Google Lunar X-Prize について About the Google Lunar X-Prize
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日本ロボット学会誌 Vol. 32 No. 5, pp.439~442, 2014 439 解 説 Google Lunar X-Prize について About the Google Lunar X-Prize ∗ 吉 田 和 哉 ∗東北大学大学院工学研究科 ∗ ∗ Kazuya Yoshida Tohoku University り,以下の条件が設定されている [2]. 1. ま え が き ●優勝(賞金 2,000 万ドル),準優勝(賞金 500 万ドル) 1927 年 5 月,チャールズ・リンドバーグが操縦する「スピ 2015 年 12 月 31 日までに月面に民間開発の無人探査機 リットオブセントルイス号」が,ニューヨークからパリまで を着陸させ,着陸地点から 500 [m] 以上移動して,指定さ 単独無着陸横断飛行を達成し,この成功が皮切りとなって, れた高解像度の画像,動画,データを地球に送信する. 航空機産業が飛躍的な発展を遂げてきたことはよく知られて ●ボーナスミッション いる.あのときリンドバーグをそのような冒険に駆り立てた 上記に加え以下のミッションを成功させた場合,特別賞 のは,ニューヨークのホテル経営者レイモンド・オルティー が加算される(賞金総額 400 万ドル). グが,25,000 ドルの賞金(オルティーグ賞,Orteig Prize) アポロ・ヘリテージ・ボーナス を準備していたからである.リンドバーグの成功の裏には, アポロ計画で月面に残した機器を撮影する. 数多くの挑戦者による競争と失敗の歴史が刻まれている. ヘリテージ・ボーナス イノベーションとは自然発生するものではなく,それを アポロ計画以外の過去の宇宙開発で月面に残した痕跡を 駆り立てる時代背景が必ずあり,例えばスペースレースと 発見する. 呼ばれた国家間の宇宙開発競争も一つの典型ではあるが, レンジ・ボーナス 民間資本による賞金レースが大きな役割を果たしてきたこ 着陸地点から 5,000 [m] 以上走行する. とは,歴史が証明している. サバイバル・ボーナス 世の中にイノベーションを仕掛ける,民間人による非営 月面の夜を乗り越えて活動を継続する(月面は 14 日昼 利組織として,1995 年にエックスプライズ財団(X Prize 間が続いた後,14 日間太陽が当たらない夜の期間になり温 Foundation)が設立された.2004 年には資産家アニュー 度は −170◦C の厳しい環境になる). シャ・アンサリ氏からの資金提供を受けて Ansari X Prize ウォーター・ディテクション・ボーナス として,高度 100 [km] 以上の宇宙空間に乗員 3 名の有人 月面で水または氷を発見する. 飛行をし,同一機体で 2 週間以内に再飛行するという条件 このプライズへの挑戦者として世界各国から最大 33 チー を達成した,スケールド・コンポジッツ社の宇宙船 Space- ムが登録されたが,本稿の執筆時点でアクティブなのは 18 ShipOne に賞金 1,000 万ドルが与えられた [1].この技術が チームである [3].日本からは「Hakuto(ハクト)」が参加 ベースとなって,宇宙旅行ビジネスが始まろうとしている. している.同チームは,当初,日欧混合のチーム「ホワイ 次なる目標として,エックスプライズ財団は民間が開発 ト・レーベル・スペース」として発足したが,月着陸機の した無人探査機で月面を探査することを提案し,インター 開発を担当していた欧州チームが撤退したため,日本単独 ネットの検索エンジンで有名なグーグル社がスポンサーと のチームとなり,2013 年 7 月に「白兎」に由来する「ハク なり,2007 年に Google Lunar X-Prize がスタートした. ト」にチーム名が変更された. 2013 年 11 月には順調に開発を進めているチームを経済的 2. Google Lunar X-Prize の概要 にサポートし,さらなる投資や認知を上げることを目的とし Google Lunar X-Prize は総額 3,000 万ドルという,史 て,Landing System, Mobility Subsystem, Imaging Sub- 上最高金額の賞金を目指して競われている国際レースであ system の 3 つの評価項目に対してマイルストーン賞(中間 賞)がアナウンスされ,書類選考の結果,2014 年 2 月に,As- 原稿受付 2104 年 4 月 30 日 trobotic(米国),Moon Express(米国),Team Indus(イ キーワード:Lunar Exploration, Lander, Rover, Innovation ンド),Part Time Scientists(ドイツ),Hakuto(日本)の 5 ∗〒 980{8579 仙台市青葉区荒巻字青葉 6{6{01 ∗Aoba{ku, Sendai{shi, Miyagi チームが中間賞候補として選抜されたことが発表された [4]. 日本ロボット学会誌 32 巻 5 号 |37| 2014 年 6 月 440 吉 田 和 哉 表 1 月面着陸機の諸元 本稿では,この 5 チームの技術開発状況について公表さ れている情報を中心に,月面探査技術の今と新しい試みに ついて概説する. 3. 月 面 へ の 着 陸 人類史上最初に月面に軟着陸し,画像撮影および地球へ の伝送に成功したのは,1966 年 2 月ソビエト連邦のルナ 9 号であった.質量 99 [kg] の着陸機は時速 22 [km] で月面に 図 1 月面着陸機 Griffin の地上モデル(Astrobotic) 衝突し,エアバッグによって跳ね上がり,やがて月面上に静 止して,その後着陸地点周辺のパノラマ撮影を行った.そ メロン大学の William Red Whitteker 教授の研究グループ の 4ヵ月後の 1966 年 6 月には,米国のサーベイヤー 1 号が をコアにしたチームである.同研究グループはこれまでに 軟着陸に成功している.サーベイヤー計画では,1,3,5, NASA から多数の研究開発プロジェクトを受託してきたこ 6,7 号 5 機(いずれも着陸質量 300 [kg] 前後)が月面への とを,強みにしている.同チームは現在,中間賞 Landing 軟着陸に成功し,その後のアポロ計画における有人月面着 System, Mobility Subsystem, Imaging Subsystem の 3 陸の基礎データが収集された. 部門にノミネートされている. 表 1 に月面に軟着陸した主な探査機の諸元を示す. 打ち上げ機には,米国民間企業スペース X 社により開発 同表に記載したルナ 21 号は,探査ローバー・ルノホート 2 された商業用打ち上げロケット,ファルコン 9 の使用を想 を搭載しており,ルノホート 2 は地上からの遠隔操縦により 定し,図 1 に示す Griffin と名づけられた着陸機を開発して 月面を 37 [km] にわたり探査した.ルナ 24 号は 1976 年に無 いる.Griffin は月面上に最大 270 [kg] のペイロードを運ぶ 人サンプル・リターン・ミッション(3 回め)を成功させた探 ことを目標としている.ステレオビジョンとレーザスキャ 査機であり,以降,2013 年の嫦娥 3 号まで月面軟着陸は行 ンセンサを併用した画像航法を用いて目標地点に 100 [m] われなかった(同表より,嫦娥 3 号は日本で検討されていた (3σ) 以内の精度で着陸することを目指しており,地上での SELENE-2 と,数値的には近いものであることが分かる). フライト試験を積み上げている [6]. Google Lunar X-Prize の中間賞 Landing System 部門 ローバとしては,Polaris(図 2 (a))および Red Rover にノミネートされている 3 チームの諸元を比較すると,各 (図 2 (b))と名づけられた 2 タイプのプロトタイプモデル チームが計画している探査機の規模は,サーベイヤー探査 が開発されている.これらはいずれも 4 輪走行,質量は 機と同等か,それよりひとまわり大きい,もしくは小さい 100 [kg] 超級である.特に Polaris は月面の極域探査を想 ものであると言える. 定したモデルであり,太陽電池パネルを垂直に立てている. 人類は,1960 年代には無人月面探査機の軟着陸を成功さ 低温環境に耐える電池技術の開発も進んでいると言われて せており,人類の資産として月面着陸技術は既に存在して おり,原子力電池 (RTG) を使わないで,越夜に挑戦する. いるものである.Google Lunar X-Prize では,それをい 着陸候補地として,日本の「かぐや」が第一発見し [7],そ かにして現代の先端技術を用いて,低コスト化,高機能化, の後米国の LRO 探査機で詳細な探査が行われた Skylight 高信頼化してシステム・インテグレートすることができる (溶岩ドームの縦孔)の一つが有力視されている. かどうかが試されている. 4. 2 Moon Express(米国)[8] Moon Express は,米国西海岸シリコンバレーの NASA 4. 主要 5 チームの開発状況 Research Park に拠点を置くチームである.同チームの着 4. 1 Astrobotic(米国)[5] 陸機およびローバが得た月のデータを,NASA が 1,000 万 米国の Astrobotic は,ロボット研究で有名なカーネギー ドルで買い取る契約を結んでいる. JRSJ Vol. 32 No. 5 |38| June, 2014 Google Lunar X-Prize について 441 (a) 月ローバのプロトタイプモデル Polaris(Astrobotic) (a) 月ローバのプロトタイプモデル Asimov(Part Time Scientists) (b) 月ローバのプロトタイプモデル Red Rover(Astrobotic) 図 2 (b) 3 眼 3D 距離センサ(Part Time Scientists) 図 4 同チームは現在,中間賞 Landing System, Imaging Sub- system の 2 部門にノミネートされているが,その技術内容 の詳細は明らかにされていない. 4. 4 Part Time Scientists(ドイツ)[11] Part Time Scientists はドイツに拠点を置くチームであ るが,そのメンバーは欧州,米国,ブラジル,南アフリカ などからなる,多国籍チームである.同チームは現在,中 間賞 Mobility Subsystem, Imaging Subsystem の 2 部門 図 3 Moon Express の月着陸機とホッピングローバの概念図 にノミネートされており,特に自律探査ローバ開発に強み を持っていると考えられる. ファルコン 9 のサブペイロードとしての打ち上げを想定 図 4 (a) に Asimov と名づけられた 4 輪ローバのプロト し,MX-1 と名づけられた質量 600 [kg](燃料込み)の着 タイプモデルを示す.同図 (a) のモデルには 2 眼カメラが 陸機を開発し,地上での飛行試験にも成功している [9].着 取り付けられているが,最新モデルでは,同図 (b) のよう 陸機の大きさは,Astrobotic のものよりかなり小型である. に 3 眼式となっており三次元距離計測能力が強化されてい 燃料に過酸化水素を用いた一液式エンジンを採用している. る.プロセッサとして,NVIDIA 社の GPU を用いて画像 図 3 に概念図を示す.着陸後の表面移動には,それぞれ 処理,環境認識,経路計画,ナビゲーションにいたる一連 質量数 kg 以下の 2 輪型ローバ,もしくは推進装置を用いた の機能を実現し,地上からの遠隔操作に依存しない自律移 ホッパーの使用が検討されている.同チームは現在,中間 動探査を実現することを目指している [12]. 賞 Landing System, Mobility Subsystem, Imaging Sub- 4. 5 Hakuto(ハクト)[13] system の 3 部門にノミネートされている. Hakuto は東北大学吉田研究室の宇宙ロボット研究を技 4. 3 Team Indus(インド)[10] 術基盤としたチームであり,現在,月面上を走行するロー Team Indus は,インド・ニューデリーに拠点を置くチー バ開発に専念している.中間賞 Mobility Subsystem 部門 ムであり,元空軍パイロットと実業家集団が中心メンバー にノミネートされている.同研究室は,50 [kg] 級超小型衛 となっている. 星「雷神」「雷神 2」および 2U(10 × 10 × 20 [cm])サイズ インドの主力ロケットである PSLV での打ち上げを想定 の CubeSat「雷鼓」の開発,軌道上運用の経験もあり,ま し,月面に到着するペイロードは 40 [kg] を目指している. た「はやぶさ 2」搭載小型探査ロボット MINERVA II-2 も 日本ロボット学会誌 32 巻 5 号 |39| 2014 年 6 月 442 吉 田 和 哉 ようとしているミッションは,国家プロジェクトとして実 施するならば 1,000 億円級のものになるであろう.Google Lunar X-Prize では,各チームが,これを民間ベースで約 1 / 10 のコストで達成しようと挑戦を続けている.しかも 仮に 100 億円で達成できたとしても,賞金はその一部にし かならない. エックスプライズに参戦している各チームは,賞金のそ (a) MoonRaker(4 輪ローバ)と Tetris(2 輪ローバ)のタンデ の先を見ている.民間でも月面探査が可能であることが実 ム走行(Hakuto, 浜松中田島砂丘にて) 証されれば,新しい宇宙探査,宇宙開発の時代がひらかれ ることになるであろう.国際的に官民が協力して高い頻度 で月を訪問する.行き先は月だけではなく,小惑星や火星 へも展開していくであろう.そういう時代を先導する牽引 車になることを夢見て,挑戦者たちはしのぎを削っている. 参 考 文 献 [ 1 ] http://space.xprize.org/ansari-x-prize [ 2 ] http://www.googlelunarxprize.org/prize-details (b) MoonRaker と Tetris を用いた縦孔探査の概念図 (Hakuto) [ 3 ] http://www.googlelunarxprize.org/teams [ 4 ] Google Lunar XPRIZE Selects Five Teams to Compete for $6 図 5 Million in Milestone Prizes, February 19, 2014, (http://www. googlelunarxprize.org/media/press-releases/google-lunar-xprize- selects-five-teams-compete-6-million-milestone-prizes) 手がけており,これらの経験を活かして,現在,ローバの [ 5 ] http://www.astrobotic.com/ プレ・フライトモデルを開発中である. [ 6 ] https://www.youtube.com/watch?v=53hLiOWHByQ [ 7 ] J. Haruyama, et al.: \Possible lunar lava tube skylight observed ローバテストベッドとして,4 輪駆動タイプで質量約 by SELENE cameras," Geophys. Res. Lett., vol.36, p.L21206, 10 [kg] の MoonRaker と,2 輪駆動タイプで質量約 1.5 [kg] doi:10.1029/ 2009GL040635, 2009. [ 8 ] http://www.moonexpress.com/ の Tetris が開発されている. [ 9 ] http://www.businessnewsline.com/biztech/201312101422130000. MoonRaker は,固定ミラーを用いた全方位カメラと, html [10] http://blog.teamindus.in/ ミラー・スキャン型のレーザセンサ(日本信号社 MEMS [11] http://ptscientists.com/ 製)を搭載し,これらを組み合わせて地形認識や,自己位 [12] \Shooting beyond the Moon: \Part-Time" Scientists Aim 置推定を行うことを準備している [14].一方,Tetris は, to Develop Autonomous Rover to Compete for Lunar X PRIZE," Scientific American, May 23, 2012, http://www. ARLISS ローバとして 2003 年より製作を続けてきた 2 輪 scientificamerican.com/article/lunar-x-prize-autonomous-rover/ ロボット [15] を原型としている.それぞれのロボットは, [13] http://team-hakuto.jp/ [14] K. Yoshida, N. Britton and J. Walker: \Development and Field 斜度 15 度の斜面を含む屋外フィールドにおいて,搭載バッ Testing of MoonRaker: a Four-Wheel Rover in Minimal De- テリーの補充電なしに 500 [m] 以上を連続走行できること sign," ICRA13 Planetary Rovers Workshop, 2013. [15] K. Yoshida, Y. Sakamoto and K. Nagatani: \ARLISS Come- を確認している. back Competition|Six-year History of Autonomous Rover 特に最近のフィールド実験では,MoonRaker と Tetris Challenge|," 26th International Symposium on Space Tech- をテザーで結合させ,平坦地では両者が 2 両連結となって nology and Science, ISTS-2008-U-20, 2008. [16] https://www.youtube.com/watch?v=tLIr ofblW4 走行し(タンデム走行,図 5 (a)),縦孔 [7] のような急傾斜 地では,MoonRaker がアンカーとなり,テザーで牽引さ 吉田和哉(Kazuya Yoshida) れた Tetris が斜面を上下する状況(図 5 (b))を想定した 1986 年東京工業大学大学院理工学研究科修士 実験にも取り組んでいる [16]. 課程修了.1986 年東京工業大学助手,1994 年米国マサチューセッツ工科大学客員研究員, 5. あ と が き 1995 年東北大学助教授を経て 2003 年より東 北大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻教 授.2011 年より「極限ロボティクス国際研究 は総額 万ドル( ドル Google Lunar X-Prize 3,000 1 100 センター」センター長.工学博士.宇宙ロボット研究をはじめ 円と換算して 30 億円)の懸賞がかかった賞金レースである として,技術試験衛星 VII 型(きく 7 号)軌道上ロボット実験, が,打ち上げロケット,月着陸船,月面ローバのすべてを開 「はやぶさ」,超小型衛星「雷神」「雷神 2」,および原発対応ロ ボット「クインス」の開発に貢献.(日本ロボット学会正会員) 発・調達しようとすると,はるかに大きな金額が必要とな る.例えば,Astrobotic あるいは Moon Express が実現し JRSJ Vol. 32 No. 5 |40| June, 2014.