Bull. Kitakyushu Mus. Nat. Hist. Hum. Hist., Ser. A, 14: 1–8関門層群の, March 31, 2016Heteroptychodus 1

関門層群からの淡水性板鰓類 Heteroptychodus の産出 北九州市立自然史・歴史博物館研究報告A類(自然史)投稿要領 岡崎美彦 1. 分野:自然史に関する原著論文,短報等(和文または欧文)でつぎのうち一つ以上にあたるもの. 北九州市立自然史・歴史博物館 ⑴ 北九州域の自然史に関するもの. ⑵ 当館の収集活動に関するもの(例:新種記載に際して,ホロタイプまたはパラタイプ・トポタイ プ等の標本が当館に収蔵される場合). The first report of fossil teeth of Heteroptychodus (: ⑶ 当館の行う調査研究に関係するもの. Elasmobranchii) from the Lower Kanmon Group in Fukuoka ⑷ 既に当館に収蔵されている標本に関するもの. Prefecture, northern Kyushu, Japan ⑸ 当館学芸員の研究活動に関係するもの. Yoshihiko Okazaki ⑹ 編集委員会が適当と認めるもの. c/o: Kitakyushu Museum of Natural History and Human History, 2-4-1, Yahatahigashi-ku, Kitakyushu, Fukuoka 805-0071, Japan 2. 審査:投稿原稿は,編集委員会ならびに委託された査読者による審査の後採否が決定される.修正 の必要のあるとされた原稿は,査読者の意見と共に返送されるので,著者は必要な訂正を行った後, (Received August 23, 2015; accepted January 12, 2016) 速やかに再提出する.体裁については編集委員会に一任される. ABSTRACT — Four fossil specimens of teeth belonging to the genus Heteroptychodus (Hybodontiformes: Elasmobranchii) are recorded as the first report of a fresh water elasmobranch from the Lower Cretaceous Kanmon 3. 北九州市立自然史・歴史博物館研究報告A類(自然史)に掲載された論文の著作権(著作財産権, Group. These specimens are yielded from two locations in the Fukuoka Prefecture, Kyushu Island, west Japan. Copyright)は,北九州市立自然史・歴史博物館に帰属するものとする. These specimens are identified as Heteroptychodus steinmanni Yabe et Obata, 1930. The Heteroptychodus specimens from Japan are recorded from brackish or lacustrine sediments of Tokushima, Wakayama, Mie and Gunma Prefectures, and their geological age are limited in the Hauterivian to Barremian. 4. 投稿を希望される方は,あらかじめ下記にご連絡下さい. KEY WORDS: Kanmon Group, Wakino Subgroup, Heteroptychodus, crush-type teeth

連絡先:北九州市立自然史・歴史博物館 〒 805-0071

北九州市八幡東区東田二丁目4番1号

電話 (0 93)681-1011 は じ め に 物館の高桒祐司博士 , 神流町恐竜センターの久保田克博博

FAX (093)661-7503 士,三重県在住の谷本正浩氏,和歌山県立自然博物館の小 本報告では,関門層群から産出した板鰓類化石について 原正顕氏,徳島県立博物館の辻野泰之氏から助言をいただ 述べる.標本の一つは 2015 年 1 月中旬に北九州市小倉南 いた.東北大学理学部の根本 潤氏には,Heteroptychodus 区高津尾の東谷川河床の掘削工事で現われた転石中から steinmanni のホロタイプの閲覧に際して便宜を図っていた 同区在住の樋口輝己氏が見出したもの(高津尾標本)であ だいた.標本の写真撮影は北九州市立自然史・歴史博物館 る.さらに,飯塚市在住の黒河雅文氏が 2009 年 2 月に福 の御前明洋博士にお願いした.さらに,論文の査読者の皆 岡県宮若市の千石峡で採集し,保管していた3 点の化石(千 さんには有益な助言をいただいて,その改善を図ることが 石峡標本)が同種の板鰓類化石であることがわかった.こ できた.ここに記して感謝の意を表する. こではこれらについて検討を行った. 標本の保管 謝 辞 ここに記録した 4 個の標本は,北九州市立自然史・歴史 標本を採集し,研究に供していただいた樋口輝己氏(北 博物館に保管される. 九州市)と黒河雅文氏(飯塚市)に深く感謝する.また , 亀井俊幸氏・佐藤政弘氏・大倉正敏氏はこれら標本につい 略 号 ての情報を下さった.Université Claude Bernard(フランス) の Dr. Gilles Cuny には多くの文献の送付を戴き,タイの KMNH: 北九州市立自然史・歴史博物館 ; IGPS: 東北大学 Heteroptychodus 等についての多くの情報をいただいた.日 理学部自然史標本館. 本各地の Heteroptychodus については,群馬県立自然史博 2 Yoshihiko Okazaki

図 1 産出地点 国土地理院発行の 25,000 分の一地形図「徳力」を使用

産出地点の地質 野と段丘からなり, そこに主に関門層群からなる低い丘陵 が点在している. 「高津尾標本」KMNH VP 000,031 の産出地点(図 1)は, 発見現場は,東谷川にかかる高津尾橋の付近で,発見時 北九州市小倉南区の小倉南インターチェンジの南方にあ の一年ほど前から東谷川の河川改良工事が進められてい たり,南から北に流れる東谷川(ひがしたにがわ)の河床 た.産出地点の数十メートル下流(北)の左岸には,厚さ である.東谷川は,この地点の約 900 m 北方で紫川(むら 10 m 以上の砂岩層ないし泥岩層が露出していた.右岸や さきがわ)と合流する.さらにそこから北に約 1.3 km の や上流にはこれよりも見かけ上上位にあたるところに石 桜橋までの東谷川・紫川の河道を境に,東側に古生界呼野 灰岩を含む礫岩層があるが,その間には深い水流があって 層群と白亜系関門層群からなる山地がある.西側は沖積平 両者の関係は分らない.

図 2 高津尾標本の産出地点付近を上流側から見る.橋の 図 3 河道の流れ際に露出する含石灰岩礫岩.2015.2.20 撮影 すぐ下流あたりを掘った岩屑中から発見された.2015.2.20 撮影 関門層群の Heteroptychodus 3

化石は礫を含む灰色の砂岩転石中に含まれていて,上に 高津尾標本 2015 年 1 月中旬樋口輝己氏採集.北九州 述べた左岸の岩相に似ている.これまでに産出地点付近か 市立自然史・歴史博物館に保管 . 標本登録番号 KMNH ら中生代化石産出の報告はない.曾塚(1975)は産出地点 VP 000,031 の北約 350 m にある小丘にある露頭を「高津尾北採石場跡」 産出 北九州市小倉南区高津尾の東谷川河床.北緯 33 と呼び,「脇野亜層群中部層」と小倉・田川構造線との間 度 48 分 08.2 秒,東経 130 度 51 分 36.6 秒 . 下部白亜系関 の礫層部に含まれる礫中からペルム紀フズリナを産した 門層群高津尾層(道原層の可能性もある.). と報告している. 記載 標本(図 4)は 1 cm 強の辺を持つ角の丸い平行 「北九州市地質図」(松下・他 , 1969)では,今回化石の 四辺形の歯冠で,頬側の一部が欠損しているが,欠損部に 産出した地点の関門層群について記入がない.「高津尾北 近い所で隆線に乱れがあるので頬側の縁に近いところま 採石場跡」のある小丘陵を「第二層」(中江・他 , 1998 の で保存されていると考えられる.歯冠全体は浅い非対称の 高津尾層)の分布地としているが,産出地点の西南方の丘 鞍型の曲面をなし,周辺は丸くなっている.中央に隆起は 陵は「第一層」(中江・他 , 1998 の道原層)の分布地とし ない.全体を細かい均一な隆線が覆っている.隆線の数は ている.この地点付近をいくつかの断層が通っているため 約 40 本あり,その頻度は 5 mm あたり約 18 本におよぶ. に,産出層の層準は明らかではない.関門層群の最下層で 隆線は並行していてほとんど分岐や挿入がないが,周辺に ある道原層(中江・他 , 1998)の可能性もあるが,断層の 近いところの数か所に分岐・挿入が見られる.隆線は周辺 位置と方向から判断してその上位の高津尾層(中江・他 , 部で網状に移行するなどの変化がほとんどなく,端は丸く 1998)であろう. なっている.隆線の頂部を走る稜は場所によって小さな突 3 個の「千石峡標本」KMNH VP 000,032 〜 000,034 は福 出があるが全体としては連続している.隆線は舌側と頬側 岡県宮若市の千石峡から産出した.この地点は肉食恐竜 で対称ではなく,頬側は急角度でなめらか,舌側はやや緩 Wakinosaurus satoi Okazaki, 1992 のホロタイプ産出地点の い角度で,舌側の面には隆線と交わる方向の弱い二次肋 下流方向数十メートル以内で,関門層群脇野亜層群の千石 (波状のアンジュレーション)がある.二次肋は,隆線の 層(太田 , 1953)の分布地である.発見者の黒河雅文氏は, 方向と直角に近いところが多いが,場所によっては角度を 崖から採集した岩片を持ち帰って,実体顕微鏡下で標本を 変えて約 60 度のところもある.二次肋は分岐しない. 見出したとのことである. 歯冠の高さは低いように見える.剖出が進んでいないの で歯根側の形状は不明である. 用 語 計測値 隆線方向の最大径 12.9 mm Heteroptychodus 属の歯についての用語は確立していな 頬舌方向の最大径 10.9 mm い.ここで用いる用語(太字)を記して,これまでの主な 使用例との対応を示す. 1 隆線 transverse (narrow) ridges (Yabe and Obata, 1930); transverse crests (Cappetta, 1987); main ridges (Cuny et al., 2003); folds (Cappetta et al., 2006); 横断隆起線(小原・山 田 , 2005); 稜(谷本・田中 , 1998;高桒・他 , 2008) 2 周辺部 marginal area (Yabe and Obata, 1930; Cappetta, 1987;小 原・山 田 , 2005); 縁辺部(谷本・田中 , 1998;高 桒・ 他 , 2008)⇔ 周辺部の対応語 破砕部 triturating zone (Cappetta, 1987) 3 二次肋 cross striae (Yabe and Obata, 1930); secondary ridges (Cuny et al., 2003; Cuny et al., 2006);parallel ridges (Cappetta, 2012):「しわ状の装飾」(谷本・田中 , 1998; 小原・ 山田 , 2005); 細肋(高桒・他 , 2008)

化石の記載

Class Huxley, 1880 Subclass Elasmobranchii Bonaparte, 1838 Order Hybodontiformes Maisey, 1987 Family Ptychodontidae Jaekel, 1898 図 4 小倉南区高津尾産のHeteroptychodus steinmanni. Genus Heteroptychodus Yabe et Obata, 1930 KMNH VP 000,031 Heteroptychodus steinmanni Yabe et Obata, 1930 短い白線の方向から見た側面観と頬側面観を添えてあ る.上方が頬側.スケールは 10 mm. 4 Yoshihiko Okazaki

千石峡標本 A 2009 年 2 月 8 日黒河雅文氏採集 . 北九州 ている.その頻度は 5 mm あたり約 16 本である.隆線は 市立自然史・歴史博物館に保管.標本登録番号 KMNH ほとんど摩耗していない.二次肋の存在は明瞭で,1 mm VP 000,032 あたり 10 ないし 15 ほどの細かい肋が並んでいる. 産出 福岡県宮若市平瀬の八木山川(千石峡)ぞいの崖. 計測値 北緯 33 度 41 分 45.8 秒,東経 130 度 38 分 30.3 秒.下部白 隆線方向の最大径 3.0 mm 亜系関門層群千石層. 頬舌方向の最大径 2.1 mm 記載 標本(図 5a)は歯冠で,直線的な舌側の縁と, それに直角に近い片側の縁が保存されていて,頬側とも 千石峡標本 C 2009 年 2 月 8 日黒河雅文氏採集.北九 う一方の側方は破損して失われている.隆線は,舌測では 州市立自然史・歴史博物館に保管.標本登録番号 KMNH 整った配列をしているが,それより頬側では中央部から VP 000,034 破損した側に向けて大きな乱れがある.隆線の数は乱れた 産出 福岡県宮若市平瀬の八木山川(千石峡)ぞいの崖. 部分を除いて 12 本ほどが保存されている.その頻度は 5 北緯 33 度 41 分 45.8 秒,東経 130 度 38 分 30.3 秒.下部白 mm あたり約 21 本におよぶ.保存されている歯冠は頬舌 亜系関門層群千石層. 方向にも左右方向のも凸型に膨らんでいるが,左右方向の 記載 標本(図 6)は側方に長く,頬舌方向に短い歯冠 膨らみの方が強い.乱れたところ以外の隆線は並行してい で,歯根側も剖出されている. 歯冠の縁には大きな破損 てほとんど分岐や挿入がない.隆線は周辺部で網状に移行 が無い.歯冠は平面的であるが中央付近に頬舌方向に伸び するなどの変化がない.隆線の頂部を走る稜はやや摩耗し たわずかな膨らみがある.隆線は 4 本あって,分岐は無い. ている.二次肋の存在はあまり明瞭ではないが頬側に近い その頻度は 5 mm あたり約 14 本に相当する.隆線はほと ところではわずかに保存されている. んど摩耗していない.二次肋の存在は明瞭である.歯根を 歯冠の高さは低いように見える.剖出が進んでいないの 含めた歯の高さは 1.5 mm 程度である. で歯根側の形状は不明である. 計測値 計測値 隆線方向の最大径 7.3 mm 隆線方向の最大径 2.4 mm 頬舌方向の最大径 1.4 mm 頬舌方向の最大径 2.9 mm 討 論 千石峡標本 B 2009 年 2 月 8 日黒河雅文氏採集.北九 州市立自然史・歴史博物館に保管.標本登録番号 KMNH ここで報告した化石は,いわゆる「crushing type」の VP 000,033 板鰓類歯である.Yabe and Obata (1930) は徳島県に分布 産出 福岡県宮若市平瀬の八木山川(千石峡)ぞいの崖. する汽水成層の下部白亜系立川層(Hauterivian あるいは 北緯 33 度 41 分 45.8 秒,東経 130 度 38 分 30.3 秒.下部白 Barremian)から産出した歯(IGPS 37741)をホロタイプ 亜系関門層群千石層. として Heteroptychodus steinmanni を記載した.この属の歯 記載 標本(図 5b)は歯冠で,直線的な片側の縁が保 は白亜紀後期の 属の歯と似たところがあるが, 存されていて , それ以外の周辺は破損して失われている. Ptychodus の歯では中央が隆起して半球状または台地状 保存されている歯冠は頬舌方向にも左右方向にも凸型に の破砕部 (triturating zone) をなし,周辺部(marginal area) 膨らんでいるが,左右方向の膨らみの方が強い.歯冠の高 では破砕部と比べて低く,隆線がくずれて網目状になる さは低い.隆線は , 全体的に整った配列をしていて二か所 点,隆線の舌側に二次肋が見られないこと,さらに隆線 で分岐している.隆線の数は縁に近い所で 9 本が保存され の密度が小さいという点が異なる.Heteroptychodus 属は , Ptychodus 属との違いが小さいことから,別属としないと いう意見もあった(Cappetta, 1987)が,現在は属の独立

図 5 宮若市千石峡産の Heteroptychodus steinmanni. KMNH 図 6 宮若市千石峡産の Heteroptychodus steinmanni. KMNH VP 000,032 および KMNH VP 000,033 VP 000,034 スケールは 5 mm. スケールは 5 mm. 関門層群の Heteroptychodus 5

性が確認されている(Cappetta et al., 2006; Cappetta 2012). steinmanni の産出を報告した(Cuny et al., 2003;他).こ また Heteroptychodus 属の産出は淡水成層・汽水成層に限 れらのうちタイの一部の標本がジュラ紀後期から白亜紀 られ,時代も白亜紀前期のものであることが共通してい 前期の地層からの産出となっている点を除き,すべての る.これに対して Ptychodus 属のものは主として白亜紀後 ものが白亜紀前期の淡水成層からの産出である.また , 期(Ptychodus 属のうち最古のものは , Albian から報告さ Cuny et al. (2010) はタイランド湾の Kut Island から新種 れている.)の世界の多くの場所の海成層から報告されて Heteroptychodus kokutensis の産出を報告した.また,中国 いて,日本国内でも北海道から産出している(中生代サメ 南部の江西チワン族自治区の下部白亜系淡水成層からも 化石研究グループ , 1977). Heteroptychodus の産出がある(Mo et al., 2016).以上のよ 日本では Yabe and Obata (1930) の後 60 年以上経過して うにこの属のものはアジアに産出が限られる.これまでに から Heteroptychodus 属の化石がいくつか産出した.三重 Heteroptychodus 属には次の 3 種が記載されたことになる. 県の松尾層群(Hauterivian?)から Heteroptychodus sp.(谷 H. steinmanni Yabe et Obata, 1930, H. chuvalovi (Nessov et al., 本・田中 , 1998),和歌山県の湯浅層(Hauterivian?)か 1991), Heteroptychodus kokutensis Cuny et al., 2010. ら Heteroptychodus sp.(小原・山田 , 2005),群馬県の瀬 今回報告する関門層群の標本の中で,もっとも保存が良 林層(Barremian)から Heteroptychodus sp.(藤井・山澤 , くて典型的と思われる高津尾標本は,徳島県の立川層産標 2004), Heteroptychodus steinmanni(高桒・他 , 2008), が 本(Heteroptychodus steinmanni のホロタイプ)と鞍型をな 報告された.また高桒・他 (2008) は,谷本・藤井(1998) す点は似ているが,歯冠の高さは立川のものよりずっと低 が Hylaeobatis として報告した標本と,小原・山田 (2005) い.三重県の松尾層群産標本と,群馬県の瀬林層産標本は がやはり Hylaeobatis として報告した標本のうちの一個 小さくて稜数が少ない(未報告の標本には 1 cm 近いもの (おそらく標本番号 1140330006 を指すものだろう)は もある).和歌山県の湯浅層産標本は歯冠高が高くて周辺 Heteroptychodus 属のものである可能性が高いとした.こ で隆起の線がくずれて網目状になることがやや異なって れらはいずれも淡水成層ないしは汽水成層からの産出で, いる.これら日本産の標本の中で,今回報告する関門層群 時代的にも白亜紀前期に限定されている. 産 KMNH VP 000,031 と立川層産ホロタイプ(IGPS 37741) 国外では , モンゴルとキルギスからNessov らが報 以外はサイズが小さく,隆線の数も少ない . Cuny et al. 告したAsiadontus 属について,Cuny et al. (2008) は (2003)は,タイから産出した標本の一部を幼体のものと Heteroptychodus 属のシノニムとした.また Cuny ら は, し,成体と食性が異なると推測したが,日本産のこれらの タイUbon Ratchathani Province などからHeteroptychodus 小さい標本も幼体のものである可能性がある.タイからは

図 7 各地の Heteroptychodus 標本の形態 写真を元にトレースしたもので,サイズはおおよそ合せてあるが精度はあまり よくない.咬合面観で,隆線の谷にあたるところを細線で描いたもの.隆線がほぼ水平になるように回転してあるが,舌側・ 頬側の区別は明らかではないものもある. a. 北九州市の関門層群産(本報告)KMNH 000,031,b-d. 宮若市の関門層群産(本 報告)KMNH 000,032 〜 000,034,e. 徳島県立川層産の Heteroptychodus steinmanni ホロタイプ(Yabe and Obata, 1930)(IGPS 37741) ,f. 和歌山県の有田層産 H. sp. 1140330005(小原・山田,2005), g. 三重県の松尾層群産の H. sp.(谷本・田中, 1998), h 〜 l. 群馬県の瀬林層産 H. steinmanni(高桒・他, 2008)( h. 060324-33,i. 070316-23b,j. 080214-07,k. 080214-16,l. 080214-33),m 〜 o. タイ Ubon Ratchathani Province の Khok Kruat Formation 産 H. steinmanni( Cuny et al. 2004)( m. TF7647,n. TF7648,o. TF7649) 6 Yoshihiko Okazaki

多数の標本が産出していて,その中の大型の標本には,高 ま と め 津尾標本と形態的にかなり似たものがある. これらの Heteroptychodus 標本の一部について,公表さ 1 北九州市小倉南区高津尾と宮若市の千石峡から,軟骨 れた図版から作製した線画(図 7)を用いて比較した.5 魚類の歯化石が産出した. mm あたりの隆線の頻度は,本報告の関門層群のもので 2 産出した地層は,関門層群脇野亜層群の,それぞれ高 約 14 から 21,徳島県の立川層のもの(Heteroptychodus 津尾層(その下位道原層の可能性もある.)及び千石層で steinmanni のホロタイプ)で約 10,三重県の松尾層群のも ある. ので 12 程度,和歌山県の湯浅層のもので 15 程度,群馬県 3 これらの化石は,多くの隆線が歯冠の周辺まで続いて の瀬林層のもの(標本 060413-1a は,別属のものの可能性 いて Heteroptychodus 属のものである. があるので除外した.)は小さい歯で隆起の数が少ないの 4 隆線の形態から,これらの化石はHeteroptychodus で精度が悪いが 14 から 20,タイのもので 10 から 23 と判 steinmanni Yabe et Obata に同定されるが , ホロタイプと比 断される.このように同一の産地のものでも稜線の頻度 較して隆線の頻度が高い. はかなりの変異があるが,関門層群のものは , これまでに 5 これらの化石は関門層群で初めて報告された軟骨魚類 Heteroptychodus とされた標本の頻度の変異の中に含まれ 化石である. ている.ただし,高津尾標本は,標本の横幅が 10 mm 近 6 Heteroptychodus 属は東アジアの白亜紀前期の淡水・汽 くに達する標本の中では最も頻度が高い.また高津尾標本 水域に分布していた . この点で今回の産出層はこれまでの は,二次肋が鮮明でない点でホロタイプとはやや印象が異 産出例と同様である. なる. 国外から報告されている同属の他種では,Heteroptychodus chuvalovi (Nessov et al., 1991) は,稜線が屈曲していて滑ら 文 献 かではない (Cuny et al., 2008) 点が異なり,Heteroptychodus kokutensis Cuny et al., 2010 は,二次肋が非常に発達していて Cappetta, H. 1987. Ptychodus. In: Schultze, H.-P. (Ed.), 谷を不連続にしていることで異なる.以上のことから,関 Handbook of Paleoichthyology, 3B Chondrichthyes II. 門層群産の標本を Heteroptychodus steinmanni として扱う. Mesozoic and Cenozoic Elasmobranchii. Gustav Fisher, Heteroptychodus の化石は,これまですべて単独の歯の Stuttgart, pp. 37–38. 産出であり,これらの標本がどのような成長段階の,どの Cappetta, H. 2012. Heteroptychodus In: Schultze, H.-P. (Ed.), ような歯列の,どのような位置の歯であるかは分からな Handbook of Paleoichthyology, 3E Chondrichthyes. い.近縁の Ptychodus 属については,歯列の状態が保たれ Mesozoic and Cenozoic Elasmobranchii: teeth. Ferlag Dr. たままの化石産出例が報告されていて,上顎とされるもの Friedrich Pfeil, München, pp. 78–79. については中央部に多数の歯が頬舌方向の列を作って配 Cappetta, H., E. Buffetaut. G. Cuny and V. Suteethorn. 列していて , 隆線は左右方向に向いている.中央に近い列 2006. A new elasmobranch assemblage from the Lower の歯は角の取れた長方形に近い形で,側方の列では平行四 Cretaceous of Thailand. Palaeontology, 49(3), 547–555. 辺形に近い形状になる傾向がある.舌側のものでは周辺部 中生代サメ化石研究グループ . 1977. 日本産白亜紀板鰓 が狭くなっている.いずれにしても一個体中でも外形や稜 類化石(第一報). 瑞浪市化石博物館研究報告 , (4): 数などが大きく異なっていて,歯のバリエーションは大き 119–138, pls. 30–34. い.それでも隆線の頻度や周辺部に向かって隆線の形態の Cuny, G. 2013. Palaeobiogeography of the freshwater 変化は歯列内の部位が違ってもある程度の共通性が認め from the Mesozoic Thailand. Abstract of SAGE (Southeast られる.これらのことが Heteroptychodus 属でもそうなっ Asian Gateway Evolution) 2013, p. 47. ているのなら,高津尾標本は左右の中央に近い列ではなく Cuny, G. G. R., Cheychiw, O. Laojumpon, C. and Lauprasert, K. やや側方であることになる. 2010. A new species of Heteroptychodus (Elasmobranchii: 関門層群からは太田(1955)が報告して以来,これまで Hybodontiformes) from the Lower Cretaceous of Thailand. に多くの淡水魚類の化石が報告されている(Uyeno, 1979; In: K. A. González-Rodríguez, K. A. & Arratia, G. (Eds.) Yabumoto, 1994;他)が,すべて硬骨魚類であり , 軟骨魚 Fifth International meeting on Mesozoic fishes: Global 類の産出はこれが初めての報告である.関門層群の礫岩に diversity and evolution. Universidad Autónoma del Estado 近い部分からの中生代化石はこれまで報告がなく,今後こ de Hidalgo. p. 38. ういった層相の部分にも注意を払う必要があろう.日本の Cuny, G., V. Suteethorn and E. Buffetaut. 2004. Freshwater Heteroptychodus 属化石産出地は,いずれも恐竜類の化石 hybodont sharks from the Lower Cretaceous of Thailand. の報告された所に近いが,これは淡水成層ないし汽水成層 In: Martin, R. A. and MacKinlay, D. (Eds.) International であることから,いわば当然のことであろう. Congress on the Biology of fish, Biology and Conservation of Freshwater Elasmobranchs, Manaus, pp. 15–26. Cuny, G., V. Suteethorn and S. Kamha and E. Buffetaut. 2008. Hybodont sharks from the lower Cretaceous Khok Kruat 関門層群の Heteroptychodus 7

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