平均台の宙返り技群における技術発達史的研究 Research on the Skill De
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早期公開 論文種別:原著論文 表題: 平均台の宙返り技群における技術発達史的研究 Research on the Skill Development History of Balance Beam Salto Skills 著者名: 1)仲宗根 森敦 NAKASONE Moriatsu 所属先: 1)東京学芸大学教育学部 Faculty of education, Tokyo Gakugei University 所属先住所: 1)〒184-8501 東京都小金井市貫井北町 4-1-1 4-1-1, Nukuikitamachi, Koganei, Tokyo 184-8501 キーワード:器械器具の改良,終末技,体操競技 Key word :equipment improvements, dismount skills, gymnastics ランニングタイトル: 平均台の宙返り技群における技術発達史的研究 連絡先担当者:仲宗根 森敦 [email protected] 1 早期公開 Abstract: Currently, there are over 500 skills depicted in the women’s scoring rules in gymnastics. This is the result of continuous skill development efforts by athletes and coaches. To reorganize the results of such skill development, we must study the changes in scoring rules and improvements made in equipment and consider how they relate to skills. Studies that directly focus on sports movements and explore the technical aspects of sports, rather than investigating the general history of sports development from a sociocultural perspective, are studies on the historical development of skills (Kishino, Tawa, 1972). Such studies are now commonplace in gymnastics research but are mostly based on men’s events. This study examines the developments made in salto on balance beams from the 1960s to the present day, highlighting the changes in skill development triggered by new scoring rules and improved equipment and shedding light on the future direction of skill development in gymnastics. The following summarizes the results of this research. 1. In the 1960s, salto skills for balance beams were identified and were only performed during dismount. 2. From the 1970s to the 1980s, many salto skills were developed owing to balance beam equipment improvements as well as the program component system in scoring rules and the point adding system. 3. Since the 1990s, owing to rule changes and a lack of improvement in the width of the beam, almost no new salto skills have been developed. 4. Since the 2000s, owing to a change in the height of the balance beam, having a mat placed on the ground for safety, and a scoring rule focused on high difficulty, the development of dismount skills has progressed. In relation to the future of skill development, this can be summarized as follows. 1. The development of balance beam dismount skills with complicated structures that are similar to those in floor exercises is likely to occur. 2. We can also expect the development of different salto on the beam compared to floor exercises, such as modified salto with one leg jumps and one leg landings that can be performed on the width of the balance beam. 2 早期公開 Ⅰ 技術発達史的研究の意義と本研究のねらい マイネル(1981,p.31)によると運動技術が問題になり始めたのは,1896 年の第 1 回アテネオリン ピック大会とされている.この大会の陸上競技男子 100 メートル走にてアメリカの Burke 選手が初め てクラウチングスタートを行い優勝した.近年ではリオデジャネイロオリンピック大会の陸上競技男子 400m リレーにおいて,日本チームがバトンの手渡し方に工夫を加え銀メダルを獲得したことは記憶に 新しい.スポーツ技術(Sportliche Technik)( Fetz,1972,p.287)の開発はそのスポーツ発展に非常 に重要な役割を担っていることは周知の事実であろう. 体操競技の世界においても多くの技術が開発されその発展は現在でもとどまることをしらない.例え ば女子体操競技の採点規則において 1968 年当時は中難度部分・高難度部分の 2 段階であったものが (日本体操協会,1968a), 現在では A 難度から J 難度の 10 段階まで難度段階が広げられている(日本 体操協会,2020).さらに女子採点規則には現在 500 以上の技が記載されており,選手やコーチらによ るこれまでの絶え間ない技術開発の成果を知ることができる(日本体操協会,2017).しかしこのよう な多くの技が採点規則に記載されている一方で,採点規則から消えてしまった技もある.例えば 1974 年の世界選手権種目別決勝の段違い平行棒の演技においては〈後方臥回転〉を演技構成に組み入れた選 手が大半を占めていたが,2 年後の 1976 年のモントリオールオリンピックではほとんど実施されなく なっており(森,1975;田川,1976),現在では終末技以外の〈後方臥回転〉は採点規則からほとんど 削除されている.このような長い時間をかけて習得した技が認められなくなった例は選手やコーチらに よるこれまでのトレーニングを台無しにしてしまうことを示している.このような事態を避けるために は「時代的潮流」(金子,1974,p.216)を認識する必要がある.つまり「時代の中に流れていく生きた 技の背景を探ること」(金子,1974,p.217)を通じて技術や理想像を保証し,体操競技の発展傾向や今 後も生き残っていくであろう技の把握をすることになる.時代的潮流の認識はその時代の体操競技の流 れを把握することが可能になるとともに,将来を見据えた演技構成の組み立てやトレーニング計画遂行 のための技の取捨選択に不可欠なものである. わが国におけるスポーツの技術発達史的研究には岸野・多和による『スポーツの技術史』(1972)が まず挙げられよう.そこでは「スポーツの発達を文化的・社会的生活との関係から一般史的に解明する のではなくして,直接にスポーツ運動そのものに眼を向け,技術的な側面からスポーツを解明」するこ とを目指している(岸野・多和編,1972,p.i).本論における技術発達史もこれを意味し,技術発達史 的洞察から時代的潮流を明らかにしようとするものである.これまでの体操競技における技術発達史的 研究には 1982 年に日本体操協会より発刊された『研究部報 50 号』が挙げられる.そこでは男子 6 種 目のこれまでの技術発達史に関してまとめられている(栗原,1982;森,1982;田川,1982;高岡・ 3 早期公開 保母,1982;渡辺・三浦,1982;吉田,1982).また渡辺(1996)は鉄棒における〈上向きとび越し〉 に関してその空中局面の運動経過を規定している要因を体操術語や技術発達史から明らかにしている. さらに木下(2001)は鉄棒における手放し技の〈とび越し懸垂系〉と〈とび越し宙返り懸垂系〉2 つの 発展傾向を検討し,技の発生経緯やその特徴を整理してまとめている.近年では佐野・渡辺(2019a; 2019b)によるあん馬における〈両足系〉や〈片足系〉,〈倒立系〉に関する技術発達史的研究や,森井・ 渡辺(2019)による男子ゆか運動の〈宙返り〉に関する 1970 年代から 1980 年代における技術発達史 的研究が挙げられる.前述した先行研究は,いずれも技の技術発展傾向をその時代の採点規則や器械器 具の改良から新技術の発生と結びつける深い考察により,当時の演技構成の特徴を示すとともに今後の 技の技術開発を示唆している.このように技術発達史的研究は体操競技の研究として一般的になってい るものの,多くは男子種目に偏っているのが現状である. 女子に関する新技の発生傾向をまとめた史料として女子跳馬に関しては遠藤(1993),女子ゆかに 関しては仲宗根(2012)によるものが挙げられる.また1981年に日本体操協会から発刊されている 『体操競技白書』(日本体操協会,1981a)には1980年頃までの男女各種目における技術の推移につい て整理されている.これらは技の発生経緯や今後の展望ついて述べているものの器械器具の改良や器 具規格の変更,採点規則の影響といった様々な要因を関連付けて時代毎の技の発展傾向を特徴づけて 捉えるまでには至ってない.いずれも新技をクロノロジカル的にまとめるのみにとどまっており,時 代的潮流を認識する洞察までは至っていないのである. 本研究の目的はこれまで技術発達史研究がされていない女子種目の1つである平均台の宙返り技群 を扱い,技の発展傾向やその要因を整理し,今後の技術開発の方向性を示唆することである.2014年 以降では跳馬2技,段違い平行棒7技,平均台12技,ゆか11技の新技が報告されており(日本体操協 会,2015;2016;2018;2019;2020),平均台においては毎年のように多くの新技が発表されてい る.このように,近年において新技の発表が他の種目に比べて顕著である平均台の技術開発の方向性 を示すことは選手や演技構成を考える指導者にとって急務であろう.技術発達史研究を進めるために は採点規則が施行された1960年代に遡り,現在までの平均台の技の発展傾向や技術開発の変遷を規則 や器械器具の改良,技術の関係性から整理する必要がある.しかし,数多くある平均台のすべての技 を対象にした場合,史料は膨大となってしまう.そのため,本研究では平均台において技術開発が著 しく,演技構成に直接的に役立てることができる高難度の技が多い宙返り技群の技術発展を整理し洞 察を加えていくこととする. Ⅱ 研究方法論と手順 4 早期公開 1. 研究方法 岸野・多和(1972)らによれば,スポーツの技術史とは「各種スポーツの総合的体系としての幅をも ち,各種スポーツそのものの意味を技術史的に吟味し,それを通じて人間とスポーツとの文化史的な関 係の深さを追求」することであると述べている(岸野・多和編,1972,p.ii).そのための手順として「第 1 にそれぞれの専門分野で,スポーツの技術をめぐっての史料を収集整理し,第 2 にそれぞれの技術の 時代的意味を理解するための技術観を追求し,そのうえでのスポーツ技術史を展開」していくことであ る( 岸野・多和編,1972,p.ii).上記の作業を具体的に進めた研究には木下(2001)や森井・渡辺(2019), 佐野・渡辺(2019a,2019b)らが挙げられる.特に佐野・渡辺(2019a,2019b)の研究では①あん馬 における両足系や片足系,倒立系の時代毎に特徴的な発展傾向を示し,②技術発達に影響した要因を規 則の変更や器械器具の改良,それに伴う技の技術の変化からその当時の技術開発の意図を分析,③各年 代を通じたこれまでのあん馬における技術開発と未来への技術開発の方向性を示唆している.その論展 開は体操競技における技術開発の動向を概観する分析方法として適していると考えられる.そこで本研 究も佐野・渡辺(2019a,2019b)の分析方法を手引きとして史料の収集,整理,考察を進めていくこ ととする.具体的な研究の対象と手順については以下に追って述べるが,ここでは本研究における技術 の概念について説明しておく.朝岡(1990)によるとスポーツ技術にはいくつかの階層性を認めること ができるという.例えば,ゆか運動における〈伸膝前転〉や〈後転とび〉などは「運動練習の達成目標 として目指される運動形態」=「技」であり,その運動形態を達成するための下位技術である「伝導技 術」や「はねおき技術」などは「その課題達成のためのやり方としての技術」=「技の技術」として区 別することができる.例えば Kaneko は〈け上がり〉の歴史的な発生経緯について検討し,振幅が増大 されたリズミカルでダイナミックな志向性を明らかにした(Kaneko,1967).そこから,〈け上がり〉 の技術的中核要因を腰の屈伸という従来の考え方を改め,懸垂前振りからの肩角度(腕と胴体のなす角 度)の減少であることを規定した(金子,1974,p.49;1984,p.328-333).そのことにより新たな技術 認識による技の技術開発が示唆され,類縁する技の体系に基づいた練習段階が提示されたのである(金 子,1984,pp.334-360).このように技の技術は技の形態的認識を変化させ,新しい技の開発に影響を 与えるという理解の上で本研究では「目標形態としての技術」=「技」の発達史を追っていくこととす る. 2. 研究対象について:平均台における宙返り技群 はじめに本研究の対象である平均台の技群について確認しておこう.体操競技における技は金子によ る体系方法論注1)によって分類されている.多くの体操競技の研究において引用される『体操競技のコ 5 早期公開 ーチング』による技の体系(1974,pp.349-360)では平均台は〈体操系〉,〈バランス系〉,〈回転系〉に 大別されている.〈宙返り技群〉は回転系に属し 1974 年当時では〈前方宙返り〉と〈後方宙返り〉に分 類されている.しかし,現在の平均台運動は『体操競技のコーチング』が出版された当時と異なり多く の新しい宙返りが発表されており,新しく技の体系を見直す必要が出てきている.例えば,現在の平均 台における宙返りは平均台上で行われる運動のみならず,1m25cm の平均台上にとび上がったり,とび 下りたりするようなゆか運動にはみられない宙返りが含まれるからである.しかしながら平均台にとび 上がるにせよ,とび下りるにせよそこには技としての一定の運動形態が認められ,一定の構造を見出す ことができる.そのため,技の構造特性にしたがって群化する必要があろう.金子(1974,p.98)は「下 り技を除いて床上でできない技が,台上でできるはずがない」と述べていることから,ゆかにおける宙 返り技群の体系をもとに分類することができるであろう.男子ゆかの技術発達史的研究をおこなった森 井・渡辺(2019)はゆかの宙返りを〈前方宙返り技群〉,〈後方宙返り技群〉,〈「トゥイスト」からの前 方宙返り技群〉,〈側方宙返り技群〉に分類し考察を行っている.本研究でも今後新しく発生する可能性 のある技を含めて検討しないわけにはいかないため,森井・渡辺(2019)が行った宙返り技群の技の体 系を用いて論を進めていくこととする.1974 年当時,金子(1974,p.359)は「踏切り局面から正確に 前後軸回転を起し,着地局面まで同様の体勢を保つことは不可能に近い」と述べ,細い平均台上では前 方宙返りのひねり技としてのさばきにならざるをえないとの理由から,平均台における側方宙返りは前 方宙返りの変形技として体系化している.しかしながら,現在の採点規則においては〈片足踏み切り, 側方かかえ込み宙返り,横向き着台〉や〈片足踏み切り,側方開脚伸身宙返り(縦向き,横向き)着台〉 といったように,側方宙返りを独自な技として前方宙返りと区別している.さらに近年には〈脚を交差 した側方開脚伸身宙返り〉,〈片足踏み切り,側方かかえ込み宙返り 1/2 ひねり,横向き着台〉といった 側方宙返りが新技として認められている.上記の新技が側方宙返りとして認められるのか,あるいは側 方宙返り技群が平均台の体系として成立するかといった具体的な考察に関しては紙面の都合上別項に 委ねるが,本研究では側方宙返りを前方宙返りの変形技として扱うことはせずに前方宙返り,後方宙返 り,側方宙返り,トゥイストからの前方宙返りの 4 つの系統の技術史的考察を進めていくこととする. また本研究では『女子採点規則 2017-2020 年版』に記載されている技のみを扱うこととし,すでに削除 されてしまった技は考察の対象としないこととする.この理由としては,現在も生き残っている技の時 代的潮流を考察するためである.技の表記に関しては,その問題性を含めて扱うことになると本論の射 程を大きく超えてしまうため現行の採点規則に記載されているものを使用した. 3. 史料について 6 早期公開 本研究では,文献史料,規則に関する史料,器械器具に関する史料,映像に関する資料を収集した. それぞれの資料について説明する. 文献史料としてまず 1962 年から日本体操協会研究部より発刊されている『研究部報』を収集した. 研究部報ではその時代に注目された技の連続写真が掲載され,各大会の報告や演技構成,技の練習方法 から体操の専門家である著者の当時の貴重な所感が記録されている.本研究では主に研究部報を中心に 扱った.また,1986 年から 1996 年まで体操協会が発刊した『研究部情報』も収集した.上記の史料は, 研究部報とは別に当時の国際大会の情報を国内にいち早く発信するために発刊されたものである.そし て『体操競技・器械運動研究』や『スポーツ運動学研究』などに投稿されている関連論文や,日本体操 協会からの発刊物,海外の体操専門誌『INTERNATIONAL GYMNAST』といった雑誌も可能な限り収 集した.さらに『Gymn Forum』というウェブサイトではこれまで誰が,どの技を,どの大会で実施し たかが一部整理されている.上記ウェブサイトは大会映像や INTERNATIONAL GYMNAST などをま とめたものであり,本論でも技の発生年を整理するために参考にすることとした. 当時の規則を知る史料には, 国際体操連盟(FIG )によって発行される『 採点規則』 (Wertungsvorschriften;Code of Points)を挙げることができる.佐野・渡辺(2019a)は採点規則に ついて「体操競技の発展を望むべき方向へ導くことを意図して作成されており,選手・コーチ・審判員 の規則,演技の評価に関する規則,各種目の技の難度表などから構成されていて,技術開発の状況や演 技の傾向を考慮して約 4 年に一度改定されている」ことを指摘している.本研究では日本語に訳され日 本体操協会から発刊されている『女子採点規則』を 1968 年版から 2017 年版までの約 50 年分収集し た.さらに国際体操連盟(FIG)の公式ウェブサイト上に随時公開されている『Women’s Technical Committee Newsletter』も収集した.ここには国際体操連盟の女子技術委員会によって決められたル ール変更など最新の情報が掲載されている.さらに上記の情報からは世界選手権やワールドカップなど の国際大会において発表された新技に関する発表者や発表された大会などの詳細な情報を世界の体操 競技関係者が得ることができる.日本国内では Women’s Technical Committee Newsletter を日本語に 訳したものとして『女子体操競技情報』が日本体操協会のウェブサイトを通じて発信されている.ウェ ブ上で配信以前のものは審判講習会などによって配布されており女子体操競技情報も可能な限り収集 した. さらに技の技術発展には器械器具の改良や器具規格の変更が非常に大きな影響を与えている(佐野・ 渡辺,2019a;2019b;森井・渡辺,2019)ことから,本論では過去の器具規格を採点規則の諸規則・ 器械器具構造寸度(日本体操協会,1968b;1975)や女子体操競技情報から得た.現在の器具規格につ いては 国際体操連盟の公式ウェブサイト上に掲載されている『Apparatus Norms』によって確認する 7 早期公開 こととした.また不明な部分に関しては,日本において体操競技の器械器具を取り扱っているセノー株 式会社より情報を得た. 本論では上記に加え映像史料も収集した.映像史料を扱う理由は,史料に基づいて技の「運動経過」 (Bewegungsablauf)(Fetz