JOHO KANRI 2013 vol.56 no.3 http://johokanri.jp/ Journal情報管理 of Information Processing and Management June

OpenStreetMapの事例を通じて考える オープンデータのライセンス設定 Learning a good practice on applying open data licensing through the license change of OpenStreetMap

東 修作1

HIGASHI Shusaku1

1 一般社団法人オープンストリートマップ・ファウンデーション・ジャパン E-mail: [email protected] 1 OpenStreetMap Foundation Japan

原稿受理(2013-04-03) 情報管理 56(3), 140-147, doi: 10.1241/johokanri.56.140 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.140)

著者抄録

本稿では,OpenStreetMap Foundation Japan の事務局として,そのライセンスの切り替えに立ち会った筆者の経験を もとに,政府データを公開しようとするオープンガバメントの動きとも絡めて,オープンデータに設定すべきライセ ンスについて考察する。

キーワード

オープンストリートマップ,オープンデータ,ライセンス,ODbL,オープンデータベースライセンス,オープンガバ メント,ODC,オープンデータコモンズ,著作権,著作物

1. はじめに 2. OpenStreetMapの紹介

OpenStreetMap注1)の活動はオープンデータの普 OpenStreetMapは2004年に英国で始まったプロ 及を目指しているが,オープンガバメントをはじめ ジェクトで,道路地図などの地理情報データを誰で とする,クローズドなデータのオープン化への動き も利用できるよう,フリーでオープンな地理情報デー を進めるにあたり,その思想は,ひとつの実践例 タを作成することを目的とした活動である。2013年3 として参考になるのではないか。ここでは筆者が 月現在,全世界での参加者数は約107万人。日本では OpenStreetMapでのライセンス切り替えで学んだこ 2008年頃から活動が始まり,参加者数はおよそ4,000 とをもとに,オープンデータ全般の提供に適するラ 人ほどである。日本国内での普及はまだ発展途上だ イセンスについて論じてみたい。 が,世界的に見れば特にヨーロッパでは商用の地図 を上回るともいわれるほどの内容の充実ぶりだ。

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2.1 オープンデータのプロジェクト 幹はこのオープンデータの充実と普及にある。 よくある誤解に,OpenStreetMapの地図デザイ 一般的な商用サービスの地図との最大の違いは ンがヨーロッパ風で日本向きではないから使えな Wikipediaのように誰もが自由に地理データを書き込 い,といったものがある。ウェブブラウザ上でマウ める点にある。ベースとなる地図レイヤーの上に情 スを使って動かす地図をイメージしている向きには 報を載せるマッシュアップではなく,地図レイヤー 無理からぬ面もあるが,ブラウザ上で動かす地図は そのもののデータを作成・更新できるのだ。 OpenStreetMapを利用したアプリケーション・ソフ トウェアのひとつに過ぎず,その実体は「地理情報 2.2 活用事例 のデータベース」なのだ。OpenStreetMapにおいて 地図の絵柄とデータが分離されており,さらにそ は利用者に見える地図表現のレイヤーとそのもとに のデータに誰もが使えるライセンスが適用されてい なるデータのレイヤーは完全に分けられている。 るために,OpenStreetMapのデータを利用した地図 地図は交通,観光,植生,防災,バリアフリーといっ は,よくある道路地図以外にもハイキングやサイク た主題(利用目的)に応じて表示する内容が変わっ リング向けマップ(図1),海図(図2),視覚障害者 てくるものである。OpenStreetMapではそれぞれの 向け触地図(図3),車椅子利用者向けマップ(図4) 目的に必要な地理データは同一のデータベースに保 など多数作られている。 存され,そのデータベースを用いて,誰もが自分の 企業での利用事例としては,Mapquest注2), 利用目的に合ったデータを取捨選択して地図を作れ foursquare注3),Yahoo!Japan注4)などが挙げられる。 る仕組みになっている。OpenStreetMapの活動の根

 図1 サイクリング向けマップ(OpenCycleMap) 図3 触地図(Tactile Map)

図2 海図(OpenSeaMap) 図4 車椅子利用者向けマップ(Wheelmap)

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3. 地理データのライセンス切替の経緯 データのデータベースがあり,独自の視点で100 人を選んでいる場合 OpenStreetMapのデータには当初クリエイティブ・ ・統計データをもとに,表形式やグラフに加工して コモンズ(CC)のCC BY-SA 2.0が適用されていた。 その意味するところをわかりやすく表現したもの しかしながらCCのライセンスはあくまで著作物を対 ・写真,ビデオ,音楽,文章など 象としたものであり,データはその対象となってい <著作物に該当しないと思われるもの> ないことなどから,2007年頃よりOpenStreetMap ・歴代首相の名前など,メタデータを就任順やあい に適したライセンスとは何かといった議論が始ま うえお順で並べたもの り,次第にオープン・データ・コモンズ(Open Data ・発生順に蓄積された統計データ Commons: ODC)注5)によって策定されたODbLとい ・事実情報としての数値データの単なる羅列 うデータのためのライセンスに対する賛否を軸に検 討が進められるようになった。 4.2 オープンデータの中身 このライセンス切り替えには長期に及ぶ議論と, オープンガバメントの動きと呼応してWebの発明 最後までライセンス切り替えに同意しなかったユー 者とされるティム・バーナーズ=リーは2010年に, ザーのデータの切り離しという大きな痛みを伴った TEDで「Raw Data Now!」と呼びかけ注7),あらゆるデー が,最終的に2012年9月,ODbLに切り替えた。それ タの公開を提唱した。ここでいうRaw Data(生データ) は苦渋の決断であった。このあたりの経緯はコミュ はオリジナルのデータを指すが,その内容には事実 ニティのWiki注6)に残されているので詳細はそちらを 情報としてのデータと,画像や文章などの著作物が 参照願いたい。 混在する。つまり,データのオープンデータ化とい う場合には著作物と非著作物が混在するのだ。 4. オープンデータの提供に適したライセ 非著作物たるデータに関しては国ごとにその取扱 ンスとは いが大きく異なり,日本では残念ながらその差異を 埋める試みはまだあまり行われていないのが現状だ。 4.1 データは著作物か? そもそもデータは日本において著作権法の保護対 4.3 著作権とライセンス 象なのであろうか? その答えは内容次第だ。 著作物に生じる著作権を,著作権者の判断で利用 まず保護対象となるのは以下のような場合である。 許諾するための宣言,あるいは契約がライセンス ・情報の選択または体系的な構成に創作性がある である。著作物(コンテンツ)に対するオープン 「データベース」 なライセンスとしてはCCのCC0, CC BY, CC BY-SA ・表現方法や並べ方に創作性がある「編集著作物」 などが,文書に対するものとしてはフリー・ソフ ・データ/データベースのうち,創作性のある写真 トウェア・ファウンデーションのGFDL(GNU Free や文章などの「コンテンツ」 Documentation License)などが代表的なものである。 これに該当しない,換言すれば創意工夫の余地が オープンデータに適用するライセンスにこういっ ない単なる事実情報の集まりであれば保護対象外で た「こなれた」ライセンスを適用すると,そのデー あると考えられる。いくつか例を挙げよう。 タの利用者からみて許諾内容や制限事項がわかりや <著作物とみなされ得るもの> すいというメリットがある。日本でもCCのライセン ・「日本のIT業界に影響を与えた100人」というメタ スは鯖江市,会津若松市などのオープンガバメント

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データに使われ始めている。 を明示できるように,データベース権に対してもオー プンなライセンスがある。その代表的なものがODC 4.4 各国によるオープンガバメントデータのライ による3種類のライセンスで,以下に制約の緩い順に センシング 並べた。 前述の通り,データ/オープンデータには著作物 ・PDDL: Open Data Commons Public Domain と非著作物としての事実情報データが混在し得る。 Dedication and License注8) こういった,日本の著作権がカバーする領域から外 ・ODC-By: Open Data Commons Attribution れた事実情報データの利用を許諾するにはどうすべ License注9) きだろうか。各国政府が自国のガバメントデータを ・ODbL: Open Data Commons Open Database オープンにする方法は大別して3通りある。 License注10) 1つ目は米国発祥の「パブリックドメイン」の概念 ODCはオープン・ナレッジ・ファウンデーション で,政府職員の作成した情報は基本的に,誰でも何 (Open Knowledge Foundation: OKF)注11)のプロジェ らの制約もなしに利用できる「パブリックドメイン」 クトのひとつでオープンデータを推進する法的な の下に置かれるという方法だ。 ツールとしてオープンデータに必要なライセンスを 一方,事実情報データであってもそれらが相応の 取りまとめた組織である。 コストをかけて収集したデータベースであれば「デー 最初のPDDLは一言で言えばデータをパブリックド タベース権」という固有の権利があると認めている メインに置くものである。次のODC-Byは権利保有者 のがEUである。これはもともとEU域内でのデータ のクレジット表記さえすれば自由に使ってよい(表 ベース産業育成を狙って制定された権利である。民 示条項)とするものであり,3つ目のODbLはクレジッ 間はさておき,政府データについてはこの「データ ト表記に加えて,派生して作られたデータベースに ベース権」を主張せずに自由に使ってよいとする, も同じライセンスの適用を要求する,いわゆる継承 自国独自のライセンスを制定するのが2つ目の方法で 条項がある。 ある。代表的なものは英国のオープンガバメント・ それぞれ順に,CCのCC0,CC BY,CC BY-SA にほ ライセンス(OGL)やフランスのオープン・ライセ ぼ対応している。考え方がよく似ているとはいえ, ンス(OL)などである。 データベース権に対するライセンスなので,データ 3つ目は既存のライセンスをそのまま利用する方法 ベース権に特有の概念やCCのライセンスでは明確に である。オーストラリアやニュージーランドの政府 されていなかった部分をより分かりやすく改善した はガバメントデータにCC BYを適用している。 部分がある。3つのうち,ODbLが最もデータベース CCのライセンスは基本的に著作物に対するもの 権の対極にあるものと言え,いちばん複雑なのでこ であるが,明確にデータ/データベースを対象とし れを詳細に見てみよう。なお,ODCのライセンスに たライセンスとしては現在のところODCが策定した 対する解釈や国内法との整合性の確認は日本国内で PDDL,ODC-By,ODbLの3種類があり,フランスの はまだほとんど行われていないため,非専門家であ パリやナントがOpenStreetMapと同じODbLを採用し る筆者の理解によるものであり専門家のレビューを ている。 受けていない。認識誤り等にお気づきの際はご指摘 いただければ幸いである。 4.5 ODCによるデータのライセンス 著作権に対してオープンなライセンスで利用許諾

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4.6 ODbLとDbCL  ߎࠇߪ৻⥸ߩੱߦ⺒ߺ߿ߔ޿ࠃ߁ߦߒߚODbL 1.0 ࡜ࠗ࠮ࡦࠬᵈ15㧕ߩⷐ⚂ߢߔޕਅᲑߩ఺ ODbL(ODC Open Database License)はデータベー ⽿᧦㗄ࠍෳᾖߒߡߊߛߐ޿ޕ  スに対するライセンスであるが,データベースの中 ޽ߥߚߪએਅߩ᧦ઙߦᓥ߁႐วߦ㒢ࠅ㧘⥄↱ߦ  ౒᦭㧦࠺࡯࠲ࡌ࡯ࠬࠍⶄ⵾㧘㗏Ꮣ෸߮೑↪ߔࠆߎߣ߇ߢ߈߹ߔޕ 身のうち,コンテンツ(著作物)についてはODbL ഃ૞㧦࠺࡯࠲ࡌ࡯ࠬ߆ࠄ⪺૞‛ࠍ૞ᚑߔࠆߎߣ߇ߢ߈߹ߔޕ ⠡᩺㧦࠺࡯࠲ࡌ࡯ࠬ߳ߩᡷᄌ㧘ᄌᒻ෸߮ടᎿ߇ߢ߈߹ߔޕ と一体化したもうひとつのライセンスであるDbCL  ޽ߥߚߩᓥ߁ߴ߈᧦ઙߪએਅߩㅢࠅߢߔ (Database Contents License)がカバーする。このよ  ⴫␜㧦޽ߥߚߪ࠺࡯࠲ࡌ࡯ࠬࠍ౏ⴐ೑↪ߔࠆ႐ว㧘߹ߚߪ࠺࡯࠲ࡌ࡯ࠬ߆ࠄ⪺૞‛ࠍ⵾૞ うにODbLとDbCLは一体化したライセンスとして事 ߔࠆ႐วߦߪ ODbL ߢᜰቯߐࠇߚᣇᑼߦᓥ޿㧘Ꮻዻ⴫␜ࠍߒߥߌࠇ߫ߥࠅ߹ߖࠎޕ ࠺࡯࠲ࡌ࡯ࠬࠍ೑↪⧯ߒߊߪౣ㗏Ꮣߔࠆ႐ว㧘߹ߚߪ࠺࡯࠲ࡌ࡯ࠬ߆ࠄ⪺૞‛ࠍ⵾૞ 実情報としてのデータと著作物としてのコンテンツ ߔࠆ႐ว㧘޽ߥߚߪ㧘࠺࡯࠲ࡌ࡯ࠬߩ࡜ࠗ࠮ࡦࠬࠍઁ⠪ߦኻߒߡ᣿␜ߔࠆߣߣ߽ߦ㧘 ේ࠺࡯࠲ࡌ࡯ࠬ਄ߩ޽ࠄࠁࠆㅢ๔ࠍ଻ᜬߒߡ߅ߊᔅⷐ߇޽ࠅ߹ߔޕ の双方をカバーしている。このためODbLライセンス ⛮ᛚ㧦޽ߥߚߪ㧘ᧄ࠺࡯࠲ࡌ࡯ࠬߩ⠡᩺ 㧘߹ߚߪ⠡᩺ ࠺࡯࠲ࡌ࡯ࠬ߆ࠄ⵾૞ߒߚ⪺૞ ‛ࠍ౏㐿೑↪ߔࠆ႐ว㧘ߘߩ⠡᩺ ࠺࡯࠲ࡌ࡯߽ࠬ ODbL ߦၮߠ߈ឭଏߒߥߌࠇ߫ を宣言すればそのデータの中身が著作物なのか事実 ߥࠅ߹ߖࠎޕ ࠠ࡯ࡊ࡮ࠝ࡯ࡊࡦ㧦޽ߥߚߪ㧘࠺࡯࠲ࡌ࡯ࠬ㧘߹ߚߪ࠺࡯࠲ࡌ࡯ࠬߩ⠡᩺ ࠍౣ㗏Ꮣߔࠆ 情報なのか個々に判断せずとも包括的に適用できる ႐ว㧘ߘࠇࠄߦ೙㒢ࠍ߆ߌࠆᛛⴚ⊛ᚻᲑ㧔DRM ߥߤ㧕ࠍ↪޿ࠆߎߣ߇ߢ߈߹ߔޕߚ ߛߒ㧘޽ߥߚߪ㧘ᒰ⹥ᚻᲑࠍ૶↪ߒߡ޿ߥ޿ࡃ࡯࡚ࠫࡦ߽ౣ㗏Ꮣߒߥߌࠇ߫ߥࠅ߹ߖ という作りになっている。 ࠎޕ ఺⽿㧦ߎߩᢥᦠߪ㧘࡜ࠗ࠮ࡦࠬᄾ⚂ߢߪ޽ࠅ߹ߖࠎޕߎࠇߪ㧘ODbL 1.0 ࠍℂ⸃ߔࠆߚ߼ また,コンテンツの中には例えば画像や映像など ߩ◲ଢߥෳ⠨⾗ᢱߦㆊ߉ߕ㧘ODbL 1.0 ߩਥⷐ᧦ઙࠍੱ㑆߇⺒߼ࠆᒻᑼߢ⸥ㅀߒߚ߽ ߩߢߔޕߎߩᢥᦠ߆ࠄߪ㧘޿߆ߥࠆᴺ⊛ലജ߽↢ߓ߹ߖࠎޕߎߩᢥᦠߩౝኈߪ㧘ታ㓙 にすでに何らかのライセンスが適用されていること ߩ࡜ࠗ࠮ࡦࠬᄾ⚂ߦቯ߼ࠄࠇߡ޿ࠆౝኈߣߪ⇣ߥࠅ߹ߔޕㆡ↪ߐࠇࠆታ㓙ߩ࡜ࠗ࠮ࡦ ࠬ᧦ઙߦߟ޿ߡߪ㧘ODbL 1.0 ࡜ࠗ࠮ࡦࠬᄾ⚂ߩోᢥࠍෳᾖߒߡߊߛߐ޿ޕ がある。この場合,もとのライセンスはそのまま有  㧔ODC Open Database License㧔ODbL㧕Summary/Open Data Commons/CC BY 3.0 Unported㧕 効であり,ODbL/DbCLは従来の著作物に対するライ  図5 ODCオープン・データベース・ライセンス(ODbL)の要約 センスを置き換えるものではない。ただし,ライセ ンス間の整合性の問題や国ごとの著作物の解釈差異 が発生し得る点には注意が必要である。 「継承(Share-Alike)」はオープンを強制する考え ODbLとDbCLについてはオープンストリートマッ 方である。ODbLのデータベースの内容を取得して プ・ファウンデーション・ジャパン注12)によるライ 他のデータベースと混ぜてもよいが,その混ぜた結 センス原文及び要約の英日対訳(試訳)注13)があるの 果のデータベース全体にODbLを適用しなければな で詳細はそちらを参照願いたい。 らない。政府・自治体のオープンデータに適用する 際は,趣旨に合っているかどうか注意した方がよい 4.7 ODbLの概要 だろう注15)。 図5はODbLの要約文注14)を日本語に訳したもので ある(注: 正式な内容は原文を参照のこと)。 4.8 ODbLの主要概念 「創作(Create)」について補足すると,例えば地 ODbLでキーとなる用語をもとに,その背景にある 理データベースであればその中身は無味乾燥な緯度 データベース権に関わる概念を見ていこう。 経度や文字列の並びであるが,それをもとにした視 (1)派生データベース(Derivative Database) 覚化表現,つまり描画された地図の絵柄はそうでは 著作物でいえば二次的著作物に相当するもの。後 ない。同一の地理データから異なる地図が作成され 述の「集合データベース」と対をなす概念であり, ることはよくあることであり,そこには作成者の高 ODbLの継承が必要なデータベースを指す。丸ごとコ 度な美的センスが要求される。従って地図の絵柄(絵 ピーして改変した場合だけでなく,実質的な部分で 図)は著作物であると考えられ,ODbLの適用範囲か あれば一部の利用であっても該当する。 ら部分的に切り離される。絵図には改めて別のライ (2)実質的(Substantial) センスを設定することが可能だ。 「実質的」な利用か否かの判断を一律に決めること

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は難しく,ケースバイケースでの判断とならざるを  ࡮100 ઙᧂḩߩ࿾‛ޕ 得ないだろう。OpenStreetMapでは暫定的に「実質 ࡮100 ઙએ਄ߩ࿾‛ߢ޽ߞߡ߽㧘ޟ᛽಴ޠ߇㕖♽⛔⊛ߢ޽ࠅ㧘᣿ࠄ߆ߦ޽ߥߚ⥄りߩ⾰⊛ ߥၮḰ㧘଀߃߫෹ੱߣ౒᦭ߔࠆߚ߼ߩ୘ੱ⊛ߥࡑ࠶ࡊߩߚ߼ߦ޽ߥߚ߇⸰ࠇߚߔߴߡߩ 的でない」ものの例として,コミュニティのWikiか ࡟ࠬ࠻࡜ࡦߩ૏⟎ߩ᛽಴㧘޽ࠆ޿ߪ޽ߥߚ߇ᦠ޿ߡ޿ࠆᧄߩઃ㍳ߣߒߡㆬࠎߛᱧผ⊛ߥ ᑪ‛ߩ૏⟎ߩ೑↪㧘ߣ޿ߞߚ႐วߦ㒢ࠅ㧘ᚒޘߪ㕖ޟታ⾰⊛ޠߣߺߥߒ߹ߔޕ޽ࠆࠛ࡝ ら図6を挙げている注16)。詳細についてはWikiを参照 ࠕౝߩో㘶㘩ᐫ߿㧘ోߡߩ߅ၔߩ♽⛔⊛ߥ᛽಴ߪ♽⛔⊛ߥ߽ߩߣ⠨߃ࠄࠇ߹ߔޕ ࡮૑᳃߇ 1,000 ੱ߹ߢߩࠛ࡝ࠕߦ㑐ㅪߔࠆ࿾‛ޕ࡛࡯ࡠ࠶ࡄߩ᧛⪭ߥߤߩࠃ߁ߥዊߐߊߡ していただきたい。 ੱญኒᐲߩ㜞޿ࠛ࡝ࠕ߿㧘଀߃߫ࠝ࡯ࠬ࠻࡜࡝ࠕߩࡉ࠶ࠪࡘߩ  ඙↹ߩࠃ߁ߥᐢၞߢੱ ญኒᐲߩૐ޿ࠛ࡝ࠕߥߤ߇⠨߃ࠄࠇ߹ߔޕ (3)集合データベース(Collective Database)  ODbLを継承する必要がないケースを明らかにす 図6 ODbLにおける非実質的(Insubstantial)なものの例 るための概念のひとつである。何をもって「集合 データベース」と判断するか,その基準には議論の 5. まとめ 余地がある。OpenStreetMapでは現在のところ「名 前」や「位置」のようなシンプルな判断基準だけで 5.1 日本のオープンガバメントデータにはどのよ 他のデータベースとゆるやかに連携している場合は うなライセンスを適用すべきか? 「集合データベース」と考えられる,とされている。 他国での事例1つ目の「パブリックドメイン」につ ODbLでライセンスされたデータベースと他のデータ いてはCCがCC0としてすでにライセンス(正確には ベースを組み合わせたサービス提供等を考える場合 dedication)を策定している。CC0はOKFによれば著 には,「集合データベース」とみなされる使い方であ 作物及びデータの双方をカバーするとされているの れば,他のデータベースにODbLを適用せずに利用す で,国内著作権を行使しないことについて法的に有 ることができる。詳細はLegal FAQの3d注17)を参照願 効であることが確認できれば,最も幅広い活用が期 いたい。 待できる。パブリックドメイン文化の米国がそうで (4)製作著作物(Produced Work) あるように,国家機密,個人情報,プライバシー等 オリジナルのデータベース,派生データベース, に関わるものなど,特別な事情があるものは除外規 または集合データベースの一部分としてのオリジナ 定を設ければよい。 ルデータベースについて,そのコンテンツの全体ま 2つ目の各国独自ライセンスは基本的にCC BYに似 たは実質的部分を使用することによって発生した著 た,原作者クレジットが表記されていれば自由に使 作物(画像,視聴覚資料,テキスト,または音声など) える,とする方法だ。著作物と非著作物を合わせて「情 を意味する。ODbLの文脈で頭にProducedと付いて 報(information)」と呼び,政府が保有する情報の いるのは,データベースをもとに製作された著作物 利用を許諾している。政府の情報・データはこのラ の意味合いである。例えば画像としての地図を指し, イセンス,ということが明確になれば,非常に使い データベースではないのでODbLの継承条項は及ば やすいものになるであろう。独自ライセンスにおい ない。由来となったデータベースの表記は必要だが, ては互換ライセンスが記載されていることがあるが, 製作した人が新たにライセンスを設定することがで その互換性に疑義を示す意見注19)もあるため注意が きる。詳細はLegalFAQの3c注17)あるいはProduced 必要である。 Work - Guideline注18)を参照していただきたい。 3つ目の既存ライセンスは,それがすでに広く使 われている場合には認知されやすいという点で有効 であろう。しかしながら,CCのライセンスであれば 現時点ではCC0以外は非著作物をカバーしていない ので,双方をカバーするためには,例えばCC BYと

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ODC-Byを組み合わせる必要がある。異なる組織のラ その理由は相互運用性である。データには,その イセンスを組み合わせるのは整合性の確認が困難と 量や連携するデータの種類が増えるとより新しい発 なることが予想される。 見や価値を生み出しやすくなる,という性質がある。 CCはそのVer.4では著作物に加えて非著作物たる 余分な制約が付加されたライセンスはデータの相互 データもカバーすべく,2012年にドラフトを公開し 運用性を損ねてしまうため,CCでいう「NC(非営利 た。CCライセンスを適用する場合,すっきりした決 限定)」などの条項を付加することは推奨されない。 着がつくVer.4の正式版の登場を待たざるを得ない状 況だ。 6. おわりに

5.2 政府・自治体以外のオープンデータにはどの 今回はライセンスを主眼に取り上げたが,ライセ ようなライセンスを適用すべきか? ンスとは主に著作権の取り扱いに関するものであり, オープンガバメントデータのライセンスによく それ以外の知的財産権や個別法規(国有財産法,個 見られる「表示」条項以外にも,「継承(派生物に 人情報保護法,不正競争防止法)等により公開や利 も同じライセンスを適用するもの)」条項の付い 用が制限される場合がある。このためデータの実際 た,より強制力のあるライセンスとしてCC BY-SAや の公開や利用にあたってはライセンスだけでなく, OpenStreetMapが適用しているODbLが挙げられる。 幅広い検討が必要であり,場合によっては法的な表 オープンなコミュニティで作成されるものにはコミュ 現にし難い,「公開への意思」や「利用目的」といっ ニティごとの思想があり「自由」に,より強制力をも たものを勘案することも必要ではないだろうか。 たせるべきだと考えるコミュニティにとっては継承条 法的な厳格さを求めすぎると,例えば明らかに社 項の付いたライセンスもあり得るだろう。Linuxのカー 会の利益のために行われることであっても,明確な ネルがGPL(GNU General Public License)注20)である ライセンスが設定されるまでは身動きが取れない, ように,コアなプロダクトは時として「混ぜると危険」 という本末転倒に陥りかねない。提供者と利用者の な香りを放つ(注: GPLはその継承性の強さから,他 間で合意が得られるものであれば,ライセンス設定 のライセンスのものを混ぜると全部GPLになってしま に至らずとも利用を始めることは可能なはずだ。 うとの意味合いを半ば揶揄的に「混ぜるな危険」と オープンデータの推進にあたってはケースバイ 評することがある)。継承条項がない場合と比べてラ ケースの柔軟さも場合によっては必要ではないだろ イセンス間の互換性は低くなる点についての注意が うか。 必要である。 OpenStreetMapの活動は日本ではまだこれからで ある。オープンデータに興味のある方はぜひコミュ 5.3 付加的な制約を巡る議論 ニティに参加して,その活動を体験してみていただ OKFは自身がオープンと認定しているライセンスの きたい。 リストを作成している注21)が,そこで認めている制 約は「表示」及び「継承」だけであり,それ以外の「非 なお,本稿はクリエイティブ・コモンズ 表示 2.1 移 営利限定」「教育目的限定」「改変不可」といった制 植 日本(CC BY 2.1 JP3.0)のライセンス下に公開す 約の付いたライセンスはオープンなライセンスとみ るものである。 なしていない。

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本文の注

注1) http://www.openstreetmap.org/ 注2) http://open.mapquest.jp/ 注3) https://foursquare.com/ 注4) http://maps.loco.yahoo.co.jp/maps 注5) http://opendatacommons.org/ 注6) http://wiki.openstreetmap.org/wiki/JA:Open_Database_License 注7) http://www.ted.com/talks/tim_berners_lee_the_year_open_data_went_worldwide.html 注8) http://opendatacommons.org/licenses/pddl/ 注9) http://opendatacommons.org/licenses/by/ 注10) http://opendatacommons.org/licenses/odbl/ 注11) http://okfn.org/ 注12) http://www.osmf.jp/ 注13) https://docs.google.com/a/osmf.jp/file/d/0BxvlrTvfS0RAN01oZ1dJa3g0aUU/edit 注14) http://opendatacommons.org/licenses/odbl/summary/ 注15) http://www.opendatacommons.org/licenses/odbl/1.0/ 注16) http://wiki.openstreetmap.org/wiki/JA:Open_Data_License/Substantial_-_Guideline 注17) http://wiki.openstreetmap.org/wiki/JA:Legal_FAQ 注18) http://wiki.openstreetmap.org/wiki/JA:Open_Data_License/Produced_Work_-_Guideline 注19) http://www.slideshare.net/shpearson/interoperability-between-cc-licenses-odcby-and-the-uk-open- govt-license 注20) http://www.gnu.org/home.en.htm 注21) http://opendefinition.org/licenses/

Author Abstract

This article tries to explain which license should be adopted to Open Data and refers to the movement of Open Government, on the basis of the experience of license change as an OpenStreetMap Foundation Japan's secretary.

Key words

OpenStreetMap, open data, licence, ODbL, Open Data Commons Open Database License, Open Government, ODC, Open Data Commons, copyright, literary work

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