芽瑠璃堂マガジン『ROOT』#007

デヴィッド・ブロムバーグ来日特集 芽瑠璃堂マガジンWEB 人気記事 芽瑠璃道~芽瑠璃堂の原点を辿って 7 石井達也のMIND THE GAP 来日公演決定!!

来日記念コラム 麻田浩(TOM’S CABIN)、宇田和弘、小川真一、小尾 隆、鈴木カツ 文=葉月賢治

デヴィッド・ブロムバーグが1978年1月の初来日以来、 シティ・ランブラーズなどで知られるカントリー/ヒルビリー 約34年ぶりに来日公演を行うことが決定したというニュー /オールド・タイムといったトラディショナル・ソングに加えて、 スは、まさに青天の霹靂とも言うべき大きな出来事だった。 ボブ・ディランの「悲しみは果てしなく」まで収録されており、 個人的にはブロムバーグを観ることなんて決して叶わない夢 まさにアメリカン・ルーツ・ミュージックのエッセンスをギュッ だとすら思っていたのだが、今回コラムをお引き受け頂いた と濃縮したバラエティに富んだ素晴らしい内容の作品であっ トムス・キャビンの麻田氏の尽力によって遂に現実のものと た。それとは打って変わって『ユーズ・ミー』は主にエレクトリッ なった。トムス・キャビンでは「聴かずに死ねるかシリーズ」 ク・ギターを手にしたバンド録音。もちろんアコースティック として現在まで実に数多くのミュージシャンを招聘している。 やドブロも使用している。ウッドストック、ナッシュヴィル、 2010年のジェフ・マルダー&エイモス・ギャレット公演や、 ニューオーリンズ、ヴァージニア、カリフォルニア、コロラド、 2009年のドニー・フリッツ公演など、未だに記憶に残ってい ペンシルベニアという具合に全米を旅して前述したゲストの る音楽ファンも多いことだろう。 元に足を運んで録音されている。ジョン・ハイアットと一緒に 今回の来日公演はそのシリーズの一環として仙台(4/13) 録音した「Ride On Out A Ways」のギター・ソロはブロム を皮切りに、札幌(4/15)、名古屋(4/16)、大阪(4/17)、福 バーグが弾いているのだが、温かい音色とメロディックなフ 岡(4/18)、そして東京(4/19)と丸々一週間に渡って全部で レーズは彼にしか弾けないギターだろう。ジャケットにも写っ 6公演を行うことが決定している。同行するメンバーはNate ている年季の入ったテレキャスターやドブロを使用したスラ Grower(fiddle, mandolin, vocals)と、Mark Cosgrove イド・ギターなどはまさに唯一無二、燻し銀の魅力を放って (mandolin, guitar, vocals)のふたり。詳細については公式サ いる。さらに忘れてはいけないのがそのヴォーカルである。 イト(http://toms-cabin.com/)を参照して欲しい。 決して歌の巧さで売っている訳ではないが、独特の歌い方と、 ブロムバーグは2011年に、前作『トライ・ミー・ワン・モア・ その声質によって実に味わい深いオリジナルの魅力がある。 タイム』から約4年ぶりとなる新作『ユーズ・ミー』を発売 このようにブロムバーグはアコースティック・ギターを持 したが、そこにはレヴォン・ヘルムやジョン・ハイアットを始め、 たせてもエレクトリック・ギターを持たせても素晴らしい演奏 ティム・オ ブ ラ イ エ ン 、ド クター・ジョン 、 ケ ブ・モ 、 ロ ス・ロ を聴かせてくれる。それはもちろん今に限ったことではなく、 ボス、リンダ・ロンシュタット、ワイドスプレッド・パニック、ヴィ ニューヨークのグリニッチ・ヴィレッジで大学に通いながら ンス・ギルという豪華なゲストの名前があった。アルバム・タ コーヒー・ハウスなどに出入りし、ギター一本で行こうと決 イトルにもなった「ユーズ・ミー」は、ビル・ウィザースが 意した頃から培ってきた努力の賜物であることに疑いの余地 1972年に発売したニュー・ソウルの名盤『スティル・ビル』 は一切ない。その演奏スタイルは紛れもなくアメリカン・ルー に収録していたファンキー・ソウル。思えば2007年の『トラ ツに根差したものであり、それを必要としたミュージシャン イ・ミー~』はブロムバーグが得意とするアコースティック・ 達が、やがて競うように彼をバッキング・ミュージシャンと ギターでの弾き語り、と言ってもただがむしゃらにストロー して起用するようになった。その代表的なミュージシャンが クをしてギターをかき鳴らすのではなく、スライド・ギターを ジェリー・ジェフ・ウォーカーであり、ロザリー・ソレルズで 駆使し、様々なフィンガー・ピッキングを用い、アルペジオ、 あり、エリック・アンダースンであり、ボブ・ディランであっ ハンマリング&プリング、そしてトレード・マークでもあるベ たのだ。ブロムバーグが録音に参加したレコードを丹念に ンディングといったテクニックを巧みに使いこなし、ひと時 探っていけば、それこそ一冊の立派な本ができ上がるだろう。 も飽きさせることがなかった。収録曲もロバート・ジョンス 今回の芽瑠璃堂マガジン『ROOT』ではページ数の都合も ン やト ミ ー・ジョ ン ス ン 、 ブ ラ イ ンド・ウィリー・マ ク テ ル や 、 あり、その中からかなり抜粋した形で2ページに渡ってご紹 レヴァランド・ゲイリー・デイヴィスなどの録音で有名なカン 介していきたいと思う。ちなみに次項から掲載するリストは トリー・ブルースやトラディショナル作品はもちろんのこと、 デヴィッド・ブ ロ ム バ ー グ の 公 式 サ イト 及 び All Music サム&カーク・マギーやエリザベス・コットン、ニュー・ロスト・ Guideを参考とさせて頂いた。 本稿では、あまりにも膨大に存在しているであろう、デヴィッド・ SELECTED ブロムバーグが「サイドマン」として録音に参加したディスコグラ フィの中から、かなり抜粋した形で順にご紹介していきたい。ちな SESSION みに紹介している作品は、すべての楽曲でブロムバーグが楽器を DISCOGRAPHY 01-24 弾いているわけではなく、中には1曲のみ参加の盤もある。そして、 できるだけ多くのジャケットを掲載したため、駆け足での紹介になっ てしまうことと、触れることができないタイトルが出てしまう事を 予めお詫びしておくと共に、是非ジャケットを眺めながらきっかけ として楽しんで頂けたらと思います。(左上段から1,2,3…) ではまず、ブロムバーグと言えばこの作品は切っても切れな い関係にあるジェリー・ジェフ・ウォーカーの1。「ミスター・ボー ジャングルズ」が収録されていることでお馴染みの盤。2は ニューヨーク出身のSSW唯一の作品で、アシッドっぽい雰囲 気の中とても美しいメロディの曲を収録。3はジェリー・ジェフ の2nd。エリア・コード615の面々をバックにナッシュヴィルで 録音。4はフローティング・ハウス・バンドに在籍していたシェッ プ・クックの1st。5はニューヨークの伝説的なガレージ・ロック・ バンド、ファッグスの重要メンバーであるエド・サンダースの 1st。6はフォーク・シンガー、トム・パクストンがエレクトラか ら発売した5作目。7は発売当時LP2枚組で発売されたアル・ クーパーのソロ3作目。8はウッドストックで有名なリッチーの 70年の作品で、フォーキー・ソウル。ディランのカバーもあり。 9はエレクトラからの6作目。10は「Louise」が多くのカバー を生んだポール・シーベルの1st。11はSSWトム・ラッシュが カントリー・ロック・スタイルで作った作品で、ジェイムス・テ イラー、ジェシ・ウィンチェスター等のカバーもあり。12はディ ランの異色作。13は「イフ・ナット・フォー・ユー」を含むディ ランの傑作。14はプロデュースとしてクレジットされているカ ントリー・ロックの名盤。15はエディ・クレイマーがプロデュー ス/エンジニアを担当したサイケデリック・ロック作品。16と 18もウッドストックで強烈なインパクトを残したロックンロー ル・グループの作品。17は、エリック・ワイズバーグも参加し ているポップなカントリー盤。19は71年に公開された映画の サントラ。20はイタリア系アメリカ人SSW、ディオンの作品 でビートルズ「レット・イット・ビー」「ブラックバード」のカバー も。21はカーリー・サイモンの1st。22はジェリー・ガルシア やコマンダー・コディも参加して西海岸で録音されたリンク・レ イの名盤。23はナッシュヴィルで録音されたエリック・アンダー スンの 一 大 傑 作。24は カ ナ ダ のスワンプ 系SSWクリスト ファー・キーニーの1st。

01. Jerry Jeff Walker / Mr. Bojangles (1968) / 02. David Santo / Silver Currents (1968) / 03. Jerry Jeff Walker / Driftin' Way of Life (1969) / 04. Shep / Have You Gone Bald Inside Your Head? (1969) / 05. Ed Sanders / Sanders' Truckstop (1969) / 06. Tom Paxton / Things I Notice Now (1969) / 07. Al Kooper / Easy Does It (1970) / 08. Richie Havens / Stonehenge (1970) / 09. Tom Paxton / Tom Paxton 6 (1970) / 10. Paul Siebel / Woodsmoke and Oranges (1970) / 11. Tom Rush / Wrong End of the Rainbow (1970) / 12. Bob Dylan / Self Portrait (1970) / 13. Bob Dylan / New Morning (1970) / 14. John Hartford / Aereo-Plain (1971) / 15. Buzzy Linhart / Buzzy Linhart Is Music (1971) / 16. Sha Na Na / Is Here to Stay (1971) / 17. Tom Everett / Porchlight on in Oregon (1971) / 18. Sha Na Na / Sha Na Na (1971) / 19. Original Soundtrack / Sporting Club (1971) / 20. Dion / You're Not Alone (1971) / 21. Carly Simon / Carly Simon (1971) / 22. Link Wray / Be What You Want To (1972) / 23. Eric Andersen / Blue River (1972) / 24. Christopher Kearney / Christopher Kearney (1972) 25は「サム・ストーン」や「エンジェル・フロム・モンゴメリー」 などで知られるSSWの2nd。スティーヴ・グッドマンも参加。 SELECTED 26はブルーグラス・バンド、セルダム・シーンの腕利きドブロ・ プレイヤーが、ヴァッサー・クレメンツなどを迎えて制作した SESSION 1st。27はガイ・クラークのカバー 2曲を含む、MCAに移籍し DISCOGRAPHY 25-48 てからの第一弾。CD化の際に加えられた「ミスター・ボージャ ングルズ」のライヴ音源が出色。28はニック・デカロも参加し ているカナダのSSWの作品。29は主にジャズ畑でのフレンチ・ ホルン奏者として知られるアムラムのSSW作品。30はブルー グラス・フィドルの第一人者ヴァッサー・クレメンツのソロ・アル バム。31は「ロックン・ロール・フーチー・クー」が収録された 1stで、ジョー・ウォルシュもギターでクレジット。32は「グッド・ タイム・チャーリー」や、ジャクソン・ブラウンがカバーした「ザ・ ロード」などで知られるSSWの3rd。33は様々な血を引くブルッ クリン出身SSWの1stソロ作。34はカントリー系SSW、ウィ リー・ネルソンのアトランティック第1弾。ニューヨーク、ナッシュ ヴィル、メンフィスで録音。35は「シティ・オブ・ニューオーリンズ」 で知られるシカゴ出身のSSW。Robert Milkwood Thomas 名義でボブ・ディランがピアノとヴォーカルでタイトル曲に参加。 36はヴィブラフォン奏者マイク・マイニエリの『ホワイト・エレ ファント』で歌っていたホルムズ唯一の作品。37はPPMのピー ター・ヤーロウのソロ・アルバム。マッスル・ショールズ、ベアズ ヴィル他で録音。ここには書き切れないほど豪華なゲストが参 加。38は「ミー&ボビー・マギー」で知られるテキサス生まれ のSSWクリスが、リタ・クーリッジとデュエットしたアルバム。 39と40は、ダグ・サームがアトランティックから発売した作品。 共にゲストも多彩でテックス・メックス・ロックの名盤。41はリ ンゴ・スターの3rd。「フォトグラフ」が収録されており、ビート ルズのメンバー全員が楽曲提供&参加し、ザ・バンドのメンバー も参加している。42は「新しい夜明け」「セルフ・ポートレイト」 のセッションをまとめたアウトテイク集。「ミスター・ボージャン グルズ」も収録。43は26の次に発売された2nd。ローウェル・ ジョージも1曲で参加。ブルーグラス、ジャズ、ポップスと選曲 もバラエティに富む。44はニューヨーク生まれのSSW、フィー ビィ・スノウの1st。45はブルース・シンガー/ギタリスト、ジョ ニー・シャインズの作品。46はクレメンツとブロムバーグが組 んで制作したウェスタン・スウィングの名盤。47はピアニスト、 コマンダー・コディが発売したワーナー移籍第1弾。48 はイーグ ルス75年の作品。バーニー・レドンが作曲したインスト「魔術 師の旅」でブロムバーグがフィドルをプレイしている。

25. John Prine / Diamonds in the Rough (1972) / 26. Mike Auldridge / Dobro (1972) / 27. Jerry Jeff Walker / Jerry Jeff Walker (1972) / 28. Gordon Lightfoot / Old Dan's Records (1972) / 29. David Amram / Subway Night (1972) / 30. Vassar Clements / Crossing The Catskills (1973) / 31. Rick Derringer / All American Boy (1973) / 32. Danny O'Keefe / Breezy Stories (1973) / 33. Garland Jeffreys / Garland Jeffreys (1973) / 34. Willie Nelson / Shotgun Willie (1973) / 35. Steve Goodman / Somebody Else's Troubles (1973) / 36. Nick Holmes / Soulful Crooner (1973) / 37. Peter Yarrow / That's Enough for Me (1973) / 38. Kris Kristofferson / Full Moon (1973) / 39. Doug Sahm And Band / Doug Sahm And Band (1973) / 40. Sir Douglas Band / Texas Tornado (1973) / 41. Ringo Starr / Ringo (1973) / 42. Bob Dylan / Dylan (1973) / 43. Mike Auldridge / Blues and Bluegrass (1974) / 44. Phoebe Snow / Phoebe Snow (1974) / 45. Johnny Shines / Johnny Shines & Conpany (1974) / 46. Vassar Clements / Hillbilly Jazz (1975) / 47. Commander Cody & His Lost Planet Airmen / Tales from the Ozone (1975) / 48. Eagles / One of These Nights (1975) リン」や、トラディショナルを繋いだメドレーの他、カナダ DB’s ORIGINAL のSSWマレイ・マクラクランや、リック・ダンコとボビー・ チャールズ作曲による「ホワット・ア・タイム」のカバーなど 聴きどころは多い。8は77年に発売されたColumbia時代 のベスト盤。9は78年の作品。とても綺麗なメロディを持つ 「スウィート・スウィート・サッドネス」や、ブルーグラスでは お馴染みの曲を繋いだメドレーがやはり光る。ラスト2曲は ライヴ録音であるが、ピンク・アンダースンのカバー「トラ ヴェリン・マン」でのディキシーランド・ジャズ調のアレンジ が素晴らしい。10も78年の作品で、演奏はブロムバーグを 含めて3人のみ。従って今回の来日公演と同じ構成だ。ちな みにメンバーは異なる。この作品は小編成ゆえの親近感のよ うなものがあって、各人の演奏の細部にまで耳を傾けること ができて興味深い。カバー曲の選択もちょっと捻りがあって ブロムバーグのルーツの一部を垣間見ることができる。ルー ク・ジョーダン、ブラインド・ブレイク、テディ・ベアーズ(フィ ル・スペクター)、ホーギー・カーマイケル、ブラインド・ボー イ・フラー、そしてブルーグラスの名曲メドレーという具合 だ。11はライヴ盤で80年の作品。ジャケットのイラストも 楽しい。ビッグ・ビル・ブルーンジーからデレク&ザ・ドミノ スまで様々なバージョンで知られる「キー・トゥ・ザ・ハイウェ 本稿ではデヴィッド・ブロムバーグのオリジナル・アルバム イ 」や、アル バ ート・キ ン グ で 有 名 な「ア ズ・ジ・イ ヤ ー ズ・ゴ ー・ について書き進めて行こう。まず1stアルバムとなったのは パッシング・バイ」、さらにここでの「ヤンキーズ・リヴェンジ」 71年に発売された1である。この作品で目を惹くのは何と は必聴もの。ここからしばらく音楽活動の表舞台からは遠ざ 言ってもジョージ・ハリスンが参加し、ブロムバーグと共作 かり、ケニス・ウォーレンのヴァイオリン学校へ通っている。 した「ザ・ホールドアップ」だろう。いかにもジョージっぽ 87年に発売された12はFantasyに残された未発表音源を いメロディを持つこの曲でジョージはスライド・ギターも弾 まとめたもの。そしてオリジナル・アルバムとしては久しぶ いている。さらに「サミーズ・ソング」ではクレジットこそ りとなった13は89年にRounderから発売された。ドク されていないもののボブ・ディランが参加している事でも有 ター・ジョン、ジャクソン・ブラウン、デヴィッド・リンドレー、 名だ。次に発売されたのが2。72年の作品で、グレイトフル・ ジョン・セバスチャンなどのゲストを迎えてブルースやカン デッドのメンバーが参加したことでも知られているが、ここ トリー、R&B、ソウルなどのカバーとオリジナル曲を収録。 はやはり「ミスター・ボージャングルズ」が収録されている 14はベスト盤。15はAppleseedから発売された発掘ライ 事に注目しておきたい。ジェリー・ジェフ・ウォーカーが作曲 ヴ盤。これが実に内容の濃いライヴで、白熱していく演奏は し、68年にAtcoから発売した『ミスター・ボージャングルズ』 こちらまで熱くなってくる。16はオリジナル作品としては約 に収録。そのオリジナル録音に参加していたブロムバーグの 18年ぶりというもので、アコースティック・ギターによって 名を一躍有名にしたこの曲を自分の作品に収録したものだ ブルースやカントリーといったアメリカン・ルーツ音楽をブロ が、ここではライヴ録音となっており約8分の熱演となって ムバーグひとりで録音したアルバムであり、ブロムバーグの いる。「テネシー・ワルツ」のカバーも見事なものだ。3は ギタリストとしての腕前を存分に堪能できる1枚となってい 74年に発売となった作品で、前作に続いてデッドのメンバー る。そしてここには掲載できなかったが2011年に最新作 が参加したトラックもあり、スタジオ録音(A面)とライヴ 『ユーズ・ミー』をAppleseedから発売している。 録音(B面)と分けて収録されている。ダグ・サームのカバー でも知られるディランの「ウォールフラワー」や「ステイツ 01. David Bromberg (1971) / 02. Demon In Disguise ボロ・ブルース」などが聴きどころ。4は75年の作品。サム・ (1972) / 03. Wanted Dead Or Alive (1974) / 04. クックの「ワンダフル・ワールド」からフィドル・チューンを Midnight On The Water (1975) / 05. How Late'll Ya Play 繋いだメドレー「ヤンキーズ・リヴェンジ」への流れが素晴 'Til? (Vol. 1) (1976) / 06. How Late'll Ya Play 'Til? (Vol. 2) (1976) / 07. Reckless Abandon (1977) / 08. Out Of らしい。タイトル曲はアイリッシュ・テイスト溢れるトラディ The Blues: The Best Of David Bromberg (1977) / 09. ショナルでこれが実にいい。以上の4枚はColumbiaから Bandit In A Bathing Suit (1978) / 10. My Own House 発売された。続いてFantasyに移籍して作品を発表してい (1978) / 11. You Should See The Rest Of The Band (1980) / 12. Long Way From Here (1987) / 13. Sideman くが、まず5と6はライヴ録音のVol. 1とスタジオ録音の Serenade (1989) / 14. The Player: A Retrospective Vol. 2からなる2枚組のLPとして発売されたもの。CDで (1998) / 15. David Bromberg Quartet Live: New York は別々で発売。7は77年の作品。ガス・キャノンの「スティー City 1982 (2003) / 16. Try Me One More Time (2007) あの特徴的なヴォーカルも含めて今回のツアーでは、復活となったフロントマン、 デイヴィッド・ブロンバーグが聞ける事は間違いない。(麻田 浩/Tom's Cabin) 僕が初めてデイヴィッド・ブロンバーグのプレイを聞いたのは バンドを作りツアーもしていたデイヴィッドだがあるとき演奏活 いつで何処だったんだろうと考えてみたのだが良く思い出せな 動 を 止 め 楽 器 屋さん に なってしまっ た 。 い。多分ジェリー・ジェフ・ウォーカーのアルバムの中で聞いた そのデイヴィッド・ブロンバーグのミュージシャン復帰のCDの サイドマンとしての彼のプレイだったと思う。 タイトルはSideman Serenade(サイドマン・セレナーデ)だった。 僕は1967年の夏頃から翌年の4月迄ニューヨークに住んで そしてその後のCDのタイトルもTry Me One More Time(も いてフォーククラブでライブを見たりフォークローセンターへ行っ う一回僕を使ってみてよ)そして最新のCDがUse Me(使ってみ たりとフォークシーンの周辺にいたのだが当時デイヴィッド・ブロ てよ)とまさにサイドメンに戻ったかの様なタイトルが続いた。 ンバーグの話を聞いた事は無かった。当時知られていたサイド でも僕自身はデイヴィッド・ブロンバーグにサイドマンに戻って マン達はエリック・ダーリング、フレッド・へラーマン、エリック・ 欲しくない。あくまでもフロント・マンとしてのデイヴィッド・ブロン ウエイスバーグ、バリー・コーンフェルド、ロジャー・マギンと言っ バ ーグでいて欲しい 。 た ギタリスト達 で 彼らは ほとんどアコウス ティックギタ ー で の バッキ でもあの特徴的なヴォーカルも含めて今回のツアーでは復活と ングだった。 なったフロントマン、デイヴィッド・ブロンバーグが聞ける事は間 その人達を第1期のサイドマンと呼ぶとしたらデイヴィッド・ブロ 違いない。 ンバーグは第2期のサイドマンといって良いだろう。デイランが エレキを持った事件の後フォーク・ロックの時代になりサイドマン もアコウスティックとエレキの両方弾く必要が出てあたらしいタイプ のサイドマンが必要とされる様になった。そんな中で登場して来 た両刀使いのサイドマンはダニー・カーブ、ブルース・ラング フォーン、マイケル・ブルームフィールド、と言った人達だった。 そんな中でジェリー・ジェフのバックで名を売ったデイヴィッド・ブ ロンバーグが登場した。 その後ジェリー・ジェフ以外のシンガーのバックやレコーディ ングをやりNY で一番売れているサイドマンと言われたこともある。

誰もが知っている「テネシー・ワルツ」をヒップに歌い、あれほどブルージーで カッコいいギター・ソロを決めてみせた人はいない。(宇田和弘) 誰もが知っている「テネシー・ワルツ」をヒップに歌い、あれ イヴだった。メンバーには今は故人となったディック・フェギーが ほどブルージーでカッコいいギター・ソロを決めてみせた人はい いて、とてもいいサポートを行なっていたことも思い出す。2人は ない。デヴィッド・ブルー作の怠け者ソング「朝寝坊」での理 盟友のようだった。 想 的なラグタイム・フィンガ ー・ピッキング、ノーマン・ブレイクと その後、ブロンバ ーグの名 があまり語られなくなったのは、時 はブルーグラスの高速フラット・ピッキング、ローウェル・ジョー 代がパンク/ニュー・ウェイヴへと急旋回したことや、ブロンバー ジとはスライドでわたり合う。そして忘 れられないジェリー・ジェフ・ グ本人が演奏活動から遠ざかったことなどいろいろあるけれど、 ウォーカー「ミスター・ボージャングルズ」(『ファイヴ・イヤーズ・ この年の日本のルーツ系洋楽事情にも少々原因がある。2月に ゴーン』収録のラジオ・ライヴ版)での胸にしみるソロ…。デヴィッ はボブ・ディランが初来日(同じころ、レオン・レッドボーンもやっ ド・ブロンバーグの名演ならいくらでも思いつくし、今も耳から離 て来た)、続いてボニー・レイット、ライ・クーダー、フライング・ れることがない。フォーク、ブルース、カントリー、R&Bに、オー ブリトウ・ブラザーズ、リック・ダンコにリヴォン・ヘルムのRCO ルド・タイム・ジャズもあ れば 、 オリジ ナル の ロックもあり、 ボブ・ オー ルスターズと続き、とどめは映 画『ラスト・ワルツ』の公 開だっ ディランとセッションし、ジョー ジ・ハリスンとも共作 する。“何で た。息つく暇もなかった 78 年。それでも忘れてはならないのがこ もアリ”の ぶ っ 飛 ん だ 個 性 を 掲 げ な がら、そ の 奥 は 果 てしなく深 い 。 の 人 、 デ ヴィッド・ブ ロ ン バ ー グ で あ る 。 70年代、ブロンバーグは最高のルーツ・ロック・アクトであり、 その入 口でウロウロしていた僕のようなアマチュアのギター 弾きに は憧れの的だった。 78年初頭、虎ノ門にあった久保講堂で観たブロンバーグ・ バンドのコンサートは、期待どおりの“ルーツ・ロック・ショー”だっ たのを思い出す。管あり弦ありの確か総勢7人くらいのバンドを 率 い 、 キ モノを は おって登 場 。アコ ー ス ティック、 エ レクトリック・ ギター はもちろん、フィドルも弾く。“How Late'll Ya Play 'Till?”(一体、いつまで演るつもりだ?)という76年に出た2 枚組のライヴ&スタジオ盤があったが、あのとおりのイカしたラ いつも”対”の関係を考える人、ブロムバーグ。(小尾 隆) 中村まりさんに取材した時とても印象的だったのは、彼女が歌 『Midnight On The Water』が、ブロムバーグのアルバムの とギターという“ 二 つで 一 つ ”という関 係 が 好きだとおっしゃっ なかで混血的な味わいという点では一番好きです。アイリッシュ ていたことでした。思えばロバート・ジョンソンの古いブルーズ のフィドル・チューンからビル・ブロウイングのヒルビリーまでが、 からライ・クーダーまで、こうした関係性が音楽を成り立たせて 新大陸での白人音楽の成り立ちを仄めかす一方で、サム・クッ いるんですね 。ちょっと飛 躍しますが 、ローリング・ストーンズ に クの「(What A) Wonderful World」やブッカ・ホワイトの しても、ミックとキースがしっかりセットになることで音楽を推進さ 「If I Get Lucky」といったR&Bとかブルーズも自然に混ざっ せている。そうした部分がやはり凄いんだな、と。 てくる。いわばアメリカ音楽の一大絵巻です。ブロムバーグの対 ブロムバーグの音楽も歌とギターとが分ち難く結び付いてい となるギタリストにしても、ジェシ・エド・ディヴィスや バ ー ニ ー・ る。彼のそんな部分が特に好きですね。ギターは勿論上手いん レドンなどが曲ごとに吟味されてますし。 だけれど、あのヨレた味わいのヴォーカルと対話している時に 以上いろいろと語らせて頂きましたが、今宵もこの『Midnight 一番伝わってくるものがあります。惨めな少年と娼婦の物語を閉 On The Water』を肴に焼酎をちびりちびりと呑むのです。こじ じ込めた「Sammy's Song」なんてストーリーテイラーとしても 付ければ、この音楽とお酒も“二つで一つ”であり、“対”の関 大したものだし、バックの音と敏感に呼吸し合う「Diamond 係になっていますね(笑)。 Lil」での次第に羽根を伸ばしていくようなアンサンブルにも息を 呑まず には いられません。 彼のセッション・ワークとして真っ先に思い浮かぶのは、フィー ビ・スノウの「Either Or Both」です。ここでもスノウとブロムバー グが静かに対話をしています。インストゥルメンタル・ナンバー になってしまいますが、リンク・レイの「Morning」でも二つの アコ ー ス ティック・ギタ ー が 語り合っている。 そん な 意 味 でもブ ロ ムバーグという人は、ギターという楽器をきっとトータルに見渡 すことが出来るのでしょう。 コロンビア時代の総決算と言うべき75年の4作め

最高の夜があるとすれば、それはまさにこの夜なのだ。音楽の楽しさが全開に なったこの雪の日のことを、僕は一生忘れることはない。(小川真一) デヴィッド・グリスマン から始まり、エリック・アンダ ースン 、トム・ バーグの、この一言でステージの幕がきって降ろされた。そこから ウェイツ、ガイ・クラーク、ジェフ&エイモスなどなど、70年代のト の演奏は本当に凄まじかった。彼らのほうも会場にいながらも演 ムス・キャビン・プレゼンツのライヴには本当にお世話になった。 奏できなかったジレンマが 大きかったんじゃないかと思う。その鬱 これらの体験がなかったら、僕の音楽ライフもずいぶんと違ってい 憤 が 一 挙 に吹き出し、とんでもないハイ・テンションでのステージ たものになったと思う。その中でも一番印象に残っているのが、 が始まったのだ。大阪でのライヴが公式なものだとするならば、こ 78年のデヴィッド・ブロムバーグ・バンドの来日公演なのだ。 の夜は親しい友人たちを招いてのパーティー。無礼講だぜ、盛り 先に、大坂・毎日ホールまで観に行ったのだが、酔っぱらいが あがったほうが勝ちだぜ。目眩くようなスピードで展開されていく。 場違いな野次を飛ばす、今度はそれを注意した人と諍いになる 当時のデヴィッド・ブロムバーグ・バンドは最強だった。ともかく など、どうにも後味の悪いライヴとなった。まあ、コンサート会場で 凄 腕ぞろい 。ブロム バ ーグ に ディック・フィー ジ ーとジェイ・アン 酒を飲んでるなんてことも実に70年代的な光景なんだけど、ほん ガーのフィドルが執拗に絡んでいく。それはまさにアルバム『ミッド のちょっとの事で音楽の場がダメになってしまう事もあるのだ。こ ナイト・オン・ザ・ウォ ー タ ー 』の世 界 だ 。ブロ ム バ ー グ の ギ タ ー れと関係あったかどうか判らないけれど、ブロムバーグの演奏も は 、テク ニ ックよりも、ともかく人 を 楽しませ てくれるギ タ ー で 、自身 いまひとつだったように感じられた 。 でも奇声をあげながら超絶フレーズに挑んでいく。最高の夜があ さて仕切り直し。2日後に地元名古屋の会場、駅前の中小企業 るとすれば、それはまさにこの夜なのだ。音楽の楽しさが全開に センターまで行ったのだが、寒空の下でいつまで待っても開場しな なったこの雪の日のことを、僕は一生忘れることはない。 い。なんでも前の日が札幌公演で大雪のために楽器を積んだ機 材車が名古屋まで辿り着かない。当時のパンフレットで確認する と、大阪~札幌~名古屋と移動日なしの連続公演。真冬という状 況を考えると、あまりにも無 謀なスケジュー ル だったともいえる。 開演時間になってリハの音すら聞こえない。小雪が舞うような 天候で、会場の前で仲間たちと肩を寄せ合いながら待った。その 時間が無性に楽しかったように記憶している。遅れに遅れ、ライ ヴを諦めて帰る人が出始めるなか、やっと機材車が到着。セッ ティングが完了したのは、午後8時を回った頃だったと思う。 「待たしちゃってゴメンな。その分目一杯やるから、みんな楽しん でってくれ」。リハもしないままステー ジ に 立った デヴィッド・ブロム 味わい深い枯れたヴォーカルは、デヴィッドの大きな魅力のひとつ。だがギタリスト としての力量も捨て難いものだ。(鈴木カツ) ♪「デヴィッド・ブロンバーグ、34 年ぶりのライヴ・イン・ジャパン」 味わい深い枯れたヴォーカルは、デヴィッドの大きな魅力のひ というニュースを聞いたとき、「光陰矢のごとし」ということわざが脳 とつ。だがギタリストとしての力量も捨て難いものだ。特にセッショ 裏をかすめた。1978年1月、トムス・キャビン招聘で実現した公 ン参加での存在感は、主役を圧倒する勢いがあった。タコマか 演の良き思い出もさることながら、吉祥寺のレコード店「芽瑠璃堂」 ら発売された『Blues And Bluegrass』、『Dobro』、ラウンダー と出会ってもはや30年余りが経ったのだ、という実感。ぼくとデヴィッ 発売の『Vassar Clements-Crossing The Catskills』、フライ ドの出会いは、米フォーク専門誌『Sing Out』から。ニューヨーク・ ング・フィッシュの『Hillbilly Jazz』などは、ギター職人デヴィッ フォーク・シーンからフラット・ピッキング・ギターの名手が登場した、 ドの健闘ぶりを浮き彫りとした傑作盤だ。いま思い出したのだが、 というニュースを読んだことからだった。こうした 背 景 からトム・パク ディラン繋がりの面白いエピソードを披露しておこう。ボブ・ディ ストンやジェリー・ジェフ・ウォーカー、ロザリー・ソレルズなどのバッ ランは1992年、実に28年ぶりにアコースティック・ギター・ア クを務めていたことを知った。ジェリー・ジェフの名唱名演「Mr. ル バ ム 『 グ ッド・アズ・アイ・ビ ー ン・トゥ・ユ ー 』 を 発 表 した 。こ Bojangles」を収録した『Mr. Bojangles』(1968年アトコから発売) れは 6 4 年 の 『アナザ ー・サイド・オブ・ボブ・ディラン 』 以 来 の を買い逃してしまい、カット盤が芽瑠璃堂に入荷した噂を聞きつけ、 ことだった。西海岸マリブ・ベイの自宅ガレージで録音したようだ。 いてもいられない 心 境となり芽 瑠 璃 堂までのこのこと出かけた 楽しい これが好評で、93年続編『奇妙な世界に』が発売された。こ 思い出がよみがえる。 の 2 枚 の C D を 聴 い て、 ディラン のアコ ー ス ティック・ギタ ー の 上 デヴィッドがロック・ファンにその名を知られるようになったの 手さに思わずびっくりした。それには大きなわけがあった。ディラ は、恐らく1970年発売のボブ・ディラン作品『セルフ・ポートレ ンはひさかたぶりのアコギ 弾き語りに不 安を感じ、盟友デヴィッド・ イト』、『新しい夜明け』からだった。つまり確実にディラン繋がり ブロンバーグを呼びつけてレッスンを受けたというのだ。ディラ だった。若き日のディランはデヴィッドをセッションマンに起 用、 ンとブロンバ ーグ繋 がりで語られることが 無 かったもうひとつのエ それが話題となった。デヴィッドの卓越したギター才能を見抜い ピソードをこの場を借りて書いておこう。1992年6月、ディラン たディランは凄い ! デヴィッドの記念すべきデビュー・ソロ・アル はブロンバ ーグとシカゴのスタジオを借りてセッションを行った。 バムを『David Bromberg』(1971年発売)でも、ディラン繋 基本的にリーダーはブロンバーグだったようで、ディランは素敵 がりが続いた。この傑作盤は、無事に(?)リアル・タイムでアナ な出来上がりだったらアルバム化を考慮していたとか…。30曲 ログ盤を購 入。盤 の 裏 面 にはクレジットされていなかった が、 レコーディングが行なわれたが、何故かアルバム発売はボツと 「Sammy's Song」でディランはハーモニカを吹いている。ビー なってしまう。大方のトラックはシカゴ・ブルース・スタイルの曲 トルズ のジョー ジ・ハリスン 参 加もクレジット無しだった。ジョー が 占 め た が 、トラッドや ジミー・ロ ジャーズ・ソングなども録 音さ ジのあやしいスライド・ギターが聴こえてくるトラックは「The れ た。嬉 し い こ と に ロ ジ ャ ー ズ・カヴァ ー「Miss The Holdup」。 Mississippi」は、2008年ブートレッグ・シリーズ第8集『テル・ デビュー 盤 には、デヴィッドがこよなく愛したアメリカン・ルーツ・ テイル・サインズ』に収録された。余談だが、ブロンバーグが ミュー ジックが 独 自 の 解 釈で刻まれており、ディラン やライ・クー 集 めたスタジ オ・ミュー ジシャン の 中 には 、ハングリー・チャック ダーと似た古き良き音楽の継承と再構築という精神にあふれて 盤でお馴染みのピーター・エックランド(トランペット) の顔も見ら いた 。ぼくのお 気 に 入りは 、バン ジョー に ジョン・ハートフォードと、 れた。2007年アップルシードから発売された『Try Me One フィドルにバッサー・クレメンツを迎えた「Lonesome Dave's More Time』は、ここ数年のお気に入り盤。フォーク・リヴァイヴァ Lovesick Blues」。プログレ・ブルーグラスともいうべき斬新な ル・ジェネレーションを感じさせてくれる。ほのぼのとしたギター アレンジに驚嘆した。71 年のデヴィッドは、プロデューサーとし 弾き語りは、なぜ かエリザベス・コットンやミシシッピ・ジョン・ハー ても素晴らしい仕事を遺している。ハートフォードのプログレ・グ トの 心 優しいフォーク・ブル ースと重なってくる。新しいブロン バ ー ラスの傑作『Aereo-Plain』(ワーナー発売)での仕事ぶりは、 グの名盤誕生、といってもよいかな? あらた めて要 チェック が 必 要。72 年 発 売 の セカンド盤 『Demon in Disguise』に収 録された「」 も忘れられない作品。オールディーズ感覚をぶち壊した素晴らし いアレンジがいまでも耳にしっかりと残っている。個人的にデ ヴィッドの大名盤と思っているのが、75年発売『Midnight on the Water』。ジェシ・エド・デイヴィス、ドクター・ジョン、ボニー・ レ イット、リン ダ・ロ ン シ ュタット、 エミル ー・ハリス 、 ジョン・ヘ ラルドなどが参加。多くの異民族が住むアメリカという国から生ま れた様々な音楽(フォーク、ブルーグラス、ブルース、ケルト・ミュー ジック、ロック)をデヴィッド流の磨かれたセンスで録音。 MIND THE GAP MIND THE GAP 文=石井達也

今回、デヴィッド・ブロムバーグ34年 があまりにも有名だが、しかしアルバムを に 近 いと思 わ れ る。ディラン の『John ぶりの来日の報せで驚いていたところ、そ 通して聴くとこの曲だけが特に目立ってい Wesley Harding』をイメージしたとい の来日に合わせてなんとROOTで特集を るわけでもない。ニッティ・グリッティ・ダー うサウンドはほぼ狙い通りで、ウォーカー やるそうで。ブロムバーグに焦点を絞って ト・バンドをはじめ、さまざまなアーティス とブロムバーグの絡みが素朴なサウンドの 冊子を作るなんて、いまどきそんな奇特な トがこの曲をカバーをしているけれども、 なかで煌めいている。 レコ屋さんがあるなんて! さすが芽瑠璃 このオリジナル・ヴァージョンは特別ドラマ ブロムバーグは自身のソロ作でも「Mr. 堂!! という声があちこちから聞こえてき チックに飾り立てられているわけでもなく、 Bojangles」を取り上げているが、はた そうだが、ここでもブロムバーグが関わっ 情緒に流されているわけでもない。一言で して今回の来日では聴かせてくれるだろう たアルバムをピックアップしたい。 言ってしまうと自然体なのである。簡素な か。その素晴らしいギターとともに、彼の ブロムバーグは自身のバンドとソロでの 演奏をバックに淡々と歌われるこの曲は、 歌声が待ち遠しい今日このごろだ。 活動の他に、たくさんのアーティストのアル 数あるカバー・ヴァージョンとは異質の、妙 2012年2月 バムにゲスト参加しているのは周知のとお な余韻を残す。これはこのアルバム全体に り。若いときからギターをはじめ、マルチ・ 通底する気配なのだが、歌によってなにか プレイヤーとして注目をあびていた彼だが、 を訴えようという意志などでなく、日常生 そんな彼はトム・パクストンやディオン、ジョ 活に映し出される何気ない感情がこぼれ落 ン・プラインらから特に重用され、ウィリー・ ちているかのような風情があるのだ。お世 ネルソンやボブ・ディランのアルバム制作に 辞にもあまり上手いとはいえないウォー も呼ばれるなど、実に信望の厚いミュージ カーの歌とバックのユルい演奏が、アルバ シャンズ・ミュージシャンであった。 ム一枚を聴き終えるころには耳にヘンなさ ここに紹介するジェリー・ジェフ・ウォー ざ波をたてるのである。 カーの代表作『Mr.Bojangles』は、ブロ 手作り感を強く感じるサウンド・プロ ムバーグのギターがアルバム全体を引き締 デュースはトム・ダウド。ダウドとウォーカー めていて、彼の貢献が非常に大きい一枚だ。 は意見の衝突もあったそうだが、このアル このアルバムはなんといってもその表題曲 バムの音はウォーカーがイメージしたもの

7 編集部 編集後記

芽瑠璃堂マガジン『ROOT』第7号は 端から聴き返し、映像を観たり、資料を読 ブロムバーグの音楽のどこを好きになっ いかがでしたか?今回の特集は34年ぶり み返していると、ふつふつと湧いてくるあ た の か 。 そ れ は アメリカン・ル ー ツ・ミュー となる来日公演が決定したデヴィッド・ブロ る感情に気付くことになりました。それが「ブ ジックに根差した歌心のあるギター・プレ ムバーグ特集となりましたがお楽しみ頂け ロムバーグを観たい!」という気持ちである イ、その選曲とヴォーカル、さらにブルー たでしょうか。 事を理解するのにそう時間はかからず、ラ グラスや、ケルティックのインスト・チュー デヴィッド・ブロムバーグが 2011 年に発 イナーの締めの言葉として選んだわけです。 ンを繋いだメドレーに惹かれたのだと思い 売し た 最 新 作『Use Me』はAppleseed デヴィッド・ブロムバーグと言う名前を聞 ます。 から発売されたもので、クリンク・レコード いた時、頭に思い浮かべるものは人それぞ 今回の来日公演は何としても観に行くつ から国内仕様として2011年11月に発 れですが、私が思い浮かべたのはグレイトフ もりです。もし迷っている方がいたら、是 売されました。そのライナーノーツは私が ル・デッドのメンバーが参加した『Demon 非思い切ってチケットを買って欲しいと思 書かせて頂いたのですが、その締めの言葉 In Disguise』でした。デッドのメンバーが います。きっと素晴らしい時間を過ごせる としてこう書きました。「現在 66 歳のブロ 参加しているという理由だけでこのアルバム はずでしょうから。 ムバーグであるが、70歳のディランだっ を手にし、ジャケットの裏を読むと、見覚え 次回の発行は4月を予定しています。詳 て、同い年(66歳)のクラプトンだって のある曲名がふたつ。それが「テネシー・ワ 細が決まり次第、私のブログで随時発表し 来日公演をしている。ここは是非、あの呼 ルツ」と「ミスター・ボージャングル」でした。 ていくので、こちらの方もよろしくお願い び屋さんに期待したい所である」と。ここ デッドのメンバーも参加しているし、有名な 致します。 で書いた「あの呼び屋さん」とはもちろん 曲も演っている。すぐに購入しました。しか 芽瑠璃堂マガジン編集部 トムス・キャビンさんのことなのですが、も し家に帰ってよくよく読んでみるとデッドの 編集人=葉月賢治/発行人=長野和夫 ちろんこれを書いていた当時は、実現され メンバーが参加しているのは「シャロン」と http://www.clinck.co.jp/merurido/magazine.php ることになるだろうとはこれっぽっちも期待 タイトル曲のみでした。何はともあれこのア 読者の皆様のご意見を元に、より良い雑誌を しておらず「実現されたらいいなぁ」くら ルバムがきっかけとなってブロムバーグに興 作ることを目標に努力して参ります。その為に は、皆様の貴重なご意見が必要です。なんで いの軽い気持ちでした。しかしライナーを 味を持ち、事あるごとにアルバムを買い集 も結構ですので、ご意見をお寄せ下さい。 書くにあたってブロムバーグの音源を片っ めていきました。

芽瑠璃堂マガジン『ROOT』第7号 > 編集後記 文=葉月賢治 芽瑠璃堂マガジンWEB 2012年2月の人気記事より(一部抜粋)

♪ラスティ・ブライアント『フライデイ・ナイト・ ♪セントルイス・ブレイクダウン ファンク・フォー・サタ デイ・ナイト・ブ ラ ザ ーズ』 ~ ザ・ベ スト・オ ブ・オ リ ヴァ ー・セイン 前 回 はセントルイスを拠 点に 活 動したサックス ジーン・レイク(ドラムス)、ジャヒ・サンダンス 奏者、オリヴァー・セインを紹介しました。今 (DJ)の父親としても知られるオリヴァー・レイク 回はオハイオ州コロンバスを代表するサックス・ はアーカンソー州出身です が、セントルイスで 音 楽 ヒーロー 、ラスティ・ブライアントが主 人公です 。 家 として 成 長をと げ ました 。 1950年代、地元の「キャロリン・クラブ」で しかし彼が同地で活動を始めた頃、すでに“も 白熱のプレイを繰り広げ、なぜかR&Bレーベルで うひとりのオリヴァー”がブラック・ミュージック はなくポピュラー・レーベルのドット(Dot)と契 界で幅を利かせていました。その人物こそがここ 約。なぜパット・ブーンと同じレコード会社から、 で 紹 介するオリ ヴァー・セイン です。楽 器 はレイク あのブリブリでゴリゴリの演奏がリリースされた と同じくアルト・サックス、レイク同様に濃厚なブ のかは謎です。60 年代初頭になるとオルガン奏 ルース・フィーリングがあります。しかし音色はセ 者ハンク・マー のバンドで も演 奏しています が 、 インのほうが柔らかめ、音数を絞りに絞ったプレ その後は活動を中断。1969年に『リターンズ』 イをします。新人発掘の才能にも定評があり、 というアルバムでカムバックを果たし、以降はプ フォンテ ラ・バース(アート・アン サン ブル・オ ブ・ レスティッジ・レーベルを中心に 、 アドリブ・パー シカゴのレスター・ボウイ夫人だったこともあ トもたっぷり含む濃厚な作品を出していきました。 る)、ボビー・マクルーアを見出したのも彼なのだ このアルバムはプレスティッジ後期の作品で、 そうです。 かつて多用したオルガンの替わりにフェンダー・ 残念ながら2003年に亡くなってしまいました ローズの響きが重視されています。しかしラス が、セールス的に全盛だった頃のプレイは当CDに ティの 音 色 はタフそ のもの 、「ハヴ・ユー・シーン・ 網羅されています。ファンキー、ダンサブル、そし ハー?」のエロチックなカヴァーもたまりません。 てセクシー。どこまでも伸びていくかのようなセ 残念ながら1991年に亡くなってしまいましたが、 インのサックスの音色に、ひたすら酔うことがで 長生きしていたら絶対にレア・グルーヴ~ジャズ・ きます。 ファンクのヒーローとして世界中をツアーで飛び 回 って い た こと で しょう 。 2012年2月20日(月)原田和典 2012年2月15日(水)原田和典

クリストファー・クロスとロ ビー・デュプリー♪ 再会だったよ。彼は自分のペースを取り戻して楽 マイケル・マクドナルドお得意のキーボード・リ しんで音 楽をやってるね 。 L .A .で彼もトレンドに束 フをあれしたような「Steal Away(ふたりだけの 縛されていたんだ。周囲から似合わない冠を被せ 夜 ) 」(1 9 8 0 : N o .6 ) や「 ホット・ロッド・ハート 」( 同 : ら れ て い た ん だ と 思 う よ 」。 N o .15) でクリストファー・クロスと共にグラミー賞 ワタクシ、この二人には共通項を感じましたわ。 の新人賞にノミネート(受賞はクロス)されたのが 「元々スターになりたいなんて思ってなかったか シンガー・ソング・ライターのロビー・デュプリー らねぇ。初めてヒットが出た時、すでに33歳だっ はん。その後はクロスはん同様、華々しさは無く たし、普通なら引退しててもおかしくないよ」。日 なってしまいましたが地道に活動を続けてはりま 本でのアルバム・タイトルは2曲目の「Goodbye す。とりわけ日本では根強いAORファンの支持を To L.A.(傷心の街~さよならL.A.)」からとられて 得てるようで結構あれこれ作品がリリースされとり るんですが、L.A.といえばロビーはんがこの地で ますな。それ以来、10数年を経た1993年にも新 制作したレコードで大ヒットを放ち大成功を収め 作「傷心の街」を携えてプロモ来日を果たしてく て世に出るきっかけとなった街 。 ウェスト・コース れました 。 当 時としては 4 年ぶりとなるニュー・ア ト・サウンドのファンの間ではクロスはんと共に ルバムでして私しゃまたまた取材 (産経新聞用) ‘L.A.の顔’という印象も強いけど二人ともすでに で会わせてもらいました。6月24日(木)、ポリス L.A.を後にしてクロスはんは前回書いたようにサ ター・レコード ( クロスはんの日本発売元も当時こ ンタ・バーバラへ、ロビーはんは故郷ブルックリ こでした)が今は無きホテル・プラザで本人を交 ンに 近い N .Y. 郊 外 のウッドストックへ 。 えてのディーラー・コンベンションを開催しはりま 「L.A.を離れたのはね、これ以上、ここにいたら したんでその流れで1階のレストラン(パントリー ) もう作りたいものが作れない、トレンドを追うしか でお話を訊かせてもらいました。 ないとわかったからなんだ」。華やかな‘業界’ 折りしも‘レーベル・メイト’でもあるクロス の街、L.A.にいると自然と時流を意識せざるを得 はんが大阪ブルーノート(当時)に出演中。ロビー ない、売れるようなヒット・レコード作りにも向き はんは表敬訪問に訪れたとのことで「クロスとは 合わなあかんというようなこともあるようでして。 グラミー賞の新人賞で同席して以来、12 年ぶりの 2012年2月7日(火)上柴とおる

芽瑠璃堂マガジンWEB http://www.clinck.co.jp/merurido/magazine.php 芽瑠璃堂の原点を辿って~その7 写真下段写真中段== 「アイル ・ テイク ・ ユー ・ ゼア」 「リス ペクト ・ ユアセルフ」 を収録し 芽 瑠 璃道 7年に公開されたドキ3 ュ メンタリー映画 「ワ ッ ツタ ックス」 のDVDジ ャケ ット。 MERURI ROAD

文=芽瑠璃堂店長

アメリカの土を踏んでから数日が過ぎた。ここ そしてMavis Staplesの計4人。僕にはお父さんの もこの興奮はなかなか冷めないのでした。 の空気を吸って、ここに住む人達の会話を聞き、食 ポップスとメイヴィスしかわからない。ぞろぞろと サンフランシスコから次の街ロスに行くことを 事しようやく慣れた感。たかが数日の変化だがま ステージ右サイドから登場。一気に会場の雰囲気 決めていたがアメリカでは日本のよう電車使って るで1年位 住 んでるような 感覚さえもってしまう。 が盛り上がる。僕の目は姉妹3人の中メイヴィス 簡単に移動ができない。飛行機はその反面速いし 高 校 生 卒業の頃、僕はよく夢を見 た 。それはアメリ に集中。まずはお父さんの待つフェンダー「ジャ 楽だ。しかし飛行場から飛行場だとその間の街は カに住んでそこでプロのミュージシャン、憧れのド ガー」一本の伴奏でゴスペル曲を披露。アカペラ 見聞できないし高くつくことになる。だから僕ら ラマーとして働いてる自分だ。しかし必ずその夢は に近いがお父さん(ポップス)の刻むリズムがいい は車で旅することを決めていた。高速道 路 網だっ ドラムを叩いている最中、スティックを落とすこと 味出している。それにしても絶妙なハーモニー。彼 て日本の比じゃないしそれに基 本高速使 用料金 で目が覚めるのだ。いい夢か悪い夢か判断できな らにしてみればいつもやってる当たり前の朝めし はタダだ。特にこれからアメリカの各地に行くの いがアメリカに住んでいる自分がそこにはいた 。 前か。でもこの感覚は初体験だ。神が見えてき が僕らの目的だし、車だとその分日数かかること 今夜はいよいよ黒人アーティストだ。それも乗 た 。な ん て 感 じ か も 。 も覚 悟してる。でもじっくりアメリカを味 わえる。 りに乗ってるステイプル・シンガース。 当時「Wattstax」の映画も見てない僕にはビ 日本で国際免許もちゃんと取ってきた。サンフラ た 1972年に「I'll Take You There」が全米ナンバー ルボード・チャート入りしていた曲のみ 知 る。ステ ンシスコでもレンタカーを使った感想は道路の道 ワン・ヒット。その前年にも「Respect Yourself」と イプルのゴスペルチックな感情込めたヴォーカル 幅は広いし運転は難しくない。走行車線が左じゃ 7年のアルバム2 『ビー ・ アルティチュード〜リスペクト・ ユアセルフ』 。 立て続けのビック・ヒット。レゲエ風の弾むリズム に一曲目からダウン。お父さんの歌はそれとは対 なくて右だ。わかっていても正直最初は慣れな に乗って歌うメイヴィス・ステイプルのヴォーカル 照 的 に 軽 く 、 語 り 調 子 。で も こ れ が い い 。 かった。体がまだ日本人だから自然に左車線に が堪らなかったその曲の本人に会えるのだ。ゴス 何と言う曲をやったか僕にはわからないが3曲 行ってしまう。事故ったらそれでもうおしまい、台 ペル界から登場したグループだけに実力は計り知 目に入るとそのまま自然にバック・バンドの演奏 無しになる。それこそ強制返還だ。僕、フミ、タモ れない。楽しみだ。興奮してくる。日本では当時ま が入ってきた 。シンプルだがマッチしている。ベー ちゃんの3人が運転できるので交替交替でいいの だまだ有名じゃなかった音楽界の出来事の一つ ス、ドラム、キーボード、それとサイド・ギターの4 だ 、の ん び り い こ う 。 だが、72年のロスで開催したエポック・メイキン 人 。1曲1曲の 説 明 がで きない のが 歯 痒 いが 後 半 ロスで中古車を買うつもりだ。レンタカーはど グな「Wattstax」がある。その中でもその凄さは に入り例のヒット曲のイントロ「トゥーン・トゥ・ んな小さな飛行場でもあるし簡単に借りられる わかる。今でこそ知れ渡っている「Wattstax」だ トゥ・・・」が出るなり客は最高潮。全員総立ち、 が、僕らにとっては金銭的に割高となる。地図の が当時の僕にはその情報はほんの一部が音楽雑 体をリズムに合わせ動き始めた。後方の人達のひ 上 のアメリカ各 都 市 は 何 度もチェックして頭には 誌で知る程度。 とかたまりは踊り始めた。ポップスお父さんの いっていたが実際その地図にある道路を指でな 早めに会場に着く。前回同様「Great American クールなスタイルに感情むき出しのメイヴィス。3 ぞるんじゃなくてその道 路の上をハンドル握って Music Hall」だ。チケットはすでに購入していたが指 姉妹は手拍子打ちながら輪を描くように腰を動 走 る の だ 。さ あ い ざ ロ サ ン ゼ ル ス へ 。 定 席がある訳じゃないので早々の会 場 着。前回のガ かしている。フェンダー・ギターから出る音は地味 ルシアと違う点はなんと黒人が多いこと。客の半 ではあるが、要所要所に泣かせるフレーズが光 登場人物 分近くがブラックだ。開演に近づき客がどんどん集 る。シカゴ出身のステイプルをメンフィスで料理し 僕(芽瑠璃堂店長/ドラムス) まって来る。どうもアジア人(あえてアジア人 )は僕 送り出し大成功を収めているスタックス・レコー 1974 年に兄・長野文夫と共に日本初の輸入レコード専門店 一人のようだ。白人はあちこちにいる。ちょっと緊 ド。今絶頂期を迎える最優秀グループだ。昨日立 「芽瑠璃堂」をオープン。株式会社ヴィヴィド・サウンド・コー 張してきた。前回の時も感じたがここサンフランの ち読みしたビルボード誌のR&B、SOULの箇所に ポレーションを設立し、ソウル、ブルースの歴史的名盤の数々 黒人もフレンドリーなのだ。ステイプルについてもう はSTAXの文字が氾濫、簡単に見つけられる。レ をリイシュー。80 年代には自社スタジオ・エンジニアとし ても活躍した。2005 年オンライン・レコード・ショップ芽 説明はいらないだろう。親子姉妹のグループだ。ゴ コード会社の勢いはそのまま所属アーティストに 瑠璃堂及び自社レーベル、クリンク・レコードを設立。 スペルで鍛え上げた実力は筋金入り。 乗り移り、相互に影響し合いプラス効果がまだま ステージは始った。お父さんのPops Staples、 だ続くのだろう。アンコールも終わり拍手鳴り止 フミちゃん(サイド・ギター)、タモちゃん(リード・ギター)、 Cleotha Staples、Pervis Staples、Yvonne Staples まない会場を後に僕はひんやりした外気に触れて モンマちゃん(ベース)