日本におけるグッピーの起源 〔原著論文〕 mtDNA の D-loop 領域の塩基配列より推定された日本におけるグッピー Poecilia reticulata の起源 佐藤龍星 1、中嶋正道 1 1:東北大学大学院農学研究科、仙台市青葉区荒巻字青葉 468-1 Origin of the guppy Poecilia reticulata in Japan by means of sequence of mtDNA D-loop region Ryusei SATOU1 and Masamichi NAKAJIMA1 Laboratory of Fish Genetics and Breeding Science, Graduate School of Agricultural Science, Tohoku University, Aoba, Sendai 980-0845, Japan ABSTRACT The guppy( Poecilia reticulata)is small freshwater fish native to South America from Venezuela to Brazil and has been introduced in Japan not only as ornamental fish but also as a biological control to mosquito. These introductions resulted some of populations colonized as an exotic species in Okinawa southern Island of Japan. The present study aimed to estimate introduction sources of the guppies in Japan by means of sequence analysis of 320 bp of mtDNA D-loop region. Sixteen wild populations and fourteen ornamental strains were examined. Six haplotypes (Hap1 ~ Hap6) were detected from the sequence analysis. All ornamental strains except Endrer's and populations collected in Singapore, Thailand and Venezuela had Hap1 which suggest the introduction sources of the haplotype from West Trinidad. Endrer's has Hap4 which suggest the introduction from East Venezuela and this haplotype was observed only in Endrer's in the present study. On the other hand, colonized populations collected from Okinawa Island have five types of haplotype, Hap1, Hap2, Hap3, Hap5 and Hap6. These haplotypes were originated from wide area of Northern South America. Hap2 was observed in North Guyana, Hap3 was observed in East Trinidad, Hap5 was observed in Suriname and East Guyana and Hap6 was observed in West Trinidad. Genetic variabilities in colonized populations of Okinawa Island were lower than that of original populations in South America. These results suggest that the origin of ornamental strain in Japan was originated from specific narrow area and small number of individuals, probably from West Trinidad. Meanwhile data of colonized populations in Okinawa Island suggested occurrence of multiple introduction or invasion from many origins from different area. Key words: Guppy, Poecilia reticulata, mtDNA, D-loop, haplotype 要約 グッピーは南米東北部原産の淡水魚で、観賞魚や蚊防除対策として世界各地で飼育あるいは放流されている。日 本でも観賞魚として一般的である一方、沖縄や温泉地などで野生化した集団が総合対策外来種に指定されている。 これらの日本におけるグッピーの導入起源や経路は不 明である。そこで本研究では日本のグッピーの起源を 連絡先:中嶋正道 東北大学大学院農学研究科 mtDNA における D-loop 領域約 320bp の塩基配列を用 仙台市青葉区荒巻字青葉 468-1 (e-mail: [email protected]) いて調べた。沖縄などで野生化しているグッピー 16 集 2020 年 1 月 7 日投稿 団と観賞魚としてクローズドコロニーとして継代維持 2020 年 6 月12日受理 The Journal of Animal Genetics (2021) 49, 1–11 1 佐藤ら されている 14 系統を分析の対象とした。また比較のため南米ベネスエラの野生集団と東南アジアで野生化した 2 集 団(タイ、シンガポール)も分析した。その結果、6 ハプロタイプが得られ、このうち観賞魚系では Hap1 と Hap4 が観察され、Hap4 は Endrer's のみで観察された。Hap1 は西トリニダードで、Hap4 は東ベネズエラで報告されて いる。一方東南アジア野生化集団とベネズエラ集団でも Hap1 のみが観察されたのに対し、沖縄の野生化集団から は 5 種類のハプロタイプ(Hap1 ~ 3, 5, 6)が観察された。また、野生化集団における遺伝的変異性(ハプロタイプ数、 ハプロタイプ多様度、塩基多様度)は起源となった南米各地での変異性よりも低かった。これらの結果から、日本 における観賞魚系はトリニダード島のごく狭い範囲の少数個体、おそらくは西トリニダードを起源としている可能 性が示された。また、沖縄の野生化集団の起源は南米各地を起源とする個体の複数回の導入が起源となっている可 能性が示された。 キーワード:グッピー、ミトコンドリア DNA、D-loop、外来種、ハプロタイプ 緒言 持つ導入である(Houde, 1997)。インドやオーストラ グッピー(Poecilia reticulata)はカダヤシ目カダヤ リアでは水路や井戸へのグッピーの導入により、ボウ シ科グッピー属に分類される魚類で、南米北東部を原 フラが駆除され、マラリア対策としての効果が挙げら 産とする卵胎生の熱帯性淡水魚である。グッピーは、 れている(Ghosh ら , 2005;Borthwick, 1923)。 も う 1 2 ~ 4 ヵ月で成熟し、妊娠期間が約 1 ヵ月と世代交代 つは、観賞用飼育個体の野外遺棄である(McKay, が早く、飼育が容易であり、観賞魚として高い人気が 1984)。 こ の 2 つの経路がグッピーへ分布拡大につな ある。また、雄は体色や模様、尾鰭の形が非常に多様 がる導入の機会を与えている。また、グッピーは温度 性に富み、主に雄の形質に関して選択された多くの系 耐 性(Kanda ら , 1991)、塩分耐性(鹿野と藤尾, 統が作出されている(岩松 , 1993)。 1994)といった高い環境適応性や、1 匹の雌が 60 匹 観賞魚としてのグッピーの歴史は比較的浅い。1850 を超える仔魚を一度に産むなど高い繁殖能力(Deacon 年に南米トリニダード島に生息する小型の魚として報 ら , 2011)を有しておりこれらの性質が分布拡大に影 告されて以降、1920 年頃にはイギリスやアメリカ、 響していると考えられている。 ドイツなど一部の国で観賞魚として飼育されるように 日本の沖縄地方の河川で野生化したグッピーが見ら なったのが始まりとされている。その後 1960 年代後 れるようになったのは 1970 年代の初め頃とされ(幸 半までアメリカやドイツが中心となってグッピーの品 地 , 1991)、主な導入経路は観賞用飼育個体の野外遺 種改良が行われ、様々な系統が作出された。その後、 棄と考えられている(石川ら , 2013)。 1973 年には、 観賞用グッピーの市場の中心はシンガポールに移り、 那覇市の天久や宜野湾市の伊佐など米軍基地周辺の溝 シンガポールで養殖したグッピーが世界中に輸出され で見られる程度だったが、1979 年には中南部地域に ている(岩崎 , 1997)。日本では 1930 年頃に観賞用と 広くみられるようになった(幸地 , 1991)。そして、 して輸入され、1960 年頃から一般的にも飼育される 嶋 津( 2011)による沖縄県での外来種の分布調査では、 ようになった(岩崎 , 1997)。このように、日本にお グッピーは沖縄本島の 300 水系中 120 水系で確認され、 ける観賞魚としてのグッピーの起源は南米トリニダー 沖縄県の遊泳魚が分布する水系の 68% への侵入が明 ド島と考えられるが遺伝的解析による起源の推定は行 らかとなった。日本において、グッピーは越冬可能な われていない。 水温である沖縄県の河川や温泉地しか定着できないも 一方、グッピーは外来種としても有名である。グッ のの、定着可能な地域での広範な分布やその生態的影 ピーの本来の生息域はベネズエラやガイアナ、スリナ 響から、総合対策外来種に指定されている(環境省 ム、トリニダード・トバゴを含む南米北東部とされて 我が国の生態系等に被害を及ぼすおそれのある外来種 いる(Rosen と Bailey, 1963)。しかし、人為的分散に リストより https://www.env.go.jp/press/files/jp/26594. より近年も生息域を拡大しており、自然生息域を除き pdf)。しかし、日本において定着した野生化グッピー 最低でも 69 ヵ国における野外での定着が確認されて の起源に関する研究は観賞魚の場合と同様行われてい いる(Daecon ら , 2011)。グッピーの他地域への導入 ない。 経路は主に 2 通りに分けられる。1 つは、蚊の対策と 一般的に、外来種の定着が生物多様性を脅かす脅威 してグッピーを持ち込むという生物学的防除の意味を であることは広く知られている(Vitousek ら , 1997)。 The Journal of Animal Genetics (2021) 49, 1–11 2 日本におけるグッピーの起源 外来種がもたらす生物多様性への問題として捕食や競 の異なる系統からの複数回の導入が明らかにされた 合による他の在来生物の排除、近縁の在来種との交雑 (Lindholm ら , 2005)。 による遺伝的浸食、生息環境の破壊、病害の伝播があ そこで本研究は、日本における観賞魚と野生化グッ る(鷲谷と矢原 , 1996)。ブラックバス(青木ら, ピーの mtDNA の D-loop 領域(320bp)を用いて、日 2006)やブルーギル(河村ら , 2004)による食害など 本に定着したグッピーの遺伝的起源の推定を目的とし は日本でも見られ、非常に有名である。生態的な影響 た。 が大きいとされるブラックバスは分布調査のほか、遺 伝学的な研究もおこなわれ、導入の起源や定着、分散 材料と方法 の過程について知見の蓄積が進んでいる(青木ら , 分析に用いたサンプル 2006;北川ら , 2005;高 村 , 2005;Yokogawa, 1998)。 グ ッ 分析に用いたサンプルの情報を図1、表1に示す。 ピーでは、分布調査(石川ら , 2013)による定着の現 本研究では、観賞魚系統 14 系統 37 個体、海外野生化 状についての知見は蓄積されているものの、遺伝学的 集団 3 集団 42 個体、日本野生化集団 14 集団 277 個体 な研究はほとんど行われていない。外来種の定着とそ のサンプルを用いて、mtDNA の Dloop 領域 320bp の の後の影響の予防のためにも、予想される侵入経路を 塩基配列を決定した。野生化集団は 2016 年に採集し 事前に予測し、対策を取る必要がある。さらに、すで たサンプル(沖縄県内 7 か所)とそれ以前に採集し、 に定着した生物についても、その導入の起源や定着過 本研究室でクローズドコロニーとして飼育していたサ 程を調査し、把握しておくことが未定着地域への侵入 ンプル(沖縄県内 6 か所)を「日本野生化集団」、そ 定着と定着地域への再導入防止のために重要である れ以外を「海外野生化集団」とした。また、本研究室 (高村 , 2005)。 で継代飼育されているクローズドコロニーから、観賞 グッピーは外来種として海外にも広く定着している 魚系統としてD2、F、G、DY、BG、S、SC、S3、 ため、原産地である南米北東部や導入された地域の集 S3HL、T、T1、Y2、Endrer's、Mozaic の 14 系統を用 団に関する遺伝学的研究は多く報告されている。トリ いた。これら 14 系統は全てペットショップから購入 ニダードのグッピー集団の遺伝的集団構造に関して、 した個体を起源とし、当研究室でクローズドコロニー アロザイム多型や mtDNA などの DNA 変異を用いた として維持されている。S 系統は 1975 年に当研究室 研究が行われている。これらの研究によると、トリニ に導入されたスタンダードと呼ばれる野生型に近いと ダードのグッピー集団は西部と東部の水系間で大きな される系統、SC は 1983 年に S 系統の雌とキングコブ 遺伝的分化が見られており、約 60 ~ 120 万年前に分 ラの雄との交配個体を起源とする系統、S3 は 1983 年 岐したと推定されている(Carvalho ら , 1991;Fajen と に S 系統から分離された系統、S3HL は 1990 年に S3 Breden, 1992)。また、他地域の集団を含む系統解析に 系統から高温に強い個体を選抜し作成した系統であ よると、ベネズエラ集団は西部トリニダード集団と系 る。D2 系統は 1992 年にダイアモンド(D)として導 統的に近縁であり、東部トリニダード集団とガイアナ 入された個体の中から黄色素胞を有さない個体を選抜 集団は単系統群をそれぞれ形成したという(Lindholm ら , 2005)。これらの結果は、グッピーは原産地であ Okuma R. る南米北東部において、いくつかの遺伝的に異なる集 Hanejioh R. 団が存在することを示している。また、オーストラリ Manna R. アでは 1910 年の生物学的防除を目的とした導入が最 Higashiyabe R. 初の導入とされ、以降複数回の導入報告がある(Vipan, Gabusoka R. 1910;Patrick 1987)。グッピーはオーストラリアにお Maeda R. いても観賞魚として有名なため、飼育個体の野外遺棄 Tengan R. による導入が行われた可能性があるという報告もある Ohyama (McKay, 1984)。こうした報告を受けて行われた Tokashiki mtDNA やマイクロサテライト DNA マーカーを用い Kochinda た遺伝的集団構造解析の結果、生物学的防除による導 Nishizaki Gushikami 入と飼育個体の野外遺棄による導入のそれぞれの遺伝 Fig. 1 的な証拠が示され、オーストラリアにおけるグッピー Fig.1 Sampled locations of wild guppy in Okinawa Island. The Journal of Animal Genetics (2021) 49, 1–11 3 佐藤ら Table 1 Fish specimen examined in this study. た。 Type Sampled Collected River Collected Year Examined DNA は各個体の尾鰭のサンプルより通常のフェ Region Number of individual ノール・クロロホルム法を用いて抽出した。抽出した Wild Okinawa Gabusoka(2016) 2016 24 DNA は 50µl の TE buffer(10mM Tris-HCl, 1mM EDTA) Gabusoka(2011) 2011 8 に溶解し、- 20℃で保存した。 Higashiyabe 2016 22 Hanejioh 2011 24 Okuma 2011 14 mtDNA( D-loop 領域)の増幅と塩基配列の決定 Manna 2011 7 D-loop 領域の増幅用プライマーとして、L15926( 5'- Maeda 2016 33 Tengan 2016 23 TCAAAGCTTACACCAGTCTTGTAAACC -3'; Kocher Ohyama 2016 24 ら , 1989)および H16498( 5'- CCTGAACTAGGAACCA Nishizaki 2016 58 Kochinda 1999 23 GATG -3'; Shields と Kocher, 1991)を用いて PCR によ Gushikami 2016 34 り mtDNA の D-loop 領域を増幅した。PCR 反応液は、 Tokashiki 1999 22 1 サンプルにつき DW を 2.6µl、2 × Mighty Amp Buffer Thailand Ayuthaya 2011 20 Ver.3(TaKaRa)を 5.0µl、各プライマー(10pmol)を 0.6µl Singapore Singapore 1999 3 ずつ、Mighty Amp® DNA Polymerase Ver.3(1.25U/µl Venezuera Venezuera 2002 20 Strain Origin Introduced Examined TaKaRa)を 0.2µl を加え、各鋳型 DNA サンプルを 1.0µl Year to our Number of 加えて総量 10µl の反応液とした。PCR 反応は 98℃ laboratory individual -10 秒、49℃ -20 秒、68℃ -30 秒を 1 サイクルとして Ornamental D2 Diamondo 1997 2 F Flamingo Red 1982 2 25 サイクル行った。 G Glass 1986 4 PCR によって増幅した遺伝子配列の塩基配列決定 S Standard 1975 2 SC Standard, Cobra 1982 3 は Cycle Sequence 法で行った。Cycle Sequence 反応液 S3 Standard 1983 3 の組成は、1 サンプルあたり DW 6.25µl、Big Dye 5 × S3HL Standard 1990 3 Sequencing Buffer v3.1 を 1.75µl、プライマー(10pmol/ T Taxido 1985 2 T1 Taxido 1985 2 µl) 0.5µl、Big Dye v3.1 Sequencing RT-100 0.5µl、精製 Y2 German Yellow 1996 2 後のPCR 産物1.0µl を加えて総量10µl の反応液とした。 DY German Yellow 2004 2 BG Blue Grass 2004 3 また、プライマーは L15926 を用いた。Cycle Sequence Mozaic Mozaic 2001 3 は、96℃ -10 秒、50℃ -5 秒、60℃ -2 分を 1 サイクル Endrer's Endre's 2004 4 として 25 サイクル行った。 して作成した系統、F 系統は 1982 年に導入されたフ 塩基配列の決定には 3500xl Genetic Analyzer(Applied ラミンゴレッドの系統、G 系統は 1987 年に導入され Biosystems)を使用した。 たキングコブラ(当時はグラスと呼ばれていた)を起 源とする系統、T は 1985 年に導入されたタキシードで、 系統解析 T 1は同年にタキシードから体色がゴールデンの個体 塩基配列データを MEGA ver.6.06(Tamura ら , 2013) を分離して作成した系統。Y2 は 1996 年に、DY は に入力し、実装されている MUSCLE(Edgar, 2004)を 2004 年に導入されたそれぞれ異なるドイツイエロー 用いて複合アライメントを行った。各集団で重複して を起源としている。BG は 2004 年に導入されたブルー 見られたハプロタイプは 1 つのハプロタイプとして絞 グラスを起源としている。Mozaic は 2001 年にシンガ り、データセットに用いた。系統解析として本研究で ポールから導入した系統。Endrer's は 2004 年に導入さ 確認された 6 つのハプロタイプ、Genbank に登録され れた系統である。海外野生化集団としてシンガポール、 ている 67 のハプロタイプ(表 2:Lindholm ら , 2005; アユタヤ、ベネズエラの 3 集団を用いた。海外野生化 Taylor と Breden, 2000; Alexander
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