄や、道路から離れた くの都市では鉄道と LRT のアクセス性を高めるためにこ 線路を走行せざるをえない鉄道に比較して、LRT やバスは のような空間的余地のあるところ、あるいはターミナル空 沿道施設への立ち寄りが容易等のアクセス機能が高く、歩 間を新たに構築している。 行交通を補助・補完する交通システムとして適切である。 わが国でも、計画に際して軌道敷設余地の有無、余地の

- 193 - 公益社団法人日本都市計画学会 都市計画論文集 Vol.48 No.3 2013年 10月 Journal of the City Planning Institute of Japan, Vol.48 No.3, October, 2013

構築、道路空間の再配分等の綿密な計画立案が必要である。 としての関連交通施設、関連都市計画施設の計画が希薄で これまで自動車に配分されてきた道路空間をただちに路面 あることが挙げられる。また、都市政策との関連で商業や 電車に配分することは、マイカー利用者、タクシー事業者、 観光など産業振興政策、新規開発計画、自動車規制等の総

沿線店舗等既存のステークホルダーからの反発が大きくな 合的な交通政策についても脆弱である。一般論として LRT ることが予想される。そこで、例えば京都でも実施された の良さは認識されつつも、事業化計画の段階でなかなか社 マイカー規制、歩道拡幅等の社会実験等の手順を踏まえな 会的合意が得られないのは、LRT 事業成立要件である施設 がらコンセンサス作りを進める必要があると考えられる。 整備計画以外の面での分析・検討・計画が軽視されている (5) 事業運営主体 からであると考えられる。 スペインでは、州・県・都市のいずれかの政府レベルで 本研究は成立要件の定性的な考察にとどまっているが、 LRT 計画が立案されており、施設整備には公的資金が投入 今後はこれら成立要件を定量的に評価する手法について研 されている。運営は、州や市の公的機関によるもの、公的 究を進めることが必要である。 機関も入った日本で言う第三セクターに相当するもの(半 <謝辞>本研究は、科学研究費補助金基盤研究 「社会的合意形 官半民)、あるいは民間事業者への事業委託により実施され (C) 成のための要件を組み入れた LRT 導入の適合性評価手法の構築」 ている。各都市の運営主体を表-3 の「運営主体」欄に示す (研究代表者:吉川耕司,課題番号:23560635)の助成を受けて 通り整理した。導入年で経年的に運営主体がどのように変 実施したものである。ここに記して謝意を表する。 【参考文献】 遷してきたかをみると、早い時期に LRT を導入した都市に 1) Taplin, M.R., “Over 160 new tramways in 35 years and 56 more on おいては、州政府が運営主体となり公的組織の運営が多か the way”, Tramways & Urban Transit (LRTA Publishing), Vol.76, ったが、後の LRT 導入都市では民間事業者による事業委託 No.901, Jan.2013, pp.10-13. 2) NPO 法人公共の交通ラクダ(RACDA)調べ、2012. が増加しており、公的支出を抑えながら民間に経営を任せ 3) 例えば、西村格幸・服部重敬:都市と路面公共交通-欧米に るだけの条件が整ってきたものと推察される。 みる交通政策と施設,学芸出版社,2000. 例えば、溝上章志・橋内次郎・斎藤 雄二郎:熊本電鉄の都心 わが国の都市内公共交通は、市交通局による公的組織の 4) 乗り入れと LRT 化計画案実施に伴う利用需要予測,および費 直営によるものは減少の傾向にあり、富山ライトレールの 用対効果の実証分析,土木学会論文集 D, Vol. 63, No. 1, pp.1-13, ような第三セクター方式も経営効率等の点から増加しない 2007. 5) 塚本直幸:大都市近郊の政令指定都市・堺のチャレンジ,国 と思われる。今後、新設される LRT については、公設民 際交通安全学会誌,Vol.34, No.2, pp.80-88, 2009. 営のようなインフラは公的資金、運営は民間企業という上 6) “Spanish growth and technology marches on”, Tramways & Urban 下分離方式が主流になると考えられる。わが国とスペイン Transit (LRTA Publishing), Vol.74, No.885, Sep.2011, pp.351-354. 7) Pulling, Neil, “Systems Factfile – No.56 Valencia,Spain”, Tramways 等欧州諸国とでは、公共交通事業に対する法制度等の違い & Urban Transit (LRTA Publishing), Vol.75, No.893, May 2012, もあり直ちには参考にできないにしても、運営補助として pp.183-186. の公的資金の投入のあり方について分析することが今後の 8) Ferrocarrils de la Generalitat Valenciana (FGV) ホームページ (http://www.fgv.es/), 2012/10/15. 課題として重要である。また、軌道運営には独特のノウハ 9) Pulling, Neil, “Growing operations on the Costa Blanca”, Tramway & ウと事業経験が必要と思われるが、わが国の LRT 計画・構 Urban Transit (LRTA Publishing), Vol.74, No.888, Dec.2011, pp.470-474. 想で、公的資金投入の仕方も含めてどのような組織が運営 10) UrbanRail.Net:Bilbao-tram (http://www.urbanrail.net/eu/es/bilbao- を担うのかについての検討が不十分な場合が多く、その重 .htm), 2012/9/28. 要性について再認識しておく必要がある。 11) Tram Barcelona ホームページ(http://www.tram.cat/index. php?idioma=ing), 2012/10/30. 12) Taplin, M.R., "Velez-Malaga casualty of Spanish Austerity", 4. 結論と今後の課題 Tramways & Urban Transit (LRTA Publishing), Vol.74, No.888, 本研究の目的は、LRT 事業成立要件の仮説を 5 つ掲げ、 Dec.2011, p.462. 13) Consorcio Regional de Transportes de Madrid (CRTM)ホームペ 事業が成立している事例と成立していない事例が存在する ージ:Light Rail and Tramways in Madrid Region スペインでの事例を調査することで、その有効性について (http://www.uitp.org/events/2010/madrid/files/MadridRegionLRTs- ) 検証し、わが国において要件を成立させるための事業上の WEB.pdf , 2012/10/23. 14) Tranvía de Parla ホームページ (http://viaparla.com), 2012/10/30. 工夫などを把握することであった。 15) UrbanRail.Net:Sevilla-tram (http://www.urbanrail.net/eu/es/sevilla/ 第3 章で示したように、掲げた 5 つの要件はいずれも事 sevilla-tram.htm), 2012/10/07. 16) Region de Murcia digital (http://www.regmurcia.com), 2012/10/20. 業成立要件を説明するに足る要件であり、これらを成立さ 17) UrbanRail.Net : Vitoria-Gasteiz (http://www.urbanrail.net/eu/es/ せるためにわが国に何が必要かについて考察した。特に、 vitoria/vitoria-gasteiz.htm), 2012/10/30. 3.(2)でも指摘したように、LRT の整備効果としては輸送面 18) Tranvía de Jaén ホームページ(http://www.tranviajaen.es/), 2012/11/14. での効果のみならず、大胆な郊外開発に見られる都市開発 19) "Sad future for Jaen’s ‘tram to where’ ", Tramways & Urban Transit 効果や、デザイン面からの都市環境改善効果がスペインの (LRTA Publishing), Vol.76, No.904, Apr.2013, p.125. ホームページ 多くの都市で存在していることが確認された。 20) Tranvía de Zaragoza (http://www.tranvias dezaragoza .es/), 2013/4/30. わが国での LRT 計画・構想の弱点として、路線計画など 21) Urbanrail.Net :Granada (http://www.urbanrail.net/eu/es/granada/ 施設整備計画はあっても、それに付随したパッケージ施策 granada.htm), 2012/11/14.

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