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国内外における今後の火星探査の動向調査 Research on Trend About

国内外における今後の火星探査の動向調査 Research on Trend About

Eco-Engineering, 22(4), 185-191, 2010

内外の研究動向

国内外における今後の火星探査の動向調査

Research on Trend about Domestic and International Exploration in the future

新井真由美* Mayumi Arai*

日本科学未来館 〒135-0064 東京都江東区青海2-3-6 National Museum of Emerging Science and Innovation 2-3-6, Aomi, Koto-ku, Tokyo 135-0064, Japan

月ごとにフォボスに接近し、高解像度ステレオカメラ 1 .国外における今後の火星探査 (HRSC)で、1 ピクセル 4.4 m という、これまでにない 2011 年以降打ち上げを予定している火星探査計画は、 ほどの高解像度でフォボス表面を撮影している。フォボ アメリカ航空宇宙局(NASA)が主体となる計画のほか、 スは、地球に対する月のように常に火星に同じ面を向け 欧州宇宙機関(ESA)、ロシア、中国の計画がある。こ て公転しているが、フライバイを行うことによってフォ れらの主な目的と特徴を述べる。 ボスの異なる面の観測が可能となる。これらのデータ 1.1 Phobos-Grunt は、Phobos-Grunt の着陸地点選出に用いられる予定であ Phobos-Grunt は、火星の衛星フォボスの表面サンプル る。現在、フォボスへのオペレーションと着陸が安全な を地球に持ち帰るロシアの計画である。Phobos-Grunt と 場所として、5 °S-5 °N, 230-235 °E が選ばれている(Zak, は、“フォボスの土壌”という意味である。2009 年に打 2010; ’s web site, 2010)。 ち上げが予定されていたが、2011 年に延期された。現 1.2 蛍火 1 号(Yinghuo-1) 時点での打ち上げウィンドウは、2011 年 12 月 25 日。 蛍火 1 号(インホワ・ワン)は、中国の航空宇宙産 2012 年 8 月から 9 月に火星軌道に入り、2013 年から 業が開発した中国初の小型の火星周回衛星で、Phobos- 火星軌道を周り、2013 年にフォボスに着地。そして、 Grunt に相乗りして 2011 年の打ち上げを予定している。 2014 年に地球に帰還予定である。フォボスは、直径が約 Yinghuo という名前は「蛍」を意味する。蛍火 1 号の 27 × 22 × 19 km の不整形な形をした炭素質の C 型小惑 大きさは、長さ 75 cm、幅 75 cm、高さ 60 cm で、質量 星で、密度が平均 1.85 g/cm3 と小さく、氷と岩石の混合 110 kg、太陽電池パネルを広げると 7.85 m。2012 年に 物から構成されていると考えられている。フォボスは、 Phobos-Grunt から分離され、火星の赤道軌道に投入され、 火星の重力に捕獲された小惑星であるという説のほか、 約 2 年間、火星上空のプラズマ環境と磁場の詳細な観測 火星に隕石が衝突した際に飛び散った岩石が集まって誕 などを行う予定である(Zak, 2010)。蛍火 1 号は、中国 生したという説、太陽系の惑星形成時の残余物が集まっ 初の惑星探査機で、有人探査の「神舟」シリーズ、月探 たという説が考えられているが、実際どのようなメカニ 査の「嫦娥」シリーズに継ぐ、第 3 の宇宙探査に位置づ ズムで火星の赤道面に捕獲され、進化してきたか未だ議 けられる。 論されている(Mars Express’s web site, 2008)。そのため、 1.3 (MSL) フォボスから岩石のサンプルを採取し地球で詳しく分析 Mars Science Laboratory(MSL)は、2011 年 11 月 25 日 することは重要である。 から 12 月 18 日に打ち上げ予定の NASA の火星探査機で、 欧州宇宙機関の火星探査機の Mars Express は、5 ヶ 2012 年 8 月 6 日から 8 月 20 日の間に火星に着陸する予

*Corresponding author : Phone: +81-3-3570-9215, Fax: +81-3-3570-9150, E-mail: [email protected]

© The Society of Eco-Engineering (57)185 定である。表面物質の化学的成分分析により、火星の生 Crane と呼ばれる新方式を採用している。火星の大気圏 命探査を行うことが主目的である。具体的には、過去の へ突入した後、パラシュートで減速し、降下部分はロケッ 火星に生命が誕生したか否かを探ること、火星の気候や トエンジンを点火してさらに減速する。降下部分が上空 地質の特性を明確にすること、将来の有人探査に備える 約 10 m の地点で留まり、クレーンを用いて Curiosity を ことである。MSL は、“Curiosity”と愛称がつけられた 降ろす予定である(Fig. 2)。Curiosity の着陸場所は、 探査車を装備している(Fig.1)。Curiosity は、NASA の Eberswalde Crater(23.86ºS, 326.73ºE)、Holden Crater 開発した火星探査車の 3 世代目に相当する。1 世代目は、 (26.37ºS, 325.10ºE)、Gale Crater(4.49ºS, 137.42ºE)、 1997 年に火星にエアバッグ方式で到着した火星探査機 Mawrth Vallis-Site 2(24.01ºN, 341.03ºE)の計 4 つの候補 に搭載されていた探査車の Sojourner であ 地にしぼられたが、最終的な着陸地点は、2011 年の春 る。これは、直径 13 cm の車輪を 6 つ装備し、車体は長 に決定する予定である(Mars Odyssey THEMIS’s web さ 63 cm、幅 48 cm、高さ 28 cm と電子レンジほどの大き site)。MSL は、微生物が繁栄できる環境が火星に存在 さで、質量は11.5 kg である(Mars Pathfinder’s web site, する(した)か否かを評価する予定である。MSL には、 1997)。2 世代目は、2004 年に火星にエアバッグ方式で 3 種のカメラ、4 種の分析器、2 種の放射線検出器およ 着陸した双子の探査車の (MER) び 1 種の環境センサーと大気センサーが搭載され、移動 で、直径 25 cm の車輪を 6 つ装備し、車体は長さ 1.6 m、 しながら各種分析を行えるのが特徴であり、まさに火星 幅 2.3 m、高さ1.5 m で、質量は185 kg である(Mars 上の実験室と呼べる。Curiosity には、ロボットアームが Exploration Rover Mission’s web site, 2004 )。そして 3 代目 装備され、アームには人間の地質学者の腕のように肩と の Curiosity は、MER に比べ総質量が約 4 倍の 800 kg(科 ひじと手首に相当する 3 つのジョイント部があり、岩石 学機器 65 kg)で、大きな機体と直径 50 cm の車輪を 6 や土壌の成分分析を担う(Mars Science Laboratory’s つ装備し、速いスピード(自律移動の場合、約 90 m/h、 web site, 2010c)。 平均では 30 m/h)で広範囲にわたる調査が可能である。 1.4 Mars Atmosphere and Volatile Evolution Mission 動力源には、 2 世代目までの太陽電池とは異なり、原子 (MAVEN) 力電池を用いるため、季節や砂塵の影響を受けずに活動 Mars Atmosphere and Volatile Evolution Mission( MAVEN) ができる予定である。さらに、MSL は、火星表面へ着 は、NASA、Laboratory for Atmospheric and Space Physics, 地する方法が、従来のエアバッグ方式ではなく、Sky University of Colorado(LASP/CU)、Lockheed Martin、 Space Sciences Laboratory(SSL)、University of California, Berkeley が主体的に取り組んでいる火星探査計画であ る。MAVEN は、NASA が一般の研究機関から提案を採 用する形式の Mars Scout program で選出された計画の 1 つである。Scout program で選出され実施された計画の 1 つ目は、2007 年に打ち上げられ 2008 年に火星の北極圏

Fig.1 Curiosity This image taken June 29, 2010, shows the rover with the mobility system -- wheels and suspension -- in place after installation on June 28 and 29. Curiosity's six-wheel mobility system, with a rocker-bogie Fig.2 Mars Science Laboratory suspension system, resembles the systems on earlier, smaller Mars For optimal communications during arrival at Mars, NASA's Mars rovers, but for Curiosity, the wheels will also serve as landing gear. Science Laboratory, or Curiosity, will launch after Thanksgiving Each wheel is half a meter in diameter (Mars Science Laboratory's 2011 and land on Mars in August 2012 (Mars Science Laboratory's web site, 2010a). Credit: NASA/JPL-Caltech web site, 2010b). Credit: NASA/JPL-Caltech

186(58) Eco-Engineering に到着した University of Arizona の火星探査機 で ESA が主に担当し、火星における生命のシグナル物質 あった。Scout program は、MER に沿った長期の火星探 である大気中のメタンや、水、二酸化窒素、アセチレン 査を補い、低コストの計画として始められたものである。 等の微量気体を測定し、その時空間分布と経時変化を調 MAVEN は、2013 年 11 月 18 日から 12 月 7 日の間に べる予定である。この衛星と EDM(Entry, Descent, and 打ち上げ予定で、2014 年 9 月に火星軌道に乗り、火星 Landing Demonstrator Module)は同時に打ち上げられ、 の上層大気や電離圏と太陽風との相互作用を調べる予 火星到着後は、火星探査車のデータ中継衛星としても機 定である。過去の火星大気から、二酸化炭素や二酸化 能する予定である。また、EDM はバッテリーのエネル 窒素、水のような揮発性成分が時間をかけて宇宙へ逸脱 ギー次第では、火星表面で 8 sols(約 8 日)耐えうる。 したと考えられているが、MAVEN から得られるデータ 2018 年打ち上げ予定の着陸機とは、NASA のローバー は、火星の大気や気候、液体の水の歴史、火星での人間 MAX-C(Mars Explorer - Cacher)と、ESA の の居住可能性について役立てられる予定である。そのた ExoMars ローバーである。この 2 つのローバーは 1 つの めに MAVEN は、8 つの科学機器を搭載する予定である。 大きなカプセルに格納されてスカイクレーン機構で火星 火星の上層大気を地球の 1 年に相当する期間観測し、火 に着陸する予定である。この機構は事前に MSL ミッショ 星の上空約 130km まで降下し、上層大気を調べる予定 ンで実績が作られる予定である。2 台のローバーの探査 である。また、将来の火星探査機やローバーとの通信を の中心になるのは、地中掘削である。MAX-C は、深さ 中継する衛星としても機能する予定である(MAVEN’s 10 cm のコア試料を掘削・採取し、約 10 g 程度を持ち帰 web site, 2010)。 り用キャニスタへと収める。キャニスタは安全な場所 1.5 ExoMars Programme におかれ、次の回収部隊の到着を火星で待つ。ExoMars 欧州主導の ExoMars 計画は、2016 年に打ち上げ予定 ローバーは、地中レーダー探査と 2 m までの掘削を行 の火星周回衛星 ExoMars と、2018 年 い、ローバーに搭載した分析機器で化学分析を行う予定 打ち上げ予定の着陸機 2 機の計画等が予定されている である。火星の表面環境は有機物の保存が困難であるた (Fig.3)(ExoMars’s web site, 2009)。ExoMars Trace Gas め、地下にある物質の調査を行い、火星のアストロバイ Orbiter は、ESA 加盟国のほとんどの国が参画し、NASA オロジー探査を行う。2020 年代には、火星サンプルリ ともジョイントしているプロジェクトであり、打ち上 ターン(MSR と略す)用の MSR ランダーが試料キャニ げは、2016 年に NASA が行う予定である。この衛星は、 スタの近くへ着陸する。この着陸機は「キャニスタ回収 ローバー」と「キャニスタ打ち上げロケット(MAV と 略す)」で構成される。MAV は試料キャニスタを火星周 回軌道へと打ち上げる。キャニスタの捕獲と地球帰還 を行うのは、MSR オービターの役目である(Satoh et al., 2010b)。その更に先に有人探査も視野に入れた計画が予 定されている(ExoMars’s web site, 2010)。

2 .日本における今後の火星探査:MELOS 計画

MELOS(ミーロス)とは、Mars Exploration with Lander-Orbiter Synergy の略で、日本の火星複合探査 MELOS ワーキンググループが中心となり、新たに計画 している大型の火星複合探査計画の名称である。火星の 気象を調べるのが主目的であり、その他、火星の固体惑 星、表面、大気と宇宙環境がどのように機能しているか Fig.3 The ExoMars Programme を理解することも目的としている。これらは、これまで Two missions are foreseen within the ExoMars Programme: one consisting of an Orbiter plus an Entry, Descent and Landing の火星探査であまり調べられていなかった調査項目に相 Demonstrator (to be launched in 2016) and the other consisting of 当する。2018 年打ち上げ予定。複数の周回機と着陸機 two rovers (to be launched in 2018). (ExoMars's web site, 2009) Credit: ESA が有機的に協調することにより、従来の火星探査から一

Eco-Engineering (59)187 ミッション、または「金星から火星へ」という流れにも 合う名称であると、計画名に MELOS と名付けられた。 複数のグループが混在している MELOS 計画は、「のぞ み」のリカバリー計画ではなく、むしろアグレッシブに 火星科学の今日的課題とは何かを真剣に議論し、また世 界の火星探査の中でどうあるべきかを考慮しつつ、2020 年頃の実施を視野にその計画を策定しようとしている段 階である。検討されている科学観測は、2010 年現在は、 火星気象学(周回機)、火星大気散逸科学(周回機)、火 星表層環境科学(着陸機および科学計測ローバー)、火 星内部構造科学(複数着陸機のネットワーク)、火星サ ンプルリターン(上層大気をかすめる地球帰還機)、火 Fig.4 Mars Exploration Mission MELOS This is a conceptual image of MELOS. Credit: Akihiro Ikeshita 星生命探査(着陸機および科学観測ローバー)の主に 6 つに分類できる(Satoh et al., 2010b)。2010 年 7 月に東 京大学総合研究博物館で開催された「火星-ウソカラ 歩進めた複合科学を実現することを目指している(Fig. デタマコト」展では、MELOS 計画の現状を A 案から D 4)(Satoh et al., 2010a)。 案の形で紹介し、一般来場者に紙で投票させるシステム 火星の電離大気の太陽風誘導散逸過程については、不 を導入し、一般からの意見を募った。Satoh et al.(2010b) 明点が多い。これは、火星探査機「のぞみ」(1998 年 をもとに、これらの案の現状について以下に概要をまと 打ち上げ~ 2003 年 12 月火星軌道投入断念)の主要科 める。 学目標の 1 つでもあった。MELOS 複合探査では、「の 2.2 A 案(表面探査)火星ローバーによる地質探査 ぞみ」のみならず、月周回衛星「かぐや」、水星探査 観測対象は堆積岩と火山岩に大別され、それぞれ異 BepiColombo 等で培ってきた経験に基づき、C, C+, CO, なる科学目標が設定される。堆積岩調査は国際的な火 CO+, CO2+, O+, N+, He+, D/H などの撮像による大気散逸 星探査の傾向に沿い、国際協調による科学成果の向上が のグローバルな描像の観測と、プラズマ「その場」観測 期待されている。一方、火山岩調査は日本の独自性と国 による散逸過程の詳細特性を捉える観測を同時に行い、 際貢献度の高い選択と考えられている。MELOS 計画で 火星からの大気散逸過程の解明に挑む(Terada et al., は、堆積岩調査を行う場合、表層環境の変遷に主眼を置 2009)。日本がこれまでに培ってきた月惑星探査技術を き、炭酸塩の堆積状況に注目することが重要と考えられ 生かし、さらに新たな技術として、軌道制御技術、空力 ている。着眼点は、リモートセンシングデータの詳細解 誘導技術、表面探査技術、飛行探査技術があり、これら 析が進んでいる地域の Nile Fossae が挙げられる。ここ の技術チャレンジにより、火星探査に革新をもたらすこ は、複雑なテクトニクスを示す地域で、メタンガスの発 とになるだろう(Kubota et al., 2009; Satoh et al., 2010a)。 見でも注目を集めている場所である。また、海の存在を 2.1 MELOS 計画の生い立ちと検討中の科学観測課題 確認し、その存在期間を制約するという目的から、海岸 金星気象オービターである日本の金星探査機「あか 線を探索するという着陸地点の選出も検討されている。 つき」が 2010 年 5 月 21 日の打ち上げに成功する以前よ その際には、北半球低地と南半球高地の境界付近に着陸 り、地球-金星-火星という惑星気象学の確立に好適な し、堆積層序の不整合や水成堆積物、あるいは衝突に伴 3 サンプルを完結させる「火星気象オービター」を実施 う津波堆積物・津波作用による地形の探索も行うことが したいとの声の高まりがあった。そこに、「のぞみ」が 重要とされる。火山岩調査においては、地表に露出して 目指したが未だ重要性の高い大気散逸ミッションを実施 いる溶岩流を直接採取する。ローバーの走行距離性能と したいとするグループ、火星表面に着陸してサイエンス 着陸精度から、10 km 程度の範囲内に確実に露頭が存在 を行いたいとするグループが加わり、MELOS ワーキン し、かつ数 km の走行距離で多種類のサンプリングが可 ググループが始動した。計画名が島名の MELOS 島は、 能な着陸候補地点として、クレーターの ejecta blanket が ミロのヴィーナス発見の地である。Venus と Mars は神 検討されている。ローバーに搭載する科学観測機器とし 話において恋人同士であり、火星への熱い思いを寄せる て、岩石表面を研磨するグラインダ、マクロ分光カメラ、

188(60) Eco-Engineering レーザ誘起絶縁破壊分光計などが提案されている(Satoh のためのキュレーション設備を活用すれば、速やかに初 et al., 2010b)。 期分析を行うことが可能である。MASC のサンプリン 2.3 B 案(生命探査)火星の表面での生命探査 グ機構は、Stardust 計画で用いたエアロジェルによるダ 地球上の生物は、太陽エネルギーを利用して生命活動 ストサンプリングを検討している。Stardust 計画との違 を営むものが一般に知られている。しかし、太陽光の届 いは、大気存在下でのサンプリングである。そのため高 かない深海底にも、コシオリエビやユノハナガニ、二枚 層大気層での試料温度上昇が懸念されるが、最高温度は 貝やチューブワームなどの生物が生存しており、熱水噴 600 K 程度、加熱時間 10-4 秒以下であるため、大きな影 出孔周辺に生育する微生物を餌に生息している。これら 響はないと考えられる。現在、エアロジェルの各種検証 の微生物は、熱水中の水素や硫化水素、鉄やマンガンを が進められている(Satoh et al., 2010b)。 利用してエネルギーを獲得している。ここでの熱は地球 2.5 C 案(空中探査)火星探査用航空機 内部で発生しているものである。一方、火星では、火山 日本では、2009 年に火星の飛行探査研究会が立ち 活動はないと考えられてはいるが、火星内部にかなりの 上がり、2010 年 3 月に火星探査用航空機ワーキング 熱が保存されているという説もあり、熱水反応を起こさ グループが立ち上がった。このワーキンググループ せる程度の熱は出ている可能性もある。火星の地下に水 では、飛行機型(全備質量3.5 ~ 4.0 kg、スパン長 の氷が大量に存在することは、2001 年の Mars Odyssey 2.5 m)とパワードパラグライダ型(翼面積 30 m2、全 による観測で明らかにされている。また、火星表面でメ 備質量 15 kg)の 2 つ機体を候補として、そのミッショ タンガスも観測されていることから、メタンを餌にする ン成立性について検討が進められている。火星航空 微生物がいる可能性も十分考えられる。火星での生命探 機による火星観測の利点として、観測衛星より高解像 査では、火星表面に降り注ぐ紫外線や放射線の影響の少 度で、ローバーよりも広範囲の地表観測が可能である ない数 cm の地下を掘る必要がある。また、微生物の多 こと、崖などの露頭観測が可能なこと、大気サンプリ くは 1μm 程度の大きさしかないため、顕微鏡を用いる。 ングを広範囲に行えること、広範囲・高解像度の磁場 土の粒子と区別させるため、蛍光色素で染色し、核酸、 観測、重力場観測が可能であることが挙げられる。現 細胞膜、酵素活性、タンパク質などの生体関連物質をそ 在は、国内外で火星の飛行探査に関する様々な提案が れぞれ検出する必要がある。それによって、生きている なされているが、現時点でもっとも詳細に検討が行わ のか、死んで有機物片となっているのかを検出する。ま れて、実現性が高いと考えられているのは、NASA の た、生物活動なしに合成されるアミノ酸との区別として、 Mars Scout program に提案されたARES 計画(Aerial 右型(D 型)と左型(L 型)を見分ける必要がある。地 Regional-scale Environmental Survey of Mars)である。こ 球上の生物はそのうち左型だけを使っている。火星の生 れは、スパン長 6.25 m、全長 4.45 m、全備質量 185 kg 命が左右どちらを使っているかはわからないが、どちら の比較的大型の機体を利用し、600 km 以上を飛行し か一方だけを使っていれば、生命である証拠につながる て大気観測などを行うという計画である(Satoh et al., (Satoh et al., 2010b)。 2010b)。 2.4 C 案(空中探査)無着陸サンプルリターンミッション 2.6 C 案(空中探査)FS ランダー計画 MASC(Mars Aeroflyby Sample Collection )計画は、 FS ランダーとは、Flock of Scattered Landers(分散型 火星大気高度 35-40 km 付近で上空ダストおよび大気を 着陸探査機の群れ)を意味する。一機の小型着陸機がも 採取し地球へと帰還する無着陸サンプルリターン計画 たらす情報量は限られたものとなるが、多数の小型着陸 である。着陸型のサンプルリターンと異なる点は、火星 船が火星表面で分散しデータを収集することで、多様性 上空を舞うダストを採取することである。上空ダストは に富む火星の全体像を多角的に理解することが可能とな 表層物質そのものであり、かつ全球平均に近い試料採取 る。FS ランダーでは、これまで危険で行けなかった場所、 となるため、表層物質の相対存在度が得られることが期 複雑で起伏が激しい場所や極域へも探査が可能である。 待される。また、採取試料は地球で高精度分析を行うこ FS ランダーのサイエンスターゲットは、搭載小型カメ とによって、大気の主成分、微量成分組成、希ガス同位 ラによる地表撮影、大気構造鉛直分布による大気重力波 体の精密な同定、生命活動の有無、年代に関する詳細な やダストストーム発生中の大気温度鉛直構造の観測、大 情報を得ることができる。これらは宇宙航空研究開発機 気化学の時間変化、電磁気探査と次世代育成などである。 構(JAXA) の小惑星探査機「はやぶさ」が採取した試料 FS ランダーの技術的検討課題としては、1 機あたりの

Eco-Engineering (61)189 質量の最小化や、熱防御システムの設計、空気抵抗に関 置いているところを、フォボスの表面物質のサンプルリ するものである。現在、展開型風力傘の飛行実証実験な ターン計画を企てているところが着目すべきである。こ どが試みられている(Satoh et al., 2010b)。 れが成功すれば、米国の Apollo 計画による月の石の採 2.7 D 案(内部探査)複数ランダーによる火星内部構 取、Discovery Program の Stardust による彗星の塵サンプ 造のネットワーク探査 ルおよび日本の「はやぶさ」による小惑星 Itokawa のサ 複数着陸機によるネットワーク探査計画は、火星上に ンプルに次いで、地球外物質のサンプルリターン計画と 2 機以上の着陸機を降ろし、少なくとも 1 火星年にわた なる。各国が着実に宇宙開発技術を構築してきているた り多角的な地球物理学観測を行うことで、火星の現在の め、火星の岩石や砂のサンプルリターン計画も、今後ま 活動度を知ること、火星の基本的な地殻・マントル・核 すます現実的となってくるであろう。日本の火星探査は、 の境界の位置やコアの様態、さらに可能であれば地殻熱 「のぞみ」で達成し得なかったが、日本が得意とする磁 流量等をおさえ、信頼に足る火星一次元内部構造モデル 気圏探査や大気散逸過程に関する分野は、まだ詳細に調 を構築することが大きな目標である。これまでの火星探 査されていない。また、MELOS 火星複合探査では、「は 査では、生命探査を主軸にした「水」の探索が中心であ やぶさ」や「あかつき」の技術をたくみに活かして進め るが、火星表面の地球物理学的な探査も幾つか行われて ていくと予想される。ただし、MELOS より一足先に、 いる。Viking 探査機による地震探査では、地震計の感度 MAVEN や ExoMars Trace Gas Orbiter が火星に到着する 不足や搭載位置の不良等による十分な観測を行うことが ため、探査項目は日本の独自性が高く国際貢献度の高い できなかった。Mars Pathfinder の電波観測(ドップラ計 ものを念入りに選ぶ必要があるだろう。筆者が 2008 年 測)による回転計測も、回転変動のうち、自転速度変動 に MELOS ワーキンググループの会合に参加した際に や歳差については検出されたが、観測精度が不足してい は、A 案から D 案までまだ整理されてはおらず、A 案 たことや、章動や極運動については検出できなかった。 の地質探査や航空機による観測の提案者が大部分を占 その他には、周回機に搭載されたレーザー高度計による めた。当時、B 案の生命探査は含まれておらず、筆者が 地形計測や、周回機の軌道追跡による重力場測定が行わ 生命探査や宇宙農業に貢献する探査の必要性を MELOS れた。複数ランダーによるネットワーク探査では、地震 ワーキンググループの会合で提案した際、支持者が全 計測パッケージ、測地(回転・重力)計測パッケージ、 くおらず、日本の独自性の高い火星での宇宙農業研究が 電磁場計測パッケージを搭載する予定である。それによ 次世代の日本における火星探査計画に組み込まれないの り、固体火星の内部構造を推定する計画である(Satoh ではないかと不安を抱いた。MELOS 計画は広い研究コ et al., 2010b)。 ミュニティから意見を集める必要があるのではないかと 感じた。そして、2010 年の時点では、研究途上の A 案 3 .総合考察 から D 案を博物館で展示することにより一般市民から 次世代の火星探査では、NASA の火星探査計画である の意見を取り入れるまでに成長した。これまで米国や欧 MSL での新着陸技術に注目したい。エアバッグ方式を 州の探査機による表面画像や各種データを利用して日本 使用せず、Sky Crane 方式による大型火星探査車の火星 は理論的および実験的に火星の研究を進めてきた。また、 表面への降下である。また、Curiosity は、これまでの探 惑星内部や表層、大気に関するモデル計算で理論的およ 査車とは異なり、太陽電池ではなく原子力電池を用いる び実験により研究を進めてきた。今後、日本独自の火星 予定であり、広範囲にわたる大型の探査が可能となるで 探査の実現により日本がオリジナルデータを取得するこ あろう。ESA-NASA 共同の ExoMars Programme は、欧州 とが可能となり、これまで培ってきた理論研究との相互 と米国の共同ミッションで、お互いの得意とする分野を 比較とさらなる連携により、火星の謎の解明が可能とな 活かして、シリーズで計画している火星探査計画である。 るであろう。 ESA は、2003 年 12 月に一度火星上空でのカプセル分離 に失敗しているため、今回の EDM では、火星大気圏へ 引用文献 の突入と降下、着陸のデモンストレーション部分の一連 ExoMars’s web site, 2009: ESA Member States give green light to の技術確立とデータが取得できれば、ESA にとっては、 ExoMars Programme. At 飛躍と言える。ロシアが計画している Phobos-Grunt は、 http://www.esa.int/esaMI/ExoMars/SEMIH8AK73G_0.html 各国が火星の表面物質や大気進化、生命探査に優先度を ExoMars’s web site, 2010 : At

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