マレーシアにおける障害のある人の権利確立に関する研究

LIM TEE TENG (リム テー テング) 平成 25 年 6 月

博士論文 マレーシアにおける障害のある人の権利確立に関する研究

金沢大学大学院人間社会環境研究科

人間社会環境学専攻

学籍番号 1021072713

氏 名 LIM TEE TENG (リム テー テング)

主任指導教員 森山 治

マレーシアにおける障害のある人の権利確立に関する研究

Research on Safeguarding the Rights of Persons with Disabilities in

目次

はじめに ...... 1

第1章 問題の所在と研究の目的、研究の方法 ...... 2

第 1 節 問題の所在と研究の目的 ...... 2

第 2 節 先行研究 ...... 2

第 3 節 研究の方法及び論文の構成 ...... 5

第 4 節 用語の説明 ...... 7

第2章 障害のある人の権利保障の現状 ...... 21

第 1 節 障害のある人の実態...... 21

第 1 項 障害及び障害のある人の定義 ...... 22

第 2 項 障害登録 ...... 22

第 3 項 障害のある人のニーズ ...... 26

第 2 節 障害のある人の権利保障の実態...... 27

第 1 項 教育を受ける権利 ...... 27

第 2 項 移動の権利...... 34

第 3 項 働く権利 ...... 36

第 4 項 社会福祉の権利 ...... 38

第 3 節 マレーシア社会と障害のある人の権利関係 ...... 46

第 1 項 隣人援助・博愛精神及び思いやり社会と障害のある人 ...... 47

第 2 項 憲法上の権利による障害のある人の権利への影響 ...... 50

第 3 項 人権保障と三権分立 ...... 53

第 4 項 民族問題優先 ...... 55

第 3 章 障害のある人の権利保障の運動 ...... 58

第 1 節 障害のある人の団体の運動 ...... 58

第 1 項 身体障害のある人の団体による運動 ...... 61

i

第 2 項 知的障害のある人の団体による運動 ...... 63

第 3 項 精神障害のある人の団体による運動 ...... 64

第 2 節 人権委員会の活動 ...... 66

第 3 節 弁護士会の活動 ...... 69

第 4 章 マレーシアにおける障害のある人の社会福祉の史的展開 ...... 73

第 1 節 マレーシア独立までの障害のある人の社会福祉の進展(19 世紀~1957 年) ...... 74

第 2 節 独立期から国際障害者年まで(1958 年~1981 年) ...... 75

第 3 節 国際障害者年から 2008 年障害のある人に関する法の制定まで(1982 年~2007 年) ... 76

第 4 節 2008 年障害のある人に関する法以降(2008 年~)...... 82

第 5 章 2008 年障害のある人に関する法及び政策と行動課題 ...... 84

第 1 節 2008 年障害のある人に関する法の成立過程 ...... 84

第 2 節 2008 年障害のある人に関する法の概要 ...... 85

第 3 節 下院における議論 ...... 86

第 1 項 権利に関する議論 ...... 87

第 2 項 障害のある人に関する国家審議会に関する議論 ...... 92

第 3 項 障害及び障害のある人の定義、分類と登録に関する議論 ...... 96

第 4 項 障害のある人の生活の質と福祉の促進に関する議論 ...... 99

第 5 項 援助に関する議論 ...... 104

第 6 項 その他の議論 ...... 106

第 4 節 上院における議論 ...... 110

第 5 節 障害のある人に関する政策及び障害のある人に関する行動計画 ...... 111

第 6 節 2008 年障害のある人に関する法の評価 ...... 112

第 6 章 2008 年障害のある人に関する法と障害のある人の権利に関する条約 ...... 115

第 1 節 障害のある人の権利に関する条約とマレーシア ...... 115

第 2 節 障害のある人の権利条約と 2008 年障害のある人に関する法の類似点 ...... 116

第 1 項 前文 ...... 116

第 2 項 定義 ...... 120

第 3 項 危険のある状態及び人道上の緊急事態 ...... 123

ii

第 4 項 自立した生活[生活の自律]及び地域社会へのインクルージョン ...... 125

第 5 項 表現及び意見の自由並びに情報へのアクセス ...... 126

第 6 項 教育 ...... 128

第 7 項 健康 ...... 132

第 8 項 ハビリテーション及びリハビリテーション ...... 134

第 9 項 労働及び雇用 ...... 135

第 10 項 文化的な生活、レクリエーション、余暇及びスポーツへの参加 ...... 138

第 3 節 障害のある人の権利に関する条約と 2008 年障害のある人に関する法の相違点 ...... 142

第 1 項 人権の主体 ...... 143

第 2 項 権利の問題...... 144

第 3 項 基準の問題...... 145

第 7 章 マレーシアの障害のある人の権利保障へ向けた提言 ...... 147

第 1 節 実効性ある権利保障へ向けて ...... 149

第 1 項 客体から主体へ、パワーレスからエンパワーメント並びにアドボカシーへ ...... 149

第 2 項 相談から参加へ、参加から決定へ ...... 151

第 3 項 差別禁止から平等保障へ ...... 153

第 4 項 教育・雇用・情報などのアクセス権保障からあらゆる分野の権利保障へ ...... 155

第 5 項 恩恵から権利へ、権利から人権へ ...... 156

第 2 節 日本を参考にして ...... 158

第 1 項 親亡き後の生きる権利 ...... 158

第 2 項 障害者基本法からの示唆 ...... 161

終わりに 本稿の成果と課題 ...... 166

第 1 節 本稿の成果 ...... 166

第 2 節 残された課題...... 167

参考文献 ...... 169

資料 1 2008 年障害のある人に関する政策 ...... 178

資料 2 2008 年障害のある人に関する法 ...... 181

謝辞 ...... 214

iii

はじめに

障害のある人が社会から排除され、差別され、人権侵害・剥奪されることは古今多発し

てきたことである。2001 年に筆者はマレーシアのある宗教団体が主催したボランティア活 動に参加し、福祉局が運営する重度障害のある人の入所施設タマン・シナル・ハラパン(日

本語を訳すと「希望の曙光の園」という意味である)を初めて訪問した。目的地に着く前

から主催者側の担当者から、ボランティアたちがこれから向かう先は見たことのない光景

かもしれないから心の準備をするようにと告げられた。確かに、その通りである。訪問先

は障害のある人が裸の状態で、柵に閉じ込められた人もいれば、鎖に繋がれた人もいる。

スチール製のベッドの上にマットレスは置いていなかった。ベッドの上には排せつ物が散

乱していた。部屋の隅の一角に一台のテレビしか置いていない。当時、筆者は障害のある

人は可哀そうと思っているのみであったが、この訪問が障害のある人の問題について考え

るきっかけとなった。

その後、障害のある人が道で物乞いしている姿を見る度にどうしてこのような生活をし

なければならないのか、マレーシアの障害のある人の現状を変えたいと思った。そこから、

福祉の勉強をし始めて、社会参加という用語が授業中に出た時は、「先生、マレーシアは障

害のある人が道で物乞いをしているが、それも社会参加の一種ですか」、と思わず先生に質

問をしていた。「社会参加というのも人間の尊厳をもって参加するほうが望ましいではない

か」と先生が答えた。この答えから障害のある人の生き方が問題になることがやっと分かっ

た。 障害のある人が貧困、教育、雇用など多くの問題を抱えさせられているのは障害のある

人の基本的ニーズが満たされていない、すなわち、基本的人権1が保障されていない、権利

の主体として見られていないからである。この出発点から障害のある人の人権並びに権利

の研究をするに至った。

1 井上英夫『患者の言い分と健康権』新日本出版社、2009 年、92 ページ。「basic human needs を権利 として保障するのが基本的人権ないし、人権 basic human rights です。」

1

第 1 章 問題の所在と研究の目的、研究の方法

第1節 問題の所在と研究の目的

世界保健機関によれば障害のある人は世界で最も多いマイノリティである。さらに、国

連開発計画によれば 80 パーセントの障害のある人が開発途上国に住んでいる。マレーシア

でも、他の国と同様に古くから社会福祉は慈善的・恩恵的なものとされてきた。障害のあ

る人は博愛の精神・憐れみを施す相手として扱われて、あるいは差別され、虐めの対象と

されてきた。このような問題の原因は障害のある人の人権問題を正面から取り上げてこな

かったことにある。障害のある人は国の発展から切り離されているのが現状である。

国際的には 50 年代後半からノーマライゼーションの考えが広がり、2006 年国連の障害の ある人の権利条約の採択に至り、障害のある人の人権保障の道が開かれている。しかし、

マレーシアは国際的な影響を受けているが、マレーシアの障害のある人の権利確立には大

きな進歩が見られない。

本稿の目的は、第 1 に、マレーシアにおいて、どうして障害のある人の権利が保障されて いないのかその要因を明らかにすることである。本稿では障害のある人の権利が保障され

なかった要因を歴史的背景、社会的要因、運動団体の動き、政策・制度・法律などの分析

によって明らかにする。

第 2 に、マレーシアは既に障害のある人の権利に関する条約(以下、「権利条約」と略す)

を批准し、これを参考にして、マレーシアで初めての障害のあるに関する法律、2008 年障

害のある人に関する法(以下、「2008 年法」と略す)を制定している。しかし、現在になっ ても障害のある人の権利は実質的に保障されていない。その要因を解明することである。

そのため、2008 年法のの制定過程をたどり、どのような背景で制定されたか、どのような

議論が行われていたか、さらに政府の意図を明らかにする。

第 3 に、2008 年法は権利条約の条文と類似するが、両者の違いもある。両者の類似点と

相違点を比較することによって、2008 年法の問題点を明らかにすることである。

最後に、マレーシアにおける障害のある人の権利を実質的に保障するための課題を明ら

かにし問題の改善のための提案をすることである。

第 2 節 先行研究

マレーシアの障害のある人に関する研究は、断片的なものが多い。さらに、継続的、フ

2

ォローアップの問題もある。マレーシアの障害のある人に関する研究者らは、障害のある

人に関する研究は乏しいと指摘する。久野研二が「マレーシアの障害者の生計―持続的生計

アプローチの視点から」(森壮也編『途上国障害者の貧困削減これからどう生計を営んでい

るのか』岩波書店、2010 年)マレーシアにおける障害者の生計・貧困に関しては、十分な 調査・研究は関係省庁及び大学などの研究機関によっても行われておらず、情報は非常に

限られていると指摘した。一方、川島聡がマレーシアの 2008 年障害者法を真正面から紹介

した包括的な論考「マレーシアにおける障害者の法的定義―2008 年障害者法を中心に」(小

林昌之『アジア諸国の障害者法―法的権利の確立と課題-』アジア経済研究所、2010 年)

は、2009 年 12 月時点では、日本はもとよりマレーシアを含めても 1 本を数えるのみである

と指摘した。久野研二が障害のある人の貧困についての研究、川島聡が 2008 年法の研究に ついて指摘をしているのであるが、マレーシアの障害のある人に関する研究全般が不十分

である。障害のある人に関連する分野、例えば精神障害の研究、障害のある人のホームレ

スの問題、障害のある人の参政権、障害のある人の法的問題、人権侵害問題、レクリエー

ション、障害のある人と性の問題、女性の問題など未だに研究されていない問題が数多く

存在する。一方、後述するように CBR についての研究は一番進んでいるといえよう。その

他、雇用、教育についての研究もある。 マレーシアにおいて、障害のある人の問題、現状あるいは権利に関して参照にできる基

本資料としてはデニソン・ジャヤソーリア( Denison Jayasooria)と久野研二の研究がある。デ

ニソンの『マレーシアにおける障害者―市民権とソーシャルワーク』(Disabled People:

Citizenship and Social Work: The Malaysian Experience, Asean Academic Press, 2000)はマレーシ アの障害のある人の問題を理解する上で貴重な視点を提供している。デニソン・ジャヤソ

ーリアは、障害のある人が彼らの市民の権利と責任に基づいてマレーシア社会に参画し、

社会のメンバーとして権利を主張できると論じる。さらに、マラヤ人や原住民コミュニテ

ィのような社会経済的に不利益を受けるコミュニティに対する政策は、この不利益を是正

するための他の法律を用意した経験があるから、障害のある人も同じように格差是正を要

求することができると述べた。しかし、デニソン・ジャヤソーリアは 2000 年以降について は検討していないので、現在の状態とのズレが生じている。また、デニソン・ジャヤソー

リアの研究はソーシャルワーク実践の市民権モデルを視点に置いている。デニソンは人権

に対して、マレーシアにおいては掛け声としてであり、政治的に妥当性がない、さらに、

市民権の中で、「人権」という言葉は市民の責任と結びつけられなければならないという見

3

解である。デニソン・ジャヤソーリアとゴドフリー・ウイン (Godfrey Ooi) 及びバマヴァテ

ィ・クリシーナン( Bathmavathi Krishnan) との間には政策提言などの共同研究があるものの、

同じく 2000 年以降は検討されていない(“Disabled Persons: The Caring Society and

Recommendations for the 1990s and Beyond,”Vision 2020, Vol. 4 No.2, 1996 & “Disabled People in A Newly Industrialising Economy, Opportunities and Challenges in Malaysia,”Disability &

Society, Vol.12, No. 3, 1997) 。 マレーシアの障害のある人に関する研究で現在もっとも進んでいるのは久野研二による

研究である。久野研二は日本の独立行政法人国際協力機構(Japan International Cooperation

Agency: JICA、以下「ジャイカ」と略す)の専門家としてマレーシアの障害のある人の分野

のアドバイサーであり、マレーシアの障害の分野に関して非常に詳しい。久野研二の専門

は地域社会に根ざしたリハビリテーション( Community-Based Rehabilitation、以下は「CBR」

と略す)である。久野研二はマレーシアの CBR を調査し、利用者などの調査を行い、CBR

の問題、限界そして CBR の実践などを踏まえて多方面の研究を行い、現在は障害平等研修

(Disability Equality Training 、以下「DET」と略す)について研究している。CBR 以外に関し ては、マレーシアの障害のある人の雇用、生計、政策に関しての紹介という程度にとどま

ることが多い。しかし、久野研二は常にマレーシアの最新情報を提供していて、2008 年法

を真正面から取り上げたのも久野研二である。また、CBR に関する研究者は他には、小林

明子「CBR に学ぶ―日本の障害分野の地域実践への考察」(『発達障害研究』、18 巻 3 号、

1996 年)、『アジアに学ぶ福祉』(学苑社、2003 年)や中澤健の研究「マレーシアの CBR の

現状と障害者の生活の実情とニーズに関する調査について」(『発達障害研究』18 巻 3 号、

1996 年)もある。いずれも 90 年代に書かれたものであり、現在の CBR の状況と当時の CBR

の比較をするには参考になる。

権利条約の研究者である川島聡は、近年マレーシアの 2008 年法と権利条約の関係につい

て研究している。川島聡による研究は、前述の「マレーシアにおける障害者の法的定義―

2008 年障害者法を中心に―」と、 “Malaysian Law and CRPD: On Disability-Based

Employment Discrimination”(「マレーシア法と障害のある人の権利に関する条約-障害に基 づく雇用差別」小林昌之編『開発途上国の障害者雇用―雇用法制と就労実態』アジア研究

所、2011 年)の予備稿の 2 本である。 その他、マレーシアの障害のある人に関して多少触れていた研究者は、ラジェンドラン・

ムース(Rajendran Muthu)、セベスティアン・サンディヤオ(Sandiyao Sebestian)、ザスマニ・

4

シャフィイー(Zasmanie Shafiee)、ティウン・リング・タ(Tiun Ling Ta)、リー・レー・ワー(Lee

Lay Wah)とクー・スエット・レング(Khoo Suet Leng)、である。ラジェンドランとサンディ ヤオは「社会経済発展におけるマレーシアの障害者福祉」『岩手県立大学社会福祉学部紀要』

(創刊号、1999 年)で、アジア太平洋障害者の十年に際して、マレーシアの障害のある人 の福祉について論じている。また、セベスティアン・サンディヤオは知的障害のある子ど

もの教育現場の問題についての研究をしている(“Mental Retardation in Malaysia,”Caring

Society ― Emerging Issues and Future Directions, Institute of Strategic and International

Studies(ISIS) Malaysia,1992)。ティウン・リング・タ、リー・レー・ワーとクー・スエット・ レンは、マレーシアの北地区の障害のある人の雇用について調査を行った。障害のある人

の雇用を阻害する原因や学歴と雇用の関係や教育レベルと適職などについて検討している

が、政策等の検討は行っていない(Peluang dan Cabaran Golongan Orang Kurang Upaya dalam

Pasaran Pekerjaan: Kajian di Bahagian Utara Semenanjung Malaysia. Universiti Sains

Malaysia,2011)。

上記のように、マレーシアの障害のある人に関する研究はまだ不十分である。特に、障

害のある人の人権侵害問題や権利の問題が重視されてこなかったことから、マレーシアの

障害のある人の権利に関する研究は緊急かつ重要な課題である。マレーシアはすでに権利

条約を批准した。したがって、障害のある人の権利の問題を解明し、権利条約が加盟国に

対して求める義務をマレーシア政府は如何に果たし、障害のある人の権利をどう保障する

かについて、早急に検討しなければならない。

第 3 節 研究の方法及び論文の構成

本稿は、マレーシアでの権利確立の方途を探るものであるが分析の中心は政府の政策、制

度、法律、中でも 2008 年法においた。したがって、政策・法制度研究であるが、マレーシ

ア社会における障害のある人の権利の問題・状況等についての概観的な分析も踏まえるな

ど、法学における立法政策学よりも公共政策論の研究方法を用いている。

本稿の構成は以下の通りであるが、第 5 章、第 6 章が研究の中核となる。

第 1 章は問題の所在、研究目的、研究方法と論文の構成並びに用語を説明する。

第 2 章は、マレーシアの障害のある人の現状を明らかにする。障害のある人の定義、人 口、そしてニーズを取り上げる。また、障害のある人の雇用、教育、生活環境などの権利

の実態を分析し、彼らの権利保障において、どのような問題が発生しているか、どのよう

5

に政府の役割が問われているかを明らかにする。また、障害のある人の権利を保障する際

に、国内的状況が如何にマレーシアの障害のある人の権利に影響をもたらしているかも分

析する。そして、障害のある人の権利を確立するための要件を明らかにする。

第 3 章では、障害のある人の権利の確立に向けて、障害のある人当事者、そして障害の ある人に関係する団体、マレーシアの人権委員会、弁護士会がどのような努力をしてきた

かを整理する。さらに、それぞれの運動の成果と欠点を明らかにする。

第 4 章は、障害のある人に対して現在の福祉・権利がどのように形成されてきたかをみ

るために、障害のある人の福祉の歩みを概観する。本稿ではマレーシアの障害のある人の

福祉の史的展開を 4 つの時期に区分する。マレーシアが独立以前のイギリス領マラヤにお

いて、障害のある人がどのように待遇をされてきたかを論じる。続いて、マレーシアが独

立した後は、どのような変化が見られるか、その展開を論じる。1981 年の国際障害者年は

マレーシアにも大きな影響を与え、障害のある人の社会参加、雇用などの必要性が認識さ

れる機会となった。ここでは、国際障害者年後の国際的動向を踏まえて、マレーシアの障

害のある人の政策、制度そして生活へ及ぼした影響を分析する。その後、2008 年法の制定

からマレーシアの障害のある人の権利保障に対して新しい局面が開かれたと位置付け、4 つ

の時期のそれぞれの特徴を明らかにする。

第 5 章では、2008 年法の成立過程を整理し、さらに、国会での議論の主な論点を分析す

る。この分析によって、政府の本音と意図を明らかにする。また、障害のある人の政策と

行動課題の問題点、そして、2008 年法の関係を整理する。2008 年法の制定以前と制定後ど

のような変化が見られるかについて論じる。結論として、2008 年法の制定はマレーシアの

障害のある人の現状並びに権利を保障するにはほとんど無力であるということを指摘する。

第 6 章では、まず 2008 年法と権利条約の関係を整理する。2008 年法が権利条約を参考に

していながらなぜ障害のある人の人権を保障する法にならなかったか、2008 年法と権利条

約の異同について分析し、双方の決定的な違いを明らかにすることによってその原因を解

明する。

第 7 章では、マレーシアの障害のある人の権利を保障する為には最終的には権利条約を 目標にするが、それを達成する為のステップを提示する。そのため、マレーシアより発展

した段階にある日本を参考にして、障害のある人の権利を保障するための政策・制度・法

律から示唆を得て、マレーシアにおける具体的な提言を提示する。

6

第 4 節 用語の説明 本稿はマレーシアにおける障害のある人の権利確立に関する研究をテーマとしている。

まず、障害のある人の用語並びに障害のある人の定義について検討する。本稿では「障害

のある人」と表記する。英語の場合は persons with disabilities とし、マレー語の場合は orang kurang upaya とする。また、本稿において、以下に挙げる理由で障害者や残疾者あるいは他

の用語を用いることもある。

1. 英語の場合、原文 “disabled persons” は「障害者」と訳す。

2. 法律用語などで「障害者」という用語を用いている場合。

3. 本文でマレー語の差別用語を使用する場合日本語に一番近い表現で表わし、また、その

現状を反映するという意味で用いる。 マレー語の場合はやや複雑である、なぜなら、マレーシアにおいては、障害のある人に

関する用語はまだ統一されていない。「障害のある人」という表現に相応するマレー語表現

を検討している段階である。以前は障害のある人を “orang cacat” と表記した。日本語で訳

すと残疾者に当たる。 “orang” は人という意味、 “cacat” は「残疾」あるいは「不良」の 意味である。現在、この用語は差別の意味が入っているとされているが、まだ広く使われ

ている。

現在、もっとも広く使われているのは “orang kurang upaya” との用語である。直訳する

と能力の足りない人となる。 “kurang”は不十分という意味であり、 “upaya”は能力という意

味であるが、マレーシアでは現在障害のある人を指すときは “orang kurang upaya”と表現し、

あるいはその頭文字からとり “OKU” と表現する。この言葉は英語の “persons with disabilities” と同じと考えればよい。正式の用語、そして法的用語で “orang kurang upaya” を

“persons with disabilities”と訳している。2008 年障害のある人に関する法の英語版は “ Persons with Disabilities Act 2008”となっている。マレー語版は “Akta Orang Kurang Upaya 2008” であ

る。2008 年法のマレー語版前文には、英語の “disability” あるいは日本語では「障害」の言

葉は “ketidakupayaan”となっている。そうすると、もし、 “persons with disabilities” を 前

文の “ketidakupayaan” と照らし合わせると “orang dengan ketidakupayaan” となるはずであ

る。最初は “orang dengan ketidakupayaan” を利用するという提案もあった。しかし、この

言葉は普及していなかった。考えられる原因の 1 つは “ orang kurang upaya” は能力が足り

ないだけで、 “ orang dengan ketidakupayaan” は能力がないという訳もあり得るから、能力

が足りないことは能力がないより良いということである。そもそも、その問題はマレー語

7

の障害あるいは “disability” の言葉にある。つまり、 “ketidakupayaan” は障害の意味もある

が、能力がないという意味もあるからである。 マレーシアでは、障害のある人に対する意識変化につれて、もっと障害のある人を評価

する、あるいはポジティブなイメージを表現するために、現在様々の提案が出されていて、

新聞にも障害のある人の用語もいろいろなバージョンが見える。例えば、 “ orang kelainan upaya” (違う能力の人)、 “ orang kuat usaha” (非常に努力する人)などがある。しかし、これ

らの用語も不適切である。

筆者はマレー語で「障害のある人」を指すには相応しい言葉は、井上英夫の「固有のニ

ーズのある人」の概念を借りて、“orang dengan keperluan spesifik”がよいと考えている。

本稿における「障害のある人」の定義には、権利条約の障害のある人の概念を用いる。

障害(disability)のある人には、長期の身体的、精神的、知的又は感覚的な機能障害(impairment)

のある人であって、様々な障壁との相互作用により他の者と平等に社会に完全かつ効果的

に参加することを妨げられることのあるものを含むものである。権利条約においては、機

能障害(impairment)あるいは、機能障害のある人についての定義を設けていないが、本稿に おいては、「機能障害のある人」と「障害のある人」を使い分ける。本稿で「障害のある人」

を用いる場合は、障害の社会モデルの意味を持たせている。一方、「機能障害のある人」を

用いる場合は、機能障害に着目して、障害の医学モデルの意味を持たせている。これらの

関係はスザン・ヘミングス(Susan Hemmings) とジェニ・モリス(Jenny Morris)が考案した障

害と障害のある人の要素構成から整理できる2(表 0-1 参照)。

表 0-1: 障害と障害のある人の要素構成

機能障害(Impairment) + 阻害因子(Disenabling factor) = 障害(disability)

機 能 障 害 の あ る 人 (a person with impairment) + 阻 害 因 子 の 体 験 (experience of

disenabling factor)=障害者(disabled person)

出所: UN enable, http://www.un.org/esa/socdev/enable/rights/contrib-nihrc.htm を参考にした上で

筆者作成 。

上記の表と権利条約の障害の概念とを照らし合わすと、障害とは(=)機能障害(医学的

2 UN enable, http://www.un.org/esa/socdev/enable/rights/contrib-nihrc.htm (最終閲覧日 2013 年 2 月 12 日)

8

な心身機能・身体構造の機能障害)(+)と態度及び環境の障壁との相互作用(阻害因子)

であるということになる。また、障害のある人の概念と照らし合わすと、障害のある人と

は(障害者)=長期の身体的、精神的、知的又は感覚的な機能障害のある人(医学的な心

身機能・身体構造に機能障害のある人)(+)様々な障壁との相互作用により他の者と平等

に社会に完全かつ効果的に参加することを妨げられることのあるものを含む(阻害因子の

体験)ということになる。 本稿で用いる障害のある人の権利条約は川島聡と長瀬修の仮訳を用いる3。マレーシアの

2008 年障害のある人に関する法は久野研二の訳4を用いるが、障害者と訳す場合は、障害の

ある人に変更する。また、久野研二訳は当時の 2007 年障害のある人に関する法案(Persons with Disabilities Bill,2007)に基づいて訳したものであるから法の名前は 2007 年制定マレー

シア障害者法と訳したが現在この法の正式の名前は Persons with Disabilities Act 2008 である

から、筆者は 2008 年障害のある人に関する法と訳す。さらに、筆者は久野研二訳を一部修

正している。

本稿では、社会福祉は、支援又はサービスなどを必要とする人たちに社会的にそれらの

必要な支援やサービスなどを提供するシステムと定義する。一方、福祉とは幸福あるいは

英語の well-being の意味合いとして用いる。本稿においては、基本は社会福祉を利用する。

但し、引用の場合は著者の原語を用いる。

本稿では、女性・家族・社会開発省(以下は、「女性省」と略す)はよく用いる。しかし、

時代によって、この名称は違うため、女性省の変遷を提示する(表 0-2 参照)。

表 0-2:女性・家族・社会開発省の変遷

年 英語名称 マレー語名称 日本語訳名称

1912 Migrant Welfare Program (colonial 移民福祉プログラム

administration)-abolished in 1930s (植民地行政)-30 年代

に廃止5

1937 Social Service Department(under the 社会サービス局(植民

colonial Office) 地事務の下)

3 長瀬修・東俊裕・川島聡『障害者の権利条約と日本―概要と展望』生活書院、2008 年、211-287 ページ。 4 久野研二「2007 年制定マレーシア障害者法」『福祉労働』118 号、131-147 ページ。 5 世界大恐慌により経済状況が厳しくなったため、廃止した。

9

1946 Department of Community Welfare, Jabatan Kebajikan Masyarakat 社会福祉局、マラヤ

Malaya Malaya

1952 Ministry of Industry and Social Kementerian Perusahaan dan 産業・社会関係省

Relations Perhubungan Sosial

1956 Ministry of Health and Social Kementerian Kesihatan dan 厚生.社会福祉省

Welfare Kebajikan Masyarakat

1958 Ministry of Labour and Social Kementerian Buruh dan Kebajikan 労働・社会福祉省

Welfare Masyarakat

1960 Ministry of Health and Social Kementerian Kesihatan dan 厚生・社会福祉省

Welfare Kebajikan Masyarakat

1963 Ministry of Labour and Social Kementerian Buruh dan Kebajikan 労働・社会福祉省

Welfare Masyarakat

1964 Ministry of General Welfare Kementerian Kebajikan Am 社会福祉省

1982 Ministry of Social Welfare Kementerian Kebajikan Masyarakat 社会福祉省

Malaysia.

1990 Ministry of National Unity and Kementerian Perpaduan Negara dan 国家統一・社会開発省

Social Development Pembangunan Masyarakat (マレーシア社会福祉

(Department of Welfare and (Jabatan Kebajikan Masyarakat 局)

Community) Malaysia)

2004 Ministry of Women, Family and Kementerian Pembangunan Wanita, 女性・家族・社会開発

Community Development Keluarga dan Masyarakat 省(マレーシア社会福

(Department of Welfare and (Jabatan Kebajikan Masyarakat 祉局)

Community) Malaysia)

出所:久野研二「社会福祉分野の人的資源開発:マレーシアの事例」『日本福祉大学 21

世紀 COE プログラム』 をもとに訳をつける。

本稿においては、英語、マレー語と日本語が混在しているからあらかじめ用語の説明と

用語表を提示しておく。用語表が空欄の場合は下記を参照する。

マレー語空欄は英語表現をそのまま用いているので空欄とする。英語空欄はマレー語を

10

固有名詞と用いているので空欄とする。尚、該当する用語が不明の場合も空欄とする。

法律、通達、規則など

マレー語 英語 日本語訳

Akta Orang Kurang Upaya Persons with Disabilities Act 障害のある人に関する法 2008 2008

Akta Pelajaran 1961 Education Act 1961 1961 年教育法

Akta Pendidikan 1996 Education Act 1996 1996 年教育法

Ordinan Kecelaruan Mental Mental Disorders Ordinace 1952 年精神異常条例 1952 1952

Ordinan Orang Gila (Sabah) Lunatics Ordinance (Sabah) きちがい条例(サバ州)1951 1951 1951

Ordinan Kesihatan Mental Mental Health Ordinance 精神保健条例(サラワク州)

(Sarawak) 1961 (Sarawak) 1961 1961

Akta Kesihatan Mental 2001 Mental Health Act 2001 2001 年精神保健法

Akta Suruhanjaya Hak Asasi Human Rights Commission of 1999 年マレーシア人権委員 Manusia 1999 Malaysia Act 1999 会法

Akta Kanak-Kanak 2001 Child Act 2001 2001 年児童法

Akta Pencegahan dan Prevention and Control of 1988 年伝染病予防及び管理 Pengawalan Penyakit Infectious Disease Act 1988 法 Berjangkit 1988

Peraturan Pendidikan Khas Education(Special Education) 1997 年特殊教育規則 1997 Regulation of 1997

Akta Pampasan Pekerja 1952 Workmen’s Compensation 1952 年被雇用者補償法 Act 1952

Akta Keselamatan Sosial Employees Social Security 1969 年被雇用者保障法 Pekerja 1969 Act 1969

Akta Kumpulan Wang Employees Provident Fund 1991 年被雇用者積立基金法 Simpanan Pekerja 1991 Act 1991

11

Akta Pencen 1980 Pension Act 1980 1980 年公務員年金法

Akta Orang Papa 1977 Destitute Persons Act 1977 1977 年貧困者法

Akta Cukai Pendapatan 1967 Income Tax Act 1967 1967 年所得税法I

Akta Cukai Jualan 1972 Sales Act 1972 1972 年売上税法

Akta Jalan, Parit dan Street, Drainage and 1974 年道路、下水、建築法 Bangunan 1974 Buildings Act 1974

Akta Jururawat 1950 Nurse Act 1950 (Revised- 1950 年看護師法(1969 年改 (disemak 1969) 1969) 正)

Akta Bidan 1966(disemak Midwifes Act 1966 (Revised- 1966 年助産師(1990 年改 1969) 1969) 正)

Akta Perubatan 1971 Medical Act 1971 1971 年医療法

Akta Pusat Jagaan 1993 Care Centres Act 1993 1993 年介護施設法

Kanun Keseksaan Penal Code 刑法

Akta Rahsia Rasmi 1972 Official Secret Act 1972 1972 年国家機密法

Akta Mesin Cetak dan Printing Presses and 1984 年印刷出版法 Penerbitan 1984 Publications Act 1984

Akta Pertubuhan 1966 Societies Act 1966 1966 年社会団体法

Akta Polis 1967 Police Act 1967 1967 年警察法

Akta Keselamatan Negeri Internal Security Act 1960 1960 年国内治安法 1960

Akta Hasutan 1948 Sedition Act 1948 1948 年扇動法

Undang-Undang Kecil The Uniform Building 1984 年統一建築物細則 Bangunan Seragam 1984 By-Laws 1984

MS1183: 1990 Kod Amalan MS1183: 1990 Code of MS1183:1990 障害のある人 Jalan Keselamatan Bagi Practice for Means of Escape の避難手段に関する実施基 Orang Kurang Upaya for Disabled Persons 準

MS1184: 2002 Kod Amalan MS1184: 2002 Code of MS1184:2002 公共施設にお Akses bagi Orang Kurang Practice for Access for ける障害のある人のアクセ

Upaya ke Bangunan Awam Disabled Persons to Public スに関する実施基準

12

Buildings

MS1331: 2003 Kod Amalan MS1331: 2003 Code of MS1331:2003 建築物外に Akses bagi Orang Kurang Practice for Access for おける障害のある人のアク

Upaya di Luar Bangunan Disabled Persons Outside セスに関する実施基準 Building

Pekeliling Perkhidmatan Civil Service Circular No.10 1988 年公共サービス 10 ヵ Bilangan 10 Tahun 1988 1988 年通達 (PP10/1988)

Pekeliling Perkhidmatan Civil Service Circular No.3 2008 年公共サービス 3 カ年 Bilangan 3 Tahun 2008 for Year 2008 通達 (PP3/ 2008)

Kaedah-Kaedah Bengkel Rules of Protected Workshop 1979 年保護作業所規則 Terlindung 1979 1979

Kaedah-Kaedah Cukai Income Tax (Deductions For 1982 年所得税(障害者雇用 Pendapatan (Potongan Bagi The Empoyment of Disabled 控除) Penggajian Orang Persons) Rules 1982 Hilangupaya 1982)

Kaedah-Kaedah Cukai Income Tax (Deductions For 1992 年所得税(訓練に対す

Pendapatan (Potongan Bagi Approved Training) Rules る控除)規則 Latihan Yang Diluluskan) 1992 1992

計画、政策、プログラムなど

マレー語 英語 日本語訳

Draf Pembangunan Malaya Draft Development Plan of マラヤ発展計画草案 1950-1955 Malaya 1950-1955 1950-1955 年

Rancangan Malaysia Pertama First Malaysia Plan 第 1 次 マ レ ー シ ア 計 画 1966-1970 1966-1970 1966-1970

Rancangan Malaysia Kedua Second Malaysia Plan 第 2 次 マ レ ー シ ア 計 画

13

1971-1975 1971-1975 1971-1975

Rancangan Malaysia Ketiga Third Malaysia Plan 第 1 次 マ レ ー シ ア 計 画 1976-1980 1976-1980 1976-1980

Wawasan 2020 Vision 2020 ビジョン 2020

Masyarakat Penyayang Caring Society 思いやり社会

Dasar Kebajikan Masyarakat National Social Welfare 国家社会福祉政策 Negara Policy

Dasar Ekonomi Baru: DEB New Economic Policy: NEC 新経済政策

Dasar Pembangunan National Development Policy: 国民開発政策 Nasional : DPN NDP

Dasar Wawasan Negara: National Vision Policy: NVP 国民ビジョン政策 DWN

Kod Amalan Penggajian OKU Code of Practice for the 民間企業における障害者雇 di Sektor Swasta Employment of the Disabled 用に関する指針 in the Private Sector

Sistem Penempatan OKU: Job Placement System for the 障害者配置システム SPOKU Handicapped

Skim Bantuan Galakan Business Incentive Scheme 障害者商売促進支援スキー

Perniagaan Orang Kurang for Disabled Persons ム Upaya: SBGP-OKU

国際機関、国際関連活動

マレー語 英語 日本語訳

Pertubuhan Kesihatan World Health Organization: 世界保健機関 Sedunia WHO

Pertubuhan Buruh International Labour 国際労働機関 Antarabangsa Organization: ILO

Pertubuhan Pendidikan, Sains United Nations Educational, 国際連合教育科学機関(ユ dan Kebudayaan Pertubuhan Scientific and Cultural ネスコ)

14

Bangsa-bangsa Bersatu Organization: UNESCO

Japan International 日本独立行政法人国際協力 Cooperation Agency: JICA 機構(ジャイカ)

United Nations Decade of 国連・障害者の十年 Disabled Persons

Asian and Pacific Decade of アジア太平洋障害者の十年 Persons with Disabilities

Agenda for Action for the アジア太平洋障害者の十年

Asian and Pacific Decade of の行動課題 Disabled Persons

Penilaian Penggalan Sejagat Universal Periodic Report: 普遍的定期審査 UPR

Far East and South Pacific 極東・南太平洋身体障害者 Games for the Disabled, スポーツ大会、フェスピッ FESPIC Games ク

機関、組織

マレー語 英語 日本語訳

Suruhanjaya Pencegahan Malaysian Anti-Corruption マレーシア反賄賂委員会 Rasuah Malaysia Commission

Badan Peguam Malaysia The Malaysian Bar マレーシア弁護士会

Suruhanjaya Kebangsaan Malaysia National ユネスコマレーシア国内委 UNESCO Malaysia Commission for UNESCO 員会

Jawatankuasa Teknikal National Committee on the 民間企業における障害者雇 Penggalakan Penggajian Promotion of Employment for 用促進全国委員会 Orang Kurang Upaya di Persons with Disabilities in Sektor Swasta the Private Sector

Majlis Penasihat dan National Advisory and 国家障害者助言及び諮問審

Perundingan bagi Orang Consultative Council on the 議会

15

Kurang Upaya Disabled

Majlis Kebangsaan Orang National Council for Persons 障害のある人に関する国家 Kurang Upaya 2008 with Disabilities 審議会

Majlis Perundingan Ekonomi The National Economic 国家経済諮問審議会 II

Negara Kedua: MAPEN II Consultative Council II

Suruhanjaya Hak Asasi HumanRights Commission of マレーシア人権委員会 Malaysia (SUHAKAM) Malaysia

NGO、障害のある人の団体

Suara Rakyat Malaysia: マレーシア人民声 SUARAM

Pertubuhan Orang Cacat Society of the Blind in マレーシア視覚障害者協会

Penglihatan Malaysia Malaysia: SBM

Pertubuhan Bagi Orang Buta Malaysian Association for the マレーシア視覚障害者のた Malaysia Blind: MAB めの協会

Persatuan Bagi Orang Buta Sarawak Society for the サラワク州視覚障害者協会 Sarawak Blind:SKSB

Persatuan Bagi Orang-orang Sabah Society for the サバ州視覚障害者協会 Buta Sabah Blind:SSB

Majlis Kebangsaan Bagi National Council for the マレーシア視覚障害者全国 Orang Buta, Malaysia Blind, Malaysia (NCBM) 協議会

Gabungan Persatuan Malaysian Confederation of マレーシア障害者連盟 Orang-orang Cacat Malaysia the Disabled:MCD

Majlis Pemulihan Malaysia Malaysian Council for マレーシアリハビリテーシ Rehabilitation: MCR ョン協議会

Penang Coalition Group on ペナン障害者連合 the Disabled

Persatuan Orang-orang Cacat Society of the マレーシア肢体不自由者協

16

Anggota Malaysia: POCAM Orthopaedically Handicapped 会 Malaysia

Pertubuhan Orang Cacat Society of Chinese Disabled マレーシア華人障害者協会

Cina, Malaysia Persons, Malaysia

Persatuan Orang Pekak Kuala Kuala Lumpur Society of the クアラ・ルンプール聴覚障 Lumpur Deaf: KLSD 害者協会

Persatuan Orang Cacat Negeri Society of the Disabled ペナン障害者協会 Pulau Pinang Persons Penang

Barrier-Free Environmental バリア・フリー環境及びア and Accessible Transport, クセスブル交通グループ BEAT

Pertubuhan Rakyat Malaysia Malaysians Against マレーシア障害のある人に Menentang Diskriminasi Discrimination of the 対する差別禁止連合

Orang Kurang Upaya Disabled( MADD)

Dignity and Services ディグニティー・アンド・ サービス

United Voice ユナイテッド・ボイス

Self Advocacy Group セルフ・アドボカシー・グル

ープ

Persatuan Kesihatan Mental The Malaysian Mental Health 精神保健協会

Malaysia Association: MMHA

Perak Society for the ペラク州精神保健促進協会 Promotion of Mental Health

MINDA Malaysia ミンダ・マレーシア

Gerakan Bersama 障害のある人と共に立ち上 Kebangkitan OKU 2012: がる運動 2012(立ち上がる OKU Bangkit 2012 障害のある人 2012)

17

政党

マレー語 英語 日本語訳

Barisan Nasional : BN National Front 国民戦線

Pertubuhan Kebangsaan United Malays National 統一マレー人国民組織 Melayu Bersatu Organisation: UMNO

Persatuan Cina Malaysia Malaysian Chinese マレーシア華人協会 Association: MCA

Kongres India Se-Malaysia Malaysian Indian Congress マレーシアインド人協会

Pakatan Rakyat: PR People’s Pact 又は People’s 人民協約 Alliance

Parti Islam SeMalaysia: PAS Pan-Malaysian Islamic Party 汎マレーシア・イスラム党

Parti Tindakan Demokratik : 民主行動党 DAP

Parti Keadilan Rakyat: PKR People’s Justice Party 人民公正党

行政機関、地方公共団体

マレー語 英語 日本語訳

Kementerian Dalam Negeri Ministry of Home Affairs 内務省

Kementerian Kewangan Ministry of Finance 大蔵省

Kementerian Wilayah Ministry of Federal Territories 連邦直轄領及び都市安定省 Persekutuan dan and Urban Wellbeing Kesejahteraan Bandar

Jabatan Pendaftaran Negara National Registration 国民登録局 Department

Jabatan Perkhidmatan Awam : Public Service Department 公務員局 JPA

Jabatan Tenaga Kerja マレーシア半島労働局及び

Semenanjung Malaysia dan 障害者雇用

Penggajian OKU

18

Agensi Kelayakan Malaysia Malaysian Qualifications マレーシア資格機関 Agency: MQA

Standards and Industrial マレーシア基準・工業調査

Research Institute of 機関 Malaysia: SIRIM

Lembaga Hasil Dalam Inland Revenue Board of 内国歳入委員会 Negeri :LDHN Malaysia

Syarikat Perumahan Nasional 国民住宅株式会社

Berhad: SPNB

Dewan Bandaraya Kuala Kuala Lumpur City Hall クアラ・ルンプール首都特別

Lumpur: DBKL 市

Majlis Bandaraya Petaling Petaling Jaya City Council ペタリン・ジャヤ市議会 Jaya(MBPJ)

施設、地名

マレー語 英語 日本語訳

Pemulihan Dalam Komuniti: Community-Based 地域社会に根ざしたリハビ PDK Rehabilitation: CBR リテーション

Taman Sinar Harapan The Ray of Hope Home タマン・シナル・ハラパン 重度心身障害者施設

Pusat Latihan Perindustrian Industrial Training and バンギ職業訓練及びリハビ dan Pemulihan Bangi Rehabilitation Centre Bangi リセンター

Politeknik Polytechnic ポリテクニク・カレッジ

Saint Nicholas Home セン・ニコラス・ホーム

Lembah Klang Klang Valley クラン・ヴァレー

Seremban Seremban セレンバン

Kuala Terengganu Kuala Terengganu クアラ・テレンガヌ

Brickfields ブリックフィルド

19

交通機関、路線

マレー語 英語 日本語訳

Star LRT スタル LRT

Laluan Ampang Ampang Line アンパン線

RapidKL ラピッド KL

Air Asia エアアジア

その他

マレー語 英語 日本語訳

Penilaian Menengah Rendah: Lower Secondary Assesment 下級教育証書 PMR

Sijil Pelajaran Malaysia : Malaysian Certificate of マレーシア教育証書 SPM Education

Piagam Hak Asasi Manusia Malaysian Human Rights マレーシア人権憲章 Charter

20

第 2 章 障害のある人の権利保障の現状

人権とは「人間が生まれながら誰もが持っている権利である」。さらにいうと、人間は自

分らしく生きる権利を有する。しかし、自分らしく生きる権利とはなにか。井上英夫によ

れば、基本的人権ないし人間としての基本的ニーズ(basic human needs) を権利として保障す

るものである6。権利として保障されるということは次のことを指す。「権利の剥奪や侵害に

対して、保障を求めて裁判所に訴えることができる。つまり、その実現が最強の国家権力

によって担保されている。様々な権利の中でも、最高位にあるのが基本的人権で、多くの

場合、その国の憲法によって保障されている。また、国家というのは人権を保障する組織

である7」。したがって、まず、マレーシアにおいて障害のある人の権利が保障されているか

どうかを検証することが必要である。その際、とくに障害のある人の権利を社会との接点、

社会との関係において整理しなければならない。

2 章では、マレーシアにおけるまず障害のある人の実態を把握する。そのため、障害のあ

る人の種別、人数、年齢構成、ニーズを 1 節において紹介する。2 節では、障害のある人の 権利保障の実態を①教育の権利、②移動の権利、③働く権利、④社会福祉の権利の面かで

分析する。3 節では、マレーシア社会と障害のある人との関係を整理し、障害のある人の権

利保障を阻害する社会的要因、法的要因などを明らかにする。

第 1 節 障害のある人の実態

2010 年 の マレーシアの人口は 28,334,135 人である。世界保健機関(World Health

Organization: WHO)と世界銀行(World Bank) が発表した障害に関する世界報告(World Report on Disability)によれば、世界総人口の 15.6% は障害のある人であり、さらに、その内訳は高

所得国が 11.8% であり、低所得国は 18% である8。15.6%であるならマレーシアの人口から

計算すれば、442 万人(4,420,125)人の障害のある人がいるはずである。しかし、マレーシア

の社会福祉局(以下、「福祉局」と略す)の統計によれば、2010 年にはマレーシアの障害の

6 井上英夫『患者の言い分と健康権』新日本出版社、2009 年、92 ページ。 7 同上、116 ページ。 8 World Health Organization, The World Bank. World Report on Disability. Geneva: World Health Organization, 2011, pp.27-28. この報告では高所得国と低所得国を国民総所得 US$3255 の以上か以下か で分類している。世界銀行のデータによって、マレーシア 2011 年の国民総所得は US$8770 であり、 日本は US$44900 である。(世界銀行、http://www.data.worldbank.org/indicator/NY.GNP.PCAP.CD 最終ア クセス 2013 年 5 月 23 日)

21

ある人は 31 万人しか登録されていない。31 万人はマレーシアの総人口の 1.1%であり、世

界保健機関の 15.6% より遥かに低いことが分かる。この統計は任意登録のため、実際の人 数を表していないことを政府側も承知している。政府は、マレーシアの障害登録を任意登

録としている理由は、登録したくない、あるいは障害自体を認めたくないという人を尊重

したいからであると説明している。また、ティウン、リー とクーはこの統計は累計統計で

あり、死亡した障害のある人あるいは移民した人たちの数をこの統計から外していないと

指摘し、福祉局には障害のある人を正確に把握する仕組みがないと指摘する9。

第 1 項 障害及び障害のある人の定義

2008 年法が制定される前のマレーシアにおいては、障害あるいは障害のある人の定義は

ばらばらであった。2008 年法においては、「障害は変化し続けている概念であり、かつ障害

とは、障害者と社会における障害者の平等で完全かつ有効な参加を阻害する環境や態度な

どの障壁との相互作用の結果として生ずるもの10」と定義し、また、障害のある人の定義に

ついては「障害者は、長期の身体的、精神的、知的あるいは機能の障害を有し、種々の障

壁と相まって社会における完全かつ有効な参加が妨げられている人を含む11」とされた。

2008 年法の障害及び障害のある人の定義は権利条約と酷似する。この点については第 6 章

2 節で論じる。

第 2 項 障害登録

現在、マレーシアの障害種別は視覚障害、聴覚障害、身体障害、言語障害、学習障害12、

精神障害とその他・重複障害の 7 つに分けられている。そして、各障害種別に、登録制度

に登録できる障害の内容を設けている(表 2-1 参照)。2010 年から、障害種別の分類が変 更され、言語障害と精神障害が加えられた。これにより、精神障害も障害であると認めら

れるようになった。このことは、マレーシアの障害観にとって斬新な改革と言えよう。脳

9 Tiun, Ling Ta, Lee, Lay Wah & Khoo, Suet Leng. Peluang dan Cabaran Golongan Orang Kurang Upaya dalam Pasaran Pekerjaan: Kajian di Bahagian Utara Semenanjung Malaysia. Pulau Pinang: Universiti Sains Malaysia, 2011, p.24. 10 英語の原文。Recognizing that disability is an evolving concept and that disability results from the interaction between persons with disabilities and attitudinal and environmental barriers that hinders their full and effective participation in society on an equal basis with persons without disabilities 11 英語の原文。“persons with disabilities” include those who have long term physical, mental, intellectual or sensory impairments which in interaction with various barriers may hinder their full and effective participation in society 12 学習障害のカテゴリは知的障害も含まれる。

22

性まひは 2011 年には身体障害として分類された。久野研二によると、マレーシアにおいて

は、現時点(2008 年)では内部機能障害や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経筋疾患によ

る障害などは、実務上「障害者」としての政府登録が認められていないと指摘した13。2011

年に機能障害のある人たちも身体障害のカテゴリに組み入れられたことから障害のある人

の定義は改善されたと評価できる。

表 2-1:マレーシアの障害のある人の障害種別表

障害種別 内容

聴覚障害 両耳が補助器具なしには鮮明に聞こえない者。あるいは補助器具を利用して

も完全に聞こえない者。聴覚障害は以下 4 つの等級に分類される。

 軽度(15 - < 30 デシベル)(児童)

(20 - < 30 デシベル) (大人)

 中度(30 - < 60 デシベル)

 重度(60 - < 90 デシベル)  最重度( > 90 デシベル) 視覚障害 補助器具例えばメガネやコンタクトレンズを利用しても両眼が見えないある

いは視力が制限されている。以下、2 つの等級に分類される。

 盲

 視力は 3/60 以下である。あるいは、視野が 10 度以下である。

 ロービジョン(低視力)、弱視

 補助器具を利用して、視力は 6/18以下であるが 3/60以上あるいは 3/60

の者。あるいは、視野は 20 度以下である。

身体障害 身体上に障害を持っている、肢体の欠損あるいは一部の肢体を欠くものまた は、身体上いずれかの部分において障害を生じている者、例えば、片麻痺、

対麻痺、頸髄損傷、肢体損傷、筋無力によって身の回りの整理ができない、

動きが困難及び身体の姿勢を変更することが困難な人。この状態を生じるの

は、事故(トラウマ)、あるいは神経システムの機能問題、心臓血管、呼吸器、

血液、免疫、泌尿器、肝臓、運動器、婦人病疾患問題などである。

13久野研二「マレーシアの障害者法と障害者(福祉)政策―その背景と課題」『福祉労働』118 号、2008 年、127 ページ。

23

身体障害の例

四肢障害(先天性、後天的)、親指を欠くものも含む。

脊髄損傷

脳梗塞―機能回復

外傷性脳損傷―6 カ月以降

小人症-男性≦142cm、女性≦138cm

脳性まひ

注:機能に障害を生じない場合、例えば、指を欠く、多指症、耳たぶが完全

ではない者は登録外である。

言語障害 話すことができないため有効なコミュニケーションが取れなくなり、彼らと

触れ合う人には理解することが困難となるもの。この状態は永久でありある

いは直すことができないものである。子どもの場合は、5 歳以上になって診断

される。また、疑問がある場合、耳鼻咽喉科医の診断を仰ぐことになる。

学習障害 脳の発達の障害によって実年齢と合っていないもの。全般性発達障害、ダウ ン症、発達と知力に支障があるものが含まれる。学習能力に支障となる自閉

症、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、固有学習障害例えば難読症、計算障害、

書字表出障害もこのカテゴリに含まれる。

精神障害 重度の精神障害であり、治療を受けて又は精神科医に診断されて少なくとも 2

年に達するものである。病気の結果、そして精神科治療を受けても、まだ一

部あるいは自分に関することの全部について社会との触れ合いが困難なも

の。例えば、重度かつ長期的な器質性精神障害、統合失調症、偏執病、気分

障害(うつ病、双極性障害)、精神病、例えば非定型精神病及び持続性妄想性

障害である。

その他・重 複数の障害を持っている、または以上の種別に分類できない者である。

複障害

出所:マレーシア政府社会福祉局の資料より翻訳。

2011 年の障害のある人の登録を障害種別からみると、学習障害のある人が最も多く

134,659 人が登録され、全体の 37.5%の割合を占めている。身体障害のある人は 123,346 人

24

が登録され 34.3%の割合を占めているが、学習障害の人より 3%少ない。聴覚障害と視覚障

害はそれぞれ 43,788 人、12.2%の割合と 31,924 人、8.9%の割合を占めている。他の障害あ

るいは重複障害の人は 15,834 人がいて、その割合は 4.4%である。精神障害と言語障害は新

しいカテゴリであるから、このカテゴリで登録されている人は他の障害種別と比べて低く、

それぞれ 8927 人、2.5%、725 人、0.2%に過ぎない(表 2-2 参照)。

表 2-2:2009 年―2011 年の障害別による登録者数

障 害 分 類 2009年(人) 2010年(人) 2011年(人) 視 覚 障 害 26,155 27,840 31,924 聴 覚 障 害 37,729 39,824 43,788 身 体 障 害 94,331 105,020 123,346 学 習 障 害 109,708 120,109 134,659 脳 性 ま ひ 4,068 4,068 - 言 語 障 害 - 334 725 精 神 障 害 - 3,663 8,927 他・重複障害 11,521 13,389 15,834

合 計 283,512 314,247 359,203 出所:前述福祉局資料に同じ。

注:脳性まひは 2011 年から身体障害のカテゴリに分類された。

障害登録の申し込み用紙は 18 歳以下と 18 歳以上の 2 種類がある。年単位の新規登録に

ついては 18 歳以下の障害のある子どもと障害のある人の統計はあるが、累計統計には障害 のある子どもと障害のある人を分けた記録はない。その原因は、前述のティウンが指摘し

た累計統計の問題と同じであると考えられる。マレーシアは累計統計を採用しているので、

障害のある人の年齢の増加あるいは死亡などにより、障害のある人の推移は統計上には反

映しにくいのである。新規登録からみると 18 歳以下の障害のある子どもは 15,263 人(男

9952 人、女 5311 人)34%の割合を示している。18 歳以下の障害のある子どもには学習障害

を持っている人が一番多く 10,364 人(男 7003 人、女 3361 人)である。身体障害が 2,389

人(男 1476 人、女 913 人)、聴覚障害が 783 人(男 425 人、女 358 人)、視覚障害が 528 人

(男 314 人、女 214 人)、他・重複障害が 909 人(男 562 人、女 347 人)、言語が 179 人(男

120 人、女 59 人)そして、精神が 111 人(男 52 人、女 59 人)である(表 2-3 参照)。

2011 年新規登録の統計からみると、18 歳以下の障害のある子どもでも 18 歳以上の場合で

25

も、男性の方が圧倒的に多い。男性は 18 歳以下の場合は 9,952 人、18 歳以上は 18,873 人で

ある。それに対して、18 歳以下の女性は 5,311 人、18 歳以上は 10,820 人である。男性の数 値はほぼ女性の倍であることが分かる。しかし、男性が多い原因については未だに明らか

になっていない。新規登録の数値は累計統計の傾向と似ている。2011 年の新規登録は合計

44,956 人であり、その中には、学習障害が最も多く 14,550 人、身体障害が 14,258 人、視覚

障害が 4,084 人、聴覚障害が 3,964 人、精神障害が 5,264 人、他・重複障害の 2,445 人の順

である。

表 2-3:2011 年年齢層別、性別及び障害種別による新規登録

年齢 視覚 聴覚 身体 学習 言語 精神 他・重複 合計

男 女 男 女 男 女 男 女 男 女 男 女 男 女 男 女

6 歳 62 47 113 102 514 356 1380 666 30 14 1 0 224 163 2324 1348

7-12 113 72 141 141 412 278 3908 1792 64 22 7 12 160 111 4805 2428

13-18 139 95 171 115 550 279 1715 903 26 23 44 47 178 73 2823 1535

合計 A 314 214 425 358 1476 913 7003 3361 120 59 52 59 562 347 9952 5311

19-21 106 76 116 91 539 272 538 323 15 13 185 140 156 74 1655 989

22-35 499 282 544 508 1958 820 1125 895 40 18 1129 547 330 260 5625 3330

36-45 503 219 377 330 1658 698 422 343 26 24 981 551 161 137 4128 2302

46-59 715 366 455 351 2640 1245 268 207 25 30 789 566 159 124 5051 2889

60 538 252 251 158 1355 684 34 31 9 12 136 129 91 44 2414 1310

合計 B 2361 1195 1743 1438 8150 3719 2387 1799 115 97 3220 1933 897 639 18873 10820

総合計 2675 1409 2168 1796 9626 4632 9390 5160 235 156 3272 1992 1459 986 28825 16131

(A+B)

出所:前述福祉局資料に同じ

第 3 項 障害のある人のニーズ マレーシアにおいては、障害のある人の調査は極めて少ない。未だに障害のある人の正

確な人数の把握すらできていない現状である。学者・研究者らによる雇用関係の調査はい

くつかある。障害のある人を理解するには障害のある人のニーズ調査は非常に重要である

26

から、筆者は 2007 年に障害のある人のニーズ調査を行った。164 名の障害のある人を対象 として調査を行った。調査の結果からは「障害のある人の権利とニーズに対する意識向上」

を求める人が最も多いことが分かった。その次は「バリア・フリー、環境整備の充実」、「イ

ンセンティブの増加」、「就労支援の充実」、「教育支援の充実」、「障害のある人のための施

設の増加」の順で障害のある人の状況を改善するために政府に対する要望を訴えている14。

第 2 節 障害のある人の権利保障の実態

マレーシアでは、障害のある人がもつ自分の権利に対する意識は非常に弱い。その要因

はまずなによりも国が障害のある人に対して慈善・恩恵的アプローチを取ってきたことに

ある。障害という問題を個人に帰属させ、自己責任論に任せ、家族や社会が障害のある人

の「ケア」を担い、それらの人々から恩恵を受けてきたため、障害のある人が自分の権利

であることに気付くことがなかった。国はまた思いやり政策を通じて、障害のある人が直

面する問題にも社会の思いやりによって対応してきた。漸く国際的動きを受けて、障害の

ある人にも自分の権利であることを認識する人が増えてきた。しかし、残念ながら、国は

まだ障害のある人の権利を保障する気を持たないでいる。障害のある人の教育、雇用、環

境、社会福祉制度などが十分に整備されていないことから、障害のある人の自分の権利に

対する認識もなかなか進展しないし、結果として、自分の権利の主張さらに権利の行使が

できなかった。

第 1 項 教育を受ける権利 マレーシアでは、マレーシア憲法や法律上に教育を受ける権利を明記する文言はない。

憲法 12 条は国民の教育を受ける自由や、あらゆる宗教グループの宗教上の弟子の教育をす

るための教育機関の設立や、運営の権利を認めるものであるにすぎない。日本の憲法 26 条

のように「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、等しく教育を

受ける権利を有する」ときちんと教育は国民の権利であると記する条文はない。教育は小

学校の 6 年間、中学校の 3 年間そして高校の 2 年間は学費が無償である。義務教育は小学

校の 6 年間である。

障害のある人の教育に特に関連する法は 1996 年教育法(Education Act 1996)と 1997 年特殊

14 Lim Tee Teng「マレーシアにおける障害のある人の現状及びニーズ調査」『平成 21 年度プロジェク ト研究成果報告書』金沢大学人間社会環境研究科、2010 年、189 ページ。

27

教育規則(Education(Special Education)Regulation of 1997)の 2 つである。1996 年教育法 29A で

は大臣に初等教育を義務教育にする権限を与えた。これにより、教育(義務教育)政令 2002

は初等教育を義務化し、2003 年 1 月 1 日から施行された。同法の 8 章では特殊教育(special education)について言及している。1996 年教育法の 40 条には、大臣による特殊教育の提供に

ついての規定が設けてあり、「大臣の裁量により適切に 34(1)(b)の下で設立する特殊教育学

校(special schools)あるいは小学校または中学校において特殊教育を提供する」と明記してい

る15。41 条は特殊教育の期間及びカリキュラムを設定する権限に関する規定である16。この

ように、1996 年教育法は大臣に強大な権限を与えている。先述したように、マレーシアで は教育を受ける権利を主張できない一方で、親または監護者が子どもに教育を受けさせる

義務を負っているが、理不尽である。また、義務教育というのであれば、政府が学校の設

置や整備、環境づくり、人員配置などに責任をもつことが前提である。さらに、入学希望

に対して、拒否することなく、かつ一般学校を選択するか、特殊教育学校にするか、その

選択権を与えなければならない。その意味で、親が子どもに教育を受けさせる義務だけで

はなく、政府はこういった義務を遂行するための教育制度・体制の整備の義務を負ってい

る。それこそが義務教育である。

現在、マレーシアでは、公立の障害のある人の特殊教育学校数は 2012 年の段階で小中学

校を含めて計 32 校である。32 校のうち、小学校は 28 校、中学校は 4 校である(表 2-4 参

照)。マレーシアの 13 州と 3 つの連邦地域での小中学校はわずか 32 校しかない。特に視覚

障害のある人の中学校は全国に 1 つしかない。マレーシアの視覚障害のある人が中学校へ

の進学を希望する場合、非政府組織(non-governmental organization:NGO、以下「NGO」と略

す)が運営する盲学校に入学するのか、唯一の公立盲学校に入学するのか、公立の一般学校

15 英語原文。 40. Minister to provide special education. The Minister shall provide special education in special schools established under paragraph 34(1)(b)or in such primary or secondary schools as the Minister deems expedient. 16 41 条(1) (2)項と(3)項により、大臣が規則を作り、規定すること― (a) 特殊教育を受ける生徒の需要に相応しい初等教育及び中等教育の期間 (b) 特殊教育に用いるカリキュラム (c) 特殊教育が必要な生徒のカテゴリ及び各カテゴリの特殊学校において生徒の教育に相応しい方 法;と (d) 大臣がこの章の目的のために必要あるいは適切と思われる他の関連事項。 (2) 大臣が 1(a)の下で制定する期間はこの法が制定された関連事項の小学校あるいは中学校の最低期 間を下回るすることができない。 (3)1(b)で制定されたカリキュラムは国家カリキュラムの条件を実行可能に満たすこと。

28

の特殊教育インテグレーション・プログラムを選択するしかない。もし、これがインクル

ーシブ教育の方向へ向かっているのであり、そのため特殊教育学校の数が少ないという理

由であれば、それは好ましいことである。しかし、マレーシアの場合はそうではない。つ

まり、マレーシアでは障害のある人のための教育は、特殊教育学校も、インクルーシブ志

向のインテグレーション・プログラムも充実していない。

表 2-4:マレーシアにおける公立特殊教育学校 視覚、聴覚、 視覚障害 聴覚障害 学習障害 小学校 5校 23校 - 中学校 1校 * 2校 1校 *注:その内1校は技術学校である

出所:教育省特殊教育ローカル情報センター17(Pusat Maklumat Setempat Pendidikan Khas)。

1997 年教育(特殊教育)規則は特殊教育のプログラムを 3 つのプログラムに分け、それぞれ

定義している。特殊教育プログラムとは、1)視覚障害のある生徒あるいは聴覚障害のある

生徒のため特殊教育学校によって提供するもの。2)普通学校でインテグレーション・プロ

グラムによって視覚障害、聴覚障害あるいは学習障害のある生徒のためのプログラム。3)

特別需要のある生徒が一般生徒と一緒に普通学級に通うことができるためのインクルーシ

ブ教育プログラムである18。しかし、特殊教育プログラムの設置基準については触れていな

い。上記で論じた特殊教育学校は 1997 年教育(特殊教育)規則の特殊教育プログラムの視 覚又は聴覚障害のある生徒のための特殊教育学校であるから、学習障害またはそれに準じ

る知的障害のある生徒は特殊教育プログラムのインテグレーション・プログラム又はイン

クルーシブ教育プログラムのもとで、教育を受けることになる。

17 教育省特殊教育ローカル情報センターは障害のある人特に特別需要を持っている生徒に関する情 報のハブである。このセンターは教育省に主導されている。教育省特殊教育ローカル情報センター http://www.pmspk.moe.gov.my/ 18 英語の原文。 “special education programme” means- (a) a programme which is provided in special schools for pupils with visual impairment or hearing impairment; (b) an integrated programme in regular schools for pupils with visual impairment or hearing impairment or with learning disabilities; and (c) an inclusive education programme for pupils with special needs and who are able to attend normal classes together with normal pupils.

29

インテグレーション・プログラムは、学習障害のある生徒を中心として行われているプ

ログラムである。視覚障害や聴覚障害向けのインテグレーション・プログラムは量的には

非常に少ないのである。1 つの州で 2-3 か所しかこのプログラムは行われていない。学校

に行くために地域から離れて遠いところに行く選択をするか、学校をやめるかの選択に迫

られる。中学校のインテグレーション・プログラムの数をみると小学校の数と比べるとほ

ぼ半分以下である(表 2-5 及び表 2-6 参照)。例えば、小学校で学校に通うことができると しても中学校が地域にないため、今まで通りに通うことが困難である可能性が高い。小学

校に通う障害のある生徒は 30,013 人であり、中学校は 20,900 人であり、計 50,913 人である。

マレーシアにおける障害のある人の教育の場が如何に不十分であるか明らかである。

表 2-5:マレーシアにおける小学校特殊教育のインテグレーション・プログラム(2012 年

10 月 31 日までの統計)

プログラムの数 学生数 教員数 州・連邦 合計 合計 合計 直轄地区 学生数 教員数 聴覚 視覚 学習 ディス 聴覚 視覚 学習 ディス 聴覚 視覚 学習 ディス 障害 障害 障害 レクシア 障害 障害 障害 レクシア 障害 障害 障害 レクシア

ジョホール 7 4 232 4 247 94 11 3,832 42 3,979 26 2 805 8 841 クダ 2 1 84 2 89 23 18 1,848 22 1,911 11 8 348 3 370 クランタン 2 1 81 6 90 54 19 2,023 93 2,189 17 9 343 9 378 マラッカ 2 1 88 3 94 10 9 1,572 53 1,644 9 6 422 16 453 ヌグリ・スンビラン - - 83 3 86 - - 1,411 22 1,433 - - 323 - 323 パハン 2 1 124 2 129 34 17 2,006 58 2,115 13 9 462 15 499 ペラ 7 2 111 - 120 59 12 2,924 - 2,995 30 2 804 - 836 プルリス - 1 9 1 11 - 4 313 3 320 - 3 62 1 66 ペナン 1 1 33 3 38 20 5 1,093 13 1,131 9 5 234 3 251 サバ 1 - 70 11 82 1 - 1,621 80 1,702 1 - 337 17 355 サラワク 1 97 3 101 - 8 2,054 11 2,073 - 1 385 3 389 スランゴール 20 4 111 3 138 169 29 4,336 47 4,581 79 25 893 12 1,009 トレンガヌ - - 89 3 92 - - 2,067 27 2,094 - - 413 6 419 クアラ・ルンプール 1 35 4 40 4 - 1,457 67 1,528 2 - 385 11 398 ラブアン 1 1 3 2 7 3 1 131 27 162 2 - 32 4 38 プトラジャヤ - - 3 1 4 - - 151 5 156 - - 37 1 38 合計 46 18 1,253 51 1,368 471 133 28,839 570 30,013 199 70 6,285 109 6,663 出所:マレーシア教育省特殊教育部が各州教育局(Jabatan Pelajaran Negeri)のデータを集計し

た資料より19。

1997 年教育(特殊教育)規則で言及した特殊教育プログラムのインクルーシブ教育はイン

テグレーション・プログラムの延長線であると理解してよい。上記のインテグレーション・

プログラムのもとで教育を受けていた生徒が一般生徒と授業を受けることができると判断

されたら、一般生徒と一緒に普通学級に通うことになるという「インクルーシブ」のやり方

である。このように、マレーシアの特殊教育プログラムは成果主義的なものであり、障害

19 教育省特殊教育部からもらった資料。私信 2013 年 3 月 22 日

30

のある人のニーズを無視して、通常教育へ同化することを目標にしている。

表 2-6:マレーシアにおける中学校特殊教育のインテグレーション・プログラム(2012 年

10 月 31 日までの統計)

プログラムの数 学生数 教員数 州・連邦 合計 合計 合計 直轄地区 学生数 教員数 聴覚 視覚 学習 ディス 聴覚 視覚 学習 ディス 聴覚 視覚 学習 ディス 障害 障害 障害 レクシア 障害 障害 障害 レクシア 障害 障害 障害 レクシア

ジョホール 11 4 106 1 122 152 58 3,055 6 3,271 48 15 528 1 592 クダ 2 2 57 - 61 87 32 1,535 1,654 20 12 272 - 304 クランタン 1 - 43 - 44 72 - 1,551 - 1,623 14 - 259 - 273 マラッカ 1 1 38 2 42 28 4 1,283 30 1,345 12 5 241 3 261 ヌグリ・スンビラン 1 - 46 - 47 59 - 1,133 - 1,192 13 - 180 - 193 パハン 3 1 47 1 52 46 23 1,091 9 1,169 16 10 221 2 249 ペラ 3 - 61 - 64 75 - 1,718 - 1,793 20 - 347 - 367 プルリス 1 1 6 - 8 3 5 240 - 248 3 2 45 - 50 ペナン - 3 14 - 17 - 51 691 - 742 - 18 133 - 151 サバ 2 1 48 1 52 81 37 1,118 8 1,244 14 13 212 1 240 サラワク 3 1 36 1 41 89 32 801 4 926 23 13 134 1 171 スランゴール 12 4 63 2 81 135 29 2,725 34 2,923 38 10 468 2 518 トレンガヌ 3 1 50 1 55 59 25 1,036 7 1,127 21 9 212 2 244 クアラ・ルンプール 3 1 22 1 27 66 15 1,250 50 1,381 20 5 258 6 289 ラブアン 1 - 2 2 5 5 - 84 16 105 3 - 17 4 24 プトラジャヤ - - 3 1 4 - - 151 6 157 - - 38 1 39 合計 47 20 642 13 722 957 311 19,462 170 20,900 265 112 3,565 23 3,965

出所:マレーシア教育省特殊教育部が各州教育局(Jabatan Pelajaran Negeri)のデータを集計し

た資料より20。

障害のある人の教育を受ける権利は実際には国によって奪われている。しかし、マレーシ

アの障害のある人の惨めな境遇はこれだけではない。マレーシアの障害のある人はさらに

国から堂々と差別されている。1997 年特殊教育規則 2 条の定義には「特別需要を持ってい る生徒」とは視覚障害あるいは聴覚障害または学習障害を持っている生徒と定められてい

る。この定義においては、身体障害のある生徒は知的に障害がない場合は特別需要を持っ

ている生徒ではないこととなる。1997 年特殊教育規則 3 条には特殊教育プログラムを受け

るための資格に関する規定を設けている。3 条の条文は次の通りである。

3 条 特別支援プログラムへの資格

(1) 政府あるいは政府の援助校においては、特別需要を持っていて教育できる生徒たちは特

殊教育プログラムに参加することができるが、以下の生徒は除外する。

20 教育省特殊教育部からもらった資料。私信 2013 年 3 月 22 日

31

(a) 身体障害はあるが、知的能力は一般生徒と同様に学習することができる生徒。

(b) 重複障害あるいは重度障害または重度知的遅滞のある生徒。

(2) 教育できる特別需要を持っている生徒とは、他人の介助なしで、自分の見の周りの

整理ができる人、かつ医師、教育省の職員、福祉局の職員からなるパネル審査を受けて、

本人が国家教育プログラムを受けることができる人とする21。

国は障害のある人の権利を保障する立場であるはずが、残念ながら、マレーシア政府は

障害のある人の権利を保障しないだけでなく、逆に、その権利を侵害し、さらに差別まで

している。マレーシア政府は障害のある人に対して以下のような権利侵害・差別行為を行

っている。1、2008 年法 28 条(1)の「障害を理由に一般教育制度から排除されてはならな

い」ことに反し、障害のある人の教育を受ける権利を侵害している。2、障害のある人を「教 育できる」と「教育できない」と分類しているが、このような区別、排除又は制限は差別

行為に当たる。3、障害のある人の発達を妨害している。4、障害のある人を他の生徒から

隔離して教育を行っている。

現在「教育できない」生徒は福祉局の管轄の下の CBR で教育を受けている。ここから出

てくる問題はまず、CBR は当初の目的から離れていることである。2004 年に ILO、UNESCO

および WHO により改訂版の CBR が発表された。そこで、共同政策方針を作成した目的は、

1) 障害のある人々が自分たちの身体的、精神的能力を最大限にして、通常のサービスや機

関にアクセスし、あまねく地域社会と社会に対して活発な貢献者になることが可能である

ことを保障する。2)地域社会での変化、例えば、参加への障壁を取り去ることによって、

障害のある人々の人権保障を促進し保護する為に、地域社会を活性化することである(中

西由起子訳)。ところが、現在マレーシアの CBR はもっぱら学校教育の代わりに教育を受

ける場となっている。

2011 年には全国において、468 の CBR プログラムが設立されて、プログラムを受けてい

る障害のある人は 20,184 人である。CBR マネージャはプログラムごとに一人のマネージャ

が付いているので、プログラムの数と同じである。そして、CBR の職員は 2,147 人である。

21 英語の原文。 3. Eligibility for special education programme. (1) For government and government-aided schools, pupils with special needs who are educable are eligible to attend the special education programme except for the following pupils: (a) physically handicapped pupils with the mental ability to learn like normal pupils; and (b) pupils with multiple disabilities or with profound physical handicap or with severe mental retardation . (2) A pupil with special needs is educable if he is able to mange himself without help and is confirmed by a panel consisting of a medical practitioner, an officer from the Ministry of Education and an officer from the Department of Welfare, as capable of undergoing the nataional educational programme.

32

計算するとマネージャを含め職員たちは一人あたり 7.7 人の障害のある人を担当している。

CBR においては、基本は 1 日 4 時間のセンター活動を週 4 日、そして週 1 日の家庭訪問で ある(州によって多少の差あり)。カリキュラムは、福祉局が指定している指導方針に従っ

て組まれる。組み込むべきカリキュラムとしては、粗大・微細運動訓練、言葉の発達訓練、

宗教、モラル、社会性訓練、生活技能訓練、前学習訓練、創作活動、遊びとレクリエーシ

ョンが挙げられる。これらは、個別、または集団で行われる。必要に応じて、作業訓練や

授産活動も行われている。カリキュラム以外にも、様々な活動が行われているが、その活

動の内容は、利用者や地域のニーズに照らして、各センターの運営委員会やワーカーによ

って決められる22。

一方、CBR 指針によると、教育分野における CBR の役割は「教育部門と協力し、教育は 各段階においてインクルーシブ(包摂)するように、さらに障害のある人の教育へのアク

セスや終身学習を促進すること」であるが、マレーシアの CBR はこのような役割を果たし ていないし、障害のある人の教育権を守ることなく、むしろ障害のある人に対する差別教

育を受忍している。

1994 年スペインで採択されたサラマンカ宣言のインクルーシブ教育の理念は、マレーシ

アにも影響を与えているのは間違いない。サラマンカ宣言のいう「万人のための学校」・「万

人のための教育」とは様々な違いのニーズを持っている人や性別、人種、社会的地位、障

害の人が共に地域の学校で学び、必要に応じて支援を受けることを意味する23。しかし、マ

レーシアでは、軽度の障害だけに限りインクルーシブする方針であるが、重度障害のある

人に対してはエクスクルージョン(排除)である。地域の学校は入口から障害のある生徒

を先に排除し、その中で選ばれた生徒だけを取り入れる「選別主義」によるインクルージョ

ンとしか言いようがない。 確かに、一部であれマレーシアの障害のある人が公的な教育を受けられているのは間違

いない。しかし、その場合でも、問題がないとは言えない。身体障害のある生徒は一般の

生徒と同じ一般の学校教育を受けて、同じ地域の学校に通わせるが、学校内の設備問題・

トイレの整備やアクセス問題などが多発している。聴覚障害のある生徒がインクルーシブ

のプログラムに編入され、一般の生徒と同じ授業を受ける。しかし、その生徒に対する支

22 『2006 年度マレーシア国別研修会「CBR ワーカープログラム」報告書』リハビリテーション分野 の国際協力の会、2006 年、12 頁。 23 UNESCO, http://www.unesco.org/education/pdf/SALAMA_E.PDF (最終閲覧日 2013 年 1 月 23 日)

33

援や手話通訳は一切ないので結局障害のある生徒は授業の内容を理解しないまま勉強して

いる状態である。 また、インテグレーション・プログラムの教諭が複数の障害のある人を担当しているた

め、障害のある人の教育ニーズを十分に満たすことができず、教育の目的を達成できない

ままである。試験制度に関しては障害やニーズに対する配慮はなされていない。例えば、

脳性まひのある生徒は試験を受けるときに障害があるため一般の生徒が 1 時間で書きあげ

られるものを 3 時間か 4 時間あるいはもっと時間をかけて書かなければならない。このよ

うなことも障害のある人の進学に影響を与える。先進国のような一人一人に対する支援や

支援教育はマレーシアにおいては、まだまだ雲の上の話である。

第 2 項 移動の権利

障害のある人の社会参加が困難で社会から孤立してしまう主な原因の 1 つは移動の問題 にある。マレーシアにおいては、障害のある人が先進国と比べてより少ないとの錯覚を持

っている人は少なくない。街でよく見られる障害のある人の姿は道で物乞いしている人か

宝くじを売っている人、あるいは大道芸で金を稼ぐ人である。その他の障害のある人はホ

ームにいるか、作業所あるいは家に閉じ込められていることが多い。その理由は非常に簡

単であり、彼らが外出する、あるいは移動することが困難だからである。移動を確保する

ことができないとあらゆる面で支障がでる。例えば、通学、通勤、公園に散歩、友達と会

い、映画館に行くことなどすべてできなくなる。移動するためには道路、建物、生活環境

等をはじめとする、交通のバリアを取り除かなければならない。

1974 年の道路・排水・建築法 133 条は、州自治体にこの法に従いながら各自これらに関

する事項を定める権限を与えた。これによりできたのが 1984 年統一建築物細則である。1990 年の改正によりすべての新築公共建築物は障害のある人が建物にアクセスできるようにす

ることを義務付けられた。また、既存の建物はこの細則の施行から 3 年間の猶予期間を設

けて、この 3 年間の間に必要な改造を行い、細則が定めたマレーシア基準・工業調査機関

(Standards and Industrial Research Institute of Malaysia:SIRIM)の基準にしなければならないと

された24。その基準とは障害のある人の避難に関する実施基準(MS1183: 1990 Code of Practice

24 原文。(3) Building to which his by-law applies and which on the date of commencement of this by-law have been erected, are being erected or have not been erected but plans have been submitted and approved shall be modified or altered to comply with this by-laws within 3 years from the date of commencement of this by-law.

34

for Means of Escaped for Disabled Persons) 及び公共施設における障害者のアクセスに関する

基準(MS1184: 2002 Code of Practice on Access for Disabled Persons to Public Building)である。

建築外における障害のある人のアクセスに関する実施基準(MS1331:2003 Code of Practice for

Access for Disabled Persons Outside Buildings) というものもあるが、1984 年細則ではこの基 準を満たすことを求めていないから、建築物外あるいは道路、公園などについてはこのよ

うな基準を満たさなくてよいということである。 また、障害のある人の避難に関する実施規定及び公共施設における障害のある人のアク

セス規定は必ずしも守らなければならないのものではない。1984 年統一建築物細則 4 項に

は、「3 章の規定にかかわらず、地方自治体が十分であると思われる場合には正当に―(a) こ

の細則が求める条件の期間の延長あるいは延長許可をする。(b) この細則のあらゆる条項の 変更、逸脱あるいは免除をする」と規定されている25。この猶予条項の結果、障害のある人

のアクセス面においては、現在もバリアだらけの状態である。地方自治体の取り締まりが

弱くなり、障害のある人のアクセスを守らなくても建築物の建築許可が問題なく手に入れ

られるものとなっている。 障害のある人の公共交通問題としては、マレーシアでは公共交通手段が乏しいことを指

摘しなければならない。少なくとも一般市民に提供する公共交通手段も障害のある人が利

用できるものでなければならないが、マレーシアにおいては障害のある人のための公共交

通をバリア・フリーにするための法律は存在していない。現在は一部の公共交通機関で障

害のある人のためのバスや電車がバリア・フリー化されつつあるが、それは障害のある人

の運動で勝ち取ったものである。しかし、これは一部の地方あるいは一部の交通機関提供

者に限られている。交通機関が障害のある人のためのノンスステップバスや旅客ターミナ

ルのエレベータなどを整備していないため仕方なく自分で運転免許をとり、自分で運転す

るしかないという選択をせざるを得ないという人も多い。しかし、ここでもう一つの問題

は運転免許を取るためには自動車教習所には障害のある人のための車がないことである。

また、駐車場などの問題も少なくない。このように、マレーシアの障害のある人は運転で

きる人も公共交通手段に頼る人もそれぞれ移動することが困難である。

25 (4) Notwithstanding paragraph (3) the local authority may where it is satisfied that it is justificable to do so- (a) allow an extension or further extensions of the periods within which the requirements of this by-law are to be complied with: or (b) allow, variations, deviations, or exemtions as it may specify from any provisions of; this by-law.

35

第 3 項 働く権利 私たちは生活を営むために何らかの所得を得て、生活上に必要な生活品、衣料、食品、

電気代などを支払わなければならない。この意味で生計を立てるのは生きるための手段で

ある。働くことには収入を貰い生計を立てるというだけではなく、働くことによって人と

の繋がりをもって、社会参加するという重要な意味がある。しかし、障害のある人は常に

障害という理由で働く機会が得られない、生活を営む手段がないため、貧困問題が付きま

とって、生活が苦しくなり、障害が重症化してしまう場合もある。要するに、障害のある

人の働くことが保障できなければ、究極的に彼らの生きる権利を奪ってしまうということ

になる。

マレーシアにおいては障害のある人は就労・雇用の機会が極めて少ない。現在、障害の

ある人が国及び地方公共団体で働いている場合のみ人数が明らかにされている。民間企業、

保護作業所(NGO と政府のものも含む)、自営業、内職する障害のある人のデータはまだ明

らかになっていない。2008 年の国会における野党議員からの質問に対して、女性省大臣は、

2008 年 8 月までには民間企業で働く障害のある人は 7,180 人であり、国および地方公団体

で働く障害のある人は 2008 年 4 月までは 581 人であると答えた。2008 年の障害のある人の

登録数は 248,858 人である。保護作業所や自営業をする人あるいは働く年齢層に含めていな

い人を除けば、大体 3%の人しか働いていない。ティウンによれば、2006 年福祉局の記録

により、福祉局で登録された障害のある人は 13 万人おり、その中で 6 万人近くの障害のあ る人が何らかの労働活動ができ、国の発展に貢献できるが仕事をもっていないと指摘した。

一方で、筆者の 2009 年 3 月の調査で入手した労働省資料では 233,939 人が福祉局で登録さ

れているが、そのなかの 10%の 23,939 の人だけは仕事ができるあるいは資格を持っている

としている(マレーシア半島労働局及び障害者雇用)。

“ Terdapat sejumlah 233,939 OKU yang berdaftar dengan Jabatan Kebajikan Masyarakat

Malaysia(JKMM) dan 10% daripadanya atau 23,393 sahaja yang dikategorikan boleh dan layak bekerja” (Jabatan Tenaga Kerja Semenanjung Malaysia dan Penggajian OKU)

そもそも、労働可能かどうかは誰によって判断されるのか。能力主義や生産主義をベー

スにして、障害のある人は労働・雇用によって社会参加や収入を得て生活する権利を抹殺

されているのである。障害のある人は労働可能か不可能かの判断をする以前にそもそも積

36

極的差別是正措置、合理的配慮を用意しなければならない。

政府、地方及び公共団体においては割当雇用アプローチが取られており、2008 年に出さ

れた「2008 年公共サービス 3 カ年通達」では、政府・公的機関が障害のある人に対して 1%

の雇用機会を提供することを求めている。しかし、この通達は履行確保措置を取っていな

いし、政府の努力義務に任せるものである。この結果、政府・公的機関は未だにこの 1%雇

用を満たしていない。一方、民間企業においては、障害のある人の雇用に関する方針に留

まり、障害のある人の雇用を奨励し、企業の社会的義務を果たすことを求めているとされ

ている。

障害のある人に支払った給料は 2 重控除ができる。また、障害のある人に訓練所あるい

は機関が提供する訓練を提供する場合は 2 重控除を認め、障害のある人のための改造や物

品購入に対する税控除のメリット制を設けている。

障害のある人の仕事紹介・斡旋という形でインターネット上の障害のある人の求人情報

と求職登録を載せるシステム「障害者仕事配置システム」がある。2007 年に始まった障害

者商売促進支援スキームは障害のある人に対して援助金を付与し、またこの援助金を受給

している障害のある人はそのビジネスに障害のある人を雇うという条件を付けている。こ

の事業の発想は、障害のある人が障害のある人の雇用問題を一番理解しているから障害の

ある人が障害のある人を雇うという考えである。その成果として、2007 年から 2010 年の間

に 1,273 人の雇用機会を創造した。

保護作業所は 1979 年保護作業所規則によって設立された。福祉局が運営する保護作業所

は全国 2 か所だけである。入所条件としては 18 歳から 45 歳の者であり、伝染病に罹って

いない、自分の見の回りの整理ができる。さらに 3 ヶ月間の試用期間を通過した者だけに

限られる。NGO 団体が運営する作業所の実際数の資料も未だにない。 技術職業訓練学校のほか、マレーシア唯一の障害のある人の職業訓練機関はバンギ職業

訓練及びリハビリセンター(Pusat Latihan Perindustrian dan Pemulihan Bangi)である。この訓

練センターに入る条件は、まず年齢は 14 歳から 40 歳の間の者であり、読める、書ける、

そして自分の見の回りの整理ができる人に限られる。ジョブコーチはマレーシアでは比較

的斬新なイデアであり、近年日本の独立行政法人国際協力機構(「ジャイカ」、Japan

International Cooperation Agency: JICA)の協力を得て行っている事業である。 上記の概観から、マレーシアにおいては、障害のある人の雇用の施策はほぼない状態に

置かれていることが明らかである。

37

山田耕造は、雇用保障は 2 つの視点で見なければならないと指摘している。1 つは、一般

雇用の場につく機会の平等をはじめとする「雇用機会の平等保障」である。もう 1 つは、 障害のある人とない人の間の機会及び待遇の実効的な均等を図るための特別な積極的措置

を受けることである。つまり、権利条約で求める無差別及び合理的配慮のことである。マ

レーシアでは、「極めて軽い障害のある人」が雇用の対象あるいは訓練の対象とされている。

「障害」を理由に雇用しない場合がよく見られるが、障害のある人がまず他の人と同じ機

会を持って、「同じスタートライン」に立って求職できることが第一歩である。

引き続き、雇用プロセスにおいて、適切に支援を受けながら面接などを受ける。その後、

仕事についたら、仕事上の支援を受けて継続的に仕事することができるサポート体制を整

える。そうした視点が欠かせない。しかし、マレーシアの障害のある人の雇用施策はまず

「極めて軽い障害のある人」を対象とし、積極的措置をとる気がない。仕事に付いてから

のフォローアップも欠けている。また、給料・工賃等の面の検討も必要である。一言で言

うと、マレーシアの障害のある人の働く権利保障は全く不十分と言ってよい。

第 4 項 社会福祉の権利

福祉局のウェブページは障害のある人に提供する利便や特典のリストを載せている。福

祉局が、障害のある人に提供する利便や特典は、財政的援助、障害のある人の登録、CBR での訓練、施設のサービス、バンギ職業訓練及びリハビリセンター、作業所、精神障害デ

イサービスとカウンセリングサービスがある。また、他の省庁もそれぞれ障害のある人の

ための利便や特典またはサービスを提供している。他の省庁が提供する特典またはサービ

スを概観すると、それらのほとんどが費用の免除や利用料の割引または金銭的援助である。

これらの特典を貰うための資格もある。(表 2-7 参照)。 福祉局の援助の手引きによれば、国が提供する援助は権利性に基づくものではなく、資

格(原語マレー語:kelayakan)による援助であり、ミーンズ・テストを伴うものである26。こ れらの乏しい社会福祉サービスの中にさらに資格というハードルを越えなければならない。

障害のある人がこれらのサービスを受けるのは権利ではないというほかない。

26 Jabatan Kebajikan Masyarakat: Skim Bantuan Kebajikan: Bantuan Kewangan Persekutuan, Jabatan Kebajikan Masyarakat, (no date) p. 3.

38

表 2-7:各省庁・公社が障害のある人に提供する「特典」

図表 3-6:各省庁・公社により障害のある人に提供する「特典」 女性・家族・地域開発省

1.0 財政援助

1.1 残疾就労者手当

条件:福祉局に登録している障害のある人、自営業又は被雇用者、個人収入は月給 RM1200.00

以下、16 歳以上、無料施設(食事、衣料も無料)に入所していない人。

額:月 RM300.00

1.2 創業援助金

条件:援助金の受給者及び家族、福祉局の援助を受けている障害のある人、福祉施設の元訓練

生又は保護観察者。

額:最高限度額:RM2700.00 1 回限り

1.3 補助器具援助

条件:福祉局に登録している障害のある人、医療専門家又は医師からの推薦、補助器具の費用

を負担できない障害のある人。

額:補助器具の実際の値段と同額

1.4 寝たきり障害者及び寝たきり重度疾患患者援助

条件:国民であり、マレーシアに在住している、申請者は該当障害のある人の家族であり又は

寝たきり重度疾患患者の常時介護者である、寝たきり障害者又は寝たきり重度疾患患者

の生活全般を申請者に頼っている者、世帯収入は RM3000.00 以下。

額:月 RM300.00

1.5 障害者就労困難援助 条件:国民であり、マレーシアに在住している、個人収入は貧困線を越えない(収入源は

年金、補償金、支援金、保険などを含める)、福祉局に登録している障害のある人、疑惑

があるケースの場合は医療専門家からの承認が必要、年齢は 18-59 歳、福祉局の他の援

助を受けていない、CBR プログラムや政府又は NGO 団体が運営している施設やリハビリ センターに入居していない者、寝たきり害者及び寝たきり重度疾患患者援助を受けている

家族が世帯収入 RM3000.00 以下の者はこの申請は可能である。

額:月 RM150.00

39

1.6 白杖及び点字器援助

政府は現在視覚障害のある人のすべての白杖と点字器を全部負担している。

2.0 障害のある人の登録

任意登録である。

条件:マレーシア在住の国民。公立病院の医師や精神科専門家又は私立病院の医療専

門家に認定された人。

3.0 地域社会に根ざしたリハビリテーション(CBR)

条件:マレーシア国民、福祉局に登録しているすべての障害のある人、年齢制限な

し。

利点: CBR センターでプログラムを受ける訓練生は月 RM150.00 の手当を受給できる。

CBR プログラムは家で受ける訓練生は月 RM50.00 の手当を受給できる。

4.0 施設サービス

計 11 か所の施設がある。タマン・シナル・ハラパンが 7 か所、保護作業所が 2 か所、

バンギ職業訓練及びリハビリセンターが 1 か所とブキット・トンク・ディー・サ

ービスが 1 か所。

4.1 タマン・シナル・ハラパン

タマン・シナル・ハラパンは学習障害、知的障害のある人のために必要な訓練、リハ

ビリ、保護又は介護のための施設である。

条 件:7 か所のタマン・シナル・ハラパンの入所者の対象が違うため、施設ごとに入所

条件が異なる。

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施設名(地名) 条件

タマン・シナル・ハラパン・トアンク・ 0-14 歳、訓練可能な障害のある人、男女

アンプアン・ナジハ(セレンバン)

タマン・シナル・ハラパン・ブキット・ 0-14 歳、訓練可能な障害のある人、男女

ベサル、クアラ(トレンガヌ)

タマン・シナル・ハラパン・チェラス、 14-25 歳、訓練可能な障害のある人、男

(セランゴル) 女

タマン・シナル・ハラパン・タンポイ、 15-35 歳、訓練可能な障害のある人、男、

(ジョホル・バル) 伝染病にかかっていない

タマン・シナル・ハラパン・ジュビリ、 15-35 歳、訓練可能な障害のある人、男、

(ジョホル・バル) 伝染病にかかっていない

タマン・シナル・ハラパン・ジトラ、(ク 0-14 歳、寝たきり障害のある人、訓練不

ダ) 可能

タマン・シナル・ハラパン・クアラ・ク 15 歳以上、寝たきり、訓練不可能

ブ・バル、(セランゴル)

5.0 バンギ職業訓練及びリハビリセンター

身体障害のある人を対象とする職業訓練並びにリハビリのための施設である。

5.1a 職業訓練コースの条件:福祉局に登録している身体障害のある人、18-40 歳、

自己整理ができる人、学歴資格は PMR 又は SPM を持っている人。

5.1b 職業訓練予備コースの条件:福祉局に登録している身体障害のある人、14-25

歳、自己整理ができる人、読む、書く、数えることができる人。

5.1c 医療リハビリの条件:福祉局に登録している身体障害のある人、自己整理ができ

る人。

5.2 提供するサービス

カウンセリング、障害のある人の運転免許の学習、宗教及び文化的活動、学習奨励手

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6.0 保護作業所

2 か所の保護作業所がある。1 つはスンガイ・ペタニ・ダヤ作業所と 2 つはクラン・ダ

ヤ作業所。スンガイ・ペタニ・ダヤ作業所がやっているプロジェット及び仕事はパ

ン製造、クリーイング、農業、裁縫、養殖がある。クラン・ダヤ作業所は裁縫、工場

からの下請け作業(包装など)とパン製造がある。

条件:福祉局に登録している身体障害又は学習障害のある人、18-45 歳、伝染病にか

かっていない、自己整理できる人、新入生は 3 ヶ月間の見習期がある。

7.0 ブキット・トンクディー・サービス・センター

ブキット・トンクディー・サービス・センターは病院で精神科治療を受けていた人を

対象としてリハビリをする。

条件:病院の精神科医師からの紹介、医師からの診断結果を福祉局長に送り、福祉局

長の許可を得る。

8.0 カウンセリング

主なカウンセリングは就職についてのカウンセリングと自立生活についてのカウンセ

リングである。カウンセリングの対象は障害のある人だけではなく、家族、地域社会、

NGO 団体などもカウンセリングサービスを受けることができる。

教育省

1.0 特殊教育プログラムの提供

特殊教育学校、インテグレーション・プログラムとインクルーシブの 3 つのプロ

グラムによって教育を受けることができる。

2.0 小学校又は中学校に在学している生徒に RM150.00 の手当の支給。

公立学校又は NGO 団体が運営する私立学校で在学している生徒も支給する。

高等教育省

1.0 公立大学又は私立大学、ポリテクニク・カレッジや私立カレッジで進学する障害

のある人のための金銭的援助を提供する。

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条件:マレーシア国民、福祉局に登録している人、障害を理由に奨学金を受領してい

る人はこの金銭的援助を受給することができない。成績優秀の障害のある人が

奨学金を受けている場合は小遣いだけ受給できる、有給休暇の期間内ではな

い、加入しているコースは公務員局(Jabatan Perkhidmatan Awam: JPA)又はマレ

ーシア資格機関(Agensi Kelayakan Malaysia: MQA)。

1.1 フルタイム学生は小遣い及び学費の年間援助が RM5000.00 を超えない、又は全

コース期間の RM20,000.00 を受給できる。奨学金の受給者は月 RM300.00 の小遣いだ

け受給できる。

1.2 パートタイム又は遠距離コースの学生は学費の援助だけ受給できる。年間

RM5000.00 を超えない、又は全コース期間の RM20,000.00 を受給できる。

2.0 オープン・ユニバーシティの学費免除

マレーシアのオープン・ユニバーシティは障害のある人並びに 55 歳以上の高齢者の

ための 75%学費免除事業で 2005 年から発足した。

大蔵省/ 内国歳入委員会

1.0 高等機関で勉強している障害のある子どもを持つ親に対する税控除

障害のある子どもを持つ親が現有の RM5000.00 の控除に加えて、RM9000.00 の控除

が認められる。

2.0 所得税の税控除

障害のある子ども、又は本人あるいは親のための補助器具の購入には RM5000.00 ま

での税控除ができる。障害のある人の本人の税控除が RM6000.00 である。妻又は夫

が障害のある人の場合の税控除が RM3500.00 である。

政府は障害のある人用のすべての用具の税関及び消費税を免除する。

3.0 障害のある人用の乗り物の物品税控除

大蔵省は身体障害のある人用の乗り物に対して 100%物品税を控除する。

条件:申請者は福祉局に登録している、合法的な運転免許状取得者。乗り物は 5 年間

の期限内に売ることができない、また名義変容もできない。控除は1台の乗り物に限

り、5 年間とする。

4.0 障害のある人の用具交換の利便の提供

43

交通省

1.0 道路税(自動車税)の免除 交通局は身体障害のある人が利用する国産の車、バン及びバイクに対して道路税を免

除する。

費用:車は RM2.00、バイクは RM1.00

条件:国産の車、バイクに限り、福祉局に登録している身体障害のある人、免除は申

請者だけに有効、免除期間には1台に限り、合法な運転免許を持っている人。

2.0 公共交通の利便

2.1 バス

運賃の割引

2 種類のバス種類に分けられる:① 高速バス、② 市内バス

高速バスは 25%の割引が適用する。市内バスの割引は 50%である。チケット購入の

際に障害のある人のカードを提示する。

2.2 ライト・レール(モノレール) アンパン線、スリ・ペタリング線及びクラナ・ジャヤ線に適用する。チケット購入の

際に障害のある人のカードを提示する。

2.3 マレー鉄道

乗車券は 50%の割引が適用する。指定席、特別料金を含めない。

2.4 マレーコミューター(KTM コミューター)

運賃の 50%を割引する。チケット購入の際に障害のある人のカードを提示する。

2.5 マレーシア航空

国内便は最高 50%の割引がある。割引はカウンターでの購入だけに限定、チケット

販売機などでの購入には適用しない。

連邦直轄領及び都市安定省

1.0 クアラ・ルンプール首都特別市(Dewan Bandaraya Kuala Lumpur: DBKL)

クアラ・ルンプール首都特別市は障害のある人のための集合住宅(フラット:flat)又は

屋の家賃の軽減などがある。

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2.0 国民住宅株式会社 (Syarikat Perumahan Nasional Berhad: SPNB)

国民住宅株式会社から低収入の障害のある人のための低価格住宅又は中低価格住宅

を優先購入ができる。、さらに、20%の割引がある。

保健省

福祉局に登録しているすべての障害のある人は政府の病院での治療・診察費すべて無

料である。

条件:福祉局に登録している障害のある人、適用病室はクラス 3 の種類に限定、マレ

ーシア国民である。

1% 雇用率及び雇用機会の保障

政府は障害のある人の雇用を 1%とする。

民間においては、民間企業における障害者雇用促進全国委員会を設立し、民間企

業における障害者雇用に関する指針を出して、障害のある人の雇用を促進する。

マレーシア半島労働局

1.0 障害者配置システム

障害のある人の求職登録と求人情報を載せているシステムである。

2.0 障害者商売促進支援スキーム

ビジネスをしている障害のある人に対して、補助金を付与する。

条件:福祉局に登録している障害のある人、マレーシア国民、18 歳以上、ビジネス

をしている障害のある人がビジネスを拡大したい人、個人またはグループとしての申

請、ビジネスを拡大する目的は障害のある人を雇用することである、障害のある人の

団体企業も申請できる

公務員局

1.0 年金

公務員局は当該公務員が死亡したら、遺族年金を支払う。当該公務員が障害のある

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子どもを持っている場はこの年金は当該子どもが死亡するまで支給する。

2.0 勤務時間

すべての公務員は障害のある子どもを持っている場合、フレックスタイム制の勤務時

間が認められる。

保険の購入

マレーシア・イスラム保険有限会社は障害のある人の集団保険プランがある。

電話通信及びマルチメディア

1.0 マレーシア電話通信会社

障害のある人のための思いやりパッケージがある。パッケージ内容は以下である:

 住宅の電話回線サービスのレンタル料金は無料である。

 電話ディレクトリサービスへの電話料金は無料である。

 追加電話サービスは無料である。

インターネットパッケージは RM45.00~RM148.00 のパッケージがあるが、料金はスピ

ードによって変更する。

内務省/ 国民登録局

国民カードの費用免除並びに出生証明証、死亡証明証の資料検索が無料である。

入国管理局 出所:福祉局の資料より翻訳する 障害のある人のパスポート申請費用は免除される。

出所:マレーシア社会福祉局。

第 3 節 マレーシア社会と障害のある人の権利関係

障害のある人の権利を確立するためには、障害のある人の権利だけを論じることでは不

十分である。その国の特性や社会的背景、さらには、障害のある人の権利を確立する運動

についての分析も必要である。マレーシアで障害のある人の権利保障が遅れていることは

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明らかである。その要因は様々であるが、ここでは、思いやり社会と政策、憲法問題、国

家構造の問題(三権分立)、民族問題の 4 点から分析する。

第 1 項 隣人援助・博愛精神及び思いやり社会と障害のある人 多民族国家とは宗教の多元化をも意味する。宗教の信者は民族ごとに分かれている。マ

レーシアにおいては、マレー系は基本がイスラム教、中華系は仏教、道教、キリスト教、

インド系はヒンズー教、イスラム教、仏教、キリスト教の信者もいる。宗教ごとの教え、

考え方に違いはあるが、基本の部分は人に優しい、愛することであり同じである。このよ

うな博愛精神は各宗教に潜んでいる。

マレーシアにおいては、宗教ごとに自分の弟子たち、信者たちに提供するサービスや援

助がある。例えば、奨学金や孤児ホームや老人ホームやターミナルケアや障害のある人の

ホーム等が挙げられる。宗教団体が慈善事業を通して、社会で孤立させられているグルー

プに援助を与え、関心を示し、あるいは宣教する。国の社会福祉事業が始まる以前にすで

に社会福祉の担い手として活動していた。宗教団体が弱い立場に立っている人たちの頼り

となる存在であった。障害のある人の福祉においても、昔から宗教団体が障害のある人の

教育、リハビリ、ケアなど多様な活動を行ってきた。現在においても、宗教団体は障害の

ある人の福祉において、様々なサービスを提供し、貢献している。

しかし、その反面、障害のある人の権利の面からすると、彼らの権利主張が進まない原

因でもある。宗教団体が提供するサービスは博愛精神に基づくものが基本であり、恩恵や

慈善とは施す主体の自由であり、受ける側は感謝の気持ちを持たせられる。そのような上

下関係は権利ではないし平等の立場でもない。宗教団体が運営する施設・団体は障害のあ

る人の権利擁護あるいは権利主張等に対しては反応が弱く、興味を示さない。その結果、

障害のある人は恩恵の対象者として受け身のまま暮らしている。

ゴトング・ロヨング(gotong-royong)とは、相互援助あるいは助け合う、または「ゆい」と いう意味である。どこの国においても、社会福祉制度が登場する前は人間の互いの助け合

いに頼ってきた。相互援助・助け合うという道徳は学校の授業科目としては勿論、当たり

前に教えられている。障害のある人に同情心を持ち、弱い人を助け、またお互いに手伝い

合う精神は素晴らしい道徳である。しかし、道徳だけでは社会の問題、あるいは障害のあ

る人の問題の解決にならない。障害のある人に必要なのは、人からの同情ではなく、尊厳

を持って、自分の生きる権利、自分の主権を主張でき、最終的には国や自治体等によって

47

権利が保障される存在となることである。道徳だけではく、人権教育・人権についての理

解の促進が現在のマレーシア社会に必要のものである。

1990 年にマレーシアの社会福祉政策「国家社会福祉政策」が出された。この政策は自立

精神を持つ社会づくり、機会均等の社会づくりと思いやり文化づくりの 3 つの目標を設定 した。この政策を実現するために、人的能力の発展、機会均等を高めることと相互援助文

化が 3 つの戦略として出された。さらに、この政策を実施する為に、各関係者の役割を提

起している。

① 各個人やグループ、ボランティア団体、地域社会、政府機関及び民間部門の間の協

力が必要となり、地域の資源を有効に利用する。

② 各社会福祉の関係者が最高利益を出すために統合的関係・連携が必要である。 ③ ソーシャルワーカーは人間開発分野及びソーシャルワークの技術の様々な知識を整

備し、仕事の成果を高めなければならない。 ④ すべての活動の調整並びに最低基準の実施が、政府の有効な指導及び管理政策を通

じて、政策の変化及び社会福祉の発展をもたらす必要がある。 ⑤ 研究プログラムの強化が、社会政策の制定には基本要素であり、新しいプログラム

の設置及び現在のプログラムの評価が必要である。

⑥ 社会福祉の進展のため、ボランティア団体間の統合の精神を高める必要がある。

ここでは、マレーシアの社会福祉の方針が見えてくる。社会福祉は政府の責任だけでは

なく社会全員・国民全員が責任を持っているとしている。そのため、地域社会、ボランテ

ィア団体、宗教団体、民間の隣人援助精神で賄う。社会福祉の予算は社会の資源を利用し、

企業に対して社会的責任を求めて、地域社会が隣人援助の精神を発揮し、ボランティアグ

ループの募金そして CBR などを拡大する。政府は社会福祉においての役割は最小限とする。

1991 年マレーシアの元首相マハティールは、「ビジョン 2020」(Vision 2020)を発表した。

「2020 年には、マレーシアは団結した国であるとともに自信を持つ社会でありながら強い 道徳、論理的価値を持ち、民主、自由、寛容な社会で暮らし、思いやり、経済的に公平、

公正、進歩、繁栄、競争力のある、ダイナミック、活発かつ活気がある経済を完全享有す

ることができるようになる」と宣言した。「ビジョン 2020」の第 7 項にはマレーシアの社会

づくり、社会福祉の方向を示す理念「思いやり社会」「思いやり文化」(caring society) が掲

げられている。ビジョン 2020 の第 7 つの挑戦は「完全な思いやり社会と思いやり文化づく

りであり、社会制度は社会を中心とし、国民の社会福祉は国や個人に委ねるのではなく、

48

強い家族連帯制度にある」とする27。ここで、再び、思いやりの重要性が提唱されている。

この「思いやり社会」あるいは「思いやり文化」はすぐにマレーシア社会に根付いた。な

ぜなら、「思いやり」の尊い精神・道徳は前述のように、宗教の影響を受け、マレーシアの

社会背景に合致し、馴染みやすい概念だからである。そのために、国民の社会福祉は家族

が支えることが軸となり、国の責任、社会福祉への権利の概念はマレーシアに浸透してい

ない。人と人の間の思いやりというのは実に大事であるが、国の政策は社会の思いやりに

任せて、国の責任を曖昧にすることではいけない。このような責任回避の裏には経済優先

の側面があると言えよう。

マレーシアでは、社会福祉は基本的には女性省の管轄である。女性省の下には、5 つの機

構がある28。障害のある人は女性省の下にある福祉局に援助などを受けている。福祉局の対

象グループは 7 つに分けられる、障害のある人の他は老人、子ども、家族、貧困者、災害

の被災者と福祉のボランティア団体である。2005 年から 2013 年の連邦予算額が女性省への

割当予算は 0.46% から 0.89%になり、8 年間を経て、倍になったことは評価できる29。(表

2-8 参照)。しかし、国の予算の 1%しかなく、その 1%もさらに 5 つの機構に分けられる。

そして、その額が福祉局の 7 つの対象者グループに分けなければならないので障害のある

人の福祉サービスが利用できる金額はわずかであるということは想像に難くない。 国の都合により配分され、、経済の調整弁とされ、結局、障害のある人の生活は国の経済

的余裕によって決められる。このように、少ない予算の中で障害のある人並びに福祉局の

対象者グループは思いやりの受け身になるしかない。経済を理由にして、国の責任を国民、

そして社会に転換することは許さない。このような政策こそ、障害のある人並びに国民の

権利確立を阻害しているのである。

27 ビジョン 2020 はマレーシア先進国家に向かうには 9 つの挑戦があると掲げた。思いやり社会は 9 つの挑戦の中に第 7 つ目の挑戦である。 28 Jabatan Pembangunan Wanita, Jabatan Kebajikan Masyarakat Malaysia,Lembaga Penduduk dan Pembangunan Keluarga Negara, Institut Sosial Malaysia, Jabatan Pembangunan Orang Kurang Upaya. (女性 発展局、社会福祉局、住民及び家族発展機関、マレーシア社会機関、障害のある人の発展局) 29 ここで、注意すべきなのは、2008 年と 2013 年の選挙の前の年(2007 年、2012 年)は、割当予算 額の増加が見られたことである。この点については補助金が政治的に利用された可能性が否定できな い。

49

表 2-8: 連邦予算経常支出額からの福祉局への割当額、1989 年~2013 年

年 Operating Expenditure % 連邦予算額(RM) 福祉局への割当額(RM) 1989 22,285,453,220.00 51,373,700.00 0.23 1990 24,148,209,990.00 55,574,900.00 0.23 1991 29,040,327,450.00 58,370,300.00 0.20 1992 33,923,521,450.00 69,880,900.00 0.21 1993 32,290,365,810.00 79,666,800.00 0.25 1994 33,285,082,480.00 69,963,300.00 0.21 1995 39,394,965,600.00 75,127,471.00 0.19 1996 41,266,521,900.00 92,344,879.00 0.22 1997 42,713,554,700.00 92,735,035.00 0.22 1998 45,633,123,200.00 89,976,640.00 0.20 1999 47,042,175,700.00 92,922,130.00 0.20 2000 53,350,999,600.00 102,950,200.00 0.19 2001 62,210,442,950.00 151,504,706.00 0.24 2002 66,982,014,490.00 206,872,788.00 0.31 2003 72,838,816,760.00 263,730,065.00 0.36 2004 80,530,000,000.00 264,665,442.00 0.33 2005 89,141,090,000.00 270,440,800.00 0.30 2006 101,246,477,910.00 364,267,183.00 0.27 *2005 89,141,090,000.00 407,815,200.00 0.46 *2006 101,246,477,910.00 463,735,000.00 0.46 *2007 112,985,928,000.00 616,838,400.00 0.54 *2008 128,799,151,000.00 663,960,000.00 0.52 *2009 154,169,803,000.00 781,390,900.00 0.51 *2010 138,279,148,000.00 1,043,234,500.00 0.75 *2011 162,805,323,000.00 1,076,562,000.00 0.67 *2012 181,584,000,000.00 1,808,454,800.00 1.00 *2013 201,917,000,000.00 1,802,479,000.00 0.89

注:*が表示されている年は、連邦予算経常支出額より女性省への割当額である。

出典:福祉局統計プロフィール 2005 年、福祉局プロフィール 2006 年の資料より作成。

*2005 年~2013 年はマレーシア年間予算の資料より作成。

第 2 項 憲法上の権利による障害のある人の権利への影響

2008 年法がマレーシアの障害のある人に最も影響を与えている。しかし、障害のある人

の人権を保障する為にはマレーシアの法律の最高規範である憲法の人権保障に立脚しなけ

ればならない。小川政亮は障害のある人の人権を保障するための全立法が成立・展開でき

るためにも、自由権・社会権・政治参加権などが保障される国家体制・社会体制であるこ

50

とが要求されると指摘した30。

マレーシア憲法は、自由権31に関する規定は憲法の第 2 章の基本的自由の第 5 条から第 13

条まで収録され、具体的には人身の自由(第 5 条)、奴隷及び強制労働の禁止(第 6 条)、

遡及的刑罰の禁止(第 7 条)、平等原則(第 8 条)、追放処分の禁止・移動の自由(第 9 条)、

言論・集会及び結社の自由(第 10 条)、信仰の自由(第 11 条)、教育に関する諸権利(第

12 条)、財産権(第 13 条)が規定されている。 日本の憲法と比較をすれば、マレーシア憲法が保障する権利は下位位置に置かれている

ことは明らかである。例えば、マレーシア憲法 12 条は教育に関する諸権利について規定し

ている。そこでは、次のように書かれている。1)マレーシア憲法 8 条の普遍的平等原則を妨

害しない、国民に対して宗教や民族、家系、出生地による差別してはいけない a) 公立ある いは私立の教育機関の運営上に特に生徒や学生の入学許可や学費の支払いについてのこと b)あらゆる教育機関(公的機関が運営しているものにかかわらずあるいは連邦以外の地域)

の学生や生徒の教育維持のための公的機関からの資金援助の提供 2) 各宗教団体は各宗教

の子どものための学校を設立したり維持する権利を有する、また、それらに対しての宗教

上による差別をしてはいけない。3) だれもが自分が信じる宗教以外の参拝儀式を強制され

ない。 4)3 項の目的のため、その人の宗教に関しては 18 歳以下の者は親あるいは監護者

が決める32。

30 小川政亮著作集編修委員会『小川政亮著作集第 5 巻 障害者・患者・高齢者の人として生きる権利』 大月書店、2007 年、65 ページ。 31 本稿では人権カタログの一般的に自由権と社会権と言われている分類を用いる。自由権とは国家か らの自由、そして、社会権とは国家の積極的な関与によって人たちの生活保障を求めることを指す。 しかし、本稿は便利上のため、自由権と社会権の分け方をするが、二つの権利が重なる部分があり、 共通部分も多いことをあらためて強調しておきたい。 32 12. Rights in respect of education. (1) Without prejudice to the generality of Article 8, there shall be no discrimination against any citizen on the grounds only of religion, race, descent or place of birth- (a) in the administration of any educational institution maintained by a public authority, and, in particular, the admission of pupils or students or the payment of fees; or (b) in providing out of the funds of a public authority financial aid for the maintenance or education of pupils or students in any educational institution (whether or not maintained by a public authority and whether within or outside the Federation). (2) Every religious group has the right to establish and maintain institutions for the education of children in its own religion, and there shall be no discrimination on the ground only of religion in any way relating to such institutions or in the administration of any such law; but it shall be lawful for the Federation or a State to establish or maintain or assist in establishing or maintaining Islamic Instituitions or provide or assist in providing instruction in the religion of Islam and incur such expenditure as may be necessary for the purpose. (3) No person shall be required to receive instruction in or to take part in any ceremony or act of worship of a religion other than his own. (4) For the purpose of Clause(3) the religion of a person under the age of eighteen years shall be decided by his parent or guardian.

51

これらを日本の憲法と比較してみると、日本国憲法の 26 条には教育を受ける権利、受け させる義務が明記されている。それに対して、マレーシアの憲法は、教育が明白に国民の

権利であることが明記されていない。この点が日本との根本的な違いであり、日本とマレ

ーシアとの権利の質の違いもここに表れている。

憲法第 10 条 1 項には言論・集会及び結社の自由の規定がある。国民が表現及び言論の自

由を持っている、平和的に、武器なしに集会する自由及び結社する権利も持っていると明

記している。しかし、1 項の自由は無制限のものではなく、2 項、3 項及び 4 項に国会で法

律を制定する権限をあげており、1 項を保障する権利を制限することができる。その結果、 国の安定、社会の調和安全の名のもとで、自由を制限する法が数多く制定された。金子芳

紀は、その具体例として国家機密法(Official Secret Act: 1972 年制定)、印刷出版法(Printing

Presses and Publication Act: 1948 年制定、1971 年、1984 年改正)、社会団体法(Socities Act : 1966

年、1983 年改正)、警察法(Police Act:1967 年制定、1987 年改正)の制定・改正が行われると

ともに、国内治安法(Internal Security Act 1960: ISA)及び扇動法(Sedition Act: 1948 年制定)の適

用範囲の拡大と適用強化がはかられてきたことを挙げている。そして、上記の法律はいず

れも名目上は治安や社会秩序を維持する目的で制定されたものだが、他方、言論・集会・

結社の自由といった市民的自由を規制する権限をかなり広範に政府に認める内容を含んで

おり、人権や民主主義といった価値を軽視し、市民的自由を保障した憲法の他の条項と矛

盾する例として、野党をはじめ反政府勢力から常に批判の的となってきたと指摘している33。 このような人権を抑圧する法律も、障害のある人の活動に影響を与える。デニソン・ジ

ャヤソーリアは、政治的な制限があるため、マレーシア人は大部分が抗議行動や公的訴訟

には尻込みするという。さらに、マレーシアの障害のある人には訴訟についての意識が欠

けており、自分の権利についてはほぼ無知である。西欧社会における市民が権利について

の認識を深める方法は公的な抗議と裁判的な行動であるが、マレーシアでは言論、集会、

結社の自由などの基本的自由が制限されて、心に恐れを与える法律や権力が乱用された結

果、権利の戦いに必要な内的な精神は、その文化、社会的及び政治的因子によって沈黙さ

せられたのである。また、マレーシアの政治家は激しい批判と対決的な方法は受け入れな

33金子芳樹「政治システムは変わるか―2008 年総選挙における 3 分の 2 議席割れの政治的意味」山本 博之編『「民族の政治」は終わったのか?2008 年マレーシア総選挙の現地報告と分析』、日本マレーシ ア研究会、2008 年、42 ページ。2011 年に制定された平和集会法(Peaceful Assembly Act 2011)は平和集 会の自由を侵害するという議論もある。2012 年には ISA を別の形で継続する国家安全犯罪法(Security Offences Act2012)が制定され、ISA は廃止ということになった。

52

いため、障害のある人や幾かのボランティア団体は大衆運動としてではなく、提案などに

よって現有の仕組の変化を求めた。このやり方は一般的に権利、資格をもとに主張するよ

り、お茶や食事をしながら友好的なおしゃべりや説得をする34ということになる。

第 3 項 人権保障と三権分立

第 2 項で議論したように憲法の第 2 部の 5 条から 13 条以外については、マレーシア憲法 も国民に対して、公民権、投票権、国に対する訴訟権、司法審査権などを保障している。

しかし、そもそも、マレーシアの三権分立の制度自体に問題があり、人権の保障が確保で

きるか疑問である。1988 年 3 月に、マレーシア国会は憲法修正法令を可決し、憲法の基本

構成を破壊した。具体的には、司法権の総則に当たる第 121 条(1)の修正である35。すな わち、連邦の司法権は憲法により裁判所に付与されるとされていた規定を、これらの裁判

所は「連邦法により付与された司法権」を有すると修正したのである36。つまり、裁判所の

権限は憲法から付与されたのではなく、国会立法から付与されて、司法権と立法権は対等

な関係ではなく、司法権は立法権に従属するものとなった。なぜならば、連邦法は国会に

より可決されるからである。このように、マレーシアの司法の独立性が侵害され、裁判所

は行政権に従うことになってしまった。杨培根はマレーシアの司法、立法、行政三権の関

係について本来の関係と現行憲法上の関係と事実上の関係を次頁の図で表している。(図 2

-1、2-2、2-3 参照)

34 Jayasooria, Denison. Disabled People: Citizenship and Social Work: The Malaysian Experience, England: Asean Academic Press, 2000, pp.104-105. 35 修正以前の 121 条( 1)Subject to Clause(2) the judicial power of the Federation shall be vested in two High Courts of co-ordinate jurisdiction and status, namely- (a) one in the States of Malaya, which shall be known as the High Court in Malaya and shall have its principal registry in Kuala Lumpur; and (b) one in the States of Sabah and Sarawak, which shall be known as the High Court in Borneo and shall have its principal registry at such place in the States of Sabah and Sarawak as the Yang di-Pertuan Agong may determine; (c) (Repealed), and in such inferior courts as may be provided by federal law. 修正後の 121 条(1) There shall be twon High Courts of co-ordinate jurisdiction and status, namely- (a) One in the States of Malaya, which shall be known as the High Court in Malaya and shall have its principal registry at such place in the states of Malaya as the Yang di-Pertuan Agong may determine; and (b) one in the States of Sabah and Sarawak, which shall be known as the High Court in Sabah and Sarawak and shall have its principal registry at such place in the States of Sabah and Sarawak as the ¥yang di-Pertuan Agong may determine; (c) (Repealed), and such inferior courts as may be provided be federal law; and the High Courts and inferior courts shall have such jurisdiction and powers as may be conferred by or under federal law. 36木村陸男「1988 年のマレーシア―ポスト 90 年体制の構築に向けて」アジア動向年報 1989、日本貿 易振興機構ジェトロ、358 ページ。

53

図 2-1:憲法と三権の本来の関係

憲法

司法 行政 立法

出所:杨培根『法律常识第八集修订版-马来西亚人权知多少?』华社研究中心、2001 年、63

ページ

図 2-2:現行上憲法と三権の関係

憲法

行政 立法

司法

出所:同上

図 2-3 事実上の憲法と三権の関係

憲法

行政

立法

司法

出所:同上

さらに、杨培根は憲法修正後、司法は国会の従属物になっていると指摘する。つまり、政

府は国会立法を通じて司法を降格させたのである、三権の平等関係は現在不平等となって

いて、事実上、政府内閣は国会を支配している。さらに、国会は裁判所を支配するから、

54

この三権は垂直線の関係となった37。さらに、政治背景と憲法改正の絡み合いのなかで、マ

ハティール元首相と対立した当時の最高裁の長官と 2 名の裁判官の解任事件も起きており、 憲法上の司法の独立が侵害された38。金子芳樹は、これに対し権威主義的色彩が強く、権力

の一元化を強力に推し進めたマハティール元首相でさえ、手続き面では法的、制度的枠組

みを完全に無視することはなく、対立する政治勢力に対抗する際にも、憲法条項や関連諸

法に依拠した強制執行・法廷闘争、憲法・関連諸法変更のための立法措置といった手続き

を取った、その意味ではマレーシアの統治スタイルは少なくとも形としては「法治」であ

り、その基となり、また象徴ともなってきたのが憲法であるといえようと批判した39。この

ように、そもそも三権分立であるはずの制度が形だけ残して、事実上は憲法すら行政や国

会に支配されていると言えよう。そうすると、憲法上保障されている人権も実は行政の権

限の下で変えられるものであり、コントロールされていると言わざるを得ない。

第 4 項 民族問題優先

マレーシアは多民族の国であるから、民族間の問題に敏感であり、民族間の調和が常に

優先されている。1969 年 5 月 13 日の民族衝突事件が起こって以来、マレーシアの民族間の

調和はさらに国家の重要課題となった。民族間の調和を保つために、マレーシア政府はま

ず民族間の職種分配・民族間の経済格差を減らすための新経済政策(New Economic Policy)

など様々な措置を取った。国の経済発展計画には民族間の調和のための経済方針、計画が

取り入れられた。少数民族の課題、原住民の貧困問題なども民族問題の一部として取り上

げられた。このように、民族のトラブル、民族間の格差、貧困問題、民族間の平等につい

ての議論などマレーシアには絶え間ない課題がある。マレーシア国民間の平等問題が提起

されているから、それより少数の障害のある人の不平等についての問題は手を加える余裕

はなかったと言えよう。障害のある人の貧困問題、平等、さらに権利の問題は優先順位か

らすると低い順位に置かれている。「一般国民」の権利保障すら困難であるから、障害のあ

る人の権利保障はさらに難しいし、「一般国民」の貧困問題はまだ解決できないから障害の

ある人の貧困はその次となる。

37杨培根『法律常识第八集修订版-马来西亚人权知多少?』华社研究中心、2001 年、62-64 ページ。 38 稲正樹「第 4 章東南アジア編総論」『アジアの憲法入門』日本評論社、2010 年、105 ページ。 39 金子芳樹「政治システムは変わるか―2008 年総選挙における 3 分の 2 議席割れの政治的意味」『「民 族の政治」は終わったのか?2008 年マレーシア総選挙の現地報告と分析』、日本マレーシア研究会、2008 年、40 ページ。

55

しかし、マレーシアでは、マレー人に対する積極的な差別是正措置が取られる歴史的慣

例があり、マレー人コミュニティが直面している社会的、経済的不利益を元に戻そうとす

る肯定的な活動がある。憲法 153 条はマレー人(及びサバ・サラワク州両州の原住民)の

「特別の地位」を認める。この憲法上の特権はすなわち平等原則の例外を定めている。そ

の特権について、憲法 153 条の 2 項から 8(a) 項が具体的には、公務、奨学金、教育訓練給

付金及び特権・便宜、取引・事業に必要な許可・ライセンス、高等教育機関入学者数につ

いて、割当枠を定めることができると規定している40。このように、マレー人に対する積極

的差別是正措置が取られる。一方、障害のある人にはこのような肯定的行動あるいは積極

的差別是正措置を取らない41。これについては 6 章で詳しく論じる。

以上述べてきたように、まず、マレーシアでは障害登録は任意登録であるため、実際の

障害のある人の人口が反映されていないことが問題である。確かに、障害ある人の定義に

関しては、2008 年法の定義が権利条約と類似し、精神障害や機能障害を障害登録に追加さ れて、障害のある人の定義によって、障害登録を改善された。しかし、もっと大事なのは、

正確な障害のある人のデータである。サービスの提供や政策制定においては、正確なデー

タが必要であるからである。

さらに、2 節では障害のある人の権利保障の実態を①教育の権利、②移動の権利、③働く 権利、④社会福祉の権利の面から明らかにした。人間だれもが人間らしく生きる権利を有

する。しかし、障害のある人は、他の人と同じ学校へ行きたい、仕事をしたい、出かけた

い、遊びたいのだが、これらの基本的ニーズを満たすことが困難である。マレーシアにお

いては、障害のある子どもは教育できる者と教育できない者と区別し、「重度の障害のある

子ども」は教育できないと政府から差別され、教育の入り口から排除される。仕事に関し

ても、積極的差別是正措置や合理的配慮や援助が用意されていないから労働可能と労働不

40 稲正樹、孝忠延夫、国分典子『アジアの憲法入門』日本評論社、120 ページ。憲法 153 条の 2 項か ら 8 項(a)までの条文の分量が多いため、ここでは下記部分だけ取り上げる。 (2) Notwithstanding anything in this Constitution, but subject to the provisions of Article 40 and of this Article, the Yang di-Pertuan Agong shall exercise his functions under this Constitution and federal law in such manner as may be necessary to safeguard the special positions of the Malays and natives of any of the States of Sabah and Sarawak and to ensure the reservation for Malays and natives of any of the States of Sabah and Sarawak of such proportion as he may deem reasonable of positios in the public service (other than the public service of a State) and of scholarships, exhibitions and other similar educational or training privileges or special facilities given or accorded by the Federal Government and, when any permit or licence for the operation of any trade or business is required by federal law, then, subject to the provisions of that law and this Article, of such permits and licences. 41 Jayasooria, Denison. Disabled People: Citizenship and Social Work: The Malaysian Experience, England: Asean Academic Press, 2000, pp. 38-39.

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可能と分類され、労働・雇用による社会参加や収入を得て生活する権利を抹殺されている。

そのため生活困窮に陥て、政府の援助を受けたい時でも、権利ではなく、制限された資格

によって受けるものであり、受けられないときの救済や不服申し立てなどの制度すらない。

法律は公共施設を障害のある人がアクセスできるようにするとしているが、実効性が弱い

ため、未だにアクセスしにくい状態にある。また、障害のある人の移動の権利が保障され

ていない。 このように、マレーシアで障害のある人の権利が保障されていないのは、マレーシア社

会の事情と大きく関連する。①多民族国家により宗教の多元化が多元化して、宗教思想が

広がりやすい。そのため、 宗教団体が慈善活動を通じて障害のある人にサービスなどを

提供してきた。しかし、慈善や恩恵が強調される一方、障害のある人の権利を主張するこ

とを困難にしてきた。さらに、政府の社会福祉政策は政府の責任で実施されるものではな

く、従って、国民の権利として保障されるものではない。むしろ、「思いやり社会」の名で

社会福祉の責任を曖昧化し、社会や家族に責任を負わせている。政策責任回避の裏で、経

済の側面が優先され、社会福祉の予算は経済の調整弁とされている。 そもそも、マレーシア憲法において一応保障されている自由権にも問題があり、社会権

に至っては欠如しているという現代憲法の人権保障としては最大の問題を有しているので

ある。とくに、障害のある人の権利を確立するには一層困難が大きくなるのである。

さらに、多民族国家であることから民族の調和が常に優先されて、民族間の調和のため、

マレー人に対する積極的差別是正措置が取られている一方、障害のある人の課題は後回し

にされ、このような措置が取られていないというダブル・スタンダードの問題が生じてい

る。

以上のようなマレーシア社会の諸事情によって障害のある人の権利保障が困難なことは

事実であるが、障害のある人の運動や関連団体の活動によって改善されることは言うまで

もない。次章では障害のある人の団体や関連団体の運動又は活動を概観し、その成果と問

題点を明らかにする。

57

第 3 章 障害のある人の権利保障の運動

2 章で論じたように、思いやり社会や隣人援助または慈善の考え方がマレーシアには根付

いている。人から援助を受ける時、感謝し、恩恵的な思想に支配されているため、他の人

と同じ権利を持っているのに気付いていない。障害のある人が自分の権利の認識が足りな

いのは NGO 団体にも責任がある。慈善アプローチ42を取る団体は障害のある人の権利擁護 に向けて努力していない。むしろ、障害のある人への同情をアピールする結果、障害のあ

る人自身の権利への認識を抹殺してしまう傾向にある。一方、近年は権利アプローチをと

る団体、又は、権利のために戦っている団体は増えつつある。しかし、これらの団体の運

動・活動も社会に対して障害のある人の権利について発信してはいるが、未だに権利アプ

ローチが明確ではない場合も多く見られる。

第 1 節 障害のある人の団体の運動

1993 年の労働組合、消費者団体、女性団体、研究者グループ、環境保護団体らが開催し

た第 1 回協議会で、マレーシアの人権憲章を制定するという合意が得られた。6 年後の第 2

回の協議会でマレーシア国内の人権情勢の悪化ということから第 1 回協議会で制定された

憲章を修正した。これにより、49 団体がマレーシア人権憲章(Malaysian Human Rights Charter)

を承認した43。この人権憲章はマレーシア政府に対して以下のような人権の保障を求めてい

る。憲章 17 条は障害のある人の権利について言及している。

17 条-障害のある人(People with Disabilities)

1.障害のある人が社会の一員であることを認め、日常生活においては十分のケアを受ける

権利を有する。

2.彼らは教育及び雇用において平等の機会を有し、また、公的及び私的アメニティへのア

クセスを十分に提供される。

3.彼らは障害のある人のためのサービスの計画づくりにおいて参加する権利を有する44。

42 慈善アプローチは障害のある人自身の障害を主眼にして、その障害により彼らが不幸を被り、その ため、保護や支援が必要である保護の客体と捉えている。一方、権利アプローチは、障害のある人を 権利の主体と見なし、エンパワーすることによって、完全参加並びに人権を享有することを求める。 43 ERA Cosumer Malaysia. Malaysian Charter on Human Rights.Petaling Jaya: Era Consumer, 2000, pp.i-8. 44 Article 17-People with Disabilities 1. People with disabilities shall be recognized as members of society and have the right to adequate care in their daily lives. 2. They shall have the right to equal opportunity in education and employment and to be given adequate access

58

しかし、障害のある人の団体はこの憲章の参加にはさほど活発ではない。唯一承認した障

害のある人の団体は ディグニティー・アンド・サービス(Dignity and Services 、知的障害 のある人の団体)のみである。この憲章において保障が求められている障害のある人の権

利は、それほど高い要求ではない。この要求は正に最も基本的なニーズであり、それ故に

こそ、人権として保障されなければならないわけである。

マレーシアにおける障害分野の NGO は 2 つのグループに分けることができる。それは障 害のある人のための団体と障害当事者の団体である。また、これらのグループは障害種別

や宗教別により分類することができる。

障害のある人のための団体や活動は早くからあった。1911 年、既にキリスト教の伝道活

動により障害のある人のためのホームが作られた。

一方、障害当事者による団体で最初に設立されたのは 1964 年のマレーシア視覚障害者協

会(Society of the Blind in Malaysia: SBM)である。その後、1976 年に肢体不自由者協会

(Orthopaediclly Handicapped)、1977 年にマレーシア華人障害者協会( Society of Chinese

Disabled Persons, Malaysia)、1987 年にクアラ・ルンプール聴覚障害者協会(Kuala Lumpur

Society of the Deaf: KLSD)、1988 年ペナン障害者協会(Society of the Disabled Persons Penang)

などの障害当事者自助団体が続々と設立された。1985 年に障害当事者団体の活動は一層強

化され、障害のある人の全国団体であるマレーシア障害者連盟(Malaysian Confederation of the Disabled: MCD) が形成された。

また、時間を少し遡って、1973 年 11 月 17 日にマレーシアリハビリテーション協議会

(Malaysian Council for Rehabilitation: MCR)が当時の福祉サービス省によって設立された。こ の協議会は障害のある人のための団体と障害当事者の団体の調整団体である。また、同じ

く政府によって作られたマレーシア視覚障害者のための協会( Malaysian Association for the

Blind: MAB)は、視覚障害のある当事者とそうでない人とが協力し、当該協会の対象者のた

めに活動をする。ここで、政府のイニシアチブによる動きはその後、障害のある人の団体

活動の大きな動力になり、この点については、政府の功績を否定できない。

障害のある人のための多くの団体の特徴は慈善アプローチに基づくことである。ケア・

サービスの提供または施設型居宅サービスなどが中心の業務であり、アドボカシーの活動

は乏しい。デニソン・ジャヤソーリアはマレーシアのクラン・ヴァレー(Klang Valley)にお

to all basic public and social amenities. 3. They shall have the right to participate in the planning of the services for the people with disabilities.

59

ける調査では、障害のある当事者であり・活動家であるリン(Ling)が「障害を持っていな い人は障害のある人を助けるという良い心を持っているし、障害のある人のためにいいこ

とをしていると思う。しかし、私は障害のある人のための団体に対して異議を持っている。

私が知っている主なものとしては、彼らがお金が必要なときはいつでも、障害のある人を

前面に、人目に付く場所そしてメディアに出す。しかし、十分にお金が取れると障害のあ

る人はそのお金をどのように使うかの議論をする委員会には出させてもらえない。お金を

使う段階では、いつでも障害を持っていない人が中心で決定される」と批判した45。これ

は「私たちのことを、私たち抜きに決めないで」という自己決定権を否定された典型な例

である。

募金のために障害のある人を看板にして、人の同情心を募るのはよく見られる手段であ

る。また、政治団体や会社又は有名人などは障害のある人を利用し、社会の責任を果たし

ていることをアピールし、あるいは自己のイメージ・アップとして、お正月や祭日に障害

のある人の施設を訪問し、プレゼントやお年玉、寄付などをすることもよく使われている

手段である。NGO 団体は資金・物資のため、こういった活動を歓迎しているが、このやり

方は障害のある人の権利のための動きを阻害しかねないもので慎重な配慮が必要である。

障害当事者の団体の権利擁護の活動においては、久野研二は近年設立された団体は権利

擁護などに活発であるものの、従来の団体はやはり会員に対する支援という“自助団体”

的性格が強く、“社会変革団体”として社会を変えて行くような活動を十分になしえてい

ないと批判している46。

久野研二はマレーシアの障害当事者団体をめぐっては 3 つの課題があると挙げている。

その 1 つは、当事者の声を「利用者の声」として直接反映するような姿勢が政府機関の中

に根付きつつあるものの、まだまだ「障害分野の専門家」としては、医療・教育職等が優

先され、障害当事者が専門家として十分に認められていない点である47。現在、マレーシ

アの障害のある人に関する国家審議会(以下、「国家審議会」と略す)は大臣によって指

名された、10 名以下の障害者に関係する問題に適切な経験と知識と専門性を有する人々と

で構成するとされている。現時点の 10 人の委員には障害のある当事者及び NGO 団体のリ

45 Jayasooria, Denison. Disabled People: Citizenship and Social Work: The Malaysian Experience. England: Asean Academic Press, 2000, pp.100. 46森壮也『障害者の貧困削減:開発途上国の障害者の生計』調査研究報告書、アジア経済研究所、2008 年、222 ページ。 47 同上。

60

ーダーが任命されている。その中には知的障害のある人の団体のリーダー、視覚障害・聴

覚障害などの NGO リーダーが選ばれたが、その特徴としては下記のような有識者と言わ

れる人であることである。

筆者が 2012 年 1 月におこなった NGO 団体のインタビュー調査では、障害のある人の

NGO 団体のリーダーが互いを批判し、不調和の印象が強い。障害のあるリーダーは、国家

審議会の委員となった人、団体のトップの地位にいる人、金銭面で裕福な人、教育をしっ

かり受けていた所謂有識者である。お金持ちかつ社会地位が高いリーダーたちは、社会か

ら排除された教育を受けられない、貧困層にいる障害のある人の代弁者には相応しくない

という声もあった。また、リーダーたちが障害のある人たちの立場より自分たち各自の利

益を優先するという批判もある。DET のトレーナーであり、『ボルネオ・ポスト』の週刊

コラムニストであるピーター・タン(Peter Tan) は自分のブログで同じ嘆きを語っている。

“At the same time, NGOs, activists and advocates have to pull their act together. We are weak

because we are not unified. We do not speak in one voice. We abuse our positions as leaders of the

disability movement in Malaysia by squabbling over personal issues. We sacrifice the needs of the

many to benefit the personal agendas of the few48.”(同時に、NGO や活動家並びに(人権)擁

護者は一体になり、もっと効率的になるべきである。私たちは団結していないから弱い。

私たちの声が 1 つにまとまらないからである。私たちは障害者運動のリーダーとしての地

位を乱用して、個人の課題で口論になる。自分たち少数者の個人的利益のため多数者のニ

ーズを犠牲にする)

障害のある人の団体のリーダーに障害のある人の課題を優先し、障害種別を超え協力し、

共に障害のある人の権利のために働くことを求めるものである。

第 1 項 身体障害のある人の団体による運動

障害の中では視覚障害のある人の団体がもっとも進んでいる。障害のある人の活動や動

きの先頭に立っている。視覚障害のある人は障害のある人のための組織内で発言権が無視

された結果、自分たちで自らの団体を作り、1966 年にマレーシア視覚障害者協会が設立さ

れたという背景がある49。1984 年に、セン・ニコラス・ホーム、マレーシア視覚障害者協

48Peter Tan blog, “Digital Awakening” http://www.petertan.com/blog/tag/jabatan-pembangunan-orang-kurang-upaya-jpoku/ (最終閲覧 2013 年 5 月 15 日) 49 Jayasooria, Denison. Disabled People: Citizenship and Social Work: The Malaysian Experience. England:

61

会、マレーシア視覚障害者のための協会、サラワク州視覚障害者協会とサバ州視覚障害者

協会は一緒にマレーシア視覚障害者全国協議会(National Council for the Blind Malaysia:

NCBM)を形成した。その翌年に、マレーシア障害者連盟が誕生した。1988 年にマレーシ

ア障害者連盟は公共的施設のアクセスに関する覚書(メモランダム)を政府に提出した。そ

の成果として、統一建築細則 1984 年の改正があげられる50。

2000 年、障害のある人と国家経済諮問審議会 II(The National Economic Consultative

Council II)の講習会に 12 の NGO 団体が参加した。その講習会の議論の結果を編集し、当

時の国家経済諮問審議会 II に覚書を提出した。2002 年、24 の団体が意見を出し合って、

人的資源省に障害のある人のための雇用に関する覚書を提出した。2010 年には、マレーシ

ア反賄賂委員会(Malaysian Anti-Corruption Commission)弁護団の弁護士が車いす利用者の野

党議員に「私は座ってもいいけど、あなたは立つことができない(I can sit down, but you

cannot stand up)」と発言し、障害のある人の団体から猛反発を受け、与党議員が当該野党 議員に謝るということだけではなく、障害のある人のすべての人に謝りなさいという形で

不満が爆発した。これにより、マレーシア障害のある人に対する差別禁止連合(Malaysians

Against Discrimination of the Disabled: MADD)が反賄賂委員会に覚書を提出し、当該弁護士

の処分を行うようにと請求した51。その後、当該弁護士は野党議員そして障害のある人に

対して謝罪をした。このように、障害のある人の団体が様々な形の覚書を関係省庁に提出

している。

1994 年に、クアラ・ルンプールのモノレール、スター社(STAR LRT Sistem Transit Aliran

Sdn.Bhd.(現:アンパン線、Ampang Line となって、ラピド KL、RapidKL が運行する)は 障害のある人の自社モノレールの利用を禁止していた。その結果障害のある人たちが集ま

って、スター・モノレールに対して抗議をした。その後、1998 年にプトラ社(PUTRA LRT

現:クラナ・ジャヤ線 Kelana Jaya Line、RapidKL が運行する)が新しい路線を作り、運行

が始まる頃にはバリア・フリーのデザインが整えられるようになっていた。

また、2003 年に、マレーシア視覚障害者のための協会 MAB は、公共事業省とクアラ・

ルンプール特別市議会にブリックフィルド(Brickfields)地区を視覚障害のバリア・フリー構

Asean Academic Press, 2000, pp.77. 50 Denison Jayasooria, Godfrey Ooi, Bathmavathi Krishnan, “ Disabled Persons: The Caring Society and Policy Recommendations for the 1990s and Beyond,” Vision 2020.Vol.4 No.2, 1996, pp.34. 51 The Star, Disabled ask for action against MACC man 18, January, 2010. http://thestar.com.my/news/story.asp?file=/2010/1/18/nation/20100118174244&sec=nation (最終閲覧 2012 年 8 月 19 日)

62

造にすると呼びかけた。その成果として、現在ブリックフィルドの排水口の穴は埋められ、

点字ブロックが作られ、信号が改善されるようになっている。

2006 年に、ラピド KL 社が新しいバス路線を拡充する際に、導入されたバスがノンステ

ップバスではないため、障害のある人が利用できないものであった。バリア・フリー環境

及びアクセシブル交通グループ(Barrier-Free Environmental and Accessible Transport, BEAT)が

再び抗議をした。その後、障害のある人の要求に応えるために 100 台のノンステップバス

が導入された。

2007 年、バリア・フリー環境及びアクセシブル交通グループは格安飛行機会社エアアジ

ア(Air Asia)に対して、再び抗議をした。格安飛行機会社のターミナルへのエアロブリッジ

が設置されなかったことから、障害のある人が乗るときに乗務員や職員が障害のある人を

持ち上げて、階段を上ることになる。しかし、これは障害のある人に危険をもたらす行為

である。また、エアアジアの規約は搭乗客が自ら階段を上ることができない場合は介護者

を同伴することを要求している。また、完全に歩けない乗客に対して受け入れることがで

きないことなどが規定されることは障害差別に当たる。その結果、格安飛行機会社はエア

ロブリッジをつけることなくその妥協案としての“ambulift52”を用意することになる。

身体障害のある人の団体は、その時期の事件や問題の対応が早いだが、障害のある人が

直面している問題に長期、継続的かつ有効的なアプローチを取ることについては不十分で

ある。さらに、交通や環境のバリア・フリーについて求めることが多い。2008 年法に対し て、障害のある人の団体特に身体障害のある人の団体からは不満の声がしばしば聞こえる

が、法改正を求めるなど、不満から運動へと変革することがなかった。

第 2 項 知的障害のある人の団体による運動 身体障害、視覚障害及び聴覚障害などの知的に障害を伴わない当事者団体は知的障害の

ある人の団体より早い段階に設立された。知的障害のある人の権利のために戦う団体の設

立はさらに遅い。知的障害のある人、本人によるアドボカシーの先駆者はディグニティ・

アンド・サービス団体53によって設立されたユナイテッド・ボイス(United Voice) である。

52 “ambulift”とは、乗客がタラップを使うことなく飛行機に乗り降りできる、自動昇降装置ともいえ る機器である。http://airasia.blog76.fc2.com/ (最終閲覧日 2013 年 5 月 30 日) 53 ディグニティー・アンド・サービスは知的障害のある人のためのアドボカシー団体である。ディグ ニティ・アンド・サービスはセルフ・アドボカシー活動を開始し、ディグニティ・アンド・サービス の活動の一環としてやってきたが、1995 年ディグニティ・アンド・サービスから離れてユナイテ

63

1995 年 5 月 11 日、4 人のメンバーから開始したのである。設立した当初、ユナイテッド・

ボイスはセルフ・アドボカシー・グループ(Self Advocacy Group)という名前であったが、現

在の名前への変更は 2000 年のある訓練活動で決定したものである。それはユナイテッド・

ボイスが 2003 年に開催した講習会である。この 3 日間の講習会は各代表が各自の地域に帰 ってから各自のセルフ・アドボカシー・グループを作ることを任務とした画期的なもので

あった。その結果 2 つのアドボカシー・グループが誕生した。

2004 年にユナイテッド・ボイスと新しく設立されたセルフ・アドボカシー・グループは

共同し、第 1 回全国セルフ・アドボカシー会議を開催した。この会議は 8 州から 120 人の 人が参加した。会議では、障害のある人は権利や責任、自己表現、リーダー及びセルフ・

アドボカシー・グループの設置等について学び、雇用、人間関係等について議論した。2005 年にユナイテッド・ボイスは正式に団体登録をして、マレーシア初の知的障害のある人自

身が運営する団体となった。ユナイテッド・ボイスは障害のある人に関する課題には積極

的に参加し、国内や国外でフォ-ラム、会談、会議、講習会を頻繁に開催し、あるいは招

かれるようになった。2003 年、2004 年には、ユナイテッド・ボイスは首相と全国 NGO の

予算案会談に代表を送り、会談において意見を発表した。さらに、2002 年、障害のある人

の法案の研修会に参加していた54。 ユナイテッド・ボイスのセルフ・アドボカシー運動はさらに発展し、海外の専門家など

の支援を受けながら福祉局と連携し、パ-トーナシップの形で発展して行く。福祉局との

連携の結果、現在 CBR はアドボカシー概念を受けて各 CBR プログラムで各自のアドボカ

シー・グループを設立したものが増えつつある。その結果、現在マレーシアにおいては知

的障害のある人のアドボカシー・グループが 36 グループとなった。また、この中には障害

のある人のための団体もアドボカシー・グループを設立するものが増えてきており、アド

ボカシー・グループの努力が実を結んだと言えるのである。

第 3 項 精神障害のある人の団体による運動

2008 年法が評価できることの 1 つは、精神障害が障害であると認めたことである。これ により、精神障害のある人は正式に政府の援助を受けることができるようになった。また、

ッド・ボイスとなった。 54 United Voice blog, “History of Self Advocacy in Malaysia” http://www.unitedvoice.com.my/sa_history.htm (最終閲覧 2013 年 5 月 15 日)

64

精神障害のある人は治療の相手だけではなく、生活の面や福祉施策なども取り上げられる

ようになるという点で意味が大きい。2008 年法は、マレーシアで初めての障害のある人に

関する総合的立法であるが、正確に言えば、2008 年法以前に、精神障害のある人に関する

法律が 1952 年に既に制定されていた。1952 年、まだイギリス領マラヤの時代に 1952 年精

神異常条例(Mental Disorders Ordinace1952)が制定された([サバ州にはきちがい条例(サバ州)

1951、Lunatics Ordinance (Sabah) 1951]、[サラワク州には 精神保健条例(サラワク州)1961、

Mental Health Ordinance (Sarawak) 1961])が制定されていた。

その後、この条例は時代遅れとなったことから 2001 年に漸く精神保健法(Mental Health Act

2001)が制定された。但し、2001 年に制定はされたが、施行開始は 2010 年 6 月 15 日からで

ある。この法律は精神障害のある人に関する法律であるが精神障害のある人の社会福祉や

権利のためのものではなく、精神障害のある人のケア、治療、監護、リハビリテーション、

任意入院、措置入院等に関して規定したものである。また、政府の精神科病院、私立精神

科病院、精神科ホームの設置に関する規定を設けている。つまり、社会問題の予防として

の視点から障害のある人のケアや入院あるいは精神科病院の設置を規定し、これらの事項

に関する諸関連事項の取り扱いや処遇に関し規定したものである。

精神障害を起因とした犯罪事件から精神障害に対する恐怖感が生じる例はよく見られる

ところである。精神障害に関する法律はマレーシア独立以前にすでに制定されて、彼らの

犯罪防止や社会問題の発生の予防として制定されたものであるが、その結果、精神障害は

怖いものというイメージが持たれ、障害のある人であることを認めることもなく、精神障

害のある人の運動にも影響をもたらしてきた。 精神障害の分野では医者の権限に支配されることが多い。マレーシアにおいても、精神

障害分野での活動は当事者本人によるものは極めて遅れていて、専門医による活動が活発

である。その結果現在障害のある当事者の団体はまだ見当たらない。1967 年に大学病院の

精神 科専門家及び地域のリーダーたちは精神保健協会 (The Malaysian Mental Health

Association: MMHA)を設立した55。1970 年に、ペラク州精神保健促進協会(Perak Society for the

Promotion of Mental Health)が設立された56。前者は公衆に向けて精神保健を促進する活動を 中心に置き、また、精神障害のある人の家族の支援をして、そこから家族支援グループが

55 マレーシア精神保健協会 http://www.mentalhealth.org.my/ (最終閲覧 2012 年 8 月 21 日) 56 ペラク州精神保健促進協会 http://www.peraksocietypmh.com/a_peraksociety_history.htm (最終閲覧 2012 年 8 月 21 日)

65

誕生した。後者は、入居サービスを提供し、職業リハビリテーション等をが行っている。

2006 年に精神保健協会の家族支援グループは全国家族支援グループミンダ・マレーシア

(MINDA Malaysia)の傘下に統合された。残念ながらいずれの精神障害のある人の団体もアド

ボカシー活動あるいは権利擁護の活動には活発ではない。 以上のように、精神障害のある人の団体は精神科の専門家により主導されていることが

多い。精神障害に対する偏見がまだ根強く、精神障害に対する理解が足りないため、精神

障害のある人と係わりたくないという気持ちが強く、これらの団体の活動は一般市民の参

加を得られにくいのが現状である。久野研二はマレーシアの障害当事者団体に 3 つの課題

があると提起している。その 1 つは、精神障害分野の取り組みは社会福祉分野全体でも非

常に遅れており、偏見も根強く、精神障害当事者団体の設立が遅れているということであ

る57。設立が遅れているから直面する課題は身体障害・知的障害のある人の団体より多い。

このことから、精神障害のある人の権利に向けての動きが必要でありながら、現状からす

れば権利に向けての運動はまだ時間がかかるといわざるをえない。

第 2 節 人権委員会の活動

マレーシア人権委員会( 通称スハカム、以下「人権委員会」と略す、Human Rights

Commission of Malaysia: SUHAKAM)は 1999 年マレーシア人権委員会法( Human Rights

Commission of Malaysia Act 1999) により設立されて、2000 年に正式発足した。同法におい

ては、人権委員会の機能及び権限は 4 条に規定されている58。要約するとその機能と権限は

57 久野研二「マレーシアの障害者の生計と障害自助団体」調査研究報告書、アジア経済研究所 2008 年、222 ページ。 58 人権政策研究会阿久沢麻理子の訳を用いる。人権政策研究会 http://www.geocities.jp/humanrightspolicy/past/rs014/01.html (最終閲覧 2012 年 8 月 22 日) 第 4 条 人権委員会の機能及び権限 (1)マレーシアにおける人権の保護及び促進を図るため、委員会の機能は以下のものとする。 (a) 人権教育について意識を向上させること。 (b)法律、行政命令、及び行政手続きの形成の際に、政府に対して助言しかつ支援すること。 (c)人権分野における条約その他の国際文書の署名又は加入について政府に勧告すること。 (d)本法第 12 条に定めされている人権侵害の申立てを調査すること (2)委員会は、自らの機能を果たすため、以下の権限のいずれか又はすべてを行使することができ る。 (a) 人権意識を向上させること、プログラム、セミナー及びワークショップを用いて調査研究をす ること、並びに、そのような調査研究の結果を普及させること (b)政府その他の権限を有する関連機関に対して、申立てを通告しかつ取るべき適当な措置を勧告 すること (c)本法の規定に従って、いかなる人権侵害についても調査しかつ立証すること (d)拘禁施設に関する法律が定める手続きに従って、拘禁施設を視察しかつ必要な勧告をすること

66

人権に対する意識を向上させること、人権侵害の申し立てを調査し政府に勧告するか助言

をすることである。

マレーシアの人権団体、マレーシア人民の声(Suara Rakyat Malaysia: SUARAM)がマレ

ーシアの第 1 回国連人権理事会の普遍的定期審査(Universal Periodic Report: UPR)へ提出した

レポート(2009 年)は、マレーシアの人権委員会の独立性、有効性及び人権保護について問題

を提起した。マレーシア人民の声は人権委員会がパリ原則の条件を満たしていないと指摘

した59。人権委員会は首相府の直轄下に置かれて、独立性を保つのは困難である。また、委

員の任命は首相の助言を受けて国王が委員を任命するという形である。こうすると、首相

が自分の好みの委員を任命しやすくなる。要するに、首相あるいは与党政府の味方をする

人が委員になりやすいし、また、強く政府の批判をすると再任されることが困難になると

いう問題もある。同法の 5 条(3)は「委員の選任は様々な宗教及び民族背景から卓越した

人格のある人」とし、委員の選出の基準は非常に曖昧である。このように委員が人権につ

いての知識を持っていることすら求めていない。

2001 年 9 月 9 日、初回マレーシアの「人権の日」の開催とともに不利な立場にいる人々 のグループの権利に関する会議が開催された。当会議では障害のある人の権利が最も侵害

されやすいグループの 1 つであると認識された。これにより、2003 年度人権委員会の教育 ワーキンググループは障害のある人に重点をおいて、障害のある人の権利の向上に努めた。

そして弁護士会の覚書に応えるためにも、2003 年と 2004 年に 6 つの対談が開催された。対 談の結果、障害のある人の教育、雇用とアクセスの権利が一番重要な課題として認識され

た。

この対談のフォローアップとして、2004 年及び 2005 年に 4 つの円卓会議が開催された。

それは①障害のある人の教育に関する会議、②障害のある子どもを持つ親との会議、③障

害のある人の雇用に関する会議、④障害のある人の環境アクセスに関する会議である。人

権委員会によって対談や円卓会議が開催され、改善のための提案が提起されたが、人権委

(e) 必要な場合には人権について公的な生命を発すること (f)効力を有する関連の成文法に従って、必要な他のいかなる適当な活動をすること。 (3)本条(2)( d)の下での委員会による拘禁施設の視察は、拘禁施設に関する法律が定めた手続き に従うものであれば、拘禁施設の担当者によって妨げられてはならない。 (4)本法の目的のため、連邦と矛盾しない程度に、世界人権宣言を顧慮するものとする。 59 国連人権高等弁務官事務所 http://lib.ohchr.org/HRBodies/UPR/Documents/Session4/MY/FIDH_SUARAM_MYS_UPR_S4_2009_F%C3 %A9d%C3%A9ration%20internationale%20des%20ligues%20des%20droits%20de%20l'Homme_SUARAM_ upr.pdf (最終閲覧 2012 年 8 月 29 日)

67

員会の提案で事態が改善されることはなかった。一例とし、「教育できる」の用語は 1997

年特殊教育規則から削除するよう提案されたが、2013 年現在も改善が見られないのである。 また、人権委員会は、障害のある人に関する法の提案では平等並びに非差別の概念を広く

定義すべきと提起した。人権委員会は平等についてアクセスの平等、機会の平等さらに結

果の平等まで求めている。非差別に対しては合理的配慮を提供しない場合は差別に当たる

と提起した60。しかし、これらの提案は 2008 年法で採用されなかった。

2003 年 2 月に、障害のある当事者本人・関係者、NGO、政府機関と人権委員会は共同で

対談を行った。この対談の目的は、障害のある人のニーズや意見、提案を聞くためであり、

政府機関からの情報をもらうためである。また、当時の障害のある人に関する法の草案を

起草する委員長が草案の内容を紹介した。2006 年には人権委員会は障害のある人に関する

政策の起草委員として参加した。12 月には、マレーシアは第 9 回の極東・南太平洋身体障

害者スポーツ大会、フェスピック(Far East and South Pacific Games for the Disable, FESPIC

Games)の開催国であるため、人権委員会が関係者らと開催に向ける準備のための会議を 2

回行った。

2007 年には障害のある人の理解及び障害のある人のよりよい明日の社会の役割のフォ-

ラムを開催した。その後、いくつの社会啓発プログラムを行うとしていたが、支援や反応

が少ないため開催ができなくなった。2009 年にスター新聞が政府が運営する施設が入居者

を鎖で束縛されていると報道した結果、人権委員会は調査に踏み出した。その後、知的障

害のある人の権利に関する円卓会議が行われた。円卓会議での提案・結果は関連省庁に提

出された。

2010 年には障害のある人のアクセスに関する円卓会議が開催された。当年、人権委員会

は女性省に権利条約の国内監視機関になるように依願書を出していたが、翌年、女性省は

その提案に対して正式に断った。2011 年には再びアクセスに関する円卓会議が 3 回開催さ

れた。当年の 12 月に障害のある人の権利に関するゼミナールが開催された。

概観してきた 2000 年から 2011 年にかけて、人権委員会は障害のある人の権利や直面して

いる問題については、円卓会議や対談を行うに留めている。会議の提案・助言を政府に提

出し、政府からの回答が求められた。しかし、政府からの回答は不十分であるとしても、

委員会の権限は助言に過ぎないため、政府に圧力をかける力すら持っていない。また、上

60 Suruhanjaya Hak Asasi Manusia Malaysia, Laporan Mengenai Hak Orang Kurang Upaya, Kuala Lumpur,2006, pp.204-205.

68

記のように人権委員会は独立性が欠けているため、政府に対して厳しい批判をするのは困

難な立場でもある。現在ペタリン・ジャヤ市議会(Petaling Jaya City Council)の議員並びに マレーシアのスター新聞の週刊コラムで障害について執筆する特別欄の担当者アントニ

ー・タナサヤン(Anthony Thanasayan)は人権委員会の設立後 5 年について以下のように回顧

した。

「私は人権委員会の認識そして、人権委員会は障害のある人のために何をしているかよ

くわからない。もし、人権委員会が実際に我々のために活動しているのであれば、私たち

は分からない訳がない、なぜなら、私と私の障害のある友達は常に障害のある人のために

戦っている。それにしても、私と私の友達は皆人権委員会が障害のある人のために何をし

ていたか全く認識していない。ただ、人権委員会の 2004 年の年間報告を見ると人権委員会 の設立当初からの活動と障害についてはよく書いてあったから驚いた。障害のある人の定

義からアクセスの問題や投票の権利などについては、人権委員会はすべて正しく指摘して

いた。せめても書類上(名目上)には正しいのである。61」と。

第 3 節 弁護士会の活動

マレーシアでは、裁判を起こすことをできる限り避けたいという人は多い。障害のある

人が裁判を起こすことも極めて稀である。しかし、マレーシアで勉強しているアメリカ人

の障害のある子どもジェコブ・レナー(Jakob Renner) が自ら自分の教育の権利を主張したこ

とがマレーシア弁護士会(The Malaysian Bar)に衝撃を与えて、弁護士会がマレーシアの障害

のある人の教育の権利や問題に注意を払うようになるきっかけとなった62。それにより、

2000 年に弁護士会が障害のある人の教育の立法についての覚書の討論のためフォ-ラムを

開催した。弁護士会が作成した覚書は 2002 年に人権委員会に提出された。人権委員会はそ

61 Thanasayan, Anthony. “SUHAKAM After 5 Years: State of Human Rights in Malaysia,” ERA Consumer Malaysia, May 2006, p.51. 62 1999 年ジェコブ・レナー(Jakob Renner)対クアラ・ルンプールインターナショナルスクールの取 締役会の主席に対する裁判。 軽度の頸直型両麻痺(脳性まひの一種)のあるアメリカ人の子どもが お父さんと友人を通して、クアラ・ルンプールにあるインターナショナルスクール(International School of Kuala Lumpur)を提訴した。ジェコブは 6 年間このインターナショナルスクールを通っていたが当 該インターナショナルスクールの中学校に進学する際に断られた。当該インターナショナルスクール はマレーシアにおいて 2 か所、メラワティ学園とアンパング学園がある。メラワティ学園は小学校で あり、アンパング学園は中学校及び高等学校である。ジェコブは小学校には自分で学校内を動きまわ ることができていたが中学校に進学する際に突然拒否された。ジェコブは暫定的差止命令を申請し、 当該学校が永久的にジェコブが通学するのを抑制しないという暫定的差止命令を認め、「被告人の学 校が障害者に優しい環境づくりによって派生する金銭的負担が原告者を排除する原因である(中略) この件については、障害のある人の教育の権利を優先すべきである」と判決した。

69

の覚書に応えるために、対談を開催した。しかし、残念ながら、その後、弁護士会はしば

らく障害のある人の権利・問題を取りあげることがほとんどなかった。

2006 年の国連の障害のある人の権利に関する条約の採択及びマレーシアの 2008 年法の制

定によって再び障害のある人の問題を取り上げるようになった。その影響を受け 2008 年弁 護士会の人権委員会は障害のある人の人権問題をさらに効果的にとらえるために障害のあ

る人のワーキンググループを設置し、視覚障害のある弁護士がグループ長に任命された。

2009 年、弁護士会は 2008 年法のフォ-ラムを開催した。このワーキンググループは障害の

ある人と共に立ち上がる運動 2012 のキャンペーン(Gerakan Bersama Kebangkitan OKU 2012:

OKU BANGKIT 2012、以下、「立ち上がる障害のある人」2012 と略す)を始めた。このキャ

ンペーンは一般市民並びに障害のある人当事者に障害のある人に関する理解を促進するも

のであった。2012 年 3 月にフォ-ラムの開催と同時に立ち上がる障害のある人 2012 の覚書

を人権委員会に提出した。 2012 年 9 月 27 日に、「立ち上がる障害のある人 2012」のキャンペーン長、モハメッ

ド・ファイザル(Mohammad Faizal)はメディアに対して、「立ち上がる障害のある人 2012」 は野党連合の人民連合(: PR)を支持するという宣言をした。

“Dengan pembabitan PAS terutamanya, dengan dokongan Pakatan Rakyat, kita mengharapkan manifesto parti politik akan alert dengan OKU, dan itulah message yang kita sampaikan. Dan sebagaimana disebutkan oleh YB Dr. Mariah, Pakatan Rakyat menang ataupun kalah, memang kami bersedia untuk membantu Pakatan Rakyat63.”(「人民連合への参加、特に「汎マレーシア・イス

ラム党へ参加することによって、我々は政党のマニフェストが障害のある人についてもっ

と敏感になってほしい。先ほど、マリア議員が言ったように、人民連合は勝つかあるいは

負けるかは関係なく、(選挙で)我々は人民連合を手伝う準備をしている。」)

「立ち上がる障害のある人 2012」は野党を支持するようになっているが、モハマッド・

ファイザルは、我々のキャンペーンは野党派あるいは政治化しているのではないと、次の

ように主張する。

このキャンペーンの訴えや要求は野党に提出する以前、既に与党に提出され交渉してい

た。しかし、与党は我々の要求に対して関心を持っていなかったから、野党と交渉し、野

党は私たちの話を聞いてくれた。だから、正確に言えば、私たちは野党を支持するのでは

63 Malaysiakini.(2012, Septemeber 27).OKU bangkit bantu PR tawan Putrajaya. http://www.youtube.com/watch?v=KDgHizOucjM (最終閲覧 2013 年 2 月 21 日)

70

なく、野党が私たちの戦いを認めてくれたのである。「立ち上がる障害のある人 2012」は、 野党に障害のある人に関連する事項に意見と考えを提供するという観点にある。我々障害

のある人は政治においての声が必要である。私たちの声を代弁してくれる人が必要である。

与党であれ、野党であれ、私たちの声を反映する必要がある。与党政府の参加も歓迎する。

「立ち上がる障害のある人 2012」は政治のチャンネルを通じて障害のある人に関連する事

項を取りあげただけである。64」 このように、弁護士会は少しずつ障害のある人の政治参加、並びに障害のある人の理解

を促進するための政治的アプローチをとっている。弁護士会の障害のある人のワーキング

グループの設置はまだ間もないことであるが、現在は政治的参加に力を入れている。しか

し、これからは障害のある人を如何にエンパワーし、障害のある人の裁判を支援するかの

課題も大事である。人権の保持は不断の努力が必要である。人類の権利は闘争によって保

障される。権利は不断の努力で獲得するものである65。上記のように、裁判を起こすことと

連動して、マレーシアの障害のある人の権利意識が高まってきた。そのため、今後障害当

事者が裁判で立ち上がることができることを支援すること、障害のある人が自分の権利を

主張できるようにすることが弁護士会の最重要課題であると考える。

本章では障害のある人のための団体及び障害のある当事者の団体はそれぞれの課題を持

つことを明らかにした。障害のある人のための団体は慈善的アプローチに基づくことが多

い。このアプローチに基づく団体は障害のある人を看板にしているが、障害のある人に関

する政策や方針等を障害のある人を抜きにして決めることが多い。この慈善的アプローチ

の手法を取るのは障害のある人の権利のための動きを阻害しかねないものである。一方、

障害のある人の団体は「自助団体」的性格が強く、「社会変革団体」として社会を変えてい

くような活動を十分になしえていない。 身体障害、知的障害及び精神障害のある人の団体の中では身体障害のある人の団体が

一番進んでいる。障害のある人の運動の先頭に立っている。しかし、身体障害のある人の

団体は長期的視野並びに有効的アプローチを取っていない。又は、2008 年法に対し不満を

言い続けてきたが改正を求めるなど、不満から運動へと変革することがなかった。一方、

知的障害のある人の団体はセルフ・アドボカシーを中心に活動が行われてきた。その結果、

セルフ・アドボカシーのグループは増えてきたが、障害のある人の権利について社会への

64 モハマッド・ファイザル氏に筆者ヒアリング(2013 年 2 月 28 日)。 65 井上英夫『患者の言い分と健康権』新日本出版社、2009 年、100-102 ページ。

71

発信はまだ不十分である。精神障害の分野の活動はこの 3 つの障害の中で一番遅れている。

現在も専門家主導であり、権利保障の運動は見えてこない。 人権委員会は障害のある人の権利保障のための働きはしているが不十分である。さらに、

人権委員会の権限は勧告か助言であるから政府に圧力をかける力すら持っていない。また、

独立性が欠けているから政府に厳しい批判もできない。弁護士会は近年障害のある人の問

題を政治的アプローチにより提起する手法を取り出している。マレーシアではじめての試

みであるから今後の発展を注目したい。

本章は障害のある人の団体はどのように障害のある人の権利保障のために働きかけたか

を論じてきた。次章は、歴史を振り返って、障害のある人の政策や法制度がどのように発

展してきたか概観する。

72

第 4 章 マレーシアにおける障害のある人の社会福祉の史的展開

井上英夫は、一般的に権利という時、当然に人権も含むのであるが、人権の発展段階と

しては契約上、法律上の権利と最高規範としての憲法によって保障される人権を区別して

いる。例えば、社会保障の権利を見ると、国によって発展の道筋に違いはあっても、歴史

的には恩恵(Privilege)の時代から、法的権利(Right)、そして人権(Basic Human Right)の時代へ と発展している。さらに、恩恵とは救済や保護をするかしないかは支配者の恣意に委ねら

れ、与えられないとしても不服をいうことができないものであり、権利については契約上

あるいは法律上認められ、その実現を裁判所に訴えることができるという。それに対して、

人権として保障されるということは人権が侵害される場合は、国や自治体を相手に裁判を

提起することができ、憲法違反と認められれば、国会のつくった法律や行政行為が無効と

されることとなると述べている66。

マレーシアの歴史を振り返ると、独立して 55 年を経て、恩恵の時代から社会保障の権利

が漸く法的権利に近づこうとしているところである。しかし、本稿で明らかにしているよ

うに法的権利の確立はまだ先の話であり、現在の法律・制度・政策を見ると恩恵的な思想

がまだ浸透している。ラジェンドラン・ムースは、マレーシアの福祉システムは恩恵的

(Paternalistic)であり、多くのことが慈善に基づいてなされていると指摘する67。社会サービ

スと支援については市民の権利としてではなく、人道主義に基づいていて支援やサービス

を提供する側の資源によって左右されてしまう。そのようなことから、社会福祉の対象と

なる人は、国の開発政策、特に新経済政策のなかで明らかに後回しにされてきた。さらに

政府は、国民のための「社会保障ネット」を整備する法律の制定に乗り気ではない。した

がって、これまでの政府の施策は援助を必要とする人への限られた財政的な支援と、リハ

ビリテーションのためのサービスや制度化された援助の提供に止まっている。

さらに、マレーシア独立以来、社会問題に対する政府の対策は優先順位が低くおかれて、

障害者問題への対応も社会福祉施策の中での優先順位としては低く置かれてきたと指摘さ

れている。その結果、障害者は何十年もの間、社会から大きく排除されてきた。慈善活動

を通して障害者への恩恵的関わりや処遇、最低限のリハビリテーションサービスが行われ

66 日本認知症ケア学会監修 岡田進一著『認知症ケアにおける論理』ワールドプランニング、2008 年、71-72 ページ。 67 ラジェンドラン・ムース/田中尚訳、萩原康生監訳『マレーシアの社会と社会福祉』明石書店、188 ページ。

73

てきただけで、社会から押し付けられた社会的障害によって、障害者は国内で最も疎外さ

れたグループの 1 つとして取り残されてきたと批判されている68。

第 1 節 マレーシア独立までの障害のある人の社会福祉の進展(19 世紀~1957 年)

マレーシアは、19 世紀から 1957 年 8 月 31 日にマラヤ連邦が独立する前まで長期にわた

りイギリスの植民地統治を経験した。そのため、独立してからもイギリス時代の影響が大

きい。イギリスにおいては 1942 年 11 月 20 日に、ベヴァリッジ報告「社会保険及び関連サ

ービス」が提案され、ゆりかごから墓場までの社会保障理念と計画が提唱された。しかし、

経済発展を重視し、社会福祉に対しての方針が明確に指示されなかったこと、また、社会

福祉の内容に対する理解ができなかったこととイギリスの社会福祉がまだ発展段階中であ

ったことから、イギリスの当時の先進的な社会保障概念は結局イギリス領マラヤには伝わ

らなかった69。

フジア・シャフィイ(Fuziah Shaffie)は、イギリス統治による社会福祉のはじまりは移民労

働者、主に中国人とインド人のためのものであり、当時イギリスはマラヤの資源に興味を

持って、このような社会福祉の提供は、もっぱら移民労働者が重要な労働力の源であり、

彼らによってマラヤの資源を搾取することができると考えたからである、と指摘した70。エ

ン・ダビス(Ann Davis)、ジョン・ドリング(John Doling)とザイナル・クリング(Zainal Kling)

は、早期の歴史についての文献にはあまり記載されていないが、社会福祉サービスの提供

は国民全員に向けたものではなく、イギリスの制度のように多くの市民をカバーするもの

ではなかったと指摘している。さらに、マラヤ連邦の成立した後も社会福祉は選別的なも

のであり、「必要なグループ」や「一般生活を送るために特別の支援が必要」な人たち向け

のものと述べた71。デニソン・ジャヤソーリア、ゴドフリー・ウインとバマヴァティ・クリ

シーナンは、植民地政策がイギリスの利益を最大限にし、経済全体の制度は植民地の資本

主義優先によるものであるから、社会福祉の発展が遅くれたことは全くおかしいことでは

ないと述べている。社会福祉は経済的価値のあるものを生み出さないという見解がとられ

68 ラジェンドラン・ムース/田中尚訳、萩原康生監訳『マレーシアの社会と社会福祉』明石書店、 188―214 ページ。 69 Shaffie, F.uziah. British Colonial Policy on Social Welfare in Malaya: Child Welfare Services 1946-1957, (Unpublished doctoral dissertation) England: University of Warwick, 2006, pp.127-152. 70 同上。 71 Davis, Ann., Doling, John., & Kling, Zainal. “Britain and Malaysia: the development of welfare policies, ” in Doling, John & Omar, Roziah ed., Social Welfare East and West Britain and Malaysia. England: Ashgate Publishing Limited. ,2000, p.9

74

ていた72。

第 2 次世界大戦後、浮浪者など多くの社会問題が浮き彫りとなり、今までの伝統的な福 祉サービスの提供者である家族や宗教団体、ボランティアなどだけでは対応しきれない結

果となり、植民地政府は社会福祉の責任を負うこととなった。植民地政府は問題解消のた

め、1946 年 6 月 10 日に社会福祉局を設立した。福祉局当時の社会福祉長官 C・P・.ローソ

ン(C.P.Rawson)が提出した 1947 年の年間報告の抜粋によれば、福祉局はビルマ/シアムの鉄 道事件73の救済、原住民福祉、婦女及び少女保護事業、盲人福祉、ホーム及び施設ならびに

補助金の援助や公衆レストラン74のサービスを提供していた75 。マラヤ発展計画草案

1950-1955 年(Draft Development Plan of Malaya 1950-1955)では「さらに、労働局の責任を一歩

進めて近いうちにとらなければならないのは(中略)障害者を適切な雇用に配置する計画

であり(後略)76」としていた。また、福祉局は「障害者」や「癩病患者」に対してもっと

機会や特典を提供するようにと求めた。 このように、障害のある人に提供するサービスはイギリスの植民地時代から「特典」

(privileges)として用意され、障害のある人の社会福祉は家族や宗教団体・組織だけではなく、 政府も共に担うようになっていった。このように、マレーシアが独立以前に、植民地政府

はすでに社会福祉の事業を始め、障害のある人は特別支援が必要と認識され、障害のある

人のために機会や特典を提供していた。

第 2 節 独立期から国際障害者年まで(1958 年~1981 年)

この時期にはマレーシアの障害のある人の社会福祉に抜本的な改革はなく、政府による

政策・制度は乏しい時期でありこの時期の政府の発展計画に見られるように、政府による

障害のある人のサービスの中心は施設であった。1961-1965 年の間に、政府が完成させた大

72 Jayasooria, Denison., Ooi, Godfrey & Krishnan, Bathmavathi. “Disabled Persons: The Caring Society and Policy Recommendations for the 1990s and Beyond, ”Vision 2020, Vol.4 No.2, 1996, p.33. 73 日本の占領時期に、日本が兵士、食糧そして、武器をインドに運びたかったため、マレーシアの人 を労働力として搾取し、タイからビルマを通して最後にインドまで繋ぐ鉄道(死亡鉄道、Death Railway) を作ったことから生じた社会問題である。 74 公衆レストランとは飢餓問題の対策として、貧民を対象に食事を提供する事業であった。 75 Social Welfare Department Malaysia. History of the Department of Social Welfare Malaysia. pp. 3-4. 76 マラヤ発展計画草案の原文。 “Further responsibilities which the Labour Department may shortly have to undertake are those arising out of the proposed Weekly Holidays (Shop) Ordinance and the enforcement of fair wages clauses in Government contracts. More remote but no less important are plans involving such matters as the placing in suitable employment of disabled persons, a Factories Ordinance, the interviewing and placing of school leavers, apprenticeship schemes, the employment in other districts, improvement in the collection and presentation of statiscal data, the maintenance of comprehensive wage registers, and the introduction of Dock Workers Safety Regulations.”

75

きなプロジェクトとして身体障害のリハビリテーション・センターの設立がある。第 1 次

マレーシア計画 (1966-1970 年)のもとで、保護プログラムやリハビリテーション・プログラ

ムが用意されて、障害者ホームが設立された。引き続き、第 2 次マレーシアの発展計画

(1971-1975 年)では、知的障害者及び障害児ホームを設立するプロジェクトが計画された。

このように、政府による障害のある人の施設ケアは福祉局(当時の労働・社会福祉省/ 厚生・

社会福祉省)の主要な提供サービスとなった。

第 3 次マレーシア発展計画(1976-1980 年)では障害のある人のための職業訓練が優先され

て、職業訓練や雇用場として 3 つの保護作業所が作られた。ワン・アズミ・ラムリ(Wan Azmi

Ramli)は、1976 年の第 3 次マレーシア発展計画の始まりからマレーシアの社会福祉が新し

い時代に入り、施設内においての介護並びに社会福祉の援助から予防に転換した。当時の

国家統一・社会開発省(現:女性省)が障害のある人に対して提供するサービスは「回復」

(リハビリ)を主眼に行われていた。その目的とは障害のある人は経済的自立ができ、社

会及び国の負担にならないようにすることである77、と指摘している。

一方、民間においては、障害当事者の運動がこの時期から登場し始めた。デニソン・ジ

ャヤソーリアは 1960 年から 1980 年の間は障害当事者団体の台頭期であると述べ、60 年代

や 70 年代は、障害当事者は今までの伝統的アプローチに挑戦し、彼らが社会参加から排除

されることと戦った時期であるとした78。

上記のように、この時期では、国は障害のある人を負担と見なし、保護の対象としてい

る。その後、障害のある人が「負担」にならないようにするために、障害の予防並びに「回

復」のためのリハビリを行っていた。一方、この時期は障害のある人のための団体から障

害のある人の当事者の団体が台頭する時期である。障害のある人は今までサービスや恩恵

を受けてきたが自分の意思で主張することができるようになってきた時期である。

第 3 節 国際障害者年から 2008 年障害のある人に関する法の制定まで(1982 年~2007

年)

「完全参加と平等」をテーマとした国際障害者年(1981 年)は、世界各国の障害のある

77 Wan Azmi Ramli. Dasar Sosial di Malaysia, Kuala Lumpur: Golden Books Centre Sdn. Bhd., 1993, pp. 315-317. 78 Jayasooria, Denison. Disabled People: Citizenship and Social Work: The Malaysian Experience, England: Asean Academic Press, 2000, pp.75-77.

76

人に朗報となった。ユネスコマレーシア国内委員会79(Malaysian National Commission for

UNESCO) は国際障害者年を契機に、マレーシアの障害のある人に関する 1 年間の新聞報道 の抜粋を編集して本を出版した。国際障害者年を機にして多くの活動が行われ、それによ

り障害のある人に関する多くの報道がなされたが、まだ勇気のある障害者を讃えたり、障

害者を手伝ってくださいというような内容が主であった。それでも、国際障害者年は、マ

レーシアにおいて、障害のある人に以前より人前に出る機会を与え、政府が提供する援助

を加速する機会となったことが評価できる(表 4-1 参照)。

表 4-1:1981 年当時政府が提供した社会福祉に関する新聞報道の抜粋

「勇ましい障害者」 National Echo 新聞、1981 年 5 月 6 日

- 教育と職業訓練プログラムはアップグレードされて、盲、聾、唖、知的障害(当時の表記

は 精神薄弱)、肢体障害別に提供される。勉強したい人に対して、教育設備が提供される。、

例えば、本、読書材料。

- 障害者を教えるために特殊教育の先生が雇われた。

- 義肢の提供。

- ビジネスしたい人たちのための支援スキーム。このスキームのもとで、興味ある人に対し

て、経済的援助を提供し、ビジネスの訓練を提供する、その分の コストは政府が負担する。

- 教育省:宿舎と特別学校の提供。盲学校(小学校)はペナンとジョホルにある。盲学校(中

学校) はセタパクにある。

「正しいアプローチによって、障害者も他の一般の人と同じことをすることができる」

Echo 新聞、1981 年 2 月 15 日

- 福祉省は障害者を雇うための工場を設置する可能性を検討する。

- 19203 人の障害者が障害登録された。

- 第 4 マレーシア発展計画にはさらに 4 つの保護工場を設置することになる。

- 低所得者に対して毎月$50 の手当をあげる。この手当の目的は障害者が仕事を続けるため

の 励みとして支給する。現に 1,162 人の障害者がこの手当てを受給している。1979 年には

859 人が受給していた。

79 マレーシア政府が 1966 年にユネスコ国内委員会を設立した。当委員会はマレーシアがユネスコの 会員としての役割を果たすために設立された。

77

「もっと障害者のための設備」Star 新聞、1981 年 2 月 16 日

-400 人の知的障害者が入居できるため、4 つのホームを作る計画を立てている。身体障害者の

ためのリハビリセンターを 2 つ作るつもりである。400 人が利用できる保護作業所を 4 つ作る

つもりである。100 人の知的障害者が働けるために 2 つの農園を開く、また 50 人の盲人が働け

るためにトレンガヌ州に 1 つの農園を開くつもりである。

-40 人の元精神障害患者のための家を設置し、50 人の障害従業員のための宿舎を設置するつも

り。

-200 人の身体障害者のためのリハビリセンターはコタバルで建てられて、年末に完成予定であ

る。

-クリムとクアラ・トレンガヌの 2 か所で作業所を建てる予定である。同じような作業所は 1979

年に 100 人の障害者を雇い、または再教育コースを提供していた。

「障害者のための福祉計画」Malay Mail 新聞紙、1981 年 2 月 21 日

福祉省は現にある 5 つの基金に加えて 3 つの障害者のための基金を設置する予定である、こう

なると 4 つの障害グループー盲、聾、身体障害、知的障害をカバーすることになる。

いくつの支援プログラムを予定している。これらの支援プログラムとは整形外科及びメガネの

援助、実施援助、障害者労働手当、営業設備、割引汽車運賃、ラジオライセンスの免除である。

「政府は障害者のための学校を乗っ取る」News Straits Times 新聞紙、1981 年 8 月 11 日

教育省は段階的に障害者のための学校を接収することを議論し作業しているところである。現

在障害者学校はボランティアグループや非政府組織が運営することが多い。最終目的としては

すべての障害者教育への責任をとることである。今年だけで、2,560 人の生徒が教育省による正

規の教育を受けている、1,635 人の聾児童、341 人盲児童、264 ケースが脳性まひ、320 人の知

的障害児である。これから始めようとするプログラムの目標としては、盲児童を一般生徒と統

合し、20 小学校と中学校で行い、聾児童の補助器具による一般生徒との統合を目指す、ペナン、

ジョホルとクアラ・ルンプールにおいて障害者のための宿舎を設置する。

「障害者が建物にアクセスするためのスロープが進行中」New Straits Times 1981 年 8 月 11 日

現有の建物、例えばスパー、映画館、政府事務所に対してこれから補修することになる。これ

により、障害者に便宜を与える。建物と繋がっている道にスロープを作るらしい。この提案は 78

福祉省の障害者年国内委員会が年末の報告内にするつもりである。

「企業に障害者の雇用を求める」New Straits Times 新聞紙, 1981 年 10 月 31 日

福祉省は法定割当雇用についての必要性を検討している。障害者年との関係で、福祉省

が法定割当雇用について検討するために委員会が設立された。しかし、現在は雇用され

ている障害者の統計はない。1981 年 9 月までには登録されている障害者数は 20,867 人、

1980 年には 19,203 人、1979 年には 18,186 人である。ちなみに、今年には 1,616 人の障害

者が福祉省が支給する障害者援助スキームに受給していた。 出所:ユネスコマレーシア国内委員会『勇ましい障害者―国際障害者年に際してマレーシ

アの活動の新聞抜粋の収集』から主に政策やサービス提供に関する記事より翻訳(Malaysia

National Commission for UNESCO, Courageous Handicapped-a compilation of News excerpts on

IYDP activities in Malaysia,1982 )。

引き続き、マレーシアは国際的動向に影響を受けた。1984 年世界保健機関(World Health

Organization: WHO)の協力を得て、マレーシアではトレンガヌ州に最初の CBR を導入した。

CBR はその後も政府の援助によって発展しつつあり、現在は全国で計 468 プログラムが設

立されている。CBR を始めた当時は地域社会や障害のある人と家族が含まれて、多くの活

動が行われていたが、その後、CBR は当初の目標から離れ、教育の場になり、「教育できな

い」子どもたちに対する受け皿になり、簡単な療育を行う場に過ぎなくなった。

CBR は時代に伴い変化し、2004 年には国際労働機関(International Labour Organization: ILO)、

国際連合教育科学文化機関(United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization:

UNESCO)および WHO から改訂版の CBR が発表され、共同政策方針が作成された。この方

針の目的は CBR の概念の進展を支持し、また、障害のある人に影響する貧困、人権等に対

する行動を求めることである。しかし、残念ながら、マレーシアの CBR は当初の CBR の

目標から離れ、現在の CBR モデルが求めるインクルージョンや人権などの概念とはさらに

遠い存在となっている。

90 年代はマレーシアの障害のある人の政策・制度の発展期である。1990 年から政府は障

害のある人の社会福祉を良くするために一連の行動を取った。しかしながら、発展期の政

策はもっぱら慈善・恩恵・相互扶助の尊い精神・美徳から出発したものであり、政策・制

度の実施が不十分で、政策の目標や具体的数値目標が設けられていないものである。

79

1990 年にマレーシアで初めての国レベルの社会福祉に関する政策、「国家社会福祉政策」

が出された。この政策の目標は 3 つである。1 つは、自立精神のある社会づくり、2 つは機

会均等の社会づくり、3 つ目は「思いやり社会」づくりである。この政策は特に 13 グルー

プをサービスの対象とした80。障害のある人は対象グループの 1 つである。

1988 年に労働省は「1988 年公共サービス 10 ヵ年通達」(Civil Service Circular No.10 1988)

を打ち出した。そして、政府や公的機関の定員の 1%について、障害のある人を雇用するた

めの指針が定められた。民間企業における雇用においては、1990 年に「民間企業における

障害者雇用促進全国委員会」(National Committee on the Promotion of Employment for Persons with Disabilities in the Private Sector) が設けられた。この設立は企業側と障害のある人の間に

雇用についての議論の場を提供した。その後、一連の雇用推進キャンペーンが行われた。

民間企業の障害のある人の雇用指針は公的機関のような 1%の雇用を求めてない。民間企業

に対してはただ障害のある人の雇用に励めば、税控除などのメリットがあるという方式で

進められた。そして、1992 年に所得税(訓練に対する控除)規則(Income Tax (Deductions For

Approved Training) Rules 1992)が実施され、企業が障害のある人を雇用する際に提供する訓

練が税控除の対象となった。

障害のある人の移動する権利に大きな変化をもたらしたのは、1990 年 9 月 20 日に改正さ

れた 1984 年統一建築物細則( Uniform Building By-Laws 1984)である。この改正により 34A

が加えるようなった。これにより、すべての新築公共建築物は障害のある人が建物にアク

セスできるようにすることが義務付けられた。また、既存の建物はこの細則の施行から 3

年間の猶予期間を設けて、この 3 年間の間に必要な改造を行い、細則が定めた基準にしな ければならないとされた。この法において、障害のある人とは、身体、聴覚あるいは視覚

的に障害を持っている人を指し、彼らの移動あるいは建物の利用に影響がある者とされた。

しかし、実効性が弱いため、障害のある人からしばしば批判されている。

「国連・障害者の十年」の最終年に、アジア太平洋地域では障害のある人の問題改善が

まだ必要とされ、1992 年 4 月に、国連アジア太平洋経済社会委員会総会で「アジア太平洋

障害者の十年(1992~ 2002)が採択され、障害のある人の施策が続けて進められることとなっ

80 13 のグループとは①子ども、②若者、③犯罪者及び被害者、④障害者、⑤貧困グループ、⑥女性、 ⑦高齢者、⑧末期患者、⑨家族、⑩民族、⑪麻薬中毒被害者、⑫特別グループ、と⑬災害被害者。⑫ の特別グループについての説明は特別需要がある集団としているが詳しい説明は設けていない。 (Children,adolescents,social convicts/criminals and victims of crime,disabled people, poverty group,women, the elderly, terminal-illpatiens, family, ethnic group, victims of drug addiction, special group,disaster victims)

80

た。同年の 12 月に「アジア太平洋障害者の十年開始会議」が開催され、「アジア太平洋障

害者の十年行動課題(Agenda for Action」が採択された。マレーシアは 1994 年 5 月 6 日にア ジア太平洋地域の障害者の完全参加と平等に関する宣言に署名した。アジア太平洋地域の

十年の行動計画の 12 の問題領域に応えるために、1998 年 2 月 25 日に、内閣会議に「国家

障害者助言及び諮問審議会」(National Advisory and Consultative Council on the Disabled)の国家

調整審議会が設立された。さらに、12 の行動課題を実行するために、12 の作業部会が設置

された。この中の法律作業部会によって 2002 年にマレーシアの障害者法のドラフト(Persons with Disabilities Act,2002)が出された。現在の 2008 年法の制定作業はこの時期から出発した

ものである。

1995 年に特殊教育部は特殊教育局に昇格した。その翌年、1996 年教育法が制定された。

これにより、1961 年教育法は廃止となった。そこから特殊教育の規定が初めて明文化され

た。1996 年教育法 8 章の 40 条と 41 条は特殊教育の規定であり、大臣の特殊教育の設置義

務と特殊教育の期間及びカリキュラムの規定が設けられた。1997 年には特殊教育規則が作

られた。1997 年特殊教育規則によって、障害のある子どもは「教育できる」子どもと「教

育できない」子どもの 2 つに分類された。「教育できる」子どもに対しては教育省の下での

学校で教育を受けることができることになった。

2001 年に「民間企業における障害者雇用に関する指針」(Kod Amalan Penggajian OKU di

Sektor Swasta)が作成された。この指針は、政府関係者、事業主、被雇用者、労働組合、障 害者団体及び障害のある人自身に障害のある人の就職登録と斡旋のための指針を与えるこ

と、民間企業の雇用主が障害のある人の雇用に対する意識を向上させること、障害のある

人が自分を磨き、能力を高め、就職のために自分の競争力を高め、障害のある人の精神と

意識を向上させることを目的とした。2005 年にインターネットを利用し、障害のある人の

求職登録と求人情報を載せる障害者配置システム(Sistem Penempatan OKU: SPOKU)が開始

され、障害のある人の求職が迅速かつ便利となった。2007 年には、障害者商売促進支援ス

キーム(Skim Bantuan Galakan Perniagaan Orang Kurang Upaya: SBGP-OKU)が開始された。

このスキームは障害のある人でビジネスをしたい人に対して、補助金を付与する。これに

よりビジネスが成功した障害のある人がまた他の障害のある人を雇うということが期待さ

れる。

2008 年に公共サービス 3 カ年通達(Civil Service Circular No.3 for Year 2008)の執行により公

共サービス 10 ヵ年通達が無効となり、新しい通達に取り換えられた。公務員の数に占める

81

障害のある人の比率を最低 1%雇用するという目的である。しかし、1988 年の通達と同じく

政府の努力義務に留まるものである。

2006 年 12 月 13 日、権利条約が国連総会の第 61 回会期で採択されることによって、障害

のある人の問題は国際人権法から障害のある人の権利を真正面から取り上げるという重大

な段階に入った。これによりマレーシアを含め、各国の障害のある人の権利に対する意識

がより高まったと言えよう。

第 4 節 2008 年障害のある人に関する法以降(2008 年~)

2006 年 12 月 13 日、権利条約が国連総会第 61 回会期で採択され、2007 年 3 月 30 日に署

名に開放され、2008 年 5 月 3 日に発効した。マレーシア政府は、2008 年 4 月 8 日に権利条

約に署名し、2010 年 7 月 19 日に権利条約を批准した。マレーシア国内においては、障害の

ある人に関する政策及び障害のある人に関する行動計画が 2007 年 11 月に出された。1 ヶ月

後、初めて障害のある人に関する法が 2007 年 12 月 18 日に国会で可決され、2008 年 1 月

24 日に公布され、2008 年 7 月 7 日に施行された。また、2008 年法が国会で可決されると同

時に視覚障害のあるイスマエル・モハマッド・サレー博士(Prof. Datuk Dr. Ismail bin Md.

Salleh) が上院議員として任命された81。

2008 年法の下で国家審議会は 2008 年 2 月に設置された。国家審議会での機能をもっと有

効にするために、6 つの部会が設置された。それらはユニバーサル・ デザイン及び建築部

会、交通部会、クォリティ・ライフ・ケア(Quality Life Care)部会、教育部会、雇用部会及び

障害のある人の登録に関する部会である。ユニバーサル・デザイン及び建築部会と障害の

ある人の登録の部会長は女性省の事務次官となる。交通部会、クォリティ・ライフ・ケア

部会、教育部会と雇用部会の部会長は交通省、健康保健省、教育省と人的資源省のそれぞ

れの省庁の事務次官となる。

2008 年法においては、国家審議会に比重を置いている。また、2008 年法第 7 条では国家

審議会はその機能を遂行するために、年に最低 3 回開催されると定めている。2012 年 10 月

の時点では国家審議会の会議は 1 回しか開催されていなかった。このことから、国家審議

会が如何に機能していないかが明らかである。

このように、2008 年法の制定後、そして、権利条約の批准をした後にも法的には障害の

81 2009 年、イスマエル・マハマッド・サレー博士が亡くなったが、その後彼の後任者は任命されて いなかった。

82

ある人は名目上あるいは形式上は権利を持っているが実質的保障には至らなかった。これ

にしても、マレーシアの障害のある人の権利保障に対する萌芽期であると評価できる。実

質的な権利保障はまだ実現していないが、少なくとも形式としては存在する。これから如

何に実質的に保障していくかがマレーシアの今後の課題である。

本章では、マレーシアの障害のある人の史的展開を 4 つの時期に区分した。第 1 期は、

マレーシア独立以前に、イギリスの植民地の時代に障害のある人がどう扱われてきたかを

検討した。第 2 期は、独立した後に、マレーシア政府とイギリス植民地時代との比較とい

う意味での時期区分である。国際障害者年はマレーシアにおける障害のある人に大きな転

換をもたらした。さらに、国際的動向によってマレーシアが変化し始める時期である。そ

のため国際障害者年を第 3 期のはじまりと設定した。第 4 期は国連の権利条約の影響など

を受けて、マレーシアで初めての障害のある人に関する法が制定された時期である。

第 1 期の植民地時代は経済が優先されて、社会福祉は選別的なものであり、「必用なグル ープ」や「一般生活を送るために特別の支援が必要な者」に提供された。障害のある人は

その 1 つの対象として認識され、盲人福祉は既に始まった。

第 2 期では、マレーシア政府の障害のある人の施策は大きな変化が見られない、植民地

時代の施策を引き継いだといえよう。この時期の障害のある人に提供するサービスは施設

中心である。また、障害のある人を最初保護対象としていたが、その後、障害のある人が

国の「負担」にならないように障害の予防やリハビリに重点が置かれた。一方、民間にお

いては、障害のある本人、当事者の運動はこの時期から登場した。

第 3 期は国際的動向の影響を受けて、マレーシアの障害のある人の施策は大きく進展し

た。第 2 期は障害のある人に提供する諸サービスは発展計画だけに盛り込まれていたが、

第 3 期は通達や細則などが作られ、ゆっくりと動き出した。しかし、この時期の政策はま

だ慈善・恩恵に基づくものである。

第 4 期は、初めて障害のある人に関する総合立法が制定されて、障害のある人の権利に ついて言及された。しかし、罰則規定、救済措置などが明記されていないことから実質的

な権利の保障にはいたらず形式的保障にすぎない。それでも、この時期は権利意識の萌芽

期であると評価できる。

本章は障害のある人の政策や法制度の史的展開を概観してきた。次章は本稿の焦点であ

る 2008 年法の成立過程を研究し、2008 年法の国会議論を中心に分析した上で、与野党の障

害のある人の権利に関する立場を明らかにする。

83

第 5 章 2008 年障害のある人に関する法及び政策と国家行動課題

4 章で紹介したように、2008 年法の制定は、1994 年 5 月 6 日マレーシア政府がアジア太

平洋地域の障害者の完全参加と平等に関する宣言に署名したことに遡ることができる。5 章

では、2008 年法の成立過程を概観し、その後、国会での議論を分析し、与野党の障害のあ

る人の権利についての立場を明らかにする。さらに、2008 年法の内容を概観する。

第 1 節 2008 年障害のある人に関する法の成立過程

マレーシア政府は 1994 年 5 月 6 日にアジア太平洋障害者の完全参加と平等に関する宣言

に署名した。アジア太平洋障害者の十年の行動課題の 12 の問題領域に応えるために内閣会 議で「障害のある人に関する国家助言及び諮問審議会」の国家調整審議会の設立を決定し

た。審議会は 12 課題に対して 12 の作業部会を作り上げた。委員会は国家社会統一開発省

(現女性省)の主導で運営し、各省庁の長官や NGO 代表そして障害のある人も含んでいる。

法律作業部会は 12 部会の 1 つであり、また、この作業部会によって 2002 年にマレーシア

の障害のある人の法の草案が提案された。

2002 年 9 月にこの草案は完成した。障害のある人団体の(マレーシア障害者連盟 Malaysian

Confederation of the Disabled、マレーシアリハビリテーション協議会 Malaysian Council for

Rehabilitation, ペナン障害者連合 Penang Coalition group on the Disabled)はこの草案に対して、

2003 年に 3 回の研修会を開催した。研修会での意見や提案などを政府に提出した。国家統

一社会開発省(現女性・家族・社会開発省)も同じく 3 回の研修会を開催した。研修会の 目的は障害のある人の団体からの意見をもらうためである。その後、司法長官事務所が最

終調整をして、法案を提出した。久野研二は、障害のある人の法の草案が一時期中断する

こともあった。草案の議論が再開したのは 2006 年の後半からである。国連・障害のある人

の権利に関する条約などの国際的動向に加え、総選挙などの国内の政治的な状況もあると

論じている82。

2008 年法はマレーシアの第 11 回国会、第 4 会期、第 3 会議に開催された議会で 2007 年

12 月 10 日に国会で初めて紹介された。そして、法案は 12 月 18 日に下院でわずか 4 時間程

度の議論を経て、修正なしで、可決された。12 月 24 日に上院で 1 時間程度の議論を経て同

82久野研二「マレーシアの障害者法と障害者(福祉)政策―その背景と課題」『福祉労働』118 号、?年 123-1241 ページ。

84

じく修正なしで、可決された。2008 年 1 月 24 日に公布され、同年の 7 月 7 日から施行され

た。

第 2 節 2008 年障害のある人に関する法の概要

制定された 2008 年法は「障害者の登録、保護、リハビリテーション、開発及び福祉、国

家障害者審議会の設立及びそれに関する諸事項を規定するための法律である」とする。2008

年法は前文と本文 46 条からなる。2008 年法は 5 部構成である。第 1 部は法の名称、法施行

の期日と定義である。第 2 部は国家審議会に関連する事項である。第 3 部は障害のある人

の登録の登録官の任命、義務並びに障害のある人の登録や障害者カードについての関連事

項である。第 4 部は障害のある人の生活の質と福祉の促進と開発に関連する事項である。

第 4 部の第 1 章は公共の施設、交通機関、教育、雇用、情報、文化的生活、レクリエーシ

ョンなどへのアクセスに関連する事項である。第 2 章はハビリテーション及びリハビリテ

ーションの関連事項であり、在宅及び他の地域社会支援業務についても言及されている。

第 3 章は保健、障害の進行の防止や保健に関わる人材の供給についての章である。第 4 章

は障害のある人の保護についての関連事項であり、生涯保護及び社会支援制度と重度障害

のある人についての関連事項である。第 5 章は危険な状況及び人道的緊急事態の場合の援

助へのアクセスである。第 4 部は障害のある人の権利について言及していることから本稿

の分析の中心である。第 5 部は総則であり、大臣、国家審議会又は委員会などの訴訟、起

訴、規則の制定権限や、救済措置、移行措置について言及する。

2008 年法は 2008 年 7 月 7 日から施行されたが、メディアのこれについての報道は見られ

ない。メディアからの報道がないことについてはバマヴァティ・クリシーナン( Bathmavathi

Krishnan 研究者(1 章の先行研究参照)でありながらマレーシア障害のある女性協会(Women with Disabilities Association Malaysia: Pewakum)の会長)が自分のブログに以下のようにコメ

ントした。

「2008 年法は 2008 年 7 月 7 日から施行される。この重要なイベントであるのに、メディ アは全く報道していない。さらに、関連省庁のこれに対しての正式な声明も行われていな

い。マレーシアの障害のある人はこの法制定を 6 年も待っていた。先端的な通信情報シス テムを持っているにもかかわらず、政府は障害のある人に情報を伝えるのがまだまだ遅い。

83」

83 Bathma’s Delvings Blog, “Disability Issues in Malaysia” http://www.bathmasdelvings.blogspot.jp/2008/07/persons-with-disabilities-act-2008-came.html(最終閲覧 2013

85

このことは、2008 年法は施行から 5 年間経ったが、この法の存在を知っている一般市民 は今でも少ないことを物語っている。近年、漸く、時々障害のある人に関する報道がなさ

れると同時に、2008 年法についても取り上げる新聞が多くなっていることは確かではある

が。

第 3 節 下院における議論

障害のある人に関する法案は国会の下院における議論は 2007 年 12 月 10 日に紹介されて

から 8 日間後の 18 日午後 4 時 58 分から議論を開始し、わずか 4 時間程度後の午後の 8 時

47 分に修正なしに可決された。議会中は、議員の発言時間は 5 分間に制限にされた。

障害のある人が、国会での議論において議員たちの障害に対する理解が不十分であると

批判し、さらに、本格的な議論がなされなかったと批判した。本会議で最も大きな論点は

権利についての問題である。その他の論点は活発に議論されなかった。どちらといえば、

議員たちの意見や要望を言い表すだけに過ぎなかった。

2004 年の下院選挙はマレーシアの与党が 219 議席の中 198 の議席を獲得した。野党は 20

議席を獲得し、無所属は 1 の議席という結果である84。障害のある人の法の下院議論におい

て、18 人の与党議員が発言して、野党議員は 9 人が発言した。国会で議論を行う以前は、 障害のある人についての指針や主張や意見など発表がなかった。その原因は与党政府との

政権交代を目指し、民主運動を中心的にやっていたので、障害のある人についての課題ま

たは関心が薄かったことは否定できない。野党の障害のある人についての考えは国会論議

で正式に発表された。与党政府については前述通りに、障害のある人にサービスを提供し

ながら、恩恵や慈善的アプローチを取ってきた。

年 5 月 19 日) 84 2004 年、野党が獲得した 20 議席の中、民主行動党は 11 議席、人民公正党は 1 議席と汎マレーシ ア・イスラム党は 7 議席となる。2008 年の選挙は野党が大躍進し、222 議席中、82 議席を獲得した。 民主行動党は 28 議席、人民公正党は 31 議席、汎マレーシア・イスラム党は 23 議席である。マレー シアの政党は民族或いは、エスニック集団別またはサバ州やサラワク州の政党のような地域別による ものが基本である。野党の民主行動党は社会民主主義を標榜していて、中道左派と言われている、1955 年に結成されたマレー系を中心とした社会主義のマレーシア人民党が 2003年に国民公正党と合併し、 現在の人民公正党となる。人民公正党は社会正義を掲げる政党である。一方、汎マレーシア・イスラ ム党はイスラム主義の右派政党であり、近年「福祉のある国家」(negara berkebajikan)について提起し ている。与党の国民戦線は民族主義の政党でありながら穏健な右派の姿勢を見せている。2013 年の選 挙で野党はさらに躍進し、89 議席となっている。野党は近年さらに、公平かつ公正な選挙運動や公害 反対運動、人権や民主運動などを行って、正義の旗を掲げる。さらに、2008 年及び 2013 年の選挙後、 選挙不正問題がしばしば提起されている。

86

第 1 項 権利に関する議論

女性省大臣はこの 20 年の間、障害のある人のパラダイムの変換が見られる、以前の慈善

的アプローチから権利アプローチに転換するようになっていると述べた。2008 年法は障害

のある人の権利を守り、強化する。また、彼らが自立できるように、尊厳を持つようにす

るために大切な法律である。その結果、権利についての議論が下院においての最も大きな

争点となった。与野党の権利についての論争は以下のようにまとめられる(表 4-1 参照)。

第 1 に、障害のある人の権利が侵害されるとき、あるいはこの法に違反するとき、障害

のある人に対する救済をどうするかという問題である。

第 2 に、この法が罰則規定を設けていない問題である。

第 3 に、民間部門、関連省庁あるいは民間部門または政府に求められる責任、あるいは 求められる責任や協力が遂行されないに当たって、どのような行動が取られて、協力ある

いは義務を果たすように圧力をかける手段が如何に確保できるかといった問題である。

第 4 に、障害のある人の権利を認めるのであれば、彼らが直面するバリアを取り外すこ

とは政府の責任であり、また予算に左右されるものではない、ということである。

第 5 に、国家審議会のフォローアップ関連事項である。国家審議会が、手順、措置ある

いは行動の進歩が不十分あるいは不満足であると考えても、関係する省庁、政府機関や団

体あるいは組織に説明を求めることができるに留まるという問題である。

第 6 に、第 46 条変則の防止についての問題である。46 条は大臣がこの法律の規定の改正、 追加、削除あるいは補足を命令によって行うことができるとする。権限分立の観点からす

ると大臣は法を作る権利はない。この規定はこの法に裏道を与えるという問題がある。

第 7 に、この法の性質は差別禁止法ではないという問題である。

これに対して、大臣は 2008 年法はペナルティを目的とするものではない、むしろ権利に

基づくものであるからペナルティ規定を設けないと答弁する。また、大臣は 2008 年法はペ

ナルティを設けていないが、この法が規定する関連事項に違反する場合、その関連事項に

ついては既存法でペナルティを設けてあるから、それらの関連法を適用すると述べた。ま

た、マレーシア憲法においては、障害のある人であろうがなかろうが皆平等であるとの観

点からすると、障害のある人の差別禁止法を制定する必要がないと述べた。また、大臣は

野党側が 2008 年法に対する反応が歓迎的ではないことに対して、大臣は 2008 年法は実現 性のあるものであり、野党側が立派なものを求めて、実現性がないと批判した。野党議員

は、「マレーシアは既に宇宙飛行士を宇宙に行かせることができるのであるから、障害のあ

87

る人のためにやれることはもっとあるはずである。障害のある人に対して平等を与え、障

害のある人が直面するバリアを取り外すことに、政府の責任が問われる」と不満を述べた。

これに対して、大臣は「宇宙飛行士を宇宙に行かせたからこそ、障害のある人の世話をす

ることができないわけがない。現在、障害のある人の福祉の進展は自慢できる」と 述べた。

与党政府の考えは、2008 年法はペナルティを設けていないが他の関連法が既にペナルテ

ィを設けている、当法は直接障害のある人に権利を与えていないが、間接的に権利を与え

ているというものである。ペナルティによって、障害のある人の権利を保障するというも

のではなく、権利意識の向上のための法律といえよう。 一方、野党は障害のある人の権利が侵害された時の救済又は権利保障に着眼する。つま

り、与党政府は権利を主張しながら、権利についての認識が野党政府と違う。要するに、

与党政府の権利はもっぱらプロパガンダの権利に過ぎない。権利性というなら、権利性を

明確にした立法であることが要請される。つまり、単に権利という言葉が使われるだけで

は足りないので、実質的に一定の利益が確実に保証されるという確実な裏付けが必要であ

る85。 この議論においては、与党議員は特に障害のある人の権利を尊重しなかったと言えよう。

与党議員の発言からは、彼らが求める権利は建前の権利であり、裏には恩恵的な考え方、

宗教的な発想が存在し、障害のある人は権利の主体ではなく、保護の客体との見方が強い

ことが読み取れる。

例えば与党議員ダト・ブング・モッター・ビン・ラディン(Datuk Bung Moktar bin Radin)

とダト・ハジ・モハマッド・ビン・アジズ(Datuk Haji Mohamad bin Haji Aziz)議員は「一緒に この法を通しましょう、時間を無駄にして議論をしなくていい。可哀そうな障害のある人

たちは 3 日間も国会で待っている。この法が足りないところがあったらそのうち足せばい

い」、と 2008 年法が障害のある人のために良い法であると決めつけ、2008 年法の権利や内

容を議論せずに障害のある人に与える、と上の目線に立った発言をしている(表 4-2 参照)。 障害のある人がどのような法律を求めているのかではなく、障害のある人を客体としてみ

た発言である。障害のある人に関する法律を軽視する発言であり、障害のある人の権利を

否定するものである。

85小川政亮著作集編修委員会『小川政亮著作集第 5 巻 障害者・患者・高齢者の人として生きる権利』 大月書店、2007 年、103-104 ページ。

88

表 4-1:障害のある人の権利についての与野党の発言

議員名 与党 議員名 野党

Datuk 女性省に聞きたいのはどのよ Puan 統一建築法はすべての建物は障害の

Haji うな仕組みあるいは制度で、 Chong ある人のアクセスのための設備を整

Idris bin 公衆が障害のある人に対して Eng えることを求めているが、現在はま

Haji 適切な態度をするあるいは教 (質疑) だ利用できない。政府が執行すると

Haron 育をすると思っているか。一 いう決意の問題である。資源による

(質疑) 般の人が障害のある人の駐車 ものではなく、障害のある人のため

スペースを利用するあるいは の資源を適切に用意しなければなら

障害のある人のためのトイレ ない。彼らのニーズを優先すべきも

を利用するときの罰則または のである。

ペナルティはどのように考え 今日彼らのニーズが恩恵的ではな

ているか。あるいはこの事態 く、権利であることを認めるという

を防ぐことができるような仕 意味は彼らが直面するバリアは一般

組みをどう作るのかという問 の人々より多いからである。彼らの

題である。 バリアを取り外すのは政府の責任で

ある。

Wong 憲法 8 条の平等の条文に障害

Nai を入れることを提案したい。 Datin Seri 建物や乗り物、あるいはだれかこの

Chee 2008 年法 46 条:変則の防止 Dr. Wan 法を守らないときの罰則規定が明記

(質疑) の条文は 2008 年法に反する Azizah されていない。

ものである。これは附則法で binti

あることが分かるが、権限の Wan

分立からすると大臣は法を作 Ismail

る権利がないはず。大臣は法 (質疑)

によって執行するだけであ

る。この規定はこの法に裏道 Cik Fong この法違反があるときの障害のある

を与える規定である。 Po Kuan 人に対する救済はなにか。2002 年の

障害のある人に対する差別の (質疑) 草案には障害のある人の権利が否定

89

禁止法については全く触れて されるとき、あるいは差別されると

いない。この国の障害のある き彼らが障害のある人の委員会に救

人の需要を満たされない場 済を求めることができる、とあった。

合、あるいは彼らに関する規 26 条のアクセスの権利等の規定はあ

定を執行されないとき、彼ら るが、14 条と 15 条はこれらは女性省

はどういう保護を受けられる の人的資源と財政次第にすぎないと

かについて疑問を持ってい する。(障害のある人の救済について

る。また、彼らが差別を受け は、権利侵害される場合)障害のあ

るとき、どういう保護を受け る人が人権委員会を参考にすること

られるか。だから、将来、障 ができると答えるかもしれないが、

害のある人に対する差別禁止 人権委員会と国家審議会の役割自体

法を作るほうがいいではない は問題があり、両方の役割を重複す

か。差別禁止法があれば政府 ることがある。

は障害のある人の権利を守る

努力を倍にする効果があると

思っている。 Dr. Mohd. 障害のある人の設備を無断利用する

Hayati bin 人の罰則については注意を払うべき

Dato’ この法は権利に基づくもので Othman だ。

Seri あり、ペナルティのためのも (質疑)

Hajah のではない。教育、健康、雇

Sharizat 用、アクセスに対する違反行 Tuan Fong この法は強制力があるものではな binti 為などはすでに既存の関連法 Kui Lun く、どちらかといえば手引きである。

Abdul に設けてある。例えば、設備 (質疑) もし、われわれあるいは誰かがこの

Jalil が用意されていない場合は 法を守らない、あるいは実行しない

(答弁) 1984 年の統一建築細則が対 ときどんな罰則があるのか。もし、

応する。障害のある人に対す なかったら、この主張は行動を伴わ

る虐待は刑法、家庭暴力法、 ず言葉だけになると思う。だから政

児童法などがある。各関係者 府はこの法をもっと有効にする必要

がこの法を守るために、政府 がある。

90

は関連法を有効的に実行する

のを確保する。我々国民戦線 Chow Kon この法が新しい組織も新しい制度も

政府は現実的に、実現出来る Yeow 作っていない。現在でも、国家審議

ものを求める。実現できない (質疑) 会の中には障害部がすでにある。登

法律は求めない。 録の仕組みもすでにある。だから、

女性省にとっては、この法を 名前を変えて、面貌を変えて、現在

如何に実行できるかというこ ある構造あるいはこの法案によって

とは、非常に大きな挑戦であ 作る構造は現在の構造・仕組みより、

る。この法によってきっと地 より良く機能するのかが問題であ

方政府や交通便などの改善が る。

あると信じる。女性省のこの この法案には執行に関する規定がな

戦いはこれからも続くのであ いことが欠陥であると思っている。

る。 この法案には政府、女性省、民間の

現時点では、憲法は国民が平 セクターなどが教育、雇用、社会保

等であると規定する。障害で 障などについて、関係者がこれらの

あろうがなかろうがみんなが 責任を遂行しないとき、この法のよ

平等である。その点で、現在 る法的拘束力で関係者に圧力をかけ

は障害のある人に対する差別 て、協力させるようにする効力を持

禁止法を制定する必要がな っていない。この法を可決した後、

い。この法を通して、彼らの 引き続き、障害に基づく差別は法律

多くの要求を実行できると思 の違反であることの法制定が必要で

っている。 あり、法的罰則や損害賠償などを制

定する法律が必要である。

Cik Fong この法は罰則を目的とするものでは

Po Kuan ない。しかし、例えば彼らの権利が

(質疑) 侵害されるとき誰に保護を求めるべ

きか。15 条、16 条、関連省庁などの

責任、民間部門及び非政府組織の責

91

任が規定されているが、もし協力し

なかったら、女性省がどういう行動

がとれるか。

17 条には、国家審議会は関係する省

庁、政府機関や団体あるいは組織に、

もし国家審議会が手順、措置あるい

は行動の進歩が不十分あるいは不満

足であると考えたときには説明を求

めることができる、とあるが、説明

を求めるだけに留まる。

出所:国会議事録より翻訳。

表 4-2:与党議員の 2008 年法可決のための呼びかけ

Datuk Bung Moktar 障害のある人と呼びたくない。なぜならば彼らは特別である。神様が bin Radin(質疑) 彼らをこの世に行かせたのである。マレーシア政府は彼らのために全

力を尽くして彼らを手伝っている。この法は十分ではないことを理解

しているが、でも一緒にこの法を通しましょう、時間を無駄にして議

論しなくていい。可哀そうな特別な人たちはもう 3 日間も国会で待っ

ている。この法が足りないところがあったらそのうち足せばいい。

Datuk Haji

Mohamad bin Haji 可哀そうに彼らは朝から晩まで待っている。この法はいいものだ。障

Aziz(質疑) 害のある人に対する感謝としてもう議論しなくていいから一緒にこの

法を通そう。

Datuk Haji Idris bin 女性省の挑戦は文化づくりであり、一般の人々が共に我々の特別な友

Haji Haron(質疑) 達を守る文化である。

出所:国会議事録より翻訳。

第 2 項 障害のある人に関する国家審議会に関する議論

2008 年法で、大きな比重を占めたのは国家審議会である。しかし、2008 年法にある国家

92

審議会は実は新しいものではない。前述の通り、アジア太平洋障害者の十年の行動課題に

応えるため 1998 年に設立された「障害のある人に関する国家助言及び諮問審議会」がその

前身である。また、「障害のある人に関する国家助言及び諮問審議会」の前身は 1990 年 8

月 30 日に設置された「障害のある人の福利のための全国実施委員会」である。 国家審議会のあり方を巡っては、与党議員は、どの省庁を国家審議会メンバーに入れる

べきかを提案することに終始した。一方、野党議員は国家審議会のもっと核心的な問題を

指摘した。2008 年法 3 条(j) は「大臣によって指名された、10 名以下の障害のある人に関係

する問題や論点に適切な経験と知識と専門性を有する人々」とする。3 条(j) は直接に障害

のある当事者から指名するという規定ではない。

権利条約は、有名なフレーズ 「私たち抜きに、私たちのことを決めないで(Nothing about us without us)」と障害のある人が自分自身と関連する事項は自分たちで決めないといけない

と当事者参加の重要性を訴えている。3 条(j) においては、当事者参加、障害のある人の参 加ではなく、専門家という視点であり、専門家が主導するとういうことになる。さらに、

野党議員が、3 条(j)は、大臣が使命するという問題があると指摘した。指名することにより 客観性、中立性の観点を失う恐れがある。例え障害のある人が指名されるとしても政府寄

りの政治的背景をもっている可能性もある。障害のある人の代弁者としては相応しくない。

このような指摘の背景にはマレーシアの政治事情がある。それと関連し、第 5 条に解任規

定があるが、野党議員からは野党寄りの障害のある人がもし政府批判の活動へ参加する場

合、彼らが国家審議会から解任されることへの心配が指摘された(表 4-3 参照)。さらに、

障害のある人の社会参加そして政治参加の自由や権利が侵害される恐れがある。とくに、

「委員が精神疾患になった場合、あるいは他の義務を遂行することができなくなった場合」、

精神障害のある人が委員になる資格を最初から与えないことになっている。与野党議員か

らの指摘はないが、国家審議会が精神障害のある人を委員から排除する条項であり重大な

問題である。

表 4-3:障害のある人に関する国家審議会についての与野党の発言

与党 野党

Dr. 住宅及び地方政府省が障害の Puan この法は障害のある当事者を審議会

Rozaidah ある人のアクセスを確保する Teresa に入れていないことが問題である。

93

binti ために、審議会に入れてほし Kok Suh また、住宅及び地方政府省が審議会

Talib い。 Sim に入っていないこと。

(質疑) 商業用車両許可所の審議会会 (質疑)

員にいれたほうが良い。

地方政府あるいは州政府の代 Tuan Fong 審議会は本当に機能するかと疑問を

表を入れることによって、障 Kui Lun 持っている。審議会は関連者たち特

害のある人のための土地(ホ (質疑) に民間を含めて行動するようにでき

ーム作りの目的)を与えるよ るか疑問を持っている。

うに。

Tuan 地方政府(PBT)を国家審議 Chow Kon 5(a)は委員の行動が審議会に不名

Loh 会に入れてほしい。特に障害 Yeow 誉をもたらすような場合は解任でき

Seng のある人の屋台の申請・許可 (質疑) る、と規定する。しかし、例えば NGO

Kok に関する問題の解決のためで 団体の運動家が多様な活動、例えば

(質疑) ある。 いい政府、公平かつ平等な選挙など

の運動、政府に圧力をかける活動へ

Dato’ 青年及び運動省と水力及びコ 参加することによって、審議会がこ

Firdaus ミュニケーション省を国家審 のことを理由にして彼らを解任する bin 議会に入れてほしい。 ことができるから、この条文は再検

Harun 審議会は女性省がリードする 討が必要と思う。この規定は彼らの

(質疑) が、障害のある人の発展局が 社会参加の権利を否定することを意

審議会をリードするほうが相 味する。

応しいと思っている。

Tan Seng 17 条の規定するフォローアップはど

Dato’ 障害のある人が直面する問題 Giaw ういう形でやるのか。そして、18 条

Seri はすべてのものと関連を持っ (質疑) の規定する資金はどのように取得す

Hajah ている。そのためすべての省 るのか。そして、年間の資金の配分

Shahrizat 庁を強制的に国家審議会に入 はどうなるのか。この審議会を機能 binti れたいが、そうすると内閣全 させる為にどれくらいの資金が必要

94

Abdul 体が審議会に入れなければな か。

Jalil らない。

(答弁) 委員の選任は厳しい。だから Fong Po 3 条の国家障害者審議会の構成員の

もしその行為が審議会の基準 Kuan 問題。最高 19 名である。そして、そ

に反する行為と思われたら、 (質疑) の内 9 名が政府の事務次官などの者

適切な行動が取られる。 であり、10 名以下の障害のある人に

関係する問題や経験、知識、専門性

を持っている人々からなる。問題な

のはどうしてこの 10 名以下の障害 のある人たちから指名しないか。地

方政府法をみると、地元に住んでい

る有識者、専門家たちから構成する

としているが、結局はすべて政治的

背景を持っている人達から指名され

ている。審議会としては障害のある

人たちが自分たちで自分たちと関連

する課題を決める権限を与えるべき

である。

大臣が審議会の委員を解任すること

ができることが問題である。例えば、

当委員が大臣などとの意見が違う時

解任される可能性もある。だから、

Bukit Mertajam 議員が提案したよう に彼らが自分に関することを自分で

決める、しかもこの委員は各障害の

人がなる。そして、大臣からの指名

ではなくて、彼ら自身が選んだ人か

ら構成されるべきである。

出所:国会議事録より翻訳。

95

第 3 項 障害及び障害のある人の定義、分類と登録に関する議論 マレーシアの国会での議論にも障害や障害のある人の定義、概念、障害者観について議論

があった。この世の中は、一人ひとり生まれてきた人はユニークで、様々なニーズを持つ

という人間の多様性を尊重することが大事であるが同時に等しい権利が保障されなければ

ならない。下院での議論において、与党議員は障害のある人は障害のない人と同じである

ということをアピールすべく、より積極的な表現として「特別な人」(マレー語:orang istimewa)「強い能力のある人」(マレー語:orang kuat upaya)「障害を持っている構成員」(マ

レー語:warga kurang upaya)などを提案した。しかし、これらの表現の修正提案も到底十分 なものではない。この呼び方も、障害のある人に対する理解がない時代に戻ってしまい、

昔の障害観になってしまっている。 障害を乗り越えて成功の道に歩んでいる障害のある人について、例えば視覚障害をもっ

ているが聴覚が敏感で、心が一般の人より鋭い勘を持っていて、心が一般の人よりはっき

りと見えるような特別な能力あるいは違う能力を持っていると強調されたりする場合があ

る。ダト・バハルム・ビン・モハメッド(Datuk Baharum bin Mohamed)議員は「私たちはこの

子たちを特別な子(マレー語:kanak-kanak istimewa)と呼んでいるが、しかし、2008 年法

には特別なこと(ユニック、特典の意味)について全く触れていない。だから、障害のあ

る人と特別な人と何が違うかということについて女性省からの説明がほしい」と疑問を呈

している(表 4-4 参照)。

障害登録に関しては、強制的登録あるいは自動登録の方が好ましいと与党議員から提案

された。早期登録により、障害のある人がより早く援助や教育が受けられるようにする。

また野党議員は正確な障害分類が必要であり、正しいデータは障害のある人のプラン作り

ができるようにするべきだと要求した。他に提起された質問は障害のある人のカードの乱

用防止制度、国民カードとの統合がある。

表 4-4:障害のある人の定義・登録及び障害者カードについての与野党の発言

与党 野党

Dr. 出生時に障害が診断される Puan 障害登録の分類は正確にやるべきで

Junaidy と自動登録ができるのかに Chong ある。なぜなら、正しいデータがあ bin Abdul ついて質問したい。強制登録 Eng るからこそ、彼らのための計画を立

96

Wahab によって、早期教育ができる (質疑) てることができる。例えばダウン症

(質疑) ようになる。 と自閉症の子どもはニーズが違う。

彼らの教育方法も違ってくる。

登録は国家審議会の許可を

得なければならないが、国家 Dr. Mohd. 22(2)条について、大臣は登録規則

審議会は年に 3 回しか開催し Hayati bin を制定することができるというのは

Tuan Haji ないから、登録が遅れること Othman どういう意味か確認したい。そして、

Ismail bin は貰える支援も遅れてしま (質疑) 3(b)は障害のある人として登記す

Haji うことになるから、この点に ることができるかあるいは障害のあ

Mohamed ついて検討すべき。 る人としての登記を抹消されること

Said の意味がわからない。どうしてこう

(質疑) 障害のある人のホームある いうことがありえるか。登録する前

いは施設が障害のある人あ に医療関係者からの意見がすでにあ

るいは監護者の代わりに団 るではないか。また、障害のある人

Dr. 体登録することができるよ を偽造する人はいないと思ってい

Rozaidah うにしてほしい。 る。 binti 障害者カードを乱用しない 障害者カード自体はシンプルなもの

Talib ようにする為の実施方法を でコピーしやすいし、模倣しやすい

(質疑) 教えてほしい。 ものである。カードをもっと高度な

技術にして、真似しにくくする必要

去年と今年はどれくらいの がある。

障害のある人が障害別で登

録されているか、またその効

Dato 果はどうだったか説明して

Firdaus ほしい。 bin Harun

(質疑)

障害登録に関しては、女性省

は早めの登録を求めている。

97

Dato’ しかし、登録自体は強制登録

Seri あるいは自動登録制度では

Hajah ない。なぜならば、登録した

Shahrizat くない人に対しては彼らの binti 権利を侵害してしまう恐れ

Abdul があるから。将来、障害のあ

Jalil る人がこの登録制度に馴染

(答弁) んでから、登録制度を自動的

登録へという要求に応える。

精神障害のある人は今のと

ころは健康保健省の管轄下

にある。

障害登録は国家審議会を通

さなければならないと規定

するが、実際の業務は行政事

務の一環で行ない登録を迅

速にできるようにする。

Tuan Loh 現在障害のある人の定義は

Seng Kok マイナスイメージを与える

(質疑) から、新たな定義をする必要

がある。例えば、適切な援助

をあげると、その人は障害の

ある人にならなくなる。

Dato’ ‘Orang Kurang Upaya’ではな

Haji Mat くて’Warga Kurang Upaya’ に

Yasir bin するの方が相応しい。なぜな

Haji ら orang(人)とはだれもの

98

Ikhsan 意味が入っているから(マレ

(質疑) ー語’warga’は員あるいはメ

ンバー、1 つの階層の意味が

ある。)

Tuan Loh 障害者カードと国民カード

Seng Kok を統合する必要がある。

(質疑)

出所:国家議事録より翻訳。

第 4 項 障害のある人の生活の質と福祉の促進に関する議論

2008 年法の第 4 部、障害のある人の生活の質と福祉の促進と開発に関する議論の主な論 点は情報、雇用、教育、リハビリとアクセスである。情報に関しては野党議員からは障害

のある人と同行して、福祉局に足を運んで登録しなければならないということへの苦情が

ある。しかし、福祉局は登録において、このような条件を設けていない。それなのに、こ

のような情報が障害のある人あるいは家族には届いていないと訴えている。要するに、福

祉局が広報義務を欠いているという問題である。障害のある人の知る権利からすると福祉

局あるいは政府は障害のある人に対しての広報義務を負うし、この広報の形は障害のある

人にアクセスできる形でなければならない。また、障害のある人が情報を受けることがで

きるようにするために特有のチャンネルを作ってほしいと与党議員からも提案が出ている。 しかし、障害のある人が皆と一緒に同じ番組を見て情報を得る工夫をする方が望ましい。

他の人と同じチャンネルで、ニュースや番組を楽しむことができることが望ましい。この

ような安易な提案は障害のある人が特別扱いされることになり、逆差別を招く恐れがある

だけではなく、障害のある人がさらに孤立する可能性もある。 マレーシアにおいては、前述したように障害のある人の就労・雇用についてはまだまだ

困難な状況にある。資本主義と能力主義は基本的にセットである。資本主義のもとで、能

力がある人、あるいは高い人の価値は高い。自由競争市場で支援や合理的配慮、訓練など

を提供しないままに障害のある人が他の人と一緒に競争をすると不利な立場に置かれてし

まう。マレーシアにおいては、障害のある人は障害のない人と同じく他人の援助がないこ

とを前提に皆と同じ仕事ができる人を限定的に就労・雇用の対象としている。それにして

99

も、この限定された一般の人と「同じ能力」の持ち主でも就労の機会があるとは限らない。

その原因は障害がその人の能力より優先されるからである。このような考え方も与野党議

員からの発言で明らかにすることができる。与党議員は、雇用主に対して障害のある人の

雇用をもっと積極的にするために、税控除などの奨励措置を取ることを提案した。野党議

員は公的部門における障害のある人の 1%雇用の実現に疑問を提示はしているが、障害のあ

る人の雇用の権利を確保するように求める発言までは至らなかった。

教育に関しての議論は学校のバリフリー化や障害ごとに分類し教育を受けることが求め

られる。また、野党議員が特殊教育の定義では学習障害が入っていないことと学校からの

障害のある生徒に対する配慮が足りないとの指摘があった。教育分野での核心的問題とし

て障害のある人の教育を受ける権利や地域学校で教育を受けるなど、もっとも重大な課題

がこの国会で審議されていないことは問題である。

1984 年の統一建築細則は障害のある人が利用できるようにすると規定しているものの実 効性が弱いことから、未だに障害のある人が利用するのに困難な状況にある。このような

ことから、野党議員はアクセスが整備されていないことが障害のある人の教育と就労の面

にも影響するという不満を表した。また、公共交通が不便のため、自ら運転せざるを得な

い障害のある人については、運転免許局において運転免許を取る際の問題を提起した。 下院での議論では障害のある人の働く権利、教育を受ける権利、アクセス・情報の権利

などについては、障害のある人の権利を如何に確保し、保障するかという議論はなされな

かった。与野党議員は現在の障害のある人が直面する問題に対して安易な提案をしている

という印象をまぬがれない。

表 4-5:障害のある人の生活の質と福祉の促進と開発についての与野党の発言

与党 野党

Dr. 聾者と唖者のための特有の Dr. Mohd. 多くの人が障害のある人を福祉局に

Junaidy チャンネルを作ってほしい。 Hayati bin 連れて行って登録するのは難しいと bin Abdul 国会において点字書類があ Othman 苦情を言っていた。しかし、実はこ

Wahab るかどうか。 の必要はない。でも、彼らはこれに

(質疑) ついての情報がなかった。そのため、

こういった情報は女性省が情報省を

100

Dato’ 国会だけではなく、この法が 通じて教える必要がある。

Seri 成立することによって、政府

Hajah だけではなくて、すべての関 Cik Fong 30 条の、情報、コミュニケーション

Shahrizat 係者、地方政府や民間事業者 Po Kuan 及び技術へのアクセスだが、最近聴 binti なども共にマレーシアがバ 覚障害団体からメールをもらった

Abdul リア・フリーの国になるよ が、彼らが電話線を申請しマレーシ

Jalil う。 アの電話会社が彼らに電話をあげ

(答弁) た。しかし、彼らは聴覚障害だから

電話ではなく、その代わりにパソコ

Dr. 障害のある人が実業家にな ンでアクセスができるような措置を

Junaidy るための条項が含まれてい 求めている。緊急時の電話は彼らが bin Abdul ない。 利用できない。同じくバスのアクセ

Wahab ス問題もある。

(質疑)

Puan 一部の企業は障害のある人を雇うの

Datuk 女性省は大蔵省に申請し、障 Teresa は CSR(企業の社会的責任)を果た

Baharum 害のある人を雇用する会社 Kok Suh すためのものであり、障害のある人 bin に対するもっと魅力的な税 Sim の能力についての理解がない。障害

Mohamed 控除や割引率の引き上をす (質疑) に対する理解が足りない。

(質疑) るべきである。

Dr. Mohd. 1%雇用については、今どれくらいの

Tuan Loh 国立学校あるいは政府の支 Hayati bin 会社が 1%を満たしているか疑問で

Seng Kok 援校で教える特殊教育の教 Othman ある。

(質疑) 諭は政府からの RM250 の手 (質疑)

当を受けるが、NGO が経営

している学校の教諭も同じ Cik Fong 雇用へのアクセスの権利を与える

スキルを持っているから手 Po Kuan が、しかし、公的機関の 1%雇用の

当ももらうべきである。 (質疑) 進展はどうなっているか。

地域生活あるいは社会参加

101

するにはすべての学校は特 Puan 教室が 2 階にある場合は親が学校に

殊教育のクラスと設備を準 Chong 行って、子どもを 2 階に連れていく

備しなければならない。そう Eng ことになるという問題がある。

すると、障害のある人は近所 (質疑)

の学校へ通うことができる。

これによって、直接か間接に Datin Seri 28 条の教育規定の定義が狭い。特殊

社会やその地域のコミュニ Dr. Wan 教育は視覚障害者、ろう者、あるい

ティとの交流ができるよう Azizah は盲ろう者の教育と限定することは

になる。 binti Wan 問題であり、学習障害も入れて、特

Ismail 殊教育の定義範囲を広げなければな

Datuk この法がもし成立したら障 (質疑) らない。

Baharum 害のある子どもを障害別に 一部のバスあるいはタクシーは障害 bin 彼らの能力によって分類し のある人に優しいステッカーが貼っ

Mohamed てほしい。例えば、ダウン症 てある。しかし、実は障害のある人

(質疑) と自閉症の子どもを分けて のための設備は用意していない。

別々に勉強することが望ま

しい。 Puan マレーシアでは公共交通手段や建物

Teresa の構造あるいは公共施設が障害のあ

Datuk 女性省と教育省がもっと連 Kok Suh る人に利用しにくい構造となってい

Haji Idris 携し、協力して、キュード・ Sim る。その結果彼らが仕事するにも、 bin Haji スピーチ*(cued speech)を一 (質疑) 学校に行くにも困難な状況に陥る。

Haron 般学校でも教えるようにす

(質疑) る。 Dr. Mohd. 運転許可局と病院の連携は現在どう

Hayati bin いう状況にあるかについて聞きた

Dato’ 国家審議会に特別委員会を Othman い。知り合いの一人は障害のある人

Seri 設け、障害別にクラスを作っ (質疑) だが、彼は運転免許を申請したが、

Hajah て、障害のある人が能力に相 結局運転免許局から病院に行ってと

Sharizat 応しい教育を受けられるよ 言われた。その後病院からは運転免 binti うな可能性について検討す 許局に行ってと言われた。その問題

102

Abdul る。 解決はどうしたらいいか。

Jalil 予防については、一部の障害は予防

(答弁) することができるが、女性省と保健

省の連携はどのようにしているか。

Puan 27 条のアクセス、交通に関し 例えば、遺伝についてのカウンセリ

Rosnah ては、まだ障害のある人は利 ングだが、障害のある人が結婚した bte. Haji 用しにくいあるいは障害の いときこのような質問があればどこ

Abd. ある人が安全に利用できる でこのサービスを提供するか、この

Rashid 状態ではないから、早期計画 支援をもらえるかの問題である。

Shirlin あるいは建設、交通環境はバ 障害のある人が治療のために病院に

(質疑) リア・フリー・モデルに基づ 行くとき、彼らを優先して治療を行

いて、再構築する必要があ うべきである。

る。

Dato’ 福祉局は各地域にモバイル

Haji Mat ユニットを設置し、その 1 つ

Yasir bin の重点は障害のある人に常

Haji 時に交通の利便を提供する

Ikhsan ことを提案する。

(質疑)

Puan 交通機関省は交通機関に時

Rosnah 間枠、期限などを設定し、障 bte. Haji 害のある人が利用できるよ

Abd. うバスは 2 年間に 25%、50

Rashid 年間に 50%の達成するよう

Shirlin にしなければならない。タク

(質疑) シー会社も割当制度を従っ

て、タクシーの認証をあげる

103

ときに、障害のある人が利用

できるタクシーを 1 割にしな

ければならない。

Tuan Loh 交通機関は段階ではなくて

Seng Kok 全面的に実施する必要があ

(質疑) る。

*顔面や手の形を用いて話し言葉を視覚化するコミュニケーションツール。

第 5 項 援助に関する議論

2008 年法においては、福祉局が提供する諸援助(2 章参照)に対する規定を明記する条

文は見られない。要するに、福祉局が提供する諸援助は 2008 年法に基づくものではない。

そのため、法的根拠によって援助を受ける権利又は請求する権利がない。2008 年法には福

祉局が提供する諸援助について明記していないが、与党議員から福祉局の諸援助に対する

疑問や提案が提起された。議員らは障害のある人に支給する残疾就労者手当の金額や創業

助成金の金額の増加、また、障害のある人のためにサービスを提供する企業や NGO に対し てのインセンティブの増加を提案した。現在仕事している障害のある人に対して残疾就労

者手当は支給されているが、「強制失業」の障害のある人こそ生活がさらに困窮し、援助が

必要ではないかという懸念の声もあった。また、支給する手当は決まった期間支給されな

いという実務上の問題も提起された(表 4-6 参照)。

表 4-6:障害のある人への援助についての与党の発言

議員 発言

Dr. Junaidy bin Abdul 現在精神障害は健康保健省の管轄下であるから、精神障害の

Wahab ある人は福祉局の援助が受けられないのは問題である。

(質疑) 残疾就労者手当の金額を増やしてほしい。

Dr. Rozaidah binti Talib バス会社に障害のある人の設備を用意する。これらの会社に

(質疑) インセンティブを出して、障害のある人のためにもっといい

104

サービスが提供できるようにする。

NGO 団体や民間事業者へのインセンティブを増やすべき。

Tan Ah Eng 残疾就労者手当は仕事している障害のある人に与える手当だ

(質疑) が、この制度は問題がある。なぜならば、障害のため仕事が

見つからない人が多いからである。雇ってもらえない人こそ

援助が必要である。また、援助を貰う為には別の申請が必要

なことを知らないが多い。また、援助金が期日通りに入金さ

えない。

Puan Rosnah bte. Haji Abd. 政府とのやり取りのワンストップセンターあるいは障害のあ

Rashid Shirlin(質疑) る人にやさしいデリバリサービスの提供があってほしい。ま

た、政府の発展計画も障害のある人のニーズも取り入れなけ

ればならない。

Datuk Baharum bin 女性省が州別に障害のある人へ支給する手当の違いがあるの

Mohamed(質疑) で、そのような違いを調整するように。

Dato’ Firdaus bin Harun 創業助成金は現在 RM2,700 になっているが、この金額は久し

(質疑) く検討されていない。農業経営者、漁師の生産プロジェクト

は RM10,000 を支援している。私たちが差別をしていないこ

とを示すには、障害のある人の創業助成金も上げたて最高

RM10,000 にすることが望ましい。

Dato’ Seri Hajah Shahrizat すべての援助は調査と報告に基づくものであり、自動的につ binti Abdul Jalil(答弁) くものではない。我々は福祉改革を望んでいる。障害のある

人だけではなくすべての対象者に対して官僚主義のやり方を

改善し、もっと有効に提供するように努力している。

多くの人が福祉局の援助に対する誤解を持っている。福祉局

105

が提供する一般援助(bantuan am)は州政府の割当額である。そ のため、州ごとに金額の違いがある。しかし、連邦政府から

の援助はすべて同じである。残疾就労者手当は RM300 に上が

った。介護者に支給する金額も RM300 になる。

アドボカシープログラムは障害のある人に関する行動計画に

より執行する。

創業助成金は現在 RM2,700 であるが、これからこの金額をで

きればあげるようにする。

出所:国会議事録より翻訳。

第 6 項 その他の議論

2008 年法の下院議論では上記の課題以外に政府と民間などの役割分担、当事者参加や合 理的配慮などについての議論もあった。野党議員は、障害のある人の当事者参加及び合理

的配慮についての問題を提起し、与党議員からは役割分担について質疑があった。この議

論において、与党議員は一貫して、提案という形で自分たちの考え方や意見を述べた。与

党議員からは女性省と関連省庁の連携が好ましいという提案も出された。また、他には、

今後の発展計画について国家審議会の許可が得られるようにするという提案や民間の施設

の財政問題及び資金についての意見が出された。

野党議員からは、2008 年法の草案は障害のある人と相談せず、国会の会議が行われる寸

前に障害のある人に 2008 年法案の内容を知らせただけに留まったのではないかと意見が出 された。これに対して、大臣は、この法案は障害のある人の意見を交換した結果制定され

た法案であると反論した。

この点については、久野研二の指摘と一致する。久野研二が当初の草案(2002 年の障害

のある人に関する法の草案)作成には障害当事者団体などの参加がかなりあったものの、

最終的な改正作業(差別禁止についての改正作業)は、基本的に女性省と司法長官事務所

によって進められ、最終的な段階で障害当事者団体などが、ある意味「証拠作り」のため

に招聘されるに留まったと論じている86。

86 久野研二「マレーシアの障害者法と障害者(福祉)政策:その背景と課題」『福祉労働』118 号、 現代書館、2008 年、124 ページ。久野研二氏はマレーシアに派遣されたジャイカの専門家であり、福 祉局とジャイカが共同で行った障害のある人に関連プログラムのアドバイザーであり、福祉局の内部 事情が分かる立場にあった。

106

2008 年法の 2 条の定義では、合理的配慮は、「必要がある場合に、必要かつ適切な改築や 調整を不釣り合いあるいは必要以上の負担をかけることなく、障害のない人との平等を基

本として、障害のある人が幸福と生活の質を維持することを確実にすることを意味する」と

している。マレーシアにおいては、合理的配慮は斬新的な概念であり、この概念は権利条

約を受けた概念である。そのため、合理的配慮についての議論はマレーシアではまだ始ま

っていない。「過度の負担」の在り方、その解釈はマレーシアでは今になっても不明である。 下院においての全体の議論からすれば、与野党とも具体的な修正提案は無く、単に提言

するという形で終わってしまったのであったが与野党の議員及び大臣の発言を検討すると、

野党は与党より障害のある人の権利を重視していると評価できよう。

例えば、与党議員ウォン・ナイ・チー(Wong Nai Chee)は権限の分立について正確に指摘 し、差別禁止法の重要性も正しく指摘したが、政府の責任を問うことなく、提案という形

にとどまった。さらに、大臣の権利についての説明は不足していて、権利であるがペナル

ティを設けてないことでどのように権利を保障できるかについて回答をしなかった。

これに対して、野党議員はより核心的な問題点を指摘したと評価できる。また、野党議

員の発言からすれば障害のある人の問題についてより理解し、障害のある人の問題や権利

に対してより力を入れ、障害のある人の団体と連携し、障害のある人の権利を推進するこ

とを期待される。

表 4-7:その他の議論についての与野党の発言

役割分担 与党 Puan Rosnah bte. Haji Abd. この法が単なる政策文書にならない

Rashid Shirlin ようにするためには実行することが

(質疑) 大事である。そのため、女性省は交

通省との間にスマート・パートナシ

ップの連携を提案する。

Datuk Haji Mohd. Said bin これからの発展計画は、国家審議会

Yusof において内容を検討し、提案と許可

107

(質疑) をもらわなければならないようにし

てはどうか。

Puan Rosnah bte. Haji Abd. CBR は常に財政的に困難である。

Rashid Shirlin (質疑) そのため、民間部門、国営企業を

はじめ、養子支援(スポンサーシ

ップ)のような形でこれらの施設

を支援し、会社の CSR を果たしも

らう。

Dato’ Seri Hajah Sharizat 女性省は必要に応じてインセンティ

binti Abdul Jalil(答弁) ブを提供するが、民間部門・民間事

業者はインセンティブに頼らず、各

自の役割を果たさなければならな

い。障害のある人の生活の質を向上

するのは社会の共同責任であり、政

府だけの責任ではない。

Datuk Baharum bin この法において、資金の用意は政府

Mohamed(質疑) からもらうものとする。しかし、女

性省はどのようにもらうのか。障害

のある人の計画を毎年定期的に計画

づくりができるようにするのか。政

府は税金の総収入の 2%か 3%を直接

女性省に渡し、障害のある人の発展

局が直接障害のある人の支援ができ

るようにした方がいい。

当事者参加 野党 Puan Teresa Kok Suh Sim 女性省は障害のある人を雇って発展

(質疑) 局で勤務してもらうべき。発展局が

108

彼らの問題を一番理解しているし、

その解決策も理解しているからであ

る。

この法案を起草するとき、どうして

障害のある人と一緒に相談しなかっ

たか。私の理解ではこの草案を国会

に発表する寸前に障害のある人の

NGO 団体が招かれて、この法につい

ての情報を知らされただけである。

政府は障害のある人の代弁者を委任

すべきである。

Dato’ Seri Hajah Shahrizat 福祉局は女性省に入って 3 年になる binti Abdul Jalil(答弁) が、この 3 年間は様々な形で様々な

NGO 団体と会談し、意見交換して、

特に障害のある人に関する国家助言

及び諮問委員会と意見交換をしてい

た。その結果、今日の法が誕生した

のである。

我々は障害のある人に意見を聞かな

ければ何もできない。しかし、障害

のある人も障害のない人と同じ、彼

らも自分たちの優先順位があり、自

分たちのやり方があり、要求も違う。

女性省としては障害のある人の要求

を聞いて、この法を制定し、政府と

しては実現出来るものを制定したの

である。障害のある人の他部分の要

求は既にこの法に含まれている。

109

Fong Po Kuan 10 条「障害のある人の開発に関する

(質疑) 局によって支援を受ける国家審議

会」について規定するが、この局も

障害のある人の参加が規定されてい

ない。

障害のある人との相談ではなく、彼

らの参加を求めている。

Dato’ Seri Hajah Sharizat 国家審議会並びに障害のある人の開

binti Abdul Jalil 発局が設立されることによって、障

(答弁) 害のある人のための計画や発展が進

むからである。

合理的配慮 野党 Puan Teresa Kok Suh Sim 合理的配慮で、不釣り合いあるいは

(質疑) 必要以上の負担をかけることはな

い、というのは、建築業者に対して

はこの法からの責任を逃がれるため

の条項となる。

出所:国会議事録より翻訳する。

第 4 節 上院における議論

上院においての議論は 12 月 24 日の夕方 6 時 29 分から始まり、1 時間あまりの 7 時 36 分

に、修正なしでスムーズに通過し、可決された。議論開始の 15 分間は女性省の副大臣が、

12 月 18 日の女性省大臣が下院で議論開始前に 2008 年法を紹介・発表したものとほぼ 95%

同じ内容を報告した。その後 6 人の上院議員が「意見」を陳述し、最後に副大臣が議員の 質疑に対して答えて、反対なしに可決された。内容に関する本質的かつ充分な議論は行わ

れず、同法案への議員らの関心の薄さが窺われた。 このような議論の運びになったのは、下院が、上院に優位している87ということの影響も

87 下院で可決された法案は上院に送付し、送付後 30 日を経て、上院が修正または可決しない場合 1 年間を経て、法案は上院から可決と扱われる。

110

ある。上院での議論の内容は、下院での議員たちの質疑や提案とはほぼ同じ論点であり、

新しい論点を提示しなかった。この国会の上院審議はどちらと言えばお祝いメッセージを

沢山含んている「お祝いの会」のような儀礼的なものとなった。

2008 年法についての下院議論が始まるとともにマレーシアの国会で初めて障害のある人 が議員として任命された88。視覚障害のある人ダト・ドクター・イスマエル・ビン・モハマ

ッド・サレー(以下、「ダト・ドクター・イスマエル」と略す、[Datuk Dr. Ismail bin Md. Salleh]) が上院議員として任命されたことから、上院議員はダト・ドクター・イスマエルに対して

多くのお祝いの言葉を送り、障害のある人の用語などについての問題も上院で再び提起さ

れた。ダト・ドクター・イスマエルは高等教育省の長官を国家審議会に入れていないこと、

国家審議会の大部分の代表は障害のある当事者からなることが相応しいこと、障害のある

人の自動登録制度が好ましいこと、障害のある人の雇用機会が少ないこと、知的障害のあ

る子どもが教育を受ける機会が少ないこと等について問題提起した。 他の議員からは「国家審議会委員の選出資格」、「委員の手当」「すべての障害のある人に

生活手当支給」「障害を持っている子どもの親は障害のある子どもの教育にもっと敏感にな

ること」「障害のある子どもの教育機会」「障害のある人のアクセス」などについての質問

や提案がなされた。

第 5 節 障害のある人に関する政策及び障害のある人に関する行動計画

障害のある人に関する政策及び行動計画は 2008 年法が可決される以前に策定されていた。

本来ならば、法律の制定後、政策ができ、それを踏まえて詳細な計画が議論されるのであ

ろうが、2008 年春に実施が検討されていた総選挙前に議会を通すことを目標として、障害

のある人に関する法、並びに政策と行動計画も並行して議論されることになったからであ

る89。障害のある人に関する政策及び行動計画は女性省の主導のもとで進められていた。

2006 年 9 月に福祉局は障害のある人、障害のある人の団体、関連省庁、民間などを招いて 障害のある人の行動計画策定ための準備として、各関係者と意見を交換し、議論をしてい

た。福祉局はこれをベースにして、障害のある人の行動計画を策定していた。

障害のある人に関する政策は 15 課題を設定し、その具体的な実践は行動計画により遂行

88 上院議員の定数は 70 人である。13 の州の州議会がそれぞれ 2 人を選出し、計 26 人と国王によっ て任命されるのは 44 人である。 89前掲、久野研二「マレーシアの障害者法と障害者(福祉)政策―その背景と課題」124 ページ。

111

することになった。2008 年法でしばしば批判されている差別禁止を取り入れていないとい

う問題は、法的拘束力のない政策で取り入れることになった。しかも、2008 年法の法の目 的において、障害のある人の権利については規定していなかったが、障害のある人の政策

の目的において権利について言及した。

2008 年法の及び障害のある人の政策は権利の用語を用いているが、両者は人権という用

語を避けた。なお、マレーシアにおける障害のある人の権利と人権の関係については 7 章

で詳しく論じる。

障害のある人に関する行動計画は、障害のある人に関する政策が設定した課題と具体的 な「戦略」、「プログラム・活動」、「実施期間」と「実施機関」からなる。この計画の実施

期間は 2008 年から 2012 年と設定されている。しかし、具体的な数値目標がないため、実

施状況を評価することは困難である。5 年間の行動計画の期限はすでに過ぎたが、その進行

状況は未だに不明である。報告書なども出されていない。この行動計画は現在内部書類で

あり、関係者以外にこの資料を公開していない。国家審議会の機能の 1 つは障害のある人

に関する国家政策及び国家行動計画の実施状況を監視することである。しかし、国家審議

会自体の機能が十分に果たされていない。国家審議会は 2008 年法において、年に最低 3 回

の開催が求められているが、2012 年の 10 月になっても、未だに 1 回しか開催されていない。

そのため、障害のある人に関する政策並びに計画への監視機能も果たせていない。

第 6 節 2008 年障害のある人に関する法の評価

ここで、以上の分析をもとに 2008 年法の評価について簡単にまとめておこう。

第 4 章で述べたように、マレーシア独立以前のイギリス領マラヤは、第二次世界大戦後

に多発した社会問題に対してやむをえず社会福祉サービスを提供し始めた。サービスを始

めた頃は視覚障害のある人に施設・ホームの援助をし、後になって、仕事について配慮す

る計画がマラヤ発展計画草案に納められた。マレーシアが独立した後にイギリス政府がや

ってきた社会福祉サービスを引き継いだ。その後、障害のある人に提供するサービスの範

囲を徐々に広めて、サービスの内容も増えた。1981 年の新聞抜粋を見ると、残疾障害者手 当、障害者登録、仕事の配置や割当雇用の提案、作業所、スロープなどの設置をこの時期

から提供し始めた。90 年代に入ると国家レベルの障害のある人のための審議会も設置され

た。

2008 年法の重点は国家審議会、障害のある人の登録と障害のある人の生活の質と福祉の

112

促進と開発の 3 つである。上記のように、国家審議会の起源は 1990 年に設置された障害の

ある人の福利のための全国実施委員会である。その後 1998 年に改名し、障害のある人に関

する国家助言及び諮問審議会となった。2008 年法によって設置された国家審議会は再び名

称を変えただけである。2008 年法によって新たな組織や機能が追加されたわけではない。

2008 年法第 3 部の総登録官などの任命及び障害のある人の登録も新しい制度ではない。

その違いといえば、2008 年法が制定する以前の障害のある人の登録は福祉局の事業の一部

であり、法に基づいてあるいは法的に定められた業務ではない。2008 年法の制定によって、

障害のある人の登録は正式に法的根拠に基づいて行う事業となった。

第 4 部の 1 章の公共の施設、交通機関、教育、雇用、情報、文化的生活リクリエーシ

ョン、第 2 章のハビリティ及びリハビリテーションと 3 章の保健についてのアクセス権あ るいは権利については権利救済制度が設けられていない。実効性のない権利が障害のある

人の「権利」である。すなわち、第 4 部の公共的施設や教育あるいはリハビリなどは 2008

年法以前には権利であることは正式に認められてはいなかった。2008 年法の制定後は法定

上、身分上は権利となったが執行できない権利である。第 4 部の 4 章第 38 条( 1)「政府は、 重度障害のある人がよりよい生活の質が得られるよう、重度障害のある人の福祉がその人

の両親あるいは介護者の死の後も影響を受けないようにすることを含めて、必要な社会支

援制度を提供することとする」と明記している。この条文は重度障害のある人の親なき後

の支援あるいは生活保障制度を確立しようとすることであり、本法では一番前進している

条文であると言えよう。

但し、2008 年法には具体的な制度・保障は規定されていないし、政府の責任を実現する ことについては触れていない。今後の動向と発展のフォローアップが必要である。ちなみ

に、2012 年 1 月に、筆者が障害のある人に関する発展局を訪れた際の関係者の聞き取りか

ら現在、具体的な措置がまだされていないということが判明した。

手短にいえば、2008 年法は障害及び障害のある人の概念については社会モデルをとると いうこと、そして、障害のある人の親亡き制度という新たな提起をしていることは評価で

きる。しかし、繰り返せば、実効性のある権利より概念的あるいは抽象的権利を付与する

というのが本法の特徴である。この法には、まだまだ本校で指摘したように不十分な点が

多数存在するが、法律上で初めて総合的に障害のある人の関連事項について明記したこと

は障害のある人の福祉にとって大きな進展と言えよう。

第 5 章においては、まず、2008 年法の制定過程を概観した。本章の分析の結果国会では

113

本格的な議論がなされなかったことが明らかになった。 国会の議論で一番大きな争点はやはり権利に関するものであった。与党政府は障害のあ

る人の権利についてアピールしたが、権利についての説明は不十分であった。与党政府の

いうところの権利は、プロパガンダの権利あるいは形式的権利であると認識していたが、

野党は法的に実効性のある権利と考えていた。

全体の議論からすれば、野党は与党政府より障害のある人の権利を重視し、より中核的

な問題を指摘したと評価できる。2008 年法の重点は国家審議会であるが、この組織は以前

から存在し名称を変えて存続させたにすぎない。ただし、筆者は 2008 年法が、重度障害の ある人の親なき後の支援あるいは生活保障制度を確立しようとする側面を持っていた点は

評価するものである。

5 章では、2008 年法の紹介及び成立過程を論じてきたから、次章では 2008 年法を権利条

約と比較しながら、権利性の視点から問題点を明らかにする。

114

第 6 章 2008 年障害のある人に関する法と障害のある人の権利に関する条約

5 章では、制定過程での議論を分析し、2008 年法の評価について述べた。本章では、

さらに、2008 年法制定にあたって参考にされた国連の障害のある人に関する権利条約(以 下権利条約)との異同を検討することによって、権利保障の法として問題の多いものとな

っていることとその要因を明らかにしたい。

2008 年法は、権利条約と類似する箇所が多くみられる。しかし、他方で、2008 年法が用

いる表現、用語、語彙によって権利条約とは全く異質なものとなっている。分かりやすく

説明すると、権利条約が人間像を描く絵とすれば、マレーシアはその絵を参考にして描い

たが結局できたものは人間ではなく似て非なるものを描いてしまったのである。

6 章の 1 節は、マレーシアの権利条約策定への参加を概観する。2 節では 2008 年法と権

利条約の類似点を探り、マレーシア政府の狙いを分析し、政府の本音を明らかにする。6 章

の 3 節においては、2008 年法と権利条約の根本的な違いについて分析する。

第 1 節 障害のある人の権利に関する条約とマレーシア

権利条約は 2006 年 12 月 13 日に採択され、2008 年 5 月 3 日に発効した。マレーシア政府

は、2008 年 4 月 8 日に権利条約に署名し、2010 年 7 月 19 日に権利条約を批准した。権利

条約は 2010 年 8 月 18 日にマレーシアで発効した。マレーシアは、権利条約を批准したが、

批准と同時に権利条約の 15 条「拷問または残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取

り扱い若しくは刑罰からの自由」及び 18 条「移動の自由及び国籍」に留保を付した。また

次のような解釈宣言を行った。

「マレーシアは当該条約の 3 条(b)、及び第 3 条(e)並びに第 5 条(2)項における非差別

及び機会の平等(均等)原則が、障害のある人の完全及び平等な人権の享有と基本的自由

を確保するために重要であることを認め、また、固有の尊厳を尊重することを促進するた

めに、障害に基づく他の者と平等であると解釈し、適用する。非差別及び機会の平等(均

等)原則に関するマレーシア連邦憲法の解釈及び適用は、当該条約第 3 条(b)及び第 3 条(e)

並びに第 5 条第 2 項に反するように扱われてはならない。マレーシアは、当該条約におけ る障害のある人の文化的な生活、レクリエーション、余暇に参加することを認め、かつこ

115

の承認はマレーシアの国内立法事項である90。」

第 2 節 障害のある人の権利に関する条約と 2008 年障害のある人に関する法の類似点

2008 年法と権利条約は基本的な点で類似しているところが多い。このような類似条文の 内容をみると、これは偶然なものではないことは明白である。類似条文は権利条約の前文、

第 2 条の定義、第 11 条危険のある状態及び人道上の緊急事態、第 19 条自立した生活(生活

の自律)及び地域社会へのインクルージョン、第 21 条表現及び意見の自由並びに情報への

アクセス、第 24 条教育、第 25 条健康、第 26 条ハビリテーション及びリハビリテーション、

第 27 条労働および雇用と第 30 条文化的な生活、レクリエーション、余暇およびスポーツ

への参加である。

また、2008 年法の条文をみると基本的にはマレーシアの現状を反映しているものである。

当たり前のことだが、マレーシアの法律は権利条約と全く同じものを制定する必要はない

が、権利条約の文章を部分的に取れ入れた意図は明らかにしなければならない。もっとも、

基本的に類似するといっても、微妙な点での相違もあり、その点が重要な意味を持ってい

るので、ここではあわせて相違点も検討する。

第 1 項 前文

権利条約の前文は(a)から(y)にわたるものであるが、この中の(e)、(m)と(v)がマレーシア

の 2008 年法の前文の第 1 段落、第 2 段落と第 3 段落に酷似している。

権利条約の(e)は障害の概念を提示するものであり91、2008 年法の前文 1 段においては、

90 留保事項は 3(b)=非差別(無差別)、 3(e)=機会の平等(均等)、5 条=平等及び非差別(無差別)、 5(2)=締約国は、障害に基づくあらゆる差別を禁止するものとし、いかなる理由による差別に対して も平等かつ効果的な法的保護を障害のある人に保障する。解釈宣言の原文。 “Malaysia acknowledges that the principles of non-discrimination and equality of opportunity as provided in articles 3 (b), 3 (e) and 5 (2) of the said Convention are vital in ensuring full and equal enjoyment of all human rights and fundamental freedoms by all persons with disabilities, and to promote respect for their inherent dignity, which shall be applied and interpreted on the basis of disability and on equal basis with others. Malaysia declares that its application and interpretation of the Federal Constitution of Malaysia pertaining to the principles of non-discrimination and equality of opportunity shall not be treated as contravening articles 3 (b), 3 (e) and 5 (2) of the said Convention. Malaysia recognizes the participation of persons with disabilities in cultural life, recreation and leisure as provided in article 30 of the said Convention and interprets that the recognition is a matter for national legislation.” 91 長瀬修・東俊裕・川島聡『障害者の権利条約と日本』生活書院、2008 年、20 ページ。最終的に採 択された障害者権利条約には、「障害の定義」は定められなかった。その代りに、この条約は前文と第 1条で、「障害の社会モデル」の考え方を反映した「障害の概念」と「障害者の概念」をそれぞれ定めるこ とになった。

116

同じく障害の概念を提起しているが、権利条約の文章との違いは 2008 年法が「障害のある

人」の言葉を用い、権利条約は「機能障害のある人」を用いている。そして、2008 年法は 「障害のない人との平等」との言葉を用いて、権利条約においては「他の者との平等」と

いう言葉を用いている(表 6-1 参照)。2008 年法全体においては、「他の者」の場合は、障害 のない人の言葉を用いている。マレーシアで「他の者との平等」を用いない理由は、恐ら

くマレー系優先政策92の影響があると考えられる。

川島聡は、権利条約と 2008 年法の「障害の概念」の比較によって、2 つ点を指摘してい

る。第 1 に、障害者(persons with disabilities-川島訳) とインペアメントのある者([機能障害

のある者] persons with impairments) との違い。第 2 に、「障害の概念」のもつ意味である。

後者の論点からすると条約と 2008 年法でいう「障害」は「障害の社会モデル」の独特な用 語法を反映した社会政治的な意味合いをもち、法律学的用語(法の適用上の定義)ではな

い。この場合は、「障害にもとづく差別」という「法的定義」に含まれる「障害」に社会政

治的概念をそのまま導入することはできないからである。「障害にもとづく差別」にいう「障

害」とはインペアメントのことを意味する。そして「インペアメントにもとづく差別」を

受けてしまった状態が、条約及び 2008 年前文に言う「障害」(当事者の被る不利益)とな

る。

前者の論点については、国連によれば、条約第 1 条は「障害者の定義」ではなく、「障害

者の概念」を定めている。条約第 1 条の書き振りは、条約の適用対象がどのようなもので あるかを一定程度示しているため、実質的な意味では「障害者の定義」を定めているもの

とみなしうる。

他方で、2008 年第 2 条は、形式的な意味でも実質的な意味でも、「障害者の定義」を明確

に定めている。川島聡は、権利条約前文のインペアメントのある者という語を用いる部分

で、2008 年法における「障害の概念」においては「障害者」という語を使用している理由

は明らかになっていないが条約の場合と同じように、インペアメントのある者という言葉

を使用すべきであるとする。しかし、「インペアメントのある者」と「障害者」とが近似記

92 憲法 153 条はマレー人、及びサバ、サラワク州の原住民の特別地位、及び他の社会(other communities) の正当な利益を守るのは国王の責任であるという規定がある。この規定はマレーシアの平等原則の例 外としての定めである。また、これらの「特権」は敏感問題として扱われ、公的な議論を憲法 10 条 4 項によって禁じられている。(In imposing restrictions in the interest of the security of the Federation or any part thereof or public order under Clause (2) (a) , Parliament may pass law prohibiting the questioning of any matter, right, status, position, priviledge, soverignity or prerogative established or protected by the provisions of part III, article 152, 153 or 181 otherwise than in relation to the implementation thereof as may be specified in such law.)

117

号で結ばれる関係にある以上、この違いは運用上それほど大きな問題を生じないとも述べ

ている93。

2008 年法前文の第 2 段落は、「障害のある人が、地域社会の全般的な福利および多様性に

対して既にまたは潜在的に貴重な貢献をしていることを認め」るに止まり、権利条約(m)の引 き続きの部分「また、障害のある人による人権及び基本的自由の完全な享有並びに完全な参

加を促進することにより、障害のある人の帰属意識が高められること並びに貧困の根絶に

大きな前進がもたらされることを認める」という文言を取り入れなかった。

権利条約(v)は、「障害のある人がすべての人権及び基本的自由を完全に共有することを可 能とするにあたり、物理的、社会的、経済的及び文化的環境、保健〔健康〕及び教育並び

に情報通信についてのアクセシビリティが重要であることを認める」と規定している。2008

年法の前文第 3 段落では「障害のある人の社会への完全かつ有効な参加を可能にするため

に、物理的、社会的、経済的及び文化的環境、保健〔健康〕及び教育並びに情報通信につ

いてのアクセシビリティが重要であることを認める」と規定する。権利条約の障害のある

人の人権、そして、基本的な自由が 2008 年法の第 2 段落から消えている。また、第 3 段落 においては、「完全かつ効果的に参加する」と書き換えられている。マレーシア弁護士会の

元会長アンビガ・スリニバサン(Ambiga Sreenevasan)は、弁護士会が主催したフォーラム

「2008 年法―その次は」の開催演説で以下のように批判した。

「権利条約では障害のある人が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を保障する

こととしているが、マレーシアでは障害のある人の幸福と生活の質を維持することだけを

保障することとなっている。私たちは起草者に聞きたい。なぜ「前文」と「合理的配慮」

の最後のいくつかの言葉「障害のある人のすべての人権及び基本的自由」のところだけを

変えたか。これは私たちが障害のある人に対する尊重が非常に少ないことを暗示するのか、

それは本当に遺憾なことである。94」

2008 年法を通観すると、権利条約が用いている「人権及び基本的自由」をすべて外した

か、別の言葉に書き換えたことになっている。裏返しに言うと、2008 年法は権利条約で謳

われる障害のある人の人権、基本的自由を認めていないことになる。

93 小林昌之編『開発途上国の障害者と法:法的権利の確立の観点から』調査研究報告書、アジア経済 研究所、2009 年、212-216 ページ。 94 マレーシア弁護士会 http://www.malaysianbar.org.my/speeches/presidents_welcome_address_at_public_forum_persons_with_disab ilities_act_2008_what_next_.html (最終閲覧日 2012 年 8 月 30 日)

118

表 6-1:権利条約と 2008 年法前文の異同

権利条約 2008 年法

前文 (e) Recognizing that disability is an 前文第 1 Recognizing that disability is an evolving

evolving concept and that disability 段落 concept and that disability results from the

results from the interaction between interaction between persons with

persons with impairments and disabilities and attitudinal and

attitudinal and environmental barriers environmental barriers that hinders their

that hinders their full and effective full and effective participation in society

participation in society on an equal on an equal basis with persons without

basis with others, disabilities:

前文 (m) Recognizing the valued existing 前文第 2 Recognizing the valued existing and

and potential contributions made by 段落 potential contributions made by persons

persons with disabilities to the with disabilities to the overall wellbeing

overall well-being and diversity of and diversity of the community and

their communities, and that the society:

promotion of the full enjoyment by

persons with disabilities of their

human rights and fundamental

freedoms and of full participation by

persons with diabilities will result in

their enhanced sense of belonging

and in significant advances in the

human, social and economic

development of society and the

eradication of poverty,

前文 (v) Recognizing the importance of 前文第 3 Recognizing the importance of

accessibility to the physical, social, 段落 accessibility to the physical, social,

economic and cultural environment, economic and cultural environment, to

119

to health and education and to health and education and to information

information and communication, in and communication, in enabling persons

enabling persons with disabilities to with disabilities to fully and effectively

fully enjoy all human rights and participate in society:

fundamental freedoms,

出所:筆者作成。

注:下線は両者の相違点である。

第 2 項 定義

権利条約の第 2 条に「言語」、「コミュニケーション」、「障害に基づく差別」、「合理的配

慮」と「ユニバーサル・デザイン」の 5 つの用語の定義を設けている。権利条約の「障害

に基づく差別」の用語以外はすべて 2008 年法の定義に盛り込まれた。特筆すべきなのは権

利条約の 26 条は、ハビリテーションとリハビリテーションについて定義は設けていないが、

2008 年法にはハビリテーションとリハビリテーションの定義が設けられていることである。

川島聡は 2008 年法のリハビリテーションの定義は、国連の障害のある人の機会均等化に

関する基準規則(Standard Rules on the Equalization of Opportunities for Persons with Disabilities、

以下「基準規則」と略す)の定義と類似している(表 6-2)と指摘している。さらに、ハビ

リテーションは権利条約においても、基準規則においても定義を設けていないが、2008 法

においては、リハビリテーションは「障害のある人」を対象とするものであるが、「ハビリ

テーション」は「障害を持って生れた者」を対象とするとしている。

権利条約は「ハビリテーション」の定義は設けていないが、権利条約の公式ページは次

のように説明している。「ハビリテーション」はスキルの習得によって社会の活動に参加す

ることができるようにすることである。このようなプログラムは普通は障害を持って生ま

れた子どもを対象としている。「リハビリテーション」とは能力またはキャパシティの回復

である。これは一般的に成人の障害のある人を対象として、障害が発生してから社会へ復

帰するためのものである95、と。2008 年法のハビリテ-ションが権利条約のハビリテーショ

ンの意味と一致しているものと言えよう。

95 UN Enable , http://www.un.org/disabilities/default.asp?id=238 (最終閲覧日 2013 年 3 月 15 日)

120

表 6-2:障害のある人の機会均等化に関する基準規則と 2008 年法「リハビリテーション」

の定義の異同

障害のある人の機会均等化に関する基準規 2008 年法

The term “rehabilitation” refers to a process “rehabilitation” refers to a process aimed at enabling aimed at enabling persons with disbilities to persons with disabilities to attain and maintain their reach and maintain their optimal physical, full physical, mental, social and vocational ability and sensory, intellectual, psyciatric and/ or social full inclusion and participation in all aspects of life; functional levels; thus providing them with the tools to change their lives towards a higher level of independence. Rehabilitation may include measures to provide and/ or restore functions, or compensate for the loss or absence of a function or for a functional limitation. The rehabilitation process does not involve initial medical care. It includes of wide range of measures and activities from more basic and general rehabilitation to goal-oriented activities: for instance vocational rehabilitation.

出所:筆者作成。

2008 年法の「言語」の定義は権利条約の条文とほぼ同じであり、唯一の違いは「手話」

の前に「マレーシア」の言葉を追加するだけである。これにより、マレーシアの手話は言

語の 1 つであることが正式に認められるようになった。

権利条約における定義「コミュニケーション」、「合理的配慮」と「ユニバーサル・デザ

イン」の 3 つもさほど変わらず 2008 年法に導入されている。また、2008 年法と権利条約の

「障害のある人」の定義については 1 項ですでに論じたから、ここでは省略する。

これらの定義が 2008 年法にどのような影響をもたらしているのかを論じることが大切で

ある。特に「合理的配慮」は権利条約で注目されている新しい概念の 1 つである。権利条

約においては、第 2 条差別の定義、第 5 条平等及び非差別[無差別]、第 14 条身体の自由及

121

び安全、第 24 条教育と 27 条労働及び雇用について合理的配慮について言及している。

一方、2008 年法では 28(2)教育の規定だけが「合理的配慮」について言及している。 また、留意すべきことは、権利条約の「差別」と「合理的配慮」の関係である。権利条

約の差別定義は「(前略)障害に基づく差別には、合理的配慮を行わないことを含むあらゆ

る形態の差別を含む」とされている。マレーシアでは合理的配慮を認めている一方差別につ

いての規定はまったくない。要するに、マレーシアでは例えば合理的配慮を行わないのは

差別とは見なされないという意味である。また、合理的配慮において「不釣り合いな又は

過重な負担を課さない」ということについての解釈は、マレーシア政府がどのように解釈

するかがポイントとなるので、マレーシア政府の今後の行動が重要になる。障害のある人

の教育に関する合理的配慮については第 6 項で詳しく論じる。

表 6-3:権利条約と 2008 年法の定義の異同

権利条約 2008 年法

第 2 条 “Language” includes spoken and sign 第 1 部序 “language” includes spoken and sign

定義 languages and other forms of non 第 2 条 languages, Malaysia Sign Language and

spoken languages; 定義 other forms of non-spoken languages;

第 2 条 “Communication” includes 第 2 条 “communication” includes languages,

定義 languages, display of text, Braille, 定義 display of text, Braille, tactile

tactile communication, large print, communication, large print, signal,

accessible multimedia as well as accessible multimedia as well as written,

written, audio, plain-languages, audio, plain-language, human-reader and

human-reader and augmentative and augmentative and alternative modes,

alternative modes, means and formats means and formats of communication,

of communication technology; including accessible information and

including accessible information and communication technology;

communication technology;

第1条 Persons with disabilities include 第 2 条 “persons with disabilities” include those

目的 those who have long-term physical, 定義 who have long term physical, mental,

mental, intellectual or sensory intellectual or sensory impairments

122

impairments which in interaction which in interaction with various

with various barriers may hinder their barriers may hinder their full and

full and effective participation in effective participation in society;

society on an equal basis with others

第 2 条 “Reasonable accommodation” means 第 2 条 “reasonable accommodation” means

定義 necessary and appropriate 定義 necessary and appropriate modifications

modification and adjustments not and adjustments not imposing a

imposing a disproportionate or undue disproportionate or undue burden, where

burden, where needed in a particular needed in a particular case, to ensure to

case, to ensure to persons with persons with disabilities the enjoyment

disabilities the enjoyment or exercise or exercise of the quality of life and

on an equal basis with others of all wellbeing on an equal basis with persons

human rights and fundamental without disabilities;

freedoms;

第 2 条 “Universal design” means the design 第 2 条 “universal design” means the design of

定義 of products, environments, 定義 products, environments, programmes

programmes and services to be and services to be usable by all people,

usable by all people, to the greatest to the greatest extent possible, without

extent possible, without the need for the need for adaptation or specilized

adaptation or specialized design. design and shall include assistive

“Universal design” shall not exclude devices for particular groups of persons

assistive devices for particular groups with disabilities where this is needed;

of persons with disabilities where this

is needed;

出所:筆者作成。

第 3 項 危険のある状態及び人道上の緊急事態

権利条約 11 条は「締約国は国際法特に国際人道法及び国際人権法に基づく義務に従い、

危険のある状況(武力紛争、人道上の緊急事態及び自然災害の発生を含む。)における障害

のある人の保護及び安全を確保する為のすべての必要な措置を取る」と規定している。

123

一方、2008 年法 40(1)は「武力紛争及び自然災害の発生を含む危険な状況及び人道的 緊急事態においては、障害のある人が障害のない人と平等に援助を受ける権利を有し、そ

れらを認める」と規定し、40(2)は「政府は、法的及び行政的な制度の中で、危険な状態

及び人道的緊急事態においては、障害のある人が援助を確実に受けることができるように、

すべての必要な措置を講ずることとする」と規定する。権利条約はまず障害のある人の保

護と安全を一番重視している。彼らの安全を確保するために、締約国がすべての必要な措

置を取ることを求めている。

しかし、2008 年法では、障害のある人の安全ではなく、障害のない人と同じ援助を受け られるだけに留まる。例えば、自然災害が発生した場合、マレーシアでは避難所は用意す

る。障害のある人は障害のない人と同じように、避難所で援助を受けられるが、障害のあ

る人が避難所まで行けるかどうかについては言及していない。また、権利条約においては、

すべての必要な措置を取ることを求めているが、2008 年法はこれらの措置は法的及び行政

的な制度のよるものだけに留まる。

表 6-4:権利条約の「危険のある状況及び人道上の緊急事態と 2008 年法「危険な状況及び

人道的緊急事態」の異同

権利条約 2008 年法

第 11 条 States Parties shall take, in 第 5 章 40. (1) Persons with disabilities

危険の accordance with their 危 険 な 状 shall have the right to have

ある状 obligations under international 況 及 び 人 assistance on equal basis and

況及び law, including international 道 的 緊急 recognition with persons without

人道上 humanitarian law and 事態 disabilities in situations of risk and

の緊急 international human rights law, 第 40 条 humanitarian emergencies,

事態 all necessary measures to ensure 援 助 へ の including armed conflict and the

the protection and safety of アクセス occurrence of natural disaster.

persons with disabilities in (2) The Government shall take all

situations of risk, including necessary measures to ensure

situations of armed conflict, persons with disabilities to have

humanitarian emergencies and the right of assistance in situations

124

the occurrence of natural of risk and humanitarian

disasters. emergencies by way of legal as

well as administrative mechanism.

出所:筆者作成。

第 4 項 自立した生活(生活の自律)及び地域社会へのインクルージョン マレーシアにおいては、障害のある人のための施設やサービスは限られている。そのた

め、障害のある人は自宅での生活という選択肢しかない。ここで、留意すべきなのは、マ

レーシアの障害のある人は権利条約で謳うインクルージョンによる地域社会生活をしてい

るのではない。むしろ、その逆である。マレーシアにおいては、障害のある人の自宅生活

といえば、閉じこもりの自宅生活を送っている。地域社会との交流はなく、孤立している。

権利条約 19 条は、障害のあるすべての人の地域社会で生活する平等の権利を認め、かつ、 この権利の完全な享有並びに地域社会への障害のある人の完全なインクルージョンおよび

参加を容易にするために、締約国に対して(a)から(c)の措置をとることを求めている。締約

国に対して求める(a)から(c)の措置のうち、マレーシア政府は 19 条の(b)だけを 2008 年法に

取り入れた。

2008 年法第 34 条の在宅および他の地域社会支援業務は「国家審議会、民間医療介護業務

提供者及び非政府組織は、地域社会から障害のある人を孤立・分離することを防ぐために、

一連の在宅および他の地域社会支援業務の提供の奨励と促進のための適切な措置を講じる

こととする」と規定する。権利条約の条文と比較すると、パーソナル・アシスタンスやイ

ンクルージョンの言葉は取り外された。34 条では、在宅および他の地域社会支援は国家審

議会、民間事業者及び非政府組織の責任となり、政府の責任に言及するものではない。こ

れらの責任を民間などに転換し、政府がその責任を取るつもりはないことを示している。

さらに、在宅および地域社会支援業務を提供措置をとるのではなく、業務提供の「奨励」

と「促進」にとどまっている。マレーシアの現在の状況からすると、パーソナル・アシス

タンスのような支援はまだ先の話であり、障害のある人はまだ地域社会での生活が困難で

あり、孤立しない、隔離されない努力は引き続き必要である。その意味で、インクルージ

ョンの実現は、現在困難であるが目標としてこれから頑張らなければならないが、目標と

してのインクルージョンも残念ながら 2008 年法には取り入れられなかった。

125

表 6-5:権利条約の「自立した生活[生活の自律]及び地域社会へのインクルージョン」と

2008 年法の「在宅及び他の地域社会支援業務」の異同

権利条約 2008 年法

第 19 条 (b) Persons with disabilities have 第 34 条 34. The Council, the private sector

自立し access to a range of in-home, 在 宅 及 び and non-governmental organization

た生活 residential and other community 他 の 地 域 shall take appropriate measures to

(生活 support services, including 社 会 支 援 encourage and promote the

の自律) personal assistance necesssary to 業務 provision of a range of in-home,

及び地 support living and inclusion in residential and other community

域社会 the community, and to prevent support services to prevent

へのイ isolation or segregation from the isolation or segregation of persons

ンクル community; with disabilities from the

ージョ community.

出所:筆者作成

第 5 項 表現及び意見の自由並びに情報へのアクセス

2008 年法 30 条の情報、コミュニケーション及び技術へのアクセスのタイトルは権利条約

の 21 条「表現及び意見の自由並びに情報へのアクセス」と第 9 条「施設及びサービスの可

能性」の 2 条からできた条文と解読することができる。権利条約 21 条のタイトルの前半部

分「表現及び意見の自由」は、2008 年法の 30 条では全く触れられていない一方で、権利条

約の 9 条にあるコミュニケーション、技術の文言が 30 条に取り入れられた。

2008 年法 30 条 2 項は権利条約 21(a) より抽象的な表現を用いている。21(a)は「障害のあ る人に対し、適時にかつ追加の費用負担なしに、様々な種類の障害に適応したアクセシブ

ルな様式及び技術[機器]により、一般公衆向けの情報を提供すること」としている。2008

年法 30 条(2)は、「政府及び情報、コミュニケーション及び技術の提供者は、障害のある人

が情報、コミュニケーション及び技術へアクセスするために異なった障害に対してそれぞ

れ適切にアクセスできる様式及び技術を適時かつ追加料金なしで提供すること」としてい

る。 権利条約は締約国に対して、「一般公衆向けの情報」を提供する際に障害のある人も同じ

126

情報にアクセスできるようにすることを求めている。権利条約は具体的に提供すべきは「一

般公衆向けの情報」であると明記しているが、2008 年法は “such acces”という語を用いて

いる。ここでは “such acces”とは情報、コミュニケーション及び技術のことである。権利条

約はこれらのアクセスすべき対象を「具体的に一般公衆向けの情報」としているが、2008

年法は遠まわしの言い方で具体化する表現を避けている。

権利条約 21(b) は「公的な活動において、手話、点字、補助的及び代替的な意思疎通並び に障害のある人が自ら選択する他のすべての利用可能な意思疎通の手段、形態及び様式を

用いることを受け入れ、及び容易にすること」とするが、2008 年法はさらに狭い範囲にし

て、「公的な活動」(interaction)を「公式な交信」(transaction)に変えている。

表 6-6:権利条約「表現及び意見の自由並びに情報へのアクセス」と 2008 年法「情報、コ

ミュニケーション及び技術へのアクセス」の異同

権利条約 2008 年法

第 21 条 (a) Providing information 第 30 条 (2) The Government and the

表現及 intended for the general public 情 報 、 コ provider of information,

び意見 to persons with disabilities in ミ ュ ニ ケ communication and technology

の自由 accessible formats and ー シ ョ ン shall in order to enable persons

並びに technologies appropriate to 及 び 技 術 with disabilities to have such

情報へ different kinds of disabilities in a へ の ア ク access, provide the information,

のアク timely manner and without セス communication and technology in

セス additional cost; accessible formats and

technologies appropriate to

different kind of disabilities in a

timely manner and without

additional cost.

第 21 条 (b) Accepting and facilitating the 第 30 条 (3) The Government and the

表現及 use of sign languages, Braille, 情 報 、 コ private sector shall accept and

び意見 augmentative and alternative ミ ュ ニ ケ facilitate the use of Malaysia sign

の自由 communication, and all other ー シ ョ ン Language, Braille, augmentative

127

並びに accessible means, modes and 及 び 技 術 and alternative communication,

情報へ formats of communication of へ の ア ク and all accessible means, modes

のアク their choice by persons with セス and formats of communication of

セス disabilities in official their choice by persons with

interactions; disabilities in official transactions.

出所:筆者作成。

第 6 項 教育

マレーシアの障害のある人の教育の権利については既に第 2 章で論じた。ここでは、2 章

で論じた点を踏まえた上で、さらに 2008 年法 28 条の教育へのアクセスと権利条約の関係

を論じる。

2008 年法 28 条(1) は、「障害のある人は障害を理由に一般教育制度から排除されてはなら ない。そして障害のない子どもとの平等の観点から、障害のある子どもは、職業研修や障

害教育を含む、幼稚園あるいは保育園、小学校、中学校及び高等教育から除外されてはな

らない」と規定する。

この条文には 2 つの論点がある。第 1 にマレーシアの 1997 年特殊教育規則との矛盾であ

る。2 章で論じたように、1997 年特殊教育規則は明らかに障害のある人を教育制度から排

除するだけではなく、障害のある人の教育の権利を侵害するものであった。しかし、2008 年法では「障害のある人は障害を理由に一般教育制度から排除されてはならない」とする。

1997 年特殊教育規則は施行から 14 年間が経過し、この 14 年間「教育できる者」だけを対

象にしてきたことについて批判され続けてきた。また、2008 年法施行から 5 年間となるこ

とから、2008 年法との矛盾を考えると、特殊教育規則は、改正あるいは廃止されなければ

ならない。

第 2 に、権利条約は教育については障害のある人の権利であることを認めて、障害のあ

る人が一般教育から「排除されない」(are not excluded)ことを締約国に求めているのに対し

て、マレーシアでは障害のある人の教育に対して権利であることを明記していないだけで

なく、より弱い「排除してはいけない」(shall not be excluded)との文言を用いていることで

ある。

権利条約 24 条 2(c)は「『各個人の必要[ニーズ]』に応じて合理的配慮が行われること」と

する。それに対して、2008 年法 28(2) では「政府及び私学は障害のある人と障害のある子ど

128

もが教育を受けることができるように、『障害のある人と子ども」の必要に合った、設備、

機器及び教材、教授法、カリキュラム、及び障害のある人と子どもの多様化したニーズを

満たすための適切な便宜を提供しなければならない」とされる。

両者の違いは、権利条約が各個人の多様性を尊重し、個人レベルの合理的配慮を行うこ

とを求めるのに対して、2008 年法は集団ごとで括り、個人ではなく障害のある人というグ

ループでまとめていることである。

権利条約 24 条 3 項は、2008 年法にほぼ変わりなくそのまま導入された。24 条 3 項は締

約国に対して、障害のある人が教育制度及び地域生活に完全かつ平等に参加することを容

易にするための生活技能及び社会性の発達技能を習得することを可能にするための措置を

求めている。2008 年法がこの条文をほぼ変わりなく取り入れたことはマレーシアでも実現

できそうだという見込みがあると思われる。それは、女性省の大臣が言うように 2008 年法

は現実性を求めるものであるから、現在のマレーシアにとって困難なものは取り入れない

ということである。言い換えれば、実現可能と思われるものを取り入れるという意味であ

る。

表 6-7:権利条約の「教育」と 2008 年法の「教育へのアクセス」の異同

権利条約 2008 年法

第 24 条 2. In realizing this right, State 第 4 部 28. (1) Persons with disabilities

教育 Parties shall ensure that: 障害のあ shall not be excluded from the

(a) Persons with disabilities are る人の生 general education system on the

not excluded from the general 活 の 質 と basis of disabilities, and children

education system on the basis of 福 祉 の 促 with disabilities shall not be

disability, and that children with 進と開発 excluded from pre-school, primary,

disabilities are not excluded 第 28 条 secondary and higher education, on

from free and compulsory 教 育 へ の equal basis with persons or

primary education, or from アクセス children without disabilities,

secondary education, on the including vocational training and

basis of disability; lifelong learning.

5. States Parties shall ensure that

129

persons with disabilities are able

to access general tertiary

education, vocational training,

adult education and lifelong

lerning without discrimination

and on an equal basis with

others. To this end, State Parties

shall ensure that reasonable

accommodation is provided to

persons with disabilities.

第 24 条 2(c) Reasonable accommodation 第 28 条 (2) The Government and private

教育 of the individual’s requirements 教 育 へ の educational providers shall in order

アクセス to enable persons and children with

disabilities to pursue education,

provide reasonable accommodation

suitable with the requirements of

persons and children with

disabilities in terms of among

others, infrastructure, equipment

and teaching materials, teaching

methods, curricula and other forms

of support that meet the diverse

needs of persons or children with

disabilities.

第 24 条 3. State Parties shall enable 第 28 条 (3) The Government and private

教育 persons with disabilities to learn 教 育 へ の educational providers shall take

life and social development アクセス appropriate steps and measures to

skills to facilitate their full and enable persons and children with

equal participation in education disabilites to learn life and social

130

and as members of the development skills in order to

community. To this end, State facilitate their full and equal

Parties shall take appropriate participation in education including

measures, including: the following:

第 24 条 3(a) Facilitating the learning of 第 28 条 (a) To facilitate the learning of

教育 Braille, alternative script, 教 育 へ の Braille, alternative script,

augmentative and alternative アクセス augmentative and alternative

modes, means and formats of modes, means and formated of

communication and orientation communication and orientation

and mobility skills, and and mobility skills, and

facilitating peer support and facilitateing peer support and

mentoring; mentoring;

第 24 条 3(b) Facilitating the learning of 第 28 条 (b) To facilitate the learning of

教育 sign language and the promotion 教 育 へ の Malaysia Sign Language and

of the linguistic identity of the アクセス the promotion of the linguistics

deaf community; identity of the deaf

community; and;

第 24 条 3(c) Ensuring that the education 第 28 条 (c) To ensure that the education of

教育 of persons, and in particular 教 育 へ の persons, and in particular

children, who are blind, deaf or アクセス children, who are blind, deaf

deafblind, is delivered in the or deaf-blind is delivered in

most appropriate languages and the most appropriate languages

modes and means of and modes and means of

communication for the communication for the

individual, and in environments individual, and in enviroments

which maximize academic and which maximize academic and

social development. social development.

出所:筆者作成。

131

第 7 項 健康 権利条約においては障害による差別なしに、障害のある人も到達可能な最高水準の健康

を享受する権利を認めるとするが、2008 年法には障害のある人は障害のない人と同じく平

等に健康を享受する権利を有するとする。両者の違いは、権利条約が最高水準の健康を求

めていることにある。2008 年法の 35 条(1) には再び障害のある人の権利を認めつつという

文句が見られるが、35(2)ではこの責任を国家審議会、民間事業者、非政府組織に押し付け

ている。さらに、注意を払うべきなのは 2008 年法では政府の責任と国家審議会の責任を分

けていることである96。

権利条約 25 条は引き続き、具体的に(a) ~ (f)の実施を締約国に求めている。しかし、マレ

ーシアにおいては、これらの具体的な措置を求める条文を取り入れなかった。マレーシア

では、公立あるいは政府系の病院では、国民に対して安価な医療を提供している。医療的

ミスや医師と患者の従属関係、医師の権限などの医療問題については別稿に譲るが、障害

のある人の健康問題は軽視されることが多い。

また、近年特に課題として障害のある人から提起されているのが、民間の医療保険に加

入できない、もしくは、保険料が高く設定されているという問題である97。権利条約 25(e)

は、健康保険及び国内の生命保険の提供について障害のある人に対する差別を禁止してい

るのであるが、2008 年法に取り入れていないことから、上記民間の医療保険問題を解決す

ることを難しくしているのである。

権利条約 25 条(b)は障害のある人の早期発見及び早期治療、並びに 2 次障害の予防につい

て規定している。一方、2008 年法 36 条の障害の進行の防止については、障害のある人の生 命に対する権利を侵害する可能性があることを条項に入れた。ここで、障害のある人の生

命に対する権利を侵害する恐れがあるものとは「遺伝に関するカウンセリング」である。

まず、遺伝に関するカウンセリングは、情報をどのように伝え、障害に対してどのように

理解するかが大事である。また、一番問題なのは、遺伝カウンセリングが優生思想につな

がる恐れがあるということである。このことから、遺伝カウンセリングについてはもっと

慎重な議論が必要であると考える。一歩間違えたら障害のある人を排除しかねないことに

96 2008 年法の 26 条、27 条、28 条、30 条、36 条、38 条と 40 条は政府が適切あるいは必要な措置を 講じなければならないという規定が設けられているが、29 条、31 条、32 条、33 条、34 条と 35 条は 国家障害者審議会が措置を講じなければならないとする。両者の使い分けの理由は明らかになってい ない。 97 久野研二「マレーシアの障害者の生計と障害者自助団体」『障害者の貧困削減:開発途上国の障害 者の生計』調査研究報告書アジア経済研究所、2008 年、217 ページ。

132

なる。

表 6-8:権利条約の「健康」と 2008 年法「保健へのアクセス」の異同

権利条約 2008 年法

第 25 条 States Parties recognize that 第 3 章 35. (1) Persons with disabilities shall

健康権 persons with disabilities have the 保健 have the right to the enjoyment of

right to the enjoyment of the 第 35 条 health on an equal basis with persons

highest attainable standard of 健 康 権 と without disabilities.

health without discrimination on 保 健 サ ー (2) The Council, the private sector

the basis of disability. States ビスへの and non-governmental organiation

Parties shall take all appropriate アクセス shall take appropriate measures to

measures to ensure access for ensure persons with disabilities have

persons with disabilities to health access to health services, including

services that are gender-sensitive, health related rehabilitation that are

including health related gender sensitive.

rehabilitation. In, particular, States

Parties shall:

第 25 条 (b) Provide those health services 第 36 条 (1) The Government and the Private

保 健 サ - needed by persons with disabilities 障 害 の 進 healthcare service provider shall

ビス specifically because of their 行の防止 make available essential health

disabilities, including early services to persons with

identification and intervention as disabilities which shall include

appropriate, and services designed the following:

to minimize and prevent furher (a) Prevention of further

disabilities, including among occurrence of disabilities,

children and older persons; immunization, nutrition,

environmental protection and

preservation and genetic

counseling; and

133

(b) early detection of disabilities

and timely intervention to

arrest disabilities and

treatment for rehabilitation

出所:筆者作成。

第 8 項 ハビリテーション及びリハビリテーション

2008 年法 33 条は権利条約 26 条 1(b)と 2 項を取り入れなかったが、その他の条文はほぼ

変更なく 2008 年法の中に取り入れた。権利条約 26 条 1(b)は障害のある人の地域社会への参

加及びインクルージョンの規定であり、2 項は専門家及び職員の訓練についての規定である。

類似条文をみると、権利条約が政府に求めていることを 2008 年法では、国家審議会、民間

医療介護提供者、及び非政府組織の責任へと転換してする。また、権利条約はピア・サポ

ートという具体的な提言を提起したが、マレーシアはこの具体的提言の部分を外した。

表 6-9:権利条約と 2008 年法の「ハビリテーション及びリハビリテーション」の異同

権利条約 2008 年法

第 26 条 1. States Parties shall take effective 第 2 章 33. (1) The Council, the private

ハビリテ and appropriate measures, ハ ビ リ テ healthcare service provider and

ーション including through peer support, to ー シ ョ ン non-governmental organization shall

及びリハ enable persons with disabilities to 及 び リ ハ take effective and appropriate

ビリテー attain and maintain maximum ビ リ テ ー measures to enable persons with

ション independence, full pyhsical, ション disabilities to attain and maintain

mental, social and vocational 第 33 条 maximum independence, full

ability, and full inclusion and ハ ビ リ テ physical, mental, social and

participation in all aspects of life. ー シ ョ ン vocational ability and full inclusion

及 び リ ハ and participation in all aspects of life.

ビ リ テ ー

ション

第 26 条 (1. の続き)To that end, States 第 33 条 (2) For the purposes of subsection(1)

134

ハビリテ Parties shall organize, strengthen ハ ビ リ テ the Council, the private healthcare

ーション and extend comprehensive ー シ ョ ン service provider and

及びリハ habilitation and rehabilitation 及 び リ ハ non-governmental organization shall

ビリテー services and programmes, ビ リ テ ー organize, strengthen and extend

ション particularly in the areas of health, ション comprehensive habilitation and

employment, education and social rehabilitation services and

services, in such a way that these programmes, particularly in the areas

services and programmes: of health, employment, education and

(a) Begin at the earliest possible social services, in such a way that

stage, and are based on the these services and programmes begin

multidisciplinary assessment of at the earliest possible stage and are

individual needs and strengths, based on the multidisciplinary

assessment of individual needs and

strengths.

第 26 条 3. States Parties shall promote the 第 33 条 (3) The Council, the private

ハビリテ availability, knowledge and use of ハ ビ リ テ healthcare service provider and

ーション assistive devices and technologies, ー シ ョ ン non-governmental organization shall

及びリハ designed for persons with 及 び リ ハ promote the availability, knowledge,

ビリテー disabilities, as they relate to ビ リ テ ー and use of assistive devices and

ション habilitation and rehabilitation. ション technologies designed for persons

with disabilities as they relate to

habilitation and rehabilitation.

出所:筆者作成。

第 9 項 労働および雇用 権利条約は障害のある人に対し、他の者との平等な労働の権利、開かれ、インクルーシ

ブかつアクセシブルな労働市場、労働環境において、障害のある人が自由に選択し又は引

き受けた労働を通じて生計を立てる権利を認める。その権利を保障する為に締約国に対し

て(a)~(k)までの計 11 項目の措置をとることを求めている。求められる(a)~(k)の措置の中で、

マレーシアは 3 つの措置を採用した。採用したのは 27 条 1 項の(b)、(f) と(h)である。

135

権利条約 27 条 1 項(b) は「他の者との平等を基礎として、公正かつ良好な労働条件(平 等な機会及び同一価値の労働についての同一報酬を含む)、安全かつ健康的な作業条件(い

やがらせ[ハラスメント]からの保護を含む。)及び苦情救済についての障害のある人の権利

を保障すること」を求める。一方、2008 年法は、権利条約の同項(b)「他の者…障害のある 人の権利を保障する」の前に、「雇用者」の言葉を追加した。これにより大きな差が生じた。

というのは、前者は締約国の政府が(a)~(k)の措置を取ることを求めて、政府の責任を追及し

ている。しかし、後者はこの措置を取るのは雇用者の責任であるとしているからである。

権利条約 27 条 1 項(h)と 2008 年法 29 条 4 項の違いは 3 点ある。1 つ目は、マレーシア

の国家審議会の役割、2 つ目は「通じて」と「作成する」の違い。3 つ目は「奨励措置」の

違いである。1 項(h)は、「適切な政策及び措置を通じて(through)、民間部門における障害 のある人の雇用を促進すること。これらの政策及び措置には、積極的差別是正措置、奨励

措置(incentives)その他の措置を含むことができる」と規定する。一方、2008 年法の条文は「民

間部門における(後略)」の文言の前に「審議会」を加えた。これにより、2008 年法 29 条

の民間における障害のある人の雇用を促進するための措置や政策作成の責任は国家審議会

にあるということになる。権利条約が締約国に求める措置をマレーシア政府は、国家審議

会に移転したということである。2008 年法 9 条の国家審議会の機能においては、国家審議 会が障害のある人の雇用については、「障害のある人の技能、長所及び能力の認知を促進し、

職場及び労働市場に貢献する為の有効かつ適切な施策を採用する」、「労働市場における障

害のある人のための雇用機会及び昇進を促進すること」、「障害のある人が障害のない人と

平等に雇用を見つけ、獲得する援助を行うこと」と規定している。しかし、国家審議会が

常設ではない問題とも絡み、国家審議会がこの役割を有効に果たせるかが疑問である。

また、権利条約においては「適切な政策及び措置を通じて(through)(後略)」という文章

であるが、2008 年法は「適切な政策及び措置を作成する(formulate)(後略)」という文章に

なる。これは、現在、障害のある人の雇用の政策、措置が乏しいことを黙認し、これから

作成することになるという意味であろう。ただし、これらの措置には権利条約の場合は「奨

励措置」を含むが、2008 年法ではこの文言が脱落している。政府が現在奨励措置を取るつ

もりがないという本音が含まれていると考えられる。

2008 年法 29 条 5 項は、マレーシアの労働形態の特徴を反映する条文である。権利条約と

の大きな違いは 2008 年法にある「在宅できる仕事の創出」である。マレーシアでは、在宅

で工場などからの下請けあるいは商品をもらって、手作業などを加えて商品を完成すると

136

いった仕事はよく見られる。このような在宅でできる仕事は雇用契約等を結んでいるもの

ではないことが多いのである。また、これらの工賃などが低いことも注目しなければなら

ない。

権利条約 27 条 1 項(g)は、公的部門において障害のある人を雇用することを求めてい

るが、この条文は残念ながら 2008 年法には取り入れられなかった。このように、政府は公

的部門における障害のある人の雇用に対して消極的な態度を見せている。マレーシア政府

が 2008 年に出した公共サービス 3 カ年通達では、政府・公的機関が障害のある人に 1%の

雇用機会を提供し、この 1%の雇用を達成するようにという指針であるが、政府・公的機関

は未だにこの 1%雇用を満していない。この通達の努力義務が十分果たされていないのにも

関わらず、政府は改善する意向を見せていない。それに対して、権利条約 27 条 1 項(h)

の「民間部門に対して求める措置」については 2008 年法に取り入れた。

このように、マレーシア政府は民間部門に障害のある人の雇用を要求する一方で、2008 年法においては、公的部門へ障害のある人の雇用を要求してはいない。障害のある人の雇

用を民間部門へ依存している。政府のダブル・スタンダードはあってはならないし、かつ、

障害のある人の労働や雇用の権利は政府が積極的に責任をとらなければならない。

2008 年法 29 条 1 項は「障害のある人は障害のない人と平等に雇用への「アクセス権」を 有する」とするが、権利条約は「労働についての権利を有する」とする。上記で論じた点

から出せる結論は、2008 年法は障害のある人の働く権利を認めていないということである。

2008 年法が、労働の権利あるいは雇用の権利という用語を用いず、雇用へのアクセス権を

有するとしていることの裏には、障害のある人が障害のない人と自由に競争し、雇用につ

くことは自由であるという意味が含まれている。

その根拠は、権利条約は障害のある人の労働の権利を保障する為に合理的配慮の提供を

求めているが、2008 年法は合理的配慮について、障害のある人の雇用においては触れてい

ないし、公的部門における障害のある人の雇用に対しても否定的態度を見せているからで

ある。

表 6-10:権利条約の「労働及び雇用」と 2008 年法の「雇用へのアクセス」の異同

権利条約 2008 年法

第 27 条 1(b) Protect the rights of persons 第 29 条 (2) The employer shall protect the

137

労働及び with disabilities, on an equal basis 雇 用 へ の rights of persons with disabilities, on

雇用 with others, to just and favourable アクセス equal basis with persons without

conditions of work, including disabilities, to just and favourable

equal opportunities and equal conditions of work, including equal

remuneration for work of equal opportunities and equal remuneration

value, safe and healthy working for work of equal value, safe and

conditions, including protection healthy working conditions,

from harassment, and the redress protection from harrassment and the

of grievances; redress of grievances.

第 27 条 1(h) Promote the employment of 第 29 条 (4) The Council shall, in order to

労働及び persons with disabilities in the 雇 用 へ の promote employment of persons with

雇用 private sector through appropriate アクセス disabilities in the private sector,

policies and measures, which may formulate appropriate policies and

include affirmative action measures which may include

programmes, incentives and other affirmative action programmes and

measures; other measures.

第 27 条 1(f) Promote opportunities for 第 29 条 (5) The Council shall promote

労働及び self-employment, 雇 用 へ の opportunities for training for

雇用 entrepreneurship, the development アクセス persons with disabilities in the

of cooperatives and starting one’s labour market as well as

own business; opportunities for self

employment, entrepreneurship,

the development of cooperatives

starting one’s own business and

creating opportunities to work

from home.

出所:筆者作成。

第 10 項 文化的な生活、レクリエーション、余暇およびスポーツへの参加

マレーシアは権利条約を批准した際に条約の 15 条及び 18 条を留保し、さらに、非差別

138

及び機会の平等(均等)と文化的な生活、レクリエーション、余暇について独自の解釈宣

言をした。文化的な生活、レクリエーション、余暇について、「マレーシアは、条約の 30 条における障害のある人の文化的な生活、レクリエーション、余暇に参加することを認め、

かつこの承認はマレーシアの国内立法事項である」と宣言する。

“Malaysia recognizes the participation of persons with disabilities in cultural life, recreation and leisure as provided in article 30 of the said Convention and interprets that the recognition is a matter for national legislation.”

つまり、マレーシア政府としては、「文化や娯楽の権利は直接的に保障されるわけではな

い。マレーシアの国内立法でその権利を認めたり認めなかったり、自由にその権利の範囲

を定められる事柄である。したがって、マレーシアで文化や娯楽の権利が十分に保障され

ていないとしても直ちに条約違反にはならない」との考えである。

2008 年法においては、権利条約 30 条を 2 つの条文に分けて規定した。権利条約 30 条と

2008 年法 31 条及び 32 条を対照してみると、2008 年法では権利条約 30 条 3 項の知的財産

権に関する条文だけを取り入れなかった。そして、2008 年法 32 条(1)は「障害のある人

の安全を脅かすかもしれない状況の存在や緊急度という限界」という文章を加えた。これ

により、障害のある人の安全を口実にして、障害のある人がリクリエーション、レジャー

及びスポーツの活動へ参加することを拒否する余地を与えた。ここで、問題となるのは「障

害のある人の安全を脅かすかもしれない状況の存在や緊急度」は誰によって判断されるの

かということである。 逆にいえば、障害のある人が常に安心・安全に利用することができるような措置を確保

することが国の義務である。国に対しては障害のある人も他の人と文化的な生活、レクリ

エーションに参加できるような体制作りが求められる。安易に障害のある人の安全を口実

に、排除することは許されるべきではない。

表 6-11:権利条約の「文化的な生活、レクリエーション、余暇及びスポーツへの参加」と

2008 年法 2008 年法の「文化的な生活へのアクセス」の異同

権利条約 2008 年法

第 30 条 1. States Parties recognize the 第 31 条 (1) Persons with disabilities shall

139

文化的な right of persons with 文 化 的 生 have the right to access to

生活、リ disabilities to take part on an 活 へ の ア cultural life on an equal basis

クリエー equal basis with others in クセス with persons without disabilities.

ション、 cultural life, and shall take all (2) Persons with disabilities shall

余暇及び appropriate measures to ensure have the right to enjoy access-

スポーツ that persons with disabilities:

への参加

第 30 条 1(a) Enjoy access to cultural 第 31 条 (a) To cultural materials in accessible

文化...参 materials in accessible formats; 文化… ア formats;

加 クセス

第 30 条 1(b) Enjoy access to television 第 31 条 (b)To television programmes, films,

文化...参 programmes, films, theatre and 文化… ア theatre and other cultural activities, in

加 other cultural activities, in クセス accessible formats; and

accessible formats;

第 30 条 1(c) Enjoy access to places for 第 31 条 (c) To places for cultural

文化...参 cultural performances or services, 文化… ア performances or services such as

加 such as theatres, museums, クセス theatres, museums, cinimas, libraries

cinemas, libraries and tourism and tourism services, and, as far as

services, and, as far as possible, possible, to monumnets and sites of

enjoy access to monumnets and national cultural importance.

sites of national cultural

importance.

第 30 条 2. State Parties shall take 第 31 条 (3) The Council shall take

文化...参 appropriate measures to enable 文化… ア appropriate measures to enable

加 persons with disabilities to have クセス persons with disabilities to have

the opportunity to develop and the opportunities to develop and

utilize their creative, artistic and utilize their creative, artistic and

intellectual potential, not only for intellectual potential, not only for

their own benefit, but also for the their own benefit, but also for the

140

enrichment of society. enrichment of society.

第 30 条 4. Persons with disabilities shall be 第 31 条 (4) Persons with disabilities shall be

文化...参 entitled, on an equal basis with 文化… ア entitled on equal basis with

加 others, to recognition and support クセス persons without disabilities to

of their specific cultural and recognition and support of their

linguistic identity, including sign specific cultural and linguistic

languages and deaf culture. identity, including Malaysia Sign

Language and deaf culture.

第 30 条 5. With a view to enabling persons 第 32 条 32. (1) Persons with disabilities shall

文化...参 with disabilities to participate on レ ク リ エ have the right to participate in

加 an equal basis with others in ーション、 recreational, leisure and sporting

recreational, leisure and sporting レ ジ ャ ー activities on an equal basis with

activities, State Parties shall take 及 び ス ポ persons without disabilities but

appropriate measures: ー ツ へ の subject to the existence or emergence

アクセス of such situations that may endanger

the safety of persons with disabilities.

第 30 条 5(a) To encourage and promote the 第 32 条 (2) The Council shall take

文化...参 participation, to the fullest extent レ ク リ エ appropriate measures-

加 possible, of persons with ー シ ョ ン (a) to encourage and promote the

disabilities in mainstream sporting … アクセ participation, to the fullest extent

activities at all levels; ス possible, of persons with disabilities

in mainstream sporting activities at

all levels;

第 30 条 5(b) To ensure that persons with 第 32 条 (b) to ensure that persons with

文化...参 disabilities have an opportunity to レ ク リ エ disabilities have an opportunity to

加 organize, develop and participate ー シ ョ ン organise, develop and participate in

in disability-specific sporting and … アクセ disabilitiy specific sporting and

recreational activities and, to this ス recreational activities and, to this end,

end, encourage the provision, on encourage the provision, on an equal

141

an equal basis with others, of basis with persons without

appropriate instruction, training disabilities, of appropriate

and resources; instruction, training and resources:

第 30 条 5(c) To ensure that persons with 第 32 条 (c) to ensure that persons with

文化...参 disabilities have access to sporting, レ ク リ エ disbailities have access to sporting,

加 recreational and tourism venues; ー シ ョ ン recreational and tourism venues;

… アクセ

第 30 条 5(d) To ensure that children with 第 32 条 (d) to ensure that children with

文化...参 disabilities have equal access with レ ク リ エ disabilities have equal access with

加 other children to participation in ー シ ョ ン other children without disabilities to

play, recreation and leisure and … アクセ participation in play, recreation and

sporting activities, including those ス leisure and sporting activities,

activities in the school system; including those activities in the

school system; and

第 30 条 5(e) To ensure that persons with 第 32 条 (e) to ensure that persons with

文化...参 disabilities have access to services レ ク リ エ disabilities have access to services

加 from those involved in the ー シ ョ ン from those involved in the

organization of recreational, … アクセ organization of recreational, leisure,

tourism, leisure and sporting ス sporting activities and tourism.

activities.

出所:筆者作成。

第 3 節 障害のある人の権利に関する条約と 2008 年障害のある人に関する法の相違点

第 1 節で見てきたように、2008 年法は権利条約と類似している文言がよく見られる。し

かし、分析したように、両者は類似しているところはあるが、2008 年法は用語などを入れ

替えることによって、権利条約で求める内容と異なり、換骨奪胎している場合も多い。本

節は、2008 年法と権利条約の根本的な差異を整理する。

142

第 1 項 人権の主体 すべての政策・法・制度あるいは品物にしても、その物自体が作られた目的はある。そ

の目的は、そのものの存在の必要性を説明する。2008 年法は、「障害のある人の登録、保護、

リハビリテーション、開発及び福祉、障害のある人に関する国家審議会の設立及びそれに

関する諸事項を規定する」と掲げている。つまり、2008 年法は障害のある人の人権や権利

を保障するのが目的の法律ではない。 それに対して障害のある人の権利条約は、前文において「障害のあるすべての人による

すべての人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有を促進し、保護し及び確保すること、

並びに障害のある人の固有の尊厳の尊重を促進する」と規定している。権利条約が提唱す

るのは障害のある人の人権、基本的自由、完全かつ平等、固有の尊厳の尊重である。

2008 年法の規定は、権利条約でうたう理念とは正反対である。2008 年法は障害のある人

を客体と見なし、保護、リハビリの対象とする。権利条約は障害のある人を権利の主体で

あると主張している。

権利条約の基調は人権である。これに対して、2008 年法は、人権については全く触れて いない。むしろ、権利条約を参考にしながら、人権の用語をすべて外している。権利条約

の前文(c)では「すべての人権及び基本的自由の普遍性、不可分性、相互依存性及び相互関連 性、並びにすべての人権及び基本的自由の差別のない完全な享有を障害のある人に保障す

る必要がある」と規定している。権利条約は人権及び基本的自由の不可分性を明記している

が 2008 年法は「基本的自由」についても「人権」の用語と同じ扱いをし、この 2 つの用語を取

り外したのである。

前文(c) において、もう 1 つ重要ことは差別禁止の原則である。2008 年法では、差別禁止

あるいは差別しないなどの文言は見当たらない。久野研二は次のように述べている。当初

の草案は「障害者に対する差別の撤廃」を目標とした差別禁止法的な性格を有しており、

文言としても「差別の撤廃」が盛り込まれており、担当相もそれに対して理解を示してい

た。しかし、議会提出の最終的な法案作成の段階で、司法長官事務所から「差別」及び「差

別の撤廃」という文言が入ることは認められないという指示が出された。この時、司法長

官事務所からは、マレーシアの法律は、アメリカ障害者法のような差別禁止法ではなく、

日本の障害者基本法のような性格の法律を目指すという説明がなされた。これに対して、

女性省は、差別禁止法的な性格を有する既存の草案を尊重する立場を表明し、障害者と歩

調を合わせた努力がなされたが、最終的には司法長官事務所に従い、「差別」という文言を

143

省く大幅な変更作業が行われた98。

このように、権利条約の内容と類似するような印象を与えながら、2008 年法は権利条約

で求める基本かつ基調となる概念が巧妙に除外されたのである。

第 2 項 権利の問題

権利条約はその名の通り障害のある人の権利、それも権利の中でも最高位の人権を保障

するものである。権利条約は障害のある人の人権及び基本的自由の完全な享受を確保する

為に締約国に対して一般的義務を定めた。権利条約において認められる権利を保障する為、

締約国に対してすべての適切な立法措置、行政措置とその他の措置をとることを求めてい

る。このように、「障害のある人の権利」を確保するのは締約国の「義務」であることを明

記している。権利という言葉は多様に用いられるが、その核心は、権利の剥奪に対して、

保障を求めて裁判所に訴えることができる99、つまり、権利が侵害されるとき救済できる措

置が用意されなければならない。

2008 年法においては、権利の用語を積極的に用いないで、権利の代わりにアクセス権と

いう用語を用いている。上記のように、2008 年法で最も批判されるのは、障害を理由とす

る差別禁止の規定ではないことと権利侵害がされるとき権利救済制度を設けていないこと

である。しかも、2008 年法で描いた権利は具体的権利ではなく、抽象的権利にすぎない。

このように、2008 年法で掲げた権利は絵に描いた餅に過ぎないし、実効性が乏しいもので

ある。

そのため、2008 年法の大きな特徴は頻繁にアクセスという言葉を用いていることである。 権利条約においてはアクセスあるいはアクセシビリティについての定義は設けていないが、

国内人権機関(National Human Rights Institutions )によるアクセスあるいはアクセシビリティ の定義を参考にすると「アクセスとは行動あるいは状態を指すものではない、むしろ障害

のタイプや程度、性別若しくは年齢と関係なく自由に物、環境、社会構造、品物及びサー

ビス、システムあるいはプロセスに参加する、アプローチする、コミュニケーションをと

る、どこからどこまで渡す自由である100」。

98久野研二「マレーシアの障害者法と障害者(福祉)政策―その背景と課題」『福祉労働』118 号、124 ページ。 99井上英夫『患者の言い分と健康権』新日本出版社、2009 年、116 ページ。 100 原文“The term ‘access’ is not an act or state, but a freedom to enter, to approach, to communicate with, to pass to or from, or make use of physical, environmental and societal dtructures, goods and services, systems and processes regardless of type and degree of disability, gender or age”Daily Summary of Discussion at the

144

この定義に基づくとアクセスというのは自由に参加する、利用するということである。 自由に参加できても、利用できなければ意味がない。別言すれば、アクセス権も単なる

機会の保障ではなく、利用・活用できるという結果の平等をも意味するものというべきで

あろう。

この点からすると、2008 年法のアクセスとは、障害のある人は障害のない人と平等に公

共施設、設備、サービス、建物や公共交通機関、雇用、情報、文化的生活にアクセスする

ことができる。しかし、利用できなくてもそれらを権利として要求し、請求することはで

きないのである。

第 3 項 基準の問題

2008 年法と権利条約の大きな違いは基準の設定にもある。権利条約が求めるものは高い水

準であり、保障範囲は広く、具体的に提示しているのに対して、2008 年法は水準が低く、

範囲も狭いし、より抽象的な表現を用いている。

まず、権利条約が求める水準を見てみる。権利条約 24 条 2(c)の教育においては、「各個人

の必要[ニーズ]に応じて合理的配慮が行われること」と規定する。一方、2008 年法は「政府

及び私学は障害のある人と障害のある子どもが教育を受けることができるように、障害の

ある人と子どもの必要に合った、設備、機器及び教材、教授法、カリキュラム、及び障害

のある人と子どもの多様化した必要を満たすための合理的配慮を提供しなければならない」

と規定する。権利条約においては、「各個人の必要[ニーズ]」を求めているに対して、2008

年法は「障害のある子ども」が集団として扱われている。権利条約は個人レベルを求めてい

るが、2008 年法は集団レベルでしか捉えていない。

また、権利条約の 25 条においては、「締約国は、障害のある人が障害に基づく差別なし

に到達可能な最高水準の健康を享受する権利を有する」としている。一方、2008 年法 35 条

(1)は「障害のある人は障害のない人と平等に健康を享受する権利を有する」と規定する。

「到達可能な最高水準」という文言が完全に抜け落ちている。

権利条約はより広い範囲で障害のある人の権利を盛り込んでいる。2008 年法が取り入れ た障害のある人の権利はより狭いのである。権利条約は、障害のある女性・子ども、生命

に対する権利、司法へのアクセス、適切[十分]な生活水準及び社会保護、政治的及び公的活

動への参加などについて言及しているが、2008 年法は規定していない。2008 年法は条約の

Sixth Session 05 August 2005. http://www.un/org/enable/rights/ahc6sum5aug.htm

145

一部の権利だけを取り上げている。2008 年法はこれからこういった幅広い権利について配

慮することが必要である。例えば、権利条約 21(b) は、「公的な活動において、手話、点字、 補助的及び代替的な意思疎通並びに障害のある人が自ら選択する他のすべての利用可能な

意思疎通の手段、形態及び様式を用いることを受け入れ、及び容易にすること」とするが、

2008 年法は「公的な活動」(official interactions)を「公的な交信」(official transactions)という

用語に入れ替えている。公的な活動とはすべての交流や、触れ合い、関連するものを含め

る一方で、公的な交信は業務上の関係というより狭い概念としてとらえられる。

権利条約はどのような措置をとるかについて具体的に提起しているが、2008 年法はより 抽象的な表現を用いて、権利条約が具体的に提起するものを骨抜きにしてしまっている。

例えば、すでに述べたことであるが、権利条約の 21(a) は「障害のある人に対して、適時に かつ追加の費用の負担なしに、様々な種類の障害に適応したアクセシブルな様式及び技術

[機器]により、一般公衆向けの情報を提供すること」と規定する。権利条約は「一般公衆向 けの情報」であれば、障害のある人に対して追加負担なしで、かつアクセシブルな形で提

供することを求める。2008 年法は「政府及び情報、コミュニケーション及び技術の提供者 は、障害のある人がこういったアクセスができるようにするために、異なった障害に対し

てそれぞれ適切にアクセスできる様式及び技術を適時かつ追加料金なしで提供する」とす

る。2008 年法は「こういったアクセス(such access)」という用語を用いて、情報、コミュニ

ケーション及び技術のアクセスができるようにするとしているが、どういう情報であるか

は明確にしていない。

本章は、まず、マレーシアの権利条約の署名並びに批准について論じた。次に、2008 年 法制定にあたって参考にされた権利条約との異同を検討することによって、権利保障の法

として問題の多いものとなっていることとその要因を明らかにした。2008 年法は、権利条

約と類似する箇所が多くみられる。しかし、他方で、2008 年法が用いる表現、用語、語彙

によって権利条約とは全く異質なものとなっている。

最後に、両者の根本的な違いを明らかにした。両者の根本的な違いは 3 点挙げられる。1

つは、人権の主体、2 つは、権利の問題と 3 つは、基準の問題である。次章では本章で明ら かにした問題を踏まえて、マレーシアの障害のある人の権利保障を確立するために必要な

基本的な視点のいくつかについて提言を行う。

146

第 7 章 障害のある人の権利保障へ向けた提言

以上、これまで、マレーシアにおける障害のある人の権利保障の現状と問題点を、政策、

立法、制度の動向、とりわけマレーシアで最初の総合的立法である 2008 年法を中心にして、 検討してきた。最後に、将来を展望するわけであるが、マレーシアの向かうべき方向、目

標は、障害のある人の人権保障の確立に他ならない。本章では、そのために必要な基本的

な点のいくつかについて提言を行う。その際、マレーシア社会の実態を踏まえながら、詳

細に検討してきた障害のある人の権利条約を指針とする。さらに、障害のある人の権利保

障の発展過程において、マレーシアと権利条約の中間段階にある日本の法、制度、政策を

も参考にする。ただし、その全面的検討は他日を期し、親亡き後の保障と日本で最初の総

合的立法である障害者基本法を例として取り上げ、若干の提言を試みたい。

人間は皆人権を持っている、それは人間だれもが生まれながらに持っている権利であり、

誰かに付与されるものではない。もちろん、障害のある人も例外ではない。マレーシア憲

法 8 条は、「すべての者は法の前で平等であると掲げ、さらに、宗教、人種、門地、出生地、

性別により差別されない」と規定している。日本の場合は、憲法 14 条は「すべて国民は、

法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的

又は社会的関係において、差別されない」と規定する。すなわち、人間は人種、出生地、

性別などによって差別される可能性があるから、憲法上はこれら差別される可能性のある

人、社会的、経済的または政治的に立場が弱い、あるいは権利が侵害される人を予測し、

具体的な例をあげて、このような立場にある人たちも皆平等であると規定しているわけで

ある。

ここで、「障害」は差別事由として挙げられていないが、日本国憲法 14 条は、差別事由 を上述の自由に限定する限定列挙ではなく、それ以外の事由でも合理的理由がなければ禁

止される例示規定と解されている。マレーシア憲法においてもこの解釈は妥当するもので

ある。それゆえに、障害のある人の権利は他の人と同じであるが、わざわざ障害のある人

の権利(人権)保障を提起する理由は、障害のある人の権利(人権)が、障害のない人に

比べればもちろん、女性はじめ憲法の掲げる他の人々と同じように侵害されやすいし、実

態として侵害されていて彼らの権利を保障しなければ人間として生きていけないからであ

る。

したがって、ここでは、権利条約においては、障害のある人の権利に対して新しい権利

147

を創造し、とくに優越的地位を与えているものではないということ確認しておきたい。こ

れは、まさに井上英夫が述べた固有の人権保障の考え方である101(図 7-1 参照)。太いラ

インが普遍的人権、ニーズに基づく basic human rights である。これらが満たされない、保

障されない状態で、マイナスになっている状況が差別・不平等状態である。障害があるゆ

えに人権が保障されない人は、ベーシックなレベルよりそれだけ低い位置にいるというこ

とである。ここに specific needs(固有のニ-ズ) が発生する。この部分を満たせばそのこ とによってベーシックな部分が保障され、平等になる。普遍的人権が保障されることにな

る。

繰り返せば、権利条約は特別(special)な新しい人権を創造していない。簡単に言えば権

利条約は下図の太いラインの下のマイナスとなっている部分の権利保障を求めている。こ

の specific needs の部分の保障を求めているだけである。太いライン以上のものを要求する

ものではない。他の人以上の特別な権利を求めていない。

権利条約で新しい概念が提起されたが、この概念はあくまでも障害のある人の specific needs を太いラインの位置(普遍的人権)に戻すための措置である。憲法の話に戻ると、マ レーシアの憲法も日本の憲法もその意味で、障害のある人は、障害のない人人以上に権利

侵害されやすい立場であるということを憲法に規定する必要があると考える。

図 7-1:普遍的人権と固有の人権

basic human right 人 女 こ 種 性 高 ど 障 齢 も 害 specific needs

出所:井上英夫『患者の言い分と健康権』新日本出版社、2009 年、113 ページ。

101 井上英夫『患者の言い分と健康権』新日本出版社、2009 年、111-115 ページ。

148

第 1 節 実効性ある権利保障へ向けて 上記のように障害のある人は太いラインのマイナス部分の保障を求めている。とすると、

障害のある人のマイナスにある部分を如何に保障していくかが課題である。これは権利条

約が既に包括的に提示している。マレーシアもこの方向に向かえば、まず間違いはないだ

ろう。しかし、マレーシアの現状からするとすぐに権利条約が求める水準に達することは

困難である。そのためのステップアップの階段が必要となってくる。本節はマレーシアが

権利条約の水準に達するためのステップアップについて提示する。一歩ずつ権利保障に向

かうために必要な準備、プロセスである。

第 1 項 客体から主体へ、パワーレスからエンパワーメント並びにアドボカシーへ マレーシアにおいては、障害のある人は現在非常に無力な状態に置かれている。なぜか

というと、まず多くの障害のある人自身がまだ恩恵的思想や自己責任論に支配されて、自

分の権利であることを理解していないからである。自分の権利が侵害されていることすら

意識していない。障害のある私は、人から恩恵を受けて、生きていけるのであるから、不

満や批判をいうことはできない。人の援助、国の援助を受けているから差別を受けても仕

方ない。生活のため、生存するため、尊厳を放棄すると思っている人が少なくない。 そのため、まず障害のある人がこの無力の状態から脱却し、自ら自分の権利を認識し、

生活の質を高めて、自分の権利を主張できるような支援が必要であり、エンパワーメント

が必要である。エンパワーメントとは、問題を抱えている人自身が主体となり、抱えてい

る問題を自覚して、自己決定や問題解決の能力をつけ、権利を獲得し、利用するためのプ

ロセスである。

そして、北野誠一はアドボカシーを利用者のエンパワーメントのための方法や手続きに

基づく 1 つの基本的な活動と位置づける。すなわち、個人のアドボカシーとは、①侵害さ

れている、あるいはあきらめさせられている本人(仲間)の権利がどのようなものである

かを明確にすることを支援するとともに、②その明確にされた権利の救済や権利の形成・

獲得を支援し、③それらの権利にまつわる問題を自ら解決する力や、解決に必要な様々な

支援を活用する力を高めることを支援する方法や手続きに基づく活動の総括を意味する。

その意味で、まず、障害のある人自身が自分の権利が侵害された時にその自覚を持ってい

ない場合どう自覚させれば、問題を引き出すことができるかが決定的に大事な問題となる。

それはピア・カウンセラーやピア・アドボケートによる日常の相談から本人の権利性を明

149

確にするという援助が求められ、生活相談からアドボカシーまでを一貫して行うことがで

きるものでなければならない102。 また、判断能力が十分ではない場合はその権利回復をどうすればいいかという問題が生

じる。このような場合は、一般的には家族なり友人なり専門家なりあるいはボランティア

など一般的な市民が代弁をする。しかし、この場合は本人の利益を最大限尊重し、選択肢

がきちんと用意されていなければならない。 上述のように、まず、障害のある人は自分たちの権利を意識することが大事である。次

に、自分の権利が侵害されたと分かった人に対して、次のステップが求められる。それは

権利回復、権利救済である。そのような場合になると 3 つのステップが求められる。まず、

権利侵害の相手と交渉することである。しかし、それでも権利回復にならない、あるいは

納得できない場合、裁判を利用する前に、審査請求や不服申し立てあるいはトラブルを調

停する機関によって、本人の経済的、健康の側面を配慮し、解決のための時間短縮をする

ことができるような制度の創設と利用が好ましい。

そして、最後の手段は裁判を利用するということになる。これら権利実現のためのため

の制度的保障と支援が求められている。残念ながら、既に論じてきたように、マレーシア

の障害当事者団体または NGO 団体、政府のアドボカシー活動においても、これらについて

十分な支援は見られない。現在 NGO や政府のやり方は上からの目線であり、障害のある人

を客体としてみる立場に立っていると言わざるをえない。 障害のある人の内面に存在する抑圧された問題を引き出す支援がない。マレーシアの当

事者団体や NGO 団体にはこれらの支援が求められているし、さらに、権利救済制度を利用 する際の支援等において役割を果たすことが期待される。特に弁護士会は権利救済する際

障害のある人本人、家族等当事者側に立って、その権利を擁護し、支援することが課題で

ある。

行政においては、裁判に踏みだす前の段階の制度を如何に保障するかということも検討

すべきである。人権委員会の裁判を利用する以前の制度としての役割や国家審議会の役割

の検討も必要である。さらに、事前予防としてタマン・シナル・ハラパン(Taman Sinar Harapan) のような事件が起きる以前の調査も必要であり、障害のある人の人権に対してもっと敏感

になることが求められている。

102 河野正輝、大熊由紀子、北野誠一編『講座 障害をもつ人の人権 3《福祉サービスと自立支援》有 斐閣、2000 年、142-145 ページ。

150

第 2 項 相談から参加へ、参加から決定へ

2002 年障害のある人に関する法を起草するにおいて、政府は障害のある人のニーズに耳 を傾ける姿勢を取っていた。さらに、当時の起草法案会議の会長ダト・マー・ハサン・ハ

ジ・オマー(Dato Mah Hassan Haji Omar)は障害のある人本人であったように、障害のある人 が自分と関連する法に決定権を持つという意味で評価すべきである。また、障害のある人

の団体は研修会を行い、草案に対する意見・提案などを政府に提出した。6 章で論じたよう に、当初の草案は差別禁止を内容としたものであった。というのは障害のある人が最初か

ら差別禁止を求め、障害のある人自身によって参加・決定された内容は差別禁止であった

からである。

しかし、2008 年法からは差別禁止の内容がすべて削除された。2008 年法の草案作成当初 には、障害当事者団体の参加がかなりあったものの、最終的な改定作業は、基本的には女

性省と司法長官事務所によって進められ、最終的な段階で障害当事者団体などが、ある意

味“証拠作り”のために招聘されるに留まった。女性省大臣は 2008 年法は障害当事者と対

談し、彼らの意見や参加があったから制定できた、彼らの参加を抜きにして、法の制定は

できないと述べた。さらに、大臣が障害のある人たちも自分なりの優先順位、課題がある

から、2008 年法は皆のニーズを考慮したうえで制定されたものであると弁明していた。し かし、大臣が述べたように、障害のある人の参加があり、その意見が尊重されたのであれ

ば、2008 年法は差別禁止法になるはずであった。しかし、最終的には上の目線に立ち、障 害のある人たちが決めたことを否定し、行政が自ら決めて、制定してしまったのであるが、

障害のある人のニーズを考慮していないだけではなく、障害のある人を“人形のように操

る”行為であったと言わざるをえない。

「完全参加と平等」の実現を掲げた 1981 年の国際障害者年から障害のある人の参加の重 要性が謳われてきた。さらに、権利条約には、「我々を抜きに我々のことを決めるな」とい

うインパクトのあるフレーズが記されて、障害のある人の効果的かつ完全な参加が求めら

れている。井上英夫は障害のある人の完全参加を 3 つの要素で求めている。第 1 に、あら

ゆるレベルに参加する。国際的に、そして国レベルでは地域、地方から国家レベルまで、

政府、民間を問わず各種機関へ障害のある人が参加する。第 2 には、あらゆる活動領域へ

参加するということであり、社会的、経済的、文化的そして政治的領域にわたる社会活動

のすべての部分にわたって活動するというものである。第 3 に、あらゆる形態で参加する

ことである。直接参加、あるいは選挙のような間接参加、さらには個人として、組織とし

151

て参加する。 さらに、井上は政治参加を強調するとともに行政の政策決定過程への参加(行政参加)

の重要性を指摘している。自らかかわる政策について、その策定段階から決定、実施に至

るまで障害のある人々あるいはその代表が、直接、間接に参加してこそ実質的かつ効果的

な人権の保障ができるとの考えである103。

2008 年法は、障害のある人の政治的参加に関しては完全に欠落している。権利条約を参 考にした上で制定した法ではあるが、なぜ障害のある人の政治的参加が欠落したのかとい

う最初の問題は残る。 井上が訴えるような政治参加は、障害のある人が議員になりあるいは自分で選んだ代表

によって自分の声を反映することが、障害のある人の意見あるいは権利を主張することに

なるからである。政治参加が積極的保障され、行使されない限り、障害のある人の権利を

実質的に保障することは困難である。 マレーシアにおいては、まず障害のある人たちの政治参加や・行政や公的な活動への参

加が乏しい。すでに論じてきたように、障害のある人が自分の権利に対する意識が不十分

なこともあり、障害のある人が政治的アプローチによって自分の権利を獲得するという意

識がまだ低いことから、政治・行政・公的活動への参加の保障を求める運動や要求はまだ

まだ不十分である。その背景としては障害のある人に対する偏見・差別が根強く、政治的

に敏感ではない、あるいは政治が怖い存在という点もある(2 章のマレーシアの自由権を参 照)。さらに、政治は有識者限定のものであり、生活の余裕がないことから生活面の基本的

所得・雇用・アクセス・教育がまず重点とされ、政治的・公的な活動の参加は後回しにな

った。

しかし、障害のある人は自分のことはもちろん障害のある人の問題については一番詳し

く専門家である。自分たちが直面する問題の解決において影響力を発し、決めるのは一番

有効な解決策である。障害のある人は権利主体として、とりわけ障害のある人に係る施策

の策定や決定の過程に、民主的・主体的に参加できることが基本的に要請される104。

マレーシアの国家審議会において、障害のある人の活動団体のリーダーには障害のある

人本人も含まれている。しかし、ここで留意しなければならない点が 2 つある。まず、国

103 井上英夫「『固有のニーズ』を持つ人と人権保障」障害者問題研究、第 31 巻、4 号、2004 年、273 ページ。 104 小川政亮著作集編集委員会『小川政亮著作集第 5 巻 障害者・患者・高齢者の人として生きる権 利』大月書店、2007 年、86 ページ。

152

家審議会自身の機能である。この国家審議会は簡単に言えば政府に対して助言をする存在

にすぎないものである。障害のある人が参加するとしてもできることは助言し、提案を出

すに過ぎない。実施に関しては政府の権限であり、これらの助言・提案を採用するか否か

は政府が決定するものである。

もう 1 点は、障害のある人のリーダーや当事者が参加しているが、委員の選任は任命制

である。障害のある人の選任に当たっても、障害のある人たち自らが自分の代表を選んで

選出しなければならない。自分の声を代表し、代弁できる人を通して、自分の意思表明を

することが大事である。 さらに参加の過程において、決定することができなければならない。マレーシアにおい

ては、しばしば障害のある当事者や団体、リーダーが、法律はあるとしても実施されるか

否か問題があると批判している。そうであれば、、一番効果的な方法としては障害のある人

自身が実施に際して、自ら監視・監督することができることである。実施過程において、

自ら決めることができる。そのためには、まず参加が前提となる。障害のある人自ら参加

し、自分に関連することを自分で作り上げて、実施し、監督出来ることが一番好ましい。

そこでは自分で決定していくという経緯・手続きが大事である105。最後に、自分でその権

利が行使できなければならない。 マレーシアにおいて障害のある人の完全参加を実現するためのシステム・法制度の創設と

整備が早急に求められる。

第 3 項 差別禁止から平等保障へ

前述のように、 2008 年法の最初の草案は差別禁止法を目指すものであった。いままで論

じたように、法案作成の最終段階で、司法長官事務所から「差別」及び「差別の撤廃」と

いう文言が入ることは認められないという指示に従い、「差別」という文言を省く大幅な変

更作業が行われた。結果として、差別という文言はすべて削除されたが、権利や平等を保

障するという趣旨は保たれた106。また、障害のある人に対する差別撤廃の文言は法律では

入れることができないことから、より法的拘束力のない政策に譲って、盛り込まれること

になった。

105井上英夫『患者の言い分と健康権』新日本出版社、2009 年、81-82 ページ。 106 久野研二「マレーシアの障害者法と障害者(福祉)政策―その背景と課題」『福祉労働』118 号、124 ページ。

153

疑問なところは平等という文言が保たれて、差別に対す文言はが削除されたことである。

差別を許しながら、平等になることはそもそも不可能である。ようするに、差別する側と

差別される側は上下関係に置かれているから差別が存在する。このような不対等な関係は

平等とは言えない。別の言い方をすれば、差別が存在する限り平等ではないということで

ある。差別がなくなることによって初めて平等になれる。

権利条約において、障害に基づく差別とは「障害に基づくあらゆる区別、排除または制

限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のいかなる分野においても、

他の者との平等を基礎としてすべての人権及び基本的自由を認識し、享有しまたは行使す

ることを害し又は無効にする目的又は効果を有するものをいう。障害に基づく差別には、

合理的配慮を行わないことを含むあらゆる形態の差別を含む」とされている。とすると差

別には直接差別、間接差別と合理的配慮の欠如の 3 つの差別形態があると言えよう。一方、

平等についての定義は権利条約には設けられていない。 近年において、平等に対する考え方も変化している。また、平等と不平等の判断も実は

難しいことである。平等が「同じ取り扱いを受けること」であるとはいっても、異なる取

り扱いがすべて不平等になるというわけではない。場合によっては、異なる扱いが平等を

実現することもありうる。というのは、前者は機会の平等(形式な平等)であって、後者

は結果の平等(実質的な平等)である。合理的配慮は実質的平等に向かうための機会の平

等の保障を求めることであると言える。実質的平等・結果の平等においてはアファーマテ

ィブ・アクションと呼ばれる積極的差別是正措置が求められる。

2 章で論じたように、マレーシアにおいては、法律より積極的な差別是正措置を取るとい う歴史的な慣例があり、特にマレー人コミュニティが直面する経済的などの不利益を元に

戻すための措置がよくとられている。マレー系の人の経済面などでとられているアファー

マティブ・アクションは、新経済政策(New Economic Policy: NEP) 、国民開発政策( National

Development Policy: NDP) と国民ビジョン政策(National Vision Policy: NVP)等で見られる107。

障害のある人に対して唯一の積極的な差別是正措置は「2008 年公共サービス 3 カ年通達」

であり、政府・公的機関が障害のある人に対して 1%の雇用機会を提供することである。し

かし、前述の通り、これは政府の努力義務に留まるものである。一方、マレーシア憲法 153

107 NEP は、マレーシアの貧困撲滅と社会の再編成とい 2 つの目標を制定されている。社会再編成に おいては、マレー系を優遇していると言える。具体的には、マレー系の経済的地位の向上やマレー系 の企業家・経営者を育成し、また規則などの制定によって、マレー系の参加を支援するものである。 NEP の時期終了になると、NDP によって取り入れられ、NVP が継承している。

154

条はマレー人の特別地位を認め、さらに、割当枠を定めることができるとしている。政府

はマレー人のための積極的差別是正措置を国家経済発展計画にも盛り込み、積極的に推進

してきた。

その一方、障害のある人に対する雇用については努力義務に過ぎない。また、障害のあ

る人のための積極的差別是正措置は公的機関における雇用だけであるが、マレー人の場合

は奨学金、取引、高等教育、住宅などにおいて実施されている。さらに、政府は障害のあ

る人の場合は、合理的配慮にすら消極的である。このような政府のダブル・スタンダード

は非常に理不尽である。そのため、障害のある人に対しても、直接差別・間接差別並びに

合理的配慮の欠如等の差別を撤廃し、実質的平等までの措置をとることが求められる。

第 4 項 教育・雇用・情報などへのアクセス保障からあらゆる分野の権利保障へ

既に述べたように、2008 年法の特徴の 1 つは働く権利や文化的な生活へ参加する権利とい う文言を用いるのではなく、どちらと言えば働く権利、教育権などの用語を回避している

ことである。両者の違いは、雇用の例をあげると、雇用へのアクセスは自由であるが、雇

用を保障するものではない。つまり、障害のある人は他の障害のない人と競争しながら自

分の能力によって仕事を探し、仕事に就くことは自由であり、各自の才能に応じて働きな

さい、ということである。合理的配慮や支援などは求めていないし、障害を理由に拒んだ

りとしても問題はない。 一方、権利条約は障害のある人の労働権を認めている。この権利には、障害のある人に

とっては開かれ、インクルーシブで、かつ、労働市場及び労働環境において、障害のある

人が自由に選択し又は引き受けた労働を通じて生計を立てる機会についての権利を含み、

さらに適切な措置を取ることが求められている。すなわち、働く権利の保障のために立法、

合理的配慮、アファーマティブ・アクションなどの措置が求められて、障害のある人が働

き・就労することを権利として保障することが求められている 。

2008 年法の教育に関しては、教育へのアクセスの権利の文言すら取り入れていない。こ

こには障害のある人が障害を理由に教育制度から排除しないと規定している。すなわち、

教育へのアクセス権より弱い文言「排除しない」を用いている。前に見たように、2008 年

法制定の際、用語は政府によって慎重に選ばられたのである。人権、教育の権利や文化的

な生活に参加する権利などの用語を避け、直接「権利」と係わりのない遠まわしの言い方で

「アクセスの権利」の用語を用いた。さらに、「アクセスの権利」の用語も回避し、「排除しな

155

い」という用語を用いたわけである。マレーシア政府の用語を整理すると、排除しないア

クセスの権利権利人権という順位である。 アクセス権も本来ならば重要である。障害のある人の雇用へのアクセス権という時は、

障害のある人が雇用へアクセスでき、さらに雇用そのものを権利として保障することまで

内容とすべきである。そのような体制作りが求められている。マレーシア政府の解釈では、

アクセス権とは自由にアクセスする権利にとどまり、その自由に干渉しないこととされて

いる。

このことは、マレーシア政府が権利という用語を回避しているのは、法的権利として認

められれば非常に重みがあり、力があると認識していることを示している。さらに、権利

という言葉を用いる場合でも、抽象的な権利しか認めていない。具体的に実効性ある権利

は与えない。裁判を起こすのは自由でありながら具体的権利として明記していないので、

裁判を起こしても、権利の内容の確定が難しく、裁判規範性がないものとされ、権利を実

質的に保障することが困難である。

したがって、今後はより明確に具体的権利を保障するよう 2008 年法を改正すべきである。 また、その権利保障を教育、雇用、情報にとどまらず、住居、医療、所得、移動、コミ

ュニケ-ション、そして社会福祉サ-ビス等すべての生活部面に拡大すべきである。

第 5 項 恩恵から権利へ、権利から人権へ

マレーシア政府はしばしば 2008 年法の制定によって恩恵から権利へ移行したと主張する。

しかし、権利と言いつつも、多くの問題が見られる。その問題とは、1 つには権利救済制度

の欠落、2 つには罰則規定の欠如、3 つには抽象的権利の問題、4 つには権利の用語の利用

の回避、5 つには「できる規定」を用いて、権利を曖昧化すること、6 つには政府に対する 訴訟及び法的手続きに対する保護の欠如、という問題である。権利救済制度、罰則と権利

の用語の問題に関する点は既に論じてきたのでここでは省略する。

2008 年法は権利性に基づくものであると政府は強調するが、内容を見ると権利の単語を

用いているに過ぎない場合が多い。しかし、単に権利という言葉が使われるだけでは足り

ないので、実質的に一定の利益が確実に保障されるという立法的裏付けが必要である108。

要するに、教育、雇用、情報、コミュニケーション、サービス、医療等が法律上の権利と

108 小川政亮著作集編集委員会『小川政亮著作集第 5 巻 障害者・患者・高齢者の人として生きる権 利』大月書店、2007 年、103-104 ページ。

156

して受けられることを明らかにしなければならない。これを権利性というなら、先にも述

べたように権利性を明確にした立法であることが要請されるわけである109。

2008 年法 41 条は、「以下の者に対して、いかなる裁判所においても告訴、訴訟、起訴、

あるいは他の手続きが提出されたり、あるいは継続したりすることはない。(a)政府(b)

大臣(c)審議会(d)審議会の委員あるいは委員会の委員、あるいは(e)審議会の正式な

代理として行動する人、上記の者による全ての行動、無視、あるいは不履行がよい意図を

持って行われた場合に関して適用される」と規定する。さらに、42 条は、「1948 年制定公

的権威保護法[法律 198]は、政府、大臣、審議会、審議会の委員、委員会の委員、あるいは 審議会の代理人の行動、無視、不履行、あるいは行ったことに対して適用されることとす

る」と規定している。

この 2 つの条文は、事前に障害のある人の権利行使を拒む条文である。障害のある人が

政府の不作為や法を履行しないことに対して提訴することを拒否する。この法の不履行に

対しても、障害のある人が政府に対して請求権を持っていないと解せられる。

また、42 条で明示されている 1948 年公的権威保護法は時効を設けている。政府あるいは

それらの者に対して提訴する場合は、当事件あるいは不注意、問題の発生後の 36 ヶ月以内

に提訴しなければならない。障害のある人が政府に対して義務履行を権利として請求する

のが如何に困難であるかが明らかである。同法は、障害のある人の権利を守るものではな

く、むしろ障害のある人が政府に対して権利を請求するのを避けさせて、政府を守るもの

と言わざるをえないのである。そのため、まず、2008 年法を障害のある人の権利を実質的

に保障する法に改正し、権利請求、行使することができるようにすることが求められる。

2008 年法は権利に対して敏感ではあるが、人権に対しては完全に拒否する姿勢を取って

いる。障害のある人の人権も国際的にみると恩恵から権利(契約、法律上の権利)、そして

最高位の権利である人権へと発展している。したがって、現代のマレーシアにおいても障

害のある人が抱える問題は人権問題としてとらえられなければならない。マレーシア政府

が、2008 年法が障害のある人の権利を保障しているというのであれば、障害のある人の人

権を保障するものでなければならない。

109小川政亮著作集編集委員会『小川政亮著作集第 5 巻 障害者・患者・高齢者の人として生きる権利』 大月書店、2007 年、60 ページ。

157

第 2 節 日本を参考にして

日本では、1946 年に日本国憲法が制定され、人権保障が国民主権、平和主義と並んで三本

柱の 1 つとされた。そして、1949 年、人権のうちでも憲法 25 条の生存権保障を具現化する

ため、身体障害福祉法が障害のある人に関する初めての法として制定された。その後、障

害種別に法律が制定され関連施策・制度並びにサービスが少しずつ整備されてきた。そし

て、1975 年、心身障害者対策基本法が多くの障害のある人を対象とした総合的立法として

制定され、さらに 1993 年、障害者基本法へと改正されている。他方、2005 年には福祉サ-

ビスの支援を中心とした障害者自立支援法が制定された。これに対しては障害のある人・

団体から激しい反対の声が上がり廃止のための訴訟も提起され、その運動を背景として

2012 年、障害者総合支援法(障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法

律)に改正されている。

一方、マレーシアでは 2008 年に初めて障害のある人に関する法が制定された。障害のあ

る人の法制定は日本より約 60 年遅れている。また、マレーシアの障害のある人の施策・制

度・サービスも不十分である。マレーシアでは東方政策が 1982 年に制定され、日本や韓国 から技術や経営手法などを学ぶという政策がとられている。筆者は、マレーシアは日本の

技術や経営手法の経済面だけではなく、日本の社会保障・社会福祉並びに人権も視点に入

れて、日本のこれらの優れた点を学ぶべきであると考えている。

第 1 項 親亡き後の生きる権利

2008 年法の 38 条は、「政府は、重度障害のある人がよりよい生活の質が得られるよう、 重度障害のある人の福祉がその人の両親あるいは介護者の死後も影響を受けないようにす

ることを確実にすることを含めて、必要な社会支援制度を提供することとする」と重度障

害のある人の親あるいは介護者の亡き後の生活保障について規定している。多くの障害の

ある子を持つ親は自分が亡くなった後、障害のある子の面倒をみる人がいないことを心配

し、その子一人では生活が成り立たないことを悩んでいる人が多いのである。この条文に

より、親の悩みを払拭することが期待される。しかし、上記のように権利性の問題だけで

もこの条文の実効性には疑問がある。さらに、福祉局そして現在の障害のある人の発展に

関する局すら親亡き後の実質的な社会保障・支援制度を提示していない。どのような制度

によって、親あるいは介護者が亡くなっても影響を受けず、生活が保障されるのか、その

実施、計画、制度などについて一切明確になっていない。

158

現在、福祉局が提供する諸サービスや支援をみると、親亡き後を担う社会保障・支援制

度としては福祉局による施設サービスが提供される可能性が一番高い。先に述べたように、

政府が運営する施設は保護工場と訓練センターを含めて全部で 11 か所ある。しかし、圧倒

的に施設の数が少ない。その中に 7 か所の入所施設は親亡き後の行き場となると思われて

いる。2009 年のタマン・シナル・ハラパン・バルの事件があった。このことはその後、人

権委員会が調査を行って、スタッフと入所者の割合は昼間が 1 対 10 であり、夜は 1 対 40 であることが明らかになった。メディアからクローズアップされた結果、女性省大臣が当

施設に訪問し、施設の状況や職員の改善を行った。しかし、2012 年にタマン・シナル・ハ

ラパン・クアラ・クブ・バルでまた事件が起きた。38 歳の施設入所者が 19 歳の入所者に攻

撃され、結局攻撃された入所者は失明する危機にあった。当事件では 19 歳の入所者が問題 とされていたが、運営側による過失責任は全く問われなかった。政府が運営する施設はそ

もそも、入所者の生活の質を保障し、安心、安全でなければならない。しかし、質が低い

だけではなく、安全性すら保障されていない。政府が運営する施設は 2 回も事件が起きて

いたが、政府は未だにきちんと対策を取っていない。このことから、障害のある人の親亡

き後の制度として、障害のある人に相応しくない。さらに、親亡き後の生きる権利の保障

も大きな課題がある。その生きるための権利はタマン・シナル・ハラパンのように生きて

いればそれでいいというレベルではなく、尊厳をもって生きることでなければならない。

そのため、居宅の権利、働く権利、社会参加の権利、さらに経済的な管理などが困難な場

合の支援の保障など多方面で検討しなければならない。

日本から学ぶといっても、日本においても親亡き後についての問題もそれなりの課題を

持っているが、マレーシアの立場からすればずいぶん先進的であり、各分野において学ぶ

ことは多くある。しかし、日本から学ぶ場合でも現在日本において批判されている課題に

ついても念頭にいれ、同じ失敗・間違いを起こさないように注意する必要がある。

人間が生きているうちには何らかの収入によって生計を立てる手段が必要になる。収入

や所得によって生活上必要な品物やサービスを購入し、生活する。障害のある人、特に働

くことが困難、あるいは働くことによって十分な収入が得られない障害のある人こそ所得

保障が必要である。日本においては、このような目的を果たすのは障害のある人に対する

年金制度である。障害基礎年金は 20 歳未満で重い障害を残した者が 20 歳になった段階又

は国民年金の加入者(20 歳から 60 歳まで)が障害を負った場合に支給される年金である。

また、厚生年金加入者の場合には、障害基礎年金と障害厚生年金を合わせて受給できる。

159

障害基礎年金は 1 級・2 級の障害のみ支給されるが、障害厚生年金はより軽度の障害、3 級

に該当する人にも支給される。また、3 級より軽度の障害の場合は一回限りの一時金、障害 手当金が支給される。公務員等の場合は障害厚生年金の代わりに障害共済年金が基礎障害

年金に上乗せて受給できる。 年金のほかに拠出を求めない手当制度も存在する。日常生活で常時に介護が必要な在宅

の重度障害のある成人(20 歳以上)を対象とした、特別障害者手当が支給される。また、

在宅の重度障害のある子ども(20 歳未満)は、障害児福祉手当が支給される。在宅の重度

障害のある子ども(20 歳未満)がいる親又は監護者を対象に支給する特別児童扶養手当も ある。このように、在宅の重度障害のある子どもの場合、障害のある子どもを障害児福祉

手当が支給される、障害のある子どもの親または監護者へは特別児童扶養手当が支給され

る。さらに、障害のある人の親が生きている間に掛けておく制度もある。心身障害者扶養

共済という任意加入年金制度であり、障害のある人の親が亡くなった場合に障害のある人

は終身受給できる年金である。最後に上記の制度をすべて利用しても、生活が困難な場合

には生活保護制度の利用もできる。 しかし、所得保障だけで障害のある人の生活が保障されるわけではない。所得があると

しも、日常生活の金銭管理が困難な人へは、そのための支援も必要になる。日本において

は、日常生活自立支援事業は判断能力が十分でない人に対して金銭管理や福祉サービスの

利用についての支援をする事業である。さらに、それより判断能力が不十分な人に対して

は成年後見制度の利用ができる。そして、介護が必要な場合、介護サービスなどの福祉制

度を利用でき、支援が必要な場合、必要な支援を受けながら教育を受け、労働なり、社会

参加なりをする。また、親亡き後に自宅で一人暮らしが困難の場合、グループホームやケ

アホームなどの選択肢もあり、家事援助、そして食事、排泄などの介助を受けながら地域

の生活を送ることも可能である。

このように、日本においては、親亡き後に障害のある人は社会保障や社会福祉制度等を

利用しながら社会生活を送ることができる。一方、マレーシアにおいては、社会福祉制度

は非常に乏しい状態にある。もっと正確に言えば社会福祉制度はほぼ存在しない状態にあ

る。障害のある人は家族に頼って生活をしている。親あるいは監護者が亡くなって、また

は頼れる人が見つからない場合は、NGO などが経営している施設に入所する以外に選択肢 がない。しかし、施設が満員になると、障害のある人の行き場は無くなる、生きる権利が

侵害される。

160

そのため、日本のように障害のある人が、親が亡くなっても、地域で住み続けられる制

度の整備が必要である。障害のある人の所得保障、権利保障、支援の保障などを総括的に

検討し、CBR 概念と統合し、地域、社会の資源を利用しながら、障害のある人が親亡き後

もノーマルな生活を送りかつ地域で住み続けて生きていけるような制度を構築する必要が

ある。さらに、最終的に、親亡き後ではなく、親が生きている間でも障害のある人が親を

頼らず、地域で生活できる、障害のある人の親も自分の生活を犠牲にすることなく、親も

障害のある人も自分らしく生活ができるようになることが望ましい。

第 2 項 障害者基本法からの示唆

2008 年法が制定される際には権利条約以外には日本の障害者基本法(以下、「基本法」と

略す)も参考にされた。前述のように、マレーシアは、1982 年に日本や韓国の技術、管理、

運営などを学ぶという東方政策を開始した。その視点からすれば、日本の法律の優れた点

を学ぶのも 1 つの方法である。学ぶという時には、優れた点はもちろん学ぶべきであるが、

その弱点や失敗したところを参考にし、同じ間違いを繰り返さないようにすることも大事

な視点である。筆者は日本の障害者基本法は不十分のところを認めつつであるが、マレー

シア政府が日本の基本法を参考したことから、本稿はあえて、基本法を取り上げることに

なった。その原因はマレーシア政府と対照し、障害者基本法のいい点を視点入れて、マレ

ーシア政府に改善案を提示するという旨である。

マレーシア政府は 2008 年法において、基本法の優れた点を学ばなかった。むしろ日本に

おいて、すでに散々批判されたものを取り入れた。基本法の直ちに国民に権利を付与しな

いという点を 2008 年法は取り入れた。基本法は障害のある人の関連施策の方針・理念・目

的を示す法律であり、実施規定やその具体化は個別法に委ねられている。基本法に罰則規

定が設けられていないところは 2008 年法と同じである。女性省大臣は 2008 年法に罰則規

定がないことについて、罰則規定は個別の関係法に委ねるとした。例えば、障害のある子

どもの虐待に対しては 2001 年児童法で対処すると説明した。ただし、そもそも日本におい

ては、障害に関する多数の法律が存在するのに対して、マレーシアでは障害のある人の施

策に関する法律はほぼない(図 7-2、図 7-3 参照)。そのため、もしそのような説明であ

るならば、マレーシアも個別の法律を制定する必要があり、各個別法に障害のある人が受

けられるサービスあるいは

161

図 7-2:日本の障害者施策に関する法の体系 保健.福祉 児童福祉法 身体障害者福祉法 障害者総合支援法(障害者自立支援法) 知的障害者福祉法 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律 発達障害者支援法 母子保健法 老人福祉法 介護保険法 社会福祉法 地域保健法

医療 医療保険各法 業務災害補償各法 児童福祉法 障害者自立支援法(自立支援医療) 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律

教育 学校教育法 社会教育法 発達障害者支援法 特別支援学校への就学奨励に関する法律

雇用.就業 障害者の雇用の促進に関する法律 職業安定法 障 職業能力開発促進法 雇用対策法 害

者 所得保障 基 公的年金各法 生活保護法 業務災害補償各法 本 特別児童扶養手当等の支給に関する法律 税制各法(障害者扶養控除等) 法 特定障害者に対する特別障害者給付金に関する法律 郵便法 身体障害者旅客運賃割引規則

生活環境 公営住宅法 道路交通法 福祉用具の研究開発及び普及の促進に関する法律 身体障害者の利便の促進に資する通信.放送身体障害者利用円滑事業の推進に関する法律 身体障害者補助犬法 高齢者、障害者等の移動の円滑化の促進に関する法律(バリアフリー新法)

専門職の養成 医師法 歯科医師法 保健師助産師看護師法 あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律 理学療法士及び作業療法士法 視能訓練士法 社会福祉士および介護福祉士法 精神保健福祉士法 義肢装具士法 言語聴覚士法

出所:福祉士養成講座編集委員会『社会福祉士養成講座 3 障害者福祉論第 5 版』、中央法 規、119 ページ。

162

図 7-3:マレーシアの障害者施策に関する法の体系

保健.福祉 2001 年児童法

医療 2001 年精神健康法 1988 年伝染病予防及び管理法 2 0 教育 0 1996 年教育法 1997 年特殊教育規則 8 年 雇用.就業 障 害 の 所得保障 あ 1952 年被雇用者補償法 1969 年被雇用者保障法 る 1991 年被雇用者積立基金法 1980 年公務員年金法 人 1977 年物乞い法 1967 年所得税法 I に 1972 年売上税法 関 す 生活環境 る 1974 年道路、下水、建築法 1984 年統一建築物規則 法 MS1183:1990 障害のある人の避難手段に関する実施基準 MS1184:2002 公共施設における障害のある人のアクセスに関する実施基準 MS1331:2003 建築物外における障害のある人のアクセスに関する実施基準

専門職の養成 1950 年看護士(1969 年改正) 1966 年助産師法(1990 年改正) 1971 年医療法

施設の設置 1993 年介護施設法

出所:筆者作成(用語表参照)。

163

分野ごとに国の責任から実施基準、措置そして法の違反の場合の罰則などを明記する必要

がある。 また、日本においては既に差別禁止法の制定の議論が始まっており、障害のある人は差

別禁止法の制定を要求してきた。繰り返すが、マレーシアの最初の草案は差別禁止法であ

ったが最終的には基本法の形となった。日本において、基本法だけでは障害のある人の権

利保障には不十分であり、差別禁止法の制定を求めている。それにもかかわらず、マレー

シアは批判されている基本法を参考にして、差別禁止法を否定した。差別禁止法の制定が

大事なのは、罰則を目的とするではなく、何が差別であるのかについての「物差し」を提

供することに第 1 の意義があるのである110。また、具体的な差別を提示した上で、その差

別を受けていた人を救済する。

もし、2008 年法が基本法に学ぶのであれば、基本法が評価されているところを学ぶべき

である。参考にすべきなのはとくに基本法で義務付けられた障害者計画の策定である。日

本政府、都道府県、市町村は障害者計画を策定する義務がある。1995 年、障害者基本法の

改正により障害者基本計画の策定が、国に義務付けられた(2004 年には、県、市町村にも 義務付けられた)。障害者計画は具体的に数値目標を設定する。この数値設定の意味は決ま

った期間内に計画の達成目標を設定することで、成果評価の物差しとなることである。ま

た、障害者自立支援年法によって、障害福祉計画の策定も義務付けられている。

マレーシアにおいては、障害のある人のサービスや施策が乏しいだけではなく都市と地

方の差も激しい。障害のある人の運動などによって、一部の都市部はバリア・フリーにな

っている。また、NGO などのサービスも受けられるが、地方によっては、このような環境

やサービスが全く提供されていないところもある。

障害のある人に関する行動計画は政府が策定しているものの、日本のような各地方自治

体の計画づくりはない。各地方自治体が計画をつくることによって地域間格差を是正し、

障害のある人に対するサービスが全国的に推進されることが期待できる。さらに、マレー

シアの障害のある人に関する行動計画は具体的な目標数値を示していない。マレーシアに

おいては、実施が不十分という問題に対して定めた期間に実際の目標数値を設定する必要

がある。

次に、障害者基本法 11 条は、「政府は、毎年、国会に、障害者のために講じた施策の概

110 長瀬修・東俊裕・川島聡『障害者の権利条約と日本―概要と展望』生活書院、2008 年、65-66 ページ。

164

況に関する報告書を提出しなければならない」と規定している。この報告書は『障害白書」

して毎年の進展、情報が収録されており、毎年刊行されている。このような情報公開は、

自分たちの知る権利を守る上で大きな意味を持っている。マレーシアにおいては、障害の

ある人に関する行動計画は現在秘密書類であり、関係者以外には公開されていない。国家

審議会は関連省庁に対して報告を要求することができる。また、国家審議会は女性省大臣

に毎年年間報告を提出する必要がある。しかし、これらの報告を公開していないので、障

害のある人そして国民全体は政府が実施したことも、まだ実施していないこともすべて分

からないのである。障害のある人は自分たちの関連施策の進展に関する情報が入手できな

い限り、政府を監視する機能も果たせない。また、国会においても、進展状況の報告はさ

れていない。このやり方は正に「ブラックボックス」の状態にある。そのため、障害のあ

る人だけではなく、国民全体も知る権利があるのだから、情報の公開が不可欠である。

165

終わりに 本稿の成果と課題

マレーシアにおける障害のある人の権利について本格的な研究は今までされていなかっ

た。本稿はマレーシアにおける障害のある人の権利保障を総合的に論じる初めての研究と

言えよう。

1 章は本稿の問題意識から、研究方法、構成を紹介する。2 章は障害のある人の権利保障 の現状について教育、雇用、移動及び社会福祉の権利をとりあげ分析する。また、権利確

立を阻害する社会的要因などを分析した。3 章では、障害のある人の団体などが障害のあ る人の権利確立のためにどのような働き・運動をしてきたか、その成果と問題を考察した。

4 章は障害のある人の現状に至るのにどのような経過をたどってきたか障害のある人の社

会福祉の史的展開を概観した。5 章では、本稿の分析対象の中心である 2008 年法の制定過

程を分析し、与野党の国会議論の分析も行った。6 章では、2008 年法と権利条約との異同

について分析することによって、2008 年法の問題や水準などを明らかにした。7 章では、

障害のある人の権利確立のために、最終的に権利条約の水準へ向かうという目標を立てな

がら、マレーシアの現状から国際的水準に達するためのステップや改善方法を提示した。

さらに、マレーシアの障害のある人の社会福祉の水準と国際的水準とのギャップが大きい

ことから、マレーシアの水準と国際的水準の中間にある日本を参考にし、ステップアップ

のために学ぶべきことを提示した。

最後に本研究の成果と残された課題について簡単に触れておきたい。

第 1 節 本稿の成果

以上、本稿は障害のある人が未だに権利を侵害されている状態とその原因を明らかにし

た。これらの要因には社会的要因、法的要因、歴史的要因等がある。歴史からみると、イ

ギリス領マラヤの時代から障害のある人を救済し、施設などに障害のある人を収容するよ

うな政策をとってきた。マレーシアが独立した後もこのような方向は変わらなかった。こ

のような環境に置かれて、障害のある人は自分の権利という認識を持てなかった。法的要

因としては政府が「思いやり社会」とい道徳を社会規範にして、思いやり社会づくりによ

り、障害のある人が抱える問題を社会に投げ、政府の法的責任を曖昧にしたことがあげら

れる。障害の医学モデルに基づいて、障害発生の原因は本人にあるとし、自己責任論を障

害のある人や家族に押し付け、政府の思いやりから障害のある人を援助するとしてきた。

166

国からの恩恵を受ける人に国に対して感謝の気持ちを持たせて、障害のある人の権利は認

めなかった。「思いやり社会」は障害のある人の権利確立を阻害する大きな要因であること

が明らかである。また、2008 年法が制定されても、障害のある人の権利保障までは至らな

かった。このように、本稿が権利並びに人権の視点からマレーシアの法制度・政策を検討

し、その問題点発生の要因、を様々な観点から明らかにしている点にが大きな成果であり、

最大の独自性と創造性があるといえよう。

そして、本稿の中核は、2008 年法の研究である。第 1 に、2008 年法の制定過程を国会で

の議論を中心にして詳細にたどり、同法が、権利保障の方になりえていない点を明らかに

している。次いで、2008 年法と権利条約と対比させながら、その異同について詳細に分析

し、権利性の視点から同法の問題点を浮かび上がらせた。以上の 2 点は、2000 年以降、障 害のある人の法制度についての研究がほとんどなされていないマレーシアはもちろん日本

の立法、公共政策研究学に対しても大きく貢献する成果である。

さらに、第 7 章におけるいくつかの提言は、今後のマレーシアの障害のある人の権利確

立に大きく寄与する成果と言えよう。

第 2 節 残された課題 本稿の冒頭にも論じたが、マレーシアの障害のある人の歴史的研究は不十分なところが

ある。本稿においても、初期の障害のある人に関する政策・制度またはサービスの資料そ

して、参考することができる先行研究が乏しいことから歴史の分析は不十分である。

また、本稿はマレーシア憲法において、マレー系に特別な地位が与えられていることと

の関連で障害のある人の民族問題を取り上げることができなかった。

さらに、障害のある人の行動計画等については、多くの書類、記録、資料などが公開さ

れていないという制約から詳しい検討ができなかった。また、障害のある人に関する法の

議論の記録なども多くが政府の内部書類であり、非公開であることから、国会で公開され

た議論、2008 年法と権利条約の内容・中身によって推測するというアプローチを取らざる

をえなかった。さらに、国家審議会の報告も内部書類であるから、その進展状況について

も情報がなく詳しい評価や問題点なども解明できない状態にある。この点の詳細な検討は

今後の課題としたい。

本稿では 2008 年法の権利条約との異同についての分析を中心としたが、2008 年法で権

利条約と異なる条文もある。この部分の研究も今後深めたい。

167

日本においても障害のある人の権利意識がマレーシアが経験している恩恵・慈善的な時

代があった。障害のある人・家族やその団体、国民、障害福祉関係者、政治家などの努力

によって今日権利意識が根付いてきたと言えよう。最近の例として、障害者自立支援法廃

止の大運動がある。障害者自立支援法の施行後、とりわけ一割の利用者負担の導入への批

判が強まり、障害のある当事者並びに団体が違憲訴訟を起こして、障害者自立支援法を廃

止に追い込んだのである。最後は、国が原告・弁護団に協議を申し入れ基本合意まで締結

されたのであるが、合意は結局無視され障害者自立支援法改正という形で障害者総合福祉

法となった。このことは、運動の大切さ、特に障害のある人本人が自らのニーズを訴え、

運動を起こして、障害のある人自ら参加して、自分に関係する政策・法を創り上げること

の重要さを示している。 この日本の障害のある人の権利にとって画期的な運動のスロ-ガンは、「私たちのことを、

私たち抜きに決めないで」ということである。マレーシアがもっとも学ぶべき点は、こう

したダイナミックな法・政策創造の過程であると思うのだが、本稿での研究は不十分であ

る。日本の障害者法制・政策分析とともに今後の課題としたい。 最後に、今後この研究をさらに発展していくためには、マレーシアの障害のある人の政

策の実態と明らかにするという内容にとどまることなく、障害のある人の権利に関する条

約並びにアジアの障害のある人の政策研究という、より大きな公共政策研究に貢献すべき

課題も持っていることを付け加えておく。

168

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177

資料 1 障害のある人に関する政策

久野研二訳

一 序 障害者という集団は社会の一部を構成している。それゆえ、障害者も社会の他の構成員

と同じように生活を送るための権利と機会を等しく有している。障害者の生活全体とその

安定を保障するためには、権利を基盤とした取り組みと適切な保護の提供が必要である。

二 定義

障害者とは長期にわたる身体的、精神的、知的あるいは感覚的な障害を有し、かつ、種々

の障壁のために完全かつ有効な社会参加が妨げられている人々をさす。

三 政策の趣旨

障害者政策は、障害者の完全な社会参加のための機会と権利の均等化を保障する基礎と

なる。この政策は、自由、名誉、尊厳といった障害者が自立した生活を送るために必要な、

人間としての権利を保障するものである。

四 政策の目的

障害者政策は次の四つの目的を有する。

1 障害者が社会に等しく参加するため、他の人々と同じ権利と機会を有することを認める。

2 法律のもと、障害者が等しく権利、機会及びアクセスを享受できることを保障する。

3 障害を理由とする差別を撤廃する。

4 障害者の権利に関して社会を啓発し教育する。

五 戦略

障害者政策の戦略は次の一五の分野に分けられる。

1 権利擁護

種々の活動を通し、障害者に対する社会の理解・態度をより肯定的なものへと変革する。

2 アクセス

(i) 公共施設、宅地、職場、および建築物の内外において必要な設備の整備と共にバリア

178

フリー化がなされることを保障する。

(ii) 公共交通機関が障害者にも利用できるものとするよう整備する。

(iii) 情報通信技術(ICT)が障害者にも利用できるものとするよう整備する。

3 保健・医療

(i) 予防、早期発見・早期介入といった保健・医療サービスを向上させる(一次医療)。

(ii) 障害者に提供される医療サービスの質を向上させる(二次・三次医療)。

4 リハビリテーション

(i) 障害者に対する既存のリハビリテーション・プログラムの質的向上と量を拡大する。

(ii) 既存のものに加え、新しいリハビリテーション・プログラムを創出する。

5 教育

生涯教育を含む、障害者の全ての教育機会へのアクセスを向上させる。

6 就労

(i) 全ての職業分野において、障害者の就労の機会を広げ雇用を促進する。

(ii) 障害者の起業・自営を推進する。

7 社会保障と安全

(i) 障害者をあらゆる種類の搾取、暴力、虐待から保護する。

(ii) 必要かつ受給資格のある障害者に対し、支援と設備が提供されることを保障する。

8 社会的支援

(i) 障害者のニーズに適した支援サービス事業制度を確立する。

(ii) 適正な価格の義肢装具や自助具の生産と販売を推進する。

9 社会

環境設備を改善し、障害者の社会活動への参加を推進する。

10 人的資源開発

(i) 障害者に対し十分なサービスが提供できるよう、専門的訓練を受けた人材の確保と能

力開発を行う。

(ii) 障害者を代表する NGO の能力を向上させる。

(iii) 計画および意思決定過程への障害者の参加を向上させる。

11 社会参加

(i) 障害者の支援活動に対するボランティアの参加を推進する。

(ii) 多分野・多職種にわたる協力をより密接で強固なものにする。

179

(iii) 企業の社会貢献を遂行するために民間部門の参加を推進する。

12 研究と開発

(i) 障害者に関する研究と開発を推し進め、それらが実際に活用されるよう研究成果の告

知にも努める。

(ii) 障害者に対する種々の事業・活動の運営・監督・評価を統合・調整する制度を確立

する。

13 住宅

(i) 住宅および周辺環境に関してはユニバーサル・デザインを推進する。

(ii) 障害者の住宅保有の機会を向上させる。

14 障害児 障害者に対する全ての事業・サービスの開発・向上・改善において、障害児の利益を最

優先する。

15 女性障害者

障害者に対する全ての事業・サービスの開発・向上・改善において、女性障害者の利益

を最優先する。

まとめ

政府は障害者に対して最大限の注意を払っており、この政策は、社会における障害者の

完全参加のための平等な権利と機会の保障に対して、政府の責務を示すものである。しか

しこの政策の実現には、全ての政府省庁・機関、民間団体、教育・研究機関、医療専門職、

社会福祉従事者、ボランティア、

そして一般社会の人々の参加が必要である。

女性・家族・社会開発省

クアラルンプール

二〇〇七年十一月十六日

180

資料 2 2008 年障害のある人に関する法 An Act to provide for the registration, 障害者の登録、保護、リハビリテーション、 protection, rehabilitation, development and 開発及び福祉、国家障害者審議会の設立及 wellbeing of persons with disabilities, the びそれに関する諸事項を規定するための法 establishment of the National Council for 律。 Persons with Disabilities, and for matters connected therewith.

RECOGNIZING that disability is an evolving 障害は変化し続けている概念であり、かつ concept and that disability results from the 障害とは、障害者と社会における障害者の interaction between persons with disabilities 平等で完全かつ有効な参加を阻害する環境 and attitudinal and environmental barriers that や態度などの障壁との相互作用の結果とし hinders their full and effective participation in て生ずるものと認識する。 society on an equal basis with persons without disabilities:

RECOGNIZING the valued existing and 価値ある存在、かつ全般的な福祉のための potential contributions made by persons with 障害者による貢献の可能性、かつ地域社会 disabilities to the overall wellbeing and と社会の多様性を認識する。 diversity of the community and society:

RECOGNIZING the importance of 障害者の社会への完全かつ有効な参加を可 accessibility to the physical, social, economic 能にするために、物理的、社会的、経済的 and cultural environment, to health and 及び文化的環境、保健及び教育及び情報及 education and to information and びコミュニケーションへのアクセスの可能 communication, in enabling persons with 性の重要性を認識する。 disabilities to fully and effectively participate in society:

RECOGNIZING that persons with disabilities 連邦憲法によって規定される権利の制限、 are entitled to equal opportunity and protection 制約及び保護の規定にのみ制限されるが、 and and assistance in all circumstances and 障害者はすべての環境において等しい機会 subject only to such limitations, restrictions and と保護と援助を受ける権利を有することを the protection of rights as provided by the 認識する。 Federal Constitution:

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RECOGNIZING the importance of the 障害者の社会への完全かつ有効な参加及び co-operation between the Government and the インクルージョンを確実なものにするため private sector and non-governmental に、政府及び民間や非政府組織間の協力の organization in ensuring the full and effective 重要性を認識する。 participation and inclusion of persons with disabilities in society

NOW, THEREFORE, ENACTED by the ここにマレーシア国会によって以下のこと as follows: が制定された。

PART I PRELIMINARY 第一部 序 Short title and commencement 第一条 短い名称及び開始 1. (1) This Act may be cited as the Persons with (1)この法律は二〇〇七年制定障害者法と呼 Disabilities Act 2007. ばれる。 (2) This Act comes into operation on a date to (2)この法律は、官報に告示されることによ be appointed by the Minister by notification in って、大臣に指定された期日に施行され、 the Gazette, and the Minister may appoint しかし大臣はこの法律の中のある特定の条 different dates for the coming into operation of 項については、別の期日を施行の期日とし different provisions of this Act. て指定することができる。

Interpretation 第二条 定義 2. In this Act, unless the context otherwise この法律においては、文脈上異なった意味 requires. にならない限り、以下の語句の定義は以下 の通りとする。

“language” includes spoken and sign languages, 「言語」は口語と手話、マレーシア手話及 Malaysia Sign Language and other forms of び他の形態の非口語言語を含む。 non-spoken languages;

“Malaysia Sign Language” means the official 「マレーシア手話」は、マレーシアのろう sign language for the deaf in Malaysia; 者のための公式な手話のことを意味する。

“Register” means the Register of Persons with 「登録」は、第二十一条に従って障害者を Disabilities kept and maintained under section 登録しその登録を維持することを意味する。 21;

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“prescribed” means prescribed by regulations 「規定する」は、この法律によって制定さ made under this Act; れる規則によって規定されることを意味す る。 “habilitation” refers to a process aimed at 「ハビリテーション」は、障害をもって生 enabling persons who are born with disabilities まれてきた人が完全な身体的・精神的・社 to attain and maintain their full physical, mental, 会的及び職業的な能力を身に付け、それを social and vocational ability and full inclusion 維持し、そして生活のすべての面における、 and participation in all aspects of life; 完全なインクルージョンと参加を目的とす るプロセスのことを称す。

“Department” means the Department for the 「局」は、障害者の登録、リハビリテーシ Development of Persons with Disabilities ョン、開発及び福祉を担当する障害者開発 responsible for the registration, protection, 局のことを意味する。 rehabilitation, development and wellbeing of persons with disabilities;

“Kad OKU” means the card issued under 「障害者カード」は、第二十五条に基づい section 25: て発行されるカードのことを意味する。

“Government” means the Federal Government; 「政府」とは連邦政府のことを意味する。

“Registrar General” and “Deputy Registrar 「総登録官」及び「副総登録官」は、第二 General” means the Registrar General for 十条(1)(a)及び(b)の下にそれぞれ任命され Persons with Disabilities and Deputy Registrar る障害者のための総登録官及び障害者のた General for Persons with Disabilities めの副総登録官のことを意味する。 respectively appointed under paragraphs 20(1)(a) and (b);

“communication” includes languages, display 「コミュニケーション」は、言語、テキス of text, Braille, tactile communication, large ト表示、点字、触覚コミュニケーション、 print, signal, accessible multimedia as well as 大字印字、信号、アクセシブルなマルチメ written, audio, plain-language, human-reader ディア、書面、音声、平易な言語、人間の and augmentative and alternative modes, means 読み手、その他のアクセシブルな情報通信 and formats of communication, including 技術を含む使用可能な代替的コミュニケー accessible information and communication ションの方法・手段・方式を含む。 technology;

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“Council” means the National Council for 「審議会」は、第三条によって設立される Persons with Disabilities established under 国家障害者審議会のことを意味する。 section 3;

“Minister” means the Minister charged with the 「大臣」は、社会福祉を担当する大臣のこ responsibility for social welfare; とを意味する。

“persons with disabilities” include those who 「障害者」は、長期の身体的、精神的、知 have long term physical, mental, intellectual or 的あるいは感覚の障害を有し、種々の障壁 sensory impairments which in interaction with と相まって社会における完全かつ有効な参 various barriers may hinder their full and 加が妨げられている人々を含む。 effective participation in society;

“Social Welfare Officer” means any Social 「社会福祉担当官」は、社会福祉を担当す Welfare Officer in the Ministry responsible for る省のすべての社会福祉担当官のことを意 social welfare and includes any Assistant Social 味し、すべての准社会福祉担当官をも含む。 Welfare Officer;

“Registrar” means the Registrar for Persons 「登録官」は、第二十条(1)(c)の下で任命さ with Disabilities appointed under paragraph れる障害者のための登録官のことを意味す 20(1)(c); る。

“private healthcare service provider” means the 「民間医療介護業務提供者」は、一九九八 provider of a private healthcare facility under 年制定民間医療介護業務提供者法[法律五 the Private Healthcare Facilities and Services 八六]の下に、民間の医療介護機能を提供す Act 1998 [Act 586]; る者のことを意味する。

“reasonable accommodation” means necessary 「合理的配慮」は、必要がある場合に、必 and appropriate modifications and adjustments 要かつ適切な改築や調整を不釣合いあるい not imposing a disproportionate or undue は必要以上の負担をかけることなく、非障 burden, where needed in a particular case, to 害者との平等を基本として、障害者が幸福 ensure to persons with disabilities the と生活の質を維持することを確実にするこ enjoyment or exercise of the quality of life and とを意味する。 wellbeing on an equal basis with persons without disabilities;

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“rehabilitation” refers to a process aimed at 「リハビリテーション」は、障害者が完全 enabling persons with disabilities to attain and な身体的、精神的、社会的及び職業的な能 maintain their full physical, mental, social and 力を身に付け、それを維持し、そして生活 vocational ability and full inclusion and のすべての面における、完全なインクルー participation in all aspects of life; ジョンと参加を目的とするプロセスのこと を称す。

“universal design” means the design of 「ユニバーサル二アザイン」は、特別な設 products, environments, programmes and 計や変更の必要のない、可能な限り、すべ services to be usable by all people, to the ての人々によって使用することができる製 greatest extent possible, without the need for 品、環境、プログラムの設計のことを意味 adaptation or specialized design and shall し、かつ必要が認められる特定の障害者群 include assistive devices for particular groups に対する自助具も含む。 of persons with disabilities where this is needed;

“private sector” refers to any person or body 「民間部門」は、政府あるいは州政府、政 whether corporate or unincorporate other than 府の省庁、団体や組織以外の人、法人、組 the Government or State Government, agencies, 織化されていないグループで、非政府組織 bodies or organization of the Governments, but として言及されているものを除いたもので excludes any reference to non-governmental ある。 organization.

PART II NATIONAL COUNCIL FOR 第二部 国家障害者審議会 PERSONS WITH DISABILITIES

National Council for Persons with Disabilities 第三条 国家障害者審議会

3. (1) A body to be known as National Council (1) 国家障害者審議会と称する団体は、この for Persons with Disabilities shall be 法律の目的のために設立されることと established for the purpose of this Act. する。 (2) The Council shall consist of the following (2) 審議会は以下の委員によって構成され members: ることとする。 (a) the Minister who shall be the Chairman; (a) 議長たる大臣 (b) the Secretary General of the Ministry (b) 副儀会長たる社会福祉と担当する省の responsible for social welfare, who shall be the 事務次官

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Deputy Chairman; (c) the Attorney General of Malaysia, or his (c)マレーシアの検事総長あるいはその代 representative; 理人 (d) the Secretary General of the Ministry (d) 財務を担当する省の事務次官 responsible for finance; (e) the Secretary General of the Ministry (e) 運輸を担当する省の事務次官 responsible for transport; (f) the Secretary General of the Ministry (f) 人的資源を担当する省の事務次官 responsible for human resources; (g) the Director General of Education; (g) 教育局長 (h) the Director General of Health; (h) 保健局長 (i) the Chairman of the Commercial Vehicle (i) 商業車両免許庁長官 Licensing Board; (j)not more than ten persons having appropriate (j) 大臣によって指名された、十名以下の experience, knowledge and expertise in 障害者に関係する問題や論点に適切な problems and issues relating to persons with 経験と知識と専門性を有する人々 disabilities to be appointed by the Minister. (3) The members of the Council appointed (3) 副条(2)によって任命された審議会の委 under subsection (2) may be paid such 員は大臣が決定する手当が支払われる allowances as the Minister may determine. こととする。 (4) A member of the Council appointed under (4) 副条 2(j)で指名された審議会の委員は paragraph (2)(j), unless he sooner resigns or 辞任するか、その職務を明け渡すか、あ vacates his office or his appointment is sooner るいは指名が取り消されるしない限り、 revoked, shall hold office for a term not 二年を超えない任期の間その地位を保 exceeding two years and is eligible for 持し、任期が二年間連続しない限り再任 reappointment for a term not exceeding two は妨げられない。 consecutive terms.

Alternate members 第四条 代理委員 4. (1) The Minister may appoint a person to be (1) 第三条(2)(d)(e)及び(f)によって任命さ an alternate member in respect of each member れたそれぞれの委員が、審議会の会議 appointed under paragraphs 3(2)(d),(e) and (f) に、理由のいかんを問わず参加できな to attend, in place of that member, meetings of い場合には、大臣はその委員の代わり the Council if that member is for any reason に他の人を代理委員として指名するこ unable to attend. とができる。 (2) When attending meetings of the Council, (2) 審議会の会議に出席するときには、代

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an alternate member shall for all purposes be 理委員はすべてに関して審議会の委員 deemed to be a member of the Council. として見なされることとする。 (3) An alternate member shall, unless he sooner (3) 代理委員は、本人が委員を辞任するか resigns his membership or his appointment is あるいは任命が取り消されるかしない sooner revoked, cease to be an alternate 限り、その代理委員が代理を務める委 member when the member in respect of whom 員が審議会の委員でなくなった際に、 he is an alternate member ceases to be a その代理委員もその資格を失うことと member of the Council. Revocation of する。 appointment

5. The Minister shall revoke the appointment of 第五条 解任 a member of the Council appointed under 大臣は第三条(2)(j)によって任命された審議 paragraph 3(2)(j). 会の委員を解任することができる。

(a) if his conduct, whether in connection with (a) 審議会の委月としての義務に関する his duties as a member of the Council or ことで、あるいは他のことで、その委 otherwise, has been such as to bring discredit 員の行動が審議会に不名誉をもたら on the Council; すような場合。

(b) if there has been proved against him, or he (b) 委員に関して以下のことが証明され has been convicted on, a charge in respect of. たり、犯罪を犯したり、起訴されたり した場合。

(i) an offence involving fraud, dishonesty or (i) 詐欺、不正、道徳的な堕落に関する moral turpitude; 犯罪 (ii) an offence under a law relating to (ii) 汚職に関する法律の下の犯罪、ある corruption; or いは、 (iii) any other offence punishable with (iii) 懲役刑を伴う他の犯罪 imprisonment; (c) if he becomes a bankrupt; or (c) 破産した場合。あるいは、 (d) if he becomes of unsound mind or is (d) 委員が精神疾患になった場合、あるい otherwise incapable of discharging his duties. はその他の義務を遂行することがで Cessation of membership きなくなった場合。 6. A member of the Council appointed under 第六条 委員職の喪失

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paragraph 3(2)(j) shall cease to be a member. 第三条(2)(j)の下に任命された審議会の委員 は以下の場合、委員ではなくなる。 (a) if he is absent from three consecutive (a) 委員が三回連続して審議会の会議を、 meetings of the Council without leave of the 議長の許可なしに欠席した場合。 Chairman; (b) if his appointment is revoked; (b) 委員の任命が取り消された場合。 (c) if he dies; or (c) 委員が死亡する場合、あるいは、 (d) if he resigns his office by giving one month (d) 大臣に書面にて一カ月の通知を経て notice in writing to the Minister. 辞職した場合。

Meetings of Council 第七条 審議会の会議 7. (1) The Council shall meet at least three (1) 審議会はその機能を遂行するために、 times a year for the performance of its 議長が決定する時間と場所において、 functions at such time and place as the 年に最低三回は開催されることとする。 Chairman may determine. (2) Eleven members shall form the quorum of a (2) 11 名が審議会の会議の定足数である。 meeting of the Council. (3) The Chairman shall preside over all its (3) 議長がその会議のすべてを取り仕切る meetings. こととする。 (4) If the Chairman is unable for any reason to (4) もし議長が、理由の如何を問わず、審 preside any meeting of the Council, the meeting 儀会の会議を取り仕切ることができな shall be presided by the Deputy Chairman. い場合には、会議は副議長によって取 り仕切られることとする。 (5) The Council may invite any person to attend (5) 審議会は、審議会の会議や討議にそこ any meeting or deliberation of the Council for で議論される内容に助言を求めるため the purpose of advising it on any matter under に、いかなる人でも招待することがで discussion, but that person shall not be entitled きる。しかしその人は会議において投 to vote at the meeting. 票する権利は有していない。 (6) At any meeting of the Council, the (6) 審議会の会議においては、議長は審議 Chairman shall have a deliberative vote and の投票を行うこととし、投票が同数の shall, in the event of an equality of votes, have 場合には議長が最終決裁権を有するこ a casting vote. ととする。 (7) Any person invited under subsection (5) (7) 副条(5)下に招待された人は、大臣の権 may be paid such allowance as the Minister 限により手当が支払われることがあり may determine. うる。 (8) Subject to the provisions of this Act, the (8) この法律の条項に従って、審議会は会

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Council may make regulations for regulating its 議とその進め方を決める規則を制定する meetings and proceedings. ことができる。

Secretary to the Council 第八条 審議会の書記 8. The Director General of Social Welfare shall 社会福祉局長は審議会の書記となることと be the Secretary to the Council. する。

Functions of the Council 第九条 審議会の機能 9. (1) The functions of the Council shall be as (1) 審議会の機能は以下の通りとする。 follows: (a) to oversee the implementation of the (a) 障害者に関係する国家政策及び国家 national policy and national plan of action 行動計画の施行状況を監視すること。 relating to persons with disabilities; (b) to make recommendations to the (b) 障害者の支援、介護、保護、リハビリ Government on all aspects of persons with テーション、開発及び福祉に関する事 disabilities including matters relating to the 項を含む障害者のすべての面に関し support, care, protection, rehabilitation, て政府に提案を行うこと。 development and wellbeing of persons with disabilities; (c) to co-ordinate and monitor the (c) 障害者の国家政策及び国家行動計画 implementation of the national policy and の施行について関係省庁、政府機関や national plan of action relating to persons with 団体あるいは組織及び民間部門と協 disabilities with relevant ministries, 力し、その施行を監視すること。 government agencies, bodies or organizations and the private sector; (d) to monitor and evaluate the impact of (d) 障害者の完全かつ有効な参加を達成 policies, programmes and activities designed to するために計画された政策、プログラ achieve full and effective participation of ム及び活動の影響を監視し、評価し、 persons with disabilities and in doing so may かつそれを行うために、必要な場合に enter into such arrangement with relevant は、関係省庁、政府機関や団体あるい ministries, government agencies, bodies or は組織及び民間部門との間に関係を organizations and the private sector as it deems 築くこと。 necessary; (e)to review the activities of all ministries, (e) 障害者に関する国家政策及び国家行 government agencies, bodies or organizations 動計画の施行に関係するすべての省 and the private sector that are involved in the 庁、政府機関や団体あるいは組織及

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organizations and the private sector that are び民間部門の活動を見直すこと。 involved in the implementation of the national policy and national plan of action relating to persons with disabilities; (f) to recommend to the Government changes (f) 障害者の社会への完全かつ有効な参 to the existing law as well as to propose new 加を達成するために、アクセスの促進 law in order to secure full and effective を促すことを含めて、新しい法律及び participation in society of persons with 現行法の改正を政府に提案すること。 disabilities, including to facilitate accessibility; (g) 社会を教育することを目的としたプ (g) to develop programmes and strategies ログラムと戦略を開発し、家族を含む aiming at educating the society and to raise 社会全体に障害者の能力と貢献に関 awareness throughout society, including at the する肯定的な考え方とさらに大きな family level, regarding persons with disabilities 社会的認識を促進することを含む意 including their capabilities and contributions in 識を喚起し、障害者の権利と尊厳を尊 order to promote positive perception and 重すること。 greater social awareness and to foster respect for the rights and dignity towards persons with disabilities; (h) to adopt effective and appropriate measures (h) 障害者の技能、長所及び能力の認知を to promote recognition of the skills, merits and 促進し、職場及び労働市場に貢献する abilities of persons with disabilities, and of ための有効かつ適切な施策を採用す their contributions to the workplace and the ること。 labour market; (i) to foster at all levels of the education system, (i) 幼児期の子どもを含むすべての段階 including in all children from an early age, an での教育において障害者の権利を尊 attitude of respect for the rights of persons with 重する姿勢を養成すること。 disabilities; (j) to advise the Government on the issues of (j) 国際レベルにおける開発を含む障害 disabilities including developments at the の問題について政府に助言を行うこ international level; と。 (k) to collect and collate data and information, (k) 障害者に関係する情報の収集と照合、 and undertake and promote research relating to 及び調査研究の実行と促進を行うこ persons with disabilities; と。 (l) to promote the development of initial and (l) ハビリテーション及びリハビリテー continuing training for professionals and staff ション業務に従事する専門家と職貞 のための研修を開始し、継続するた

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working in habilitation and rehabilitation めの研修を開始し、継続するための開 services; 発を促進する。 (m) to promote employment opportunities and (m) 労働市場における障害者のための雇 career advancement for persons with 用機会及び昇進を促進すること。同様 disabilities in the labour market, as well as に、障害者が非障害者と平等に雇用を assistance in finding or obtaining employment 見つけ、獲得する補助を行うこと。 on equal basis with persons without disabilities; and (n) to perform any other functions as directed (n) この法律の厳密な施行のために大臣 by the Minister for the proper implementation が指示する他の機能を遂行すること、 of this Act.

(2) The Council shall have all such powers as (2) 審議会はこの法律の下の機能を遂行す may be necessary for, or in connection with, or るために必要な、あるいは関係する、 incidental to, the performance of its functions あるいは偶発的に起こる事項に関して under this Act. Council to be assisted by the すべての権限を有することとする。 Department 10. The Council shall be assisted by the 第十条 局によって支援を受ける審議会 Department in the performance of its functions 審議会はこの法律の下にその機能を遂行し、 and the exercise of its powers under this Act. 権限を行使する際に、局による支援を受け Establishment of committees ることできる。

11. (1) The Council may establish such 第十一条 委員会の設立 committees as it deems necessary or expedient (1) 審議会はこの法律の下の役割を遂行す to assist it in the performance of its functions ること及び権限を行使することを補完 and the exercise of its powers under this Act. するために必要な場合には、委員会を設 (2) A committee established under subsection 立することができる。 (1). (2) 副条(1)の下に設立される委員会は、 (a) shall be chaired by any member of the (a) 第三条(2)(b)から(i)で特定される審 Council specified under paragraphs 3(2)(b) to 議会の委貞が議長となる。 (i); (b) shall conform to and act in accordance with (b) 審議会によって与えられる指示に従 any direction given to it by the Council; and って、それに適合するよう行動する。 (c) may determine its own procedure. (c) 独自の手続きを決めることができる。 (3) Members of the committees established (3) 副条(1)の下に設立された委員会の委員 under subsection (1) may be appointed from は、審議会の委員の中から、あるい

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amongst members of the Council or such other は審議会が適切と判断する他の人を任 persons as the Council thinks fit 命することができる。 (4) Except for members of the committee (4) 審議会の委員の中から任命された委員 appointed from amongst members of the 会の委員以外で、委貞会の委月として任 Council, any other persons appointed as 命された人は、大臣の決定によって、手 members of the committees may be paid such 当が支払われることがありうる。 allowance as the Minister may determine. (5) A member of a committee shall hold office (5) 委員会の委員は任命状の中で規定され for such a term as may be specified in his letter る任期の間、その職務を継続し、再任は of appointment and is eligible for 妨げられない。 reappointment. (6) The Council may revoke the appointment of (6) 審議会は委貞会の委員の任命を、理由を any member of a committee without assigning 示すことなく、取り消すことができる。 any reason for the revocation. (7) A member of a committee may, at any time, (7) 委員会の委員は委貞会の委貞長に書面 resign by giving notice in writing to the による通知を送ることでいつでも辞職 chairman of the committee. することができる。 (8) The Council may, at any time, discontinue (8) 審議会はいつでも委貞会の組織を解散 or alter the constitution of a committee. あるいは変更することができる。 (9) A committee shall hold its meetings at such (9) 委員会は委員会の委貞長が決定する時 times and places as the chairman of the 間と場所で会議を開催することとする。 committee may determine. (10) A committee may invite any person to (10) 委員会は議論される事項について助言 attend any meeting of the committee for the を受ける目的で、委員会の会議に出席 purpose of advising it on any matter する人を招待することができる。しか under discussion but that person shall not be しその人は会議において投票すること entitled to vote at the meeting. はできない。 (11) Any person invited under subsection (10) (11) 副条(10)によって招待された人は大臣 may be paid such allowance as the Minister が決定する手当を支払われることがあ may determine. りうる。

Delegation of functions and powers 第十二条 機能と権限の委任 12. (1) The Council may, subject to such (1) 審議会が、強制することが適切と思う条 conditions, limitations or restrictions as it 件、制限、制約に従うなら、第四十三条 deems fit to impose, delegate any of its の下の規則を作る権限を除いて、その機 functions and powers, except the power to 能と権限を以下の者に委任することが

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make regulations under section43, to- できる。 (a) the Chairman of the Council; (a) 審議会の議長 (b) any member of the Council appointed under (b) 第三条(2)(b)から(i)で任命された審議 paragraph 3(2)(b) to (i); and 会の委員、そして (c) a committee established under section 11. (c) 第十一条の下に設立された委員会 (2) Any person or committee delegated with (2)機能と権限を委任された人や委員会は、 such functions and powers shall conform and 審議会によって強制されるすべての条件 have regard to all conditions and restrictions 及び制約、審議会によって特定されるす imposed by the Council and all requirements, べての必要条件、手続き及び事項を遵守 procedures and matters specified by the かつ尊重する。 Council. (3) Any function or power delegated under this (3) 本条の下の委任された機能と権限は、 section shall be performed and exercised in the 審議会の名により、かつ審議会に代わ name and on behalf of the Council. って遂行、実施されることとする。 (4) The delegation under this section shall not (4) 本条の下の委任は、いかなる時でも審 preclude the Council itself from performing or 議会が自身で、他に委任した機能と権 exercising at any time any of the delegated 限の行使と実施を行うことを妨げるも functions and powers. のではない。

13. (1) In performing its functions under this 第十三条 審議会の法律改正の提案 Act, it shall be the responsibility of the Council (1) この法律の下にその機能を遂行するな to recommend to the Government changes かで、審議会は、政府に対して、アクセ required to be made to any law or to propose スの促進を促すこと、あるいは審議会が the provision of new law in order to secure full 必要かつ便宜を図るべきと考える他の and effective participation in society of persons 事項を含む、障害者の社会への完全かつ with disabilities, including to facilitate 有効な参加を達成するために、法律の改 accessibility or any other matter as it deems 正を提言し、あるいは新しい法律の制定 necessary or expedient. を提案する責任がある。 (2) For the purposes of making any (2) 副条(1)の下に提言を行う目的のために、 recommendation under subsection (1), the 審議会は、 Council. (a) shall consult the relevant ministries, (a) 関係する省庁、政府機関や団体あるい government agencies, bodies or organizations; は組織に意見を求める。あるいは or (b) may consult the private sector or any (b) 審議会が必要と考えるとき、民間部門 non-governmental organization as it deems あるいは非政府組織にも意見を求め。

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necessary or expedient to do so. (3) 副条(1)の下に提言あるいは提案を作成 (3) In formulating its recommendation or するなかで、審議会は副条(2)に従って proposal under subsection (1), the Council shall 行う意見聴取のなかで、関連性があると have regard to such policies, information and 思われる政策、情報、及び他の留意点に other considerations received during the 対して配慮することとする。 consultation pursuant to subsection (2) that appear to it to be relevant. Responsibility of the Government

14. The responsibility and obligation to be 第十四条 政府の責任 discharged by the Government under this Act この法律の下に政府によって実行される責 shall be in furtherance of its policy relating 任と義務は、障害者に関係する政策の推進 to persons with disabilities and shall be so であり、以下のことによって実行すること discharged. とする。 (a) by taking into consideration the available (a) 利用可能な資金及び人材及びその他の financial and human resources and such other 関連する事項を考慮に入れることによ factors as may be relevant; and って、そして (b) in compliance with the provisions of the (b) 連邦憲法及びその他の関連する法律を Federal Constitution and other written laws as 遵守しながら。 may be relevant. Responsibility of relevant ministries, etc.

15. It shall be the responsibility and obligation 第十五条 関連省庁などの責任 of every relevant ministries, government 以下は、すべての関連する省庁、政府機関 agencies or bodies or organizations. や団体あるいは組織の責任と義務である。 (a) to co-operate with and assist the Council in (a) この法律の下に審議会が機能を遂行す the performance by the Council of its functions るなかで、審議会に協力し、助力する under this Act; こと。 (b) to give due consideration to the national (b) 障害者に関係する政府の国家政策及び policy and national plan of action of the 国家行動計画を然るべく考慮すること。 Government relating to persons with そして、 disabilities; and (c) to undertake steps, measures or actions (c) 他の法律あるいは障害者に関するその required to be taken by it in such form or 他のものの下に規定される様式あるい manner as may be provided for under any other は方法で必要とされる手順、措置ある written law or otherwise relating to persons いは行動を起こすこと。

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with disabilities.

Responsibility of the private sector and 第十六条 民間部門及び非政府組織の責任 non-governmental organization 以下は民間部門と非政府組織の責任と義務 16. It shall be the responsibility and obligation である。 of the private sector and non-governmental organization. (a) to co-operate with and assist the Council in (a) この法律の下に審議会が機能を遂 the performance by the Council of its functions 行するなかで、審議会に協力し、助 under this Act; 力すること。 (b) to give due consideration to the national (b) 障害者に関係する政府の国家政策 policy and national plan of action of the 及び国家行動計画を然るべく考慮 Government relating to persons with すること。そして、 disabilities; and (c) 他の法律あるいは障害者に関する (c) to undertake steps, measures or actions その他のものの下に規定される様 required to be taken by it in such form or 式あるいは方法で必要とされる手 manner as may be provided for under any other 順、措置あるいは行動を起こすこと。 written law or otherwise relating to persons with disabilities.

Follow up 第十七条 フォローアップ 17. (1) The Council may require the relevant (1) 審議会は関係する省庁、政府機関や団 ministries, government agencies or bodies or 体あるいは組織に対して、この法律の organizations to submit reports to the Council 規定に従うためになされる、必要とさ on steps, measures and actions required to be れる段階、措置及び行動についての報 undertaken by them in complying with the 告書を、審議会が特定する周期で提出 provisions of this Act at such intervals as するように求めることができる。 the Council may specify. (2) It shall be the duty of the relevant ministries, (2) 副条(1)に言及されている、関係する省 government agencies or bodies or organizations 庁、政府機関や団体あるいは組織がそ referred to in subsection (1) to submit full れらによって実施される段階、措置あ reports regarding the progress of steps, るいは行動の進捗状況の完全な報告書 measures or actions undertaken by them and の提出は義務であり、そのような報告 such report shall be given until the conclusion 書はその結論が出るまで継続して提出 thereof. されることとする。 (3) The Council may require the relevant (3) 審議会は関係する省庁、政府機関や団

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体あるいは組織に、もし審議会が手順、 general direction and supervision of the ministries, government agencies or bodies or 措置あるいは行動の進捗が不十分ある organizations to provide explanation if the いは不満足であると考えたときには説 Council is of the opinion that the progress of 明を求めることができる。 steps, measures or actions is inadequate or unsatisfactory.

18. The Government shall allocate the Council 第十八条 資金 with adequate funds annually to enable the 政府は審議会がこの法律の下の機能を遂行 Council to perform its functions under this Act. するのに十分な資金を毎年予算配分するこ ととする。

Annual reports 第十九条 年次報告書 19. The Council shall furnish to the Minister, 審議会は大臣に対して、及び大臣に指示 and such public authority as may be directed by された公的権威に対して、その報告書の the Minister an annual report of all its activities 関連する年次の間のすべての活動に関す during the year to which the report relates. る年次報告書を提出することとする。

PART III APPOINTMENT OF REGISTRAR 第三部 総登録官などの任命及び障害者の GENERAL, ETC., AND REGISTRATION OF 登録 PERSONS WITH DISABILITIES Appointment and duties of Registrar General 第二十条総登銀官及び登録官の任命と義務 and Registrar

20. (1) The Minister shall for the purposes of (1) 大臣はこの法律の目的のために、以下の this Act appoint. 者を任命する。 (a) a Social Welfare Officer in charge of the (a) 総登録官として局を担当する社会福祉 Department as Registrar General; 担当官 (b) a Social Welfare Officer from the (b) 副総登録官として局に属する社会福祉 Department as Deputy Registrar General; 担当官 (c) a Social Welfare Officer from the (c) それぞれの州及び連邦直轄地のための Department as a Registrar for each State and 登録官として局に属する社会福祉担当 Federal Territory; and 官 (d) such number of Assistant Registrars for any (d) 大臣が決定する人数の地域と地区のた district or area as the Minister may determine. めの副登録官 (2) The Registrar General shall be under the (2) 総登録官は社会福祉局長の全般的な指

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示と監督の下に置かれ、そして総 Director General of Social Welfare and the 登録官はこの法律の下の障害者の登 Registrar General shall exercise general control 録に関係するすべての事項の全般的 and supervision over all matters relating to the な管理と監督を行うこととする。 registration of persons with disabilities under this Act. (3) The Deputy Registrar General, Registrar (3) 副総登録官、登録官及び副登録官は総 and Assistant Registrars shall be under the 登録官の全般的な指示と監督の下に general direction and supervision of the 置かれる。 Registrar General. (4) The Registrar General shall have the powers (4) 総登録官はこの法律によって与えら and exercise the functions conferred on him by れた権限を持ち、機能を実行する。不 this Act, and in his absence, such powers and 在の場合には権限と機能を副登録官 functions may be had or exercised by the が実行することができる。 Deputy Registrar General. (5) Subject to the direction, control and supervision of the Registrar General, the (5) 総登録官の指示、管理及び監督に従い、 Deputy Registrar General or Registrar may 副総登録官あるいは登録官はこの法 exercise all the powers and functions conferred 律によって総登録官によって与えら on the Registrar General by or under this Act. れる権限と機能を実行することがで (6) Subject to the direction, control and きる。 supervision of the Registrar, an Assistant Registrar shall assist the Registrar in the (6) 登録官の指示、管理及び監督に従い、 exercise of his powers and the performance of 副登録官は、登録官が任命された地域 his functions in the area of which he is における権限の行使と機能の遂行を appointed. 支援する。 (7) Appointment of the Registrar General, (7) この条における総登録官、副総登録官、 Deputy Registrar General, Registrar and 登録官及び副登録官の任命は官報に Assistant Registrar under this section shall be 告示されることとする。 published in the Gazette.

Register of Persons with Disabilities 第二十一条 障害者の登録 21. (1) Every Registrar shall keep and maintain (1) すべての登録官は障害者の登録を行い a Register of Persons with Disabilities. かつ維持する。

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(2) The Minister may make regulations (2)大臣は障害者の登録を行いかつ維持する for the keeping and maintenance of ために規則を制定することができる。 Register of Persons with Disabilities and そしてその規則は障害者の各種情報の such regulations may include provisions 変更、あるいは死亡したり、障害者で to authorize the Registrar or Assistant なくなった人の氏名の削除を行うこと Registrar to update the Register by による登録の更新を、登録官あるいは making changes to the particulars of the 副登録官が行う権限を与える条項を含 persons with disabilities or to delete the むことができる。 names of persons with disabilities who have died or ceased to be persons with disabilities. Application for registration 第二十二条 登録の申請 22. (1) Application for registration as persons (1) 障害者としての登録の申請は審議会に with disabilities shall be made to the Council. 対して行うこととする。 (2) The Minister may make regulations for the (2) 大臣は障害者の登録及び偶発的なすべ registration of persons with disabilities and for ての事項のために規則を制定すること all matters incidental thereto. ができる。 (3)Without prejudice to the generality of (3) 副条(2)の一般効力を失うことなく、そ subsection (2), the regulations may. の規則は以下のような事項を含むこと (a) prescribe the procedure to be followed in ができる。 making an application for registration; (a) 登録の申請を行う際に従うべき手続き (b) prescribe who may be registered as persons を規定する。 with disabilities and who ceases to be (b) 誰を障害者として登記することができ registered as persons with disabilities; and るのか、あるいは誰が障害者としての (c) prescribe the manner of issuance and 登記を抹消されるのかを規定する。 cancellation of Kad OKU. (c) 障害者カードの発行と取り消しの方法 を規定する。 Power of Registrar to call for additional 第二十三条 追加の文書あるいは情報を document or information 請求する登録官の権限 23. (1) The Registrar may, in relation to any (1) 第二十二条の下になされる申請に関連 application made under section 22, call for such して、登録官が特定する期間内に申請 additional document or information to be 者によって提出されるべき追加の文書 supplied by the applicant within the period to と情報を請求することができる。 be specified by the Registrar. (2) 申請を行う人が、登録官が特定する期 (2) Where a person making an application 間内あるいは登録官が延長した期間内 fails to supply the additional document or に、追加の文書あるいは情報を提供す

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information called for within the specified ることができない場合には、その申請は period or such other period as may be 新規の申請を行うという権利を損なう extended by the Registrar, the application ことなく取り下げられたと見なされる。 is deemed to have been withdrawn without prejudice, however to a fresh application being made. Registration and refusal to register 第二十四条 登録及び登銀の拒否 24. (1) After considering an application under (1) 第二十二条の下の申請及び第二十三条 section 22 and any additional document or に従って提出された追加の文書と情報 information supplied pursuant to section 23, if を審査した後、登録官は、 any, the Registrar shall. (a) register a person to be a person with (a) 申請を行った人が障害者であるという disability if he is satisfied that the person who 条件を満たした場合、その人を障害者 is the subject of the application is a person with として登録する。 disability; or (b) refuse to register a person as a person with (b) もしその人が障害者でないという条件 disability if he is satisfied that the person is not を満たした場合、その人を障害者とし a person with disability. て登録することを拒否する。 (2) A person aggrieved by the decision of the (2) 副条(1)(b)の下で登録官の決定によって Registrar under paragraph 1(b) may appeal to 権利を損なわれた人は大臣に上訴する the Minister and the decision of ことができる。そして大臣の決定が最終 the Minister shall be final. 的なものとなる。

Issuance of Kad OKU 第二十五条 障害者カードの発行 25. (1) The Registrar shall issue a person who (1) 登録官は障害者として登録した人に障 is registered as a person with disability a Kad 害者カードを発行することとする。 OKU. (2) A Kad OKU issued under subsection (1) (2) 副条(1)の下に発行された障害者カード shall, unless proved to have been cancelled, be は、それが取り消されない限り、この法 conclusive evidence for all 律の下にその人が障害者として正式に purposes that the person has been duly 登録されたことの最終的な証拠となる。 registered as a person with disability under this Act. (3) The Kad OKU shall be surrendered to the (3) 障害者カードはその人が障害者でなく Registrar when a person ceases to be a person なった際に、登録官に返還しなければな with disability. らない。

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PART IV 第四部 障害者の生活の質と福祉の促進と PROMOTION AND DEVELOPMENT OF 開発 THE QUALITY OF LIFE AND WELLBEING OF PERSONS WITH DISABILITIES Chapter I Accessibility 第一章 アクセスの可能性 Access to public facilities, amenities and 第二十六条 公共の施設、設備及びサービ services and buildings ス及び建物へのアクセス 26. (1) Persons with disabilities shall have the (1) 障害者の安全が守れない状況の存在や right to access to and use of, public facilities, 緊急性の問題はあるが、障害者は非障害 amenities, services and buildings open or 者と平等に開かれたあるいは一般に提 provided to the public on equal basis with 供された公共施設、設備、サービス及び persons without disabilities, but subject to the 建物にアクセスし、かつ使用する権利を existence or emergence of such situations that 有する。 may endanger the safety of persons with disabilities. (2) For the purposes of subsection (1), the (2) 副条(1)の目的のために、政府及び公共 Government and the providers of such public の施設、設備、サービス及び建物の提供 facilities, amenities, services and buildings 者は、適切な考慮を行い、そして公共施 shall give appropriate consideration and take 設、設備、サービス及び建物及び関係す necessary measures to ensure that such public る器機の改良が障害者のアクセスと使 facilities, amenities, services and buildings and 用を促進するためのユニバーサル・デザ the improvement of the equipment related インとなっていることを確実にする必 thereto conform to universal design in order to 要な措置を講ずることとする。 facilitate their access and use by persons with disabilities.

Access to public transport facilities 第二十七条 公共の交通機関へのアクセス 27. (1) Persons with disabilities shall have the (1) 障害者は非障害者と平等に開かれたあ right to access to and use of public transport るいは一般に提供された公共の交通機 facilities, amenities and services open Persons 関、設備及びサービスを利用する権利を with Disabilities 有する。

(2) For the purposes of subsection (1), the (2) 副条(1)の目的のために、政府及び公共 Government and the providers of such public の交通機関、設備及びサービスの提供者 transport facilities, amenities and services shall は適切な考慮を行い、そして施設、設備、 give appropriate consideration and take サービスが障害者のアクセスと

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necessary measures to ensure that such 使用を促進するためのユニバーサル二 facilities, amenities and services conform to アザインとなっていることを確実にす universal design in order to facilitate their る必要な措置を講ずることとする。 access and use by persons with disabilities.

Access to education 第二十八条 教育へのアクセス 28. (1) Persons with disabilities shall not be (1) 障害者は障害を理由に一般教育制度か excluded from the general education system on ら除外されてはならない。そして非障 the basis of disabilities, and children with 害児者との平等の観点から、障害児は、 disabilities shall not be excluded from 職業研修や生涯教育を含む、幼稚園あ pre-school, primary, secondary and higher るいは保育園、小学校、中学校及び高 education, on equal basis with persons or 等教育から除外されてはならない。 children without disabilities, including vocational training and lifelong learning. (2) The Government and private educational (2) 政府及び私学は障害者と障害をもつ子 providers shall, in order to enable persons and どもが教育を受けることができるよう children with disabilities to pursue education, に、障害児者の必要に合った、設備、 provide reasonable accommodation suitable 器機及び教材、教授法、カリキュラム、 with the requirements of persons and children 及び障害児者の多様化した必要を満た with disabilities in terms of, among others, すための適切な便宜を提供しなければ infrastructure, equipment and teaching ならない。 materials, teaching methods, curricula and other forms of support that meet the diverse needs of persons or children with disabilities. (3) The Government and private educational (3) 政府及び私学は、以下のことを含む障 providers shall take appropriate steps and 害児者が教育への完全かつ平等な参加 measures to enable persons and children with を促進するために、生活及び社会的発 disabilities to learn life and social development 達の技能を学ぶことができるような適 skills in order to facilitate their full and equal 切な段階と措置を講じなければならな participation in education including the い。 following: (a) to facilitate the learning of Braille, (a) 点字、代替文字、付加的及び代替的形 alternative script, augmentative and alternative 態、手段、コミュニケーションの様式 modes, means and formats of communication やオリエンテーション及び移動の技 and orientation and mobility skills, and 術、ピアサポートや助言を促進するこ facilitating peer support and mentoring; と。

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(b) to facilitate the learning of Malaysia Sign (b) マレーシア手話を学ぶこととろう者 Language and the promotion of the linguistics のコミュニティの言語的アイデンテ identity of the deaf community; and ィティの普及を促すこと。 (c) to ensure that the education of persons, and (c) 障害者、特に子ども、視覚障害者、ろ in particular children, who are blind, deaf or う者あるいは盲ろう者に対する教育 deaf-blind is delivered in the most appropriate において、学力及び社会的な能力の開 languages and modes and means of 発が最大限行われるよう、個人のため communication for the individual, and in に最も適切な言語、様式及びコミュニ environments which maximize academic and ケーションの手段、そして、環境の中 social development で実施されること。

Access to employment 第二十九条 雇用へのアクセス 29. (1) Persons with disabilities shall have the (1) 障害者は非障害者と平等に雇用される right to access to employment on equal basis 権利を有している。 with persons without disabilities. (2) The employer shall protect the rights of (2) 雇用者は、非障害者と平等に、同様の仕 persons with disabilities, on equal basis with 事には平等の機会と平等の報酬、安全及 persons without disabilities, to just and び健康的な労働条件、嫌がらせからの保 favourable conditions of work, including equal 護及び苦情事項の改善などを含む、公平 opportunities and equal remuneration for work でよりよい労働条件を持って、障害者の of equal value, safe and healthy working 権利を保護することとす。 conditions, protection from harassment and the redress of grievances. (3) The employer shall in performing their (3) 雇用者は障害者の安定した雇用を促進 social obligation endeavour to promote stable するための社会的な義務と努力を遂行 employment for persons with disabilities by するなかで、的確に障害者の能力を評価 properly evaluating their abilities, providing することによって、適切な雇用の場を提 suitable places of employment and conducting 供し、適切な労務管理を行うこととする。 proper employment management. (4) The Council shall, in order to promote (4) 審議会は民間における障害者の雇用を employment of persons with disabilities in the 促進するために、代替行動プログラムや private sector, formulate appropriate policies 他の措置を含む適切な政策や措置を作 and measures which may include affirmative 成することとする。 action programmes and other measures. (5) The Council shall promote opportunities for (5) 審議会は労働市場における障害者のた training for persons with disabilities in the めの研修の機会と、自営、企業活動、協

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labour market as well as opportunities for 同組合の開発、自分のビジネスの開 self employment, entrepreneurship, the 始及び在宅でできる仕事の機会の創出 development of cooperatives, starting one’s を促進する。 own business and creating opportunities to work from home. (6) For the purposes of this section, “employer” (6) この条における「雇用主」とは政府も含 includes the Government. まれる。

Access to information, communication and 第三十条 情報、コミュニケーション及び technology 技術へのアクセス 30. (1) Persons with disabilities shall have the (1) 障害者は非障害者と平等に情報、コミュ right to access to information, communication ニケーション及び技術へアクセスする and technology on equal basis with persons 権利を有する。 without disabilities. (2)The Government and the provider of (2) 政府及び情報、コミュニケーション及び information, communication and technology 技術の提供者は、障害者が情報、コミュ shall in order to enable persons with disabilities ニケーション及び技術へアクセスする to have such access, provide the information, ために、異なった障害に対してそれぞれ communication and technology in accessible 適切にアクセスできる様式及び技術を formats and technologies appropriate to 適時かつ追加料金なしで提供すること different kind of disabilities in a timely manner とする。 and without additional cost. (3) The Government and the private sector shall (3) 政府及び民間部門はマレーシア手話、点 accept and facilitate the use of Malaysia Sign 字、付加的及び代替的コミュニケーショ Language, Braille, augmentative and alternative ンそして公式な交信において、障害者が communication, and all other accessible 選択するすべてのアクセス可能なコミ means,modes and formats of communication of ュニケーションの手段、方法、方式を受 their choice by persons with disabilities in け入れ、それを促進する。 official transactions.

Access to cultural life 第三十一条 文化的生活へのアクセス 31. (1) Persons with disabilities shall have the (1) 障害者は非障害者と平等に文化的生活 right to access to cultural life on an equal basis にアクセスする権利を有する。 with persons without disabilities. (2) Persons with disabilities shall have the right (2) 障害者は以下の事項へのアクセスを享 to enjoy access. 受する権利を有する。

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(a) to cultural materials in accessible formats; (a) アクセス可能な方式による文化的資 (b) to television programmes, films, theatre and 料 other cultural activities, in accessible formats; (b) アクセス可能な方式によるテレビ番 and 組、映塑劇場及び他の文化活動、そ (c) to places for cultural performances or して services such as theatres, museums, cinemas, (c) 文化公演あるいは劇場、博物館、映画 libraries and tourism services, and, as far as 館、図書館及び記念碑や国の文化的に possible, to monuments and sites of national 重要な場所の観光などのようなサー cultural importance. ビス (3) The Council shall take appropriate measures (3) 審議会は、障害者が自分たちのためだけ to enable persons with disabilities to have the でなく、社会を豊かにするために障害者 opportunities to develop and utilize their の創造的、芸術的及び知的な可能性を開 creative, artistic and intellectual potential, not 発し、利用する機会を持つことを可能に only for their own benefit, but also for the するための適切な措置を構ずることと enrichment of society. する。 (4) Persons with disabilities shall be entitled on (4) 障害者は非障害者と平等に、マレーシア equal basis with persons without disabilities to 手話及びろう者の文化を含む障害者特 recognition and support of their specific 有の文化、及び言語的アイデンティティ cultural and linguistic identity, including の認知と支援を受ける権利を有する。 Malaysia Sign Language and deaf culture.

Access to recreation, leisure and sport 第三十二条 レクリエーション、レジャー 及びスポーツへのアクセス 32. (1) Persons with disabilities shall have the (1) 障害者は、障害者の安全を脅かすかもし right to participate in recreational, leisure and れない状況の存在や緊急度という限界 sporting activities on an equal basis with はあるが、レクリエーション、レジャー persons without disabilities but subject to the 及びスポーツの活動に非障害者と平等 existence or emergence of such situations that に参加する権利を有する。 may endanger the safety of persons with disabilities. (2) The Council shall take appropriate (2) 審議会は以下の適切な措置を講じるこ measures. ととする。 (a) to encourage and promote the participation, (a) 通常のスポーツ活動のすべてのレベル to the fullest extent possible, of persons with に障害者が、可能なかぎり完全に参加 disabilities in mainstream sporting activities at することを奨励し、促進すること。 all levels;

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(b) to ensure that persons with disabilities have (b) 障害者が障害者用のスポーツとレクリ an opportunity to organise, develop and エーションの活動を組織し、開発し、 participate in disability specific sporting and 参加する機会を持つことを確実なもの recreational activities and, to this end, にし、最終的には非障害者と平等に適 encourage the provision, on an equal basis with 切な指導、研修及び社会資源の提供が persons without disabilities, of appropriate なされることを推進すること。 instruction, training and resources; (c) to ensure that persons with disabilities have (c) 障害者がスポーツ、レクリエーション access to sporting, recreational and tourism 及び観光の場所にアクセスできること venues; を確実にすること。 (d) to ensure that children with disabilities have (d) 学校制度の中の活動を含む遊び、レク equal access with other children without リエーション及びレジャー及びスポー disabilities to participation in play, recreation ツ活動参加へのアクセスを非障害児と and leisure and sporting activities, including 平等に障害児に提供することを推進す those activities in the school system; and ること。 (e) to ensure that persons with disabilities have (e) 障害者のレクリエーション、レジャー、 access to services from those involved in the スポーツ活動及び観光に関する機関の organization of recreational, leisure, sporting サービスへのアクセスを確実にするこ activities and tourism. と。

Chapter 2 第二章 ハビリテーション及びリハビリテ Habilitation and rehabilitation ーション 33. (1) The Council, the private healthcare 第三十三条 ハビリテーション及びリハビ service provider and non-governmental リテーション organization shall take effective and (1) 審議会、民間の医療介護業務提供者及び appropriate measures to enable persons with 非政府組織は、障害者が最大限の自立、 disabilities to attain and maintain maximum 完全な身体的、精神的、社会的及び職業 independence, full physical, mental, social and 的能力、及び生活のすべての面でのイン vocational ability and full inclusion and クルージョンと参加を獲得し、維持する participation in all aspects of life. ことができるように有効かつ適切な措 置を構ずることとする。 (2) For the purposes of subsection (1), the (2) 副条(1)の目的のために、審議会、民間 Council, the private healthcare service provider 医療介護業務提供者及び非政府組織は and non-governmental organization shall 包括的なハビリテーション及びリハビ organize, strengthen and extend comprehensive リテーションのサービスとプログラム habilitation and rehabilitation services and を組織し、強化し、拡張する。特に、保

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programmes, particularly in the areas of health, 健、雇用、教育及び社会的サービスに employment, education and social services, in おいて、個人のニーズと長所の多面的 such a way that these services and programmes な調査を元に、そのようなサービスや begin at the earliest possible stage and are プログラムをできるだけ早くに開始す based on the multidisciplinary assessment of ることとする。 individual needs and strengths. (3) The Council, the private healthcare service (3) 審議会、民間医療介護業務提供者及び非 provider and non-governmental organization 政府組織は、ハビリテーション及びリ shall promote the availability, knowledge, and ハビリテーションに関係する自助具や use of assistive devices and technologies 障害者のために設計された技術や知識 designed for persons with disabilities as they またその利用を促進することとする。 relate to habilitation and rehabilitation. (4) The Council, the private sector and (4) 審議会、民間医療介護業務捷使者及び非 non-governmental organization shall take 政府組織は、活発な地域社会への参加 appropriate measures to promote and を通して、障害者が自分の地域社会に strengthen community-based rehabilitation おいて早期介入やリハビリテーション、 programme to provide early intervention, また研修などが受けられるよう、地域 rehabilitation and training for persons with 社会に根ざしたリハビリテーション・ disabilities in their own community through プログラムを促進し、強化するための active community participation. 適切な措置を講ずることとする。

In-home, residential and other community 第三十四条 在宅及び他の地域社会支援業 support services 務 34. The Council, the private sector and 審議会、民間医療介護業務提供者及び非政 non-governmental organization shall take 府組織は、地域社会から障害者が孤立した appropriate measures to encourage and promote り分離したりすることを防ぐために、一連 the provision of a range of in-home, residential の在宅及び他の地域社会支援業務の供給の and other community support services to 奨励と促進のための適切な措置を講じるこ prevent isolation or segregation of persons with ととする。 disabilities from the community.

Chapter 3 Health 第三章 保健 Access to health 第三十五条 保健へのアクセス 35. (1) Persons with disabilities shall have the (1) 障害者は非障害者と平等に保健を享受 right to the enjoyment of health on an equal する権利を有する。 basis with persons without disabilities.

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basis with persons without disabilities. (2) The Council, the private sector and (2) 審議会、民間医療介護業務提供者及び非 non-governmental organization shall take 政府組織はジェンダー配慮のもと、リハ appropriate measures to ensure persons with ビリテーションを含む保健サービスへ disabilities have access to health services, の障害者のアクセスを確実にするため including health related rehabilitation, that are に適切な措置を講じることとする。 gender sensitive.

Prevention of further occurrence of disabilities 第三十六条 障害の進行の防止 36. (1) The Government and the private (1) 政府及び民間医療介護業務提供者は、以 healthcare service provider shall make 下を含む障害者にとって不可欠な保健 available essential health services to persons 業務を提供することとする。 with disabilities which shall include the following: (a) prevention of further occurrence of (a) 障害の進行の防止、予防接種、栄養、 disabilities, immunization, nutrition, 環境的保護及び維持及び遺伝に関す environmental protection and preservation and るカウンセリング、そして genetic counselling; and (b) early detection of disabilities and timely (b) 障害の早期発見及び障害に対して適 intervention to arrest disabilities and treatment 切に対処するための時宜に適った介 for rehabilitation. 入、及びリハビリテーションのための 治療 (2) In taking measures to prevent further (2) 障害の進行を防止するために、政府は以 occurrence of disabilities, the Government 下のことを行うこととする。 shall. (a) undertake or cause to be undertaken surveys, (a) 障害の発生の原因に関する調査、究明、 investigations and research concerning the 研究を実施する、もしくは他機関に依 cause of occurrence of such disabilities; and 頼する。 (b) sponsor or cause to be sponsored awareness (b) 啓発キャンペーンを支援するか、依頼 campaigns and disseminate or cause to be する、そして障害の原因及び採用され disseminated information on causes of るべき予防施策及び一般的な衛生措 disabilities and the preventive measures to be 置、保健及び公衆衛生の情報の告知に adopted and on general hygiene, health and 努める、もしくは、他機関にその実施 sanitation. を依頼する。

Availability of health personnel 第三十七条 保健に関わる人材の供給

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37. (1) Any private sector and (1) 障害者に施設での治療・介護を提供して non-governmental organization providing いる民間部門及び非政府組織は、言語聴 institutional care for persons with disabilities 覚士、理学療法士及び作業療法士、ある shall have in its employment speech therapist, いは大臣がその民間組織の必要と能力、 physiotherapist and occupational therapist, or 業務の頻度、他の関連する要素を考慮に such health personnel as the Minister may 入れて必要と考えられる、保健に関わる deem necessary after taking into account the 人材を雇用することとする。 requirements and capabilities of such private institution, frequency of services and such other factors as may be relevant. (2) For the purposes of subsection (1), such (2) 副条(1)の目的のために、そのような民 private institution. 間組織は、 (a) registered under the Care Centres Act 1993 (a)一九九三年制定のケア施設法 [法律 [Act 506], shall within six months of the 五〇六]の下に登録している施設は、 coming into operation of this Act submit to the この法律の施行から六カ月の間に雇 Council the number of such personnel in their 用している人材の人数を審議会に提 employment; or 出することとする。 (b) applying to be registered under the Care (b)一九九三年制定のケア施設法 [法律 Centres Act 1993 shall on and after the coming 五〇六]の下に登録しょうとする施設 into operation of this Act, は、この法律が施行された時あるいは 後に、事業を開始する前に、雇用して いる人材の人数を審議会に提出する こととする。 (3) Notwithstanding subsection (1), the (3) 副条(1)に関わらず、大臣は障害者に施 Minister may exempt any private sector or 設における治療・介護を提供する民間部 non-governmental organization providing 門あるいは非政府組織が保健に関わる institutional care for persons with disabilities, 人材を雇用することを、大臣が必要と思 as he deems fit and necessary, from having う場合には、免除し、その代わりにその in-house health personnel in their employment 民間施設へ保健に関わる人材が走期的 and instead may allow periodic visit of such に訪問することで許可することもあり health personnel to such private institution. うる。

Chapter 4 第四章 障害者の保護 Protection of persons with severe disabilities Lifelong protection and social support system 第三十八条 生涯保護及び社会支援制度 38. (1) The Government shall provide the (1) 政府は、重度障害者がよりよい生活

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necessary lifelong protection and social support の質が得られるよう、重度障害者の福 system including ensuring that the welfare of 祉がその人の両親あるいは介護者の persons with severe disabilities remain 死の後も影響を受けないようにする unaffected after the death of their parents or ことを確実にすることを含めて、必要 their caregivers in order to enable the persons な社会支援制度を提供することとす with severe disabilities to lead a better quality る。 of life.

(2) Any non-governmental organization (2) 重度障害者に対し、施設での治療・介 intending to provide or providing institutional 護を提供したり、しようとしている非 care for persons with severe disabilities or the 政府組織あるいは重度障害者の介護 caregivers for persons with severe disabilities 者は、そのような治療・介護を提供す may make an application for an incentive for るための優遇措置の申請を審議会に providing such care to the Council in such form 対して規定される書式と方法で申請 and manner as may be prescribed. することができる。 (3) The Council may, if it is satisfied that the (3) 審議会は、非政府組織や副条畑に言及 application of the non-governmental されている介護者の申請が検討され、 organization or caregivers referred to in 認可されれば、財務を担当する大臣の subsection (2) should be considered, grant such 承認により適切であると思われる優 incentive as it deems appropriate with the 遇措置を与える。 approval of the Minister responsible for finance.

Meaning of “persons with severe disabilities” 第三十九条 重度障害者の意味 39. For the purposes of this Chapter, “persons この章においては、「重度障害者」とは、一 with severe disabilities” means a person つ以上の障害を被り、基本的な日常生活の suffering from one or more disabilities who is 活動を他者に依存している人のことを意味 dependent on others for basic daily living する。 activities

Chapter 5 Situations of risk and humanitarian 第五章 危険な状況及び人道的緊急事態 emergencies Access to assistance 第四十条 援助へのアクセス 40. (1) Persons with disabilities shall have the (1) 障害者は非障害者と平等に、戦争及び自 right to have assistance on equal basis and 然災害を含む、危険な状況及び人道的緊 recognition with persons without disabilities in 急事態においては援助と認知を受

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situations of risk and humanitarian emergencies, ける権利を有する。 including armed conflict and the occurrence of natural disaster. (2) The Government shall take all necessary (2) 政府は、法的及び行政的な制度の中で、 measures to ensure persons with disabilities to 危険な状況及び人道的緊急事態におい have the right of assistance in situations of risk ては障害者が援助を確実に受けること and humanitarian emergencies by way of legal ができるように、すべての必要な措置を as well as administrative mechanism. 構ずることとする。

PART V GENERAL 第五部 総則 Protection against suit and legal proceedings 第四十一条 訴訟及び法的手続きに対する 保護 41. No action, suit, prosecution or other 以下の者に対して、いかなる裁判所におい proceedings shall lie or be brought, instituted or ても告訴、訴訟、起訴、あるいは他の手続 maintained in any court against. きが提出されたり、あるいは継続したりす ることはない。 (a) the Government; (a) 政府 (b) the Minister; (b) 大臣 (c) the Council; (c) 審議会 (d) any member of the Council or any member (d) 審議会の委員あるいは委員会の委員、 of a committee; or あるいは (e) any other person lawfully acting on behalf (e) 審議会の正式な代理として行動する of the Council, 人 in respect of any act, neglect or default done or 上記の者による全ての行動、無視、あるい committed by him or it in good faith or any は不履行がよい意図を持って行われた場合 omission omitted by him or it in good faith in に関して適用される。 such capacity.

Public Authorities Protection Act 1948 第四十二条 一九四八年制定 公的権威保 42. The Public Authorities Protection Act 1948 護法 [Act 198] shall apply to any action, suit, 一九四八年制定公的権威保護法[法律一九 prosecution or proceedings against the 八]は、政府、大臣、審議会、審議会の委員、 government, council or any member of the 委員会の委員、あるいは審議会の代理人に council, any member of a committee or agent 対して、その人の行動、無視、不履行、あ of the council in respect of any act, neglect or るいは行ったことに対して適用されること default done or omitted by it or him in such とする。

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Capacity.

Power to make regulations 第四十三条 規則の制定の権限 43. (1) The Minister may make regulations as (1) 大臣はこの法律の規定を実行するため appear to him to be necessary and expedient to に必要であると思う規則を制定するこ carry out the provisions of this Act. とができる。 (2) Without prejudice to the generality of the (2) 副条の(1)で付与されている権限の一般 powers conferred by subsection (1), the 性を損なうことなく、大臣は以下の目的 Minister may make regulations for all or any of のすべてあるいは一部のために規則を the following purposes: 制定することができる。 (a) to regulate the management of institutions (a) 障害者のために設立される施設の運営 established for persons with disabilities; の規則を決めるため (b) to regulate the management of institutions (b) 重度障害者のために設立される施設の established for persons with severe disabilities; 運営の規則を決めるため (c) to process and regulate the registration of (c) 障害者の登録の過程及び規則及びそれ persons with disabilities and such matter に関連して発生する事項について決め relating or incidental thereto; るため (d) to prescribe any other matter required or (d) この法律の下に規定されることが求め permitted to be prescribed under this Act; and られているか、許されている他の事項 の規則を決めるため。そして、 (e) to provide for any other matter which the (e) この法律にとって必要であると大臣が Minister deems expedient or necessary for the 思う他の事項の規則を決めるため purposes of this Act. Things done in anticipation of the enactment of this Act

44. All acts and things done on behalf of the 第四十四条 この法律の施行を前提に行っ Government or the Council in preparation for た事項 or in anticipation of the enactment of this Act もしこの法律の一般的な意図及び目的に合 and any expenditure incurred in relation thereto 致している行動や事項であるならば、この shall be deemed to have been authorized under 法律の施行を前提に、あるいは準備として this Act, provided that the acts and things done 政府あるいは審議会のために行ったすべて are consistent with the general intention and の行動と事項及びそれらに関係して発生し purposes of this Act; and all rights and た費用はこの法律によって認められたと見 obligations acquired or incurred as a result of なされる。そして、それらに関係する支出 the doing of those acts or things including any を含む、それらの行動や事項を行った結果

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expenditure incurred in relation thereto shall on として獲得したり、発生したりしたすべて the coming into operation of this Act be の権利や義務は、この法律が施行された際 deemed to be the rights and obligations of the に、政府あるいは審議会の権利及び義務で Government or the Council. あると見なされる。

Savings and Transitional 第四十五条 救済措置及び移行期間 45. (1) Any person who immediately before the (1) この法律が施行される直前に社会福祉 coming into operation of this Act is registered 局に障害者として登録した人は、この法 as a person with disability with the Department 律の施行時にこの法律の下で障害者と of Social Welfare shall, on the coming into して登録されたと見なされる。 operation of this Act, be deemed to be a person with disability registered under this Act. (2) Any person with disability to whom an (2) この法律が施行される直前に社会福祉 identification card has been issued by the 局から身分証明書が発行された障害者 Department of Social Welfare immediately には、この法律の下に障害者カードが発 before the coming into operation of this Act 行される。 shall be issued a Kad OKU under this Act. (3) All registers relating to registration of (3) この法律が施行される直前に社会福祉 persons with disabilities kept and maintained 局に障害者として登録し、それが維持さ by the Department of Social Welfare れている登録は、この法律の施行時に、 immediately before the coming into operation この法律の下で登録が維持されており、 of this Act shall, on the coming into operation 障害者登録の一部であると見なされる。 of this Act, be deemed to be registers kept and maintained under this Act and shall be deemed to form part of the Register of Persons with Disabilities.

Prevention of anomalies 第四十六条 変則の防止 46. (1) The Minister may, by order, make such (1) 大臣は、審議会の機能の遂行及びその権 modifications in the provisions of this Act as 限の行使に関することのみについては、 may appear to him to be necessary or expedient この法律の施行までに予想される困難 for the purpose of removing any difficulty を除去する目的のために必要であると occasioned by the coming into operation of this 判断した場合、この法律の規定の変更を Act only as regard to the performance of the 命令によって行うことができる。 functions and the exercise of the powers by the Council.

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(2) The Minister shall not exercise the powers (2) 大臣は法律の施行から二年が経過した conferred by this section after the expiration of 後は本条で付与されている権限を行使 two years from the date of coming into することはできない。 operation of this Act. (3) In this section, “modifications” means (3) 本条の中の「変更」とはこの法律の規定 amendments, additions, deletions and の改正、追加、削除、補足を意味する。 substitutions of any provision of this Act.

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謝辞

最後に、本稿の完成までにお世話になった多くの方々に、心を込めて厚くお礼を申し上 げたい。 まず、晴れて本稿の完成に至ることができたことを、神様に感謝する。恵まれた環境、 優しい方々の支援、素晴らしい大学並びに教員の方々の教えがあったからこそ、本稿の完 成にこぎつけることができた。 次に、本稿の執筆の過程でご指導・ご支援くださった金沢大学の「2 人の主任指導教員」、 井上英夫先生と森山治先生、および副指導教員の横山壽一先生、石田道彦先生にお礼を申 し上げたい。主任指導教員の井上英夫先生には、特に多くのご指導をいただき、またご心 配をおかけした。また、日頃からご指導してくださった多くの先生方、高橋涼子先生、真 鍋知子先生、奥田睦子先生、伍賀一道先生、田中純一先生、稲角光恵先生、吉川一義先生、 そして調査や資料収集の際にご助言、ご協力下さった久野研二先生、小林明子先生、鄭鐘 和先生、村田隆史先輩、井口克郎先輩、中山嘉先輩、Dr. Denison Jayasooria、マレーシアの 障害のある人の団体のリーダーおよび会員たち、社会福祉局、人権委員会、弁護士会の方々 (この場で名前をすべて挙げられないことをお詫びします)などにお礼を申し上げたい。 このような多くの方々からご指導・ご支援を受けていたのだから、本来ならば本研究は もっと円滑に進行しかつ内容もより充実したものに仕上がってもよいはずであった。研究 内容に不十分な点が多々あることは私個人の責任である。 またこの場を借りて、日本の文部科学省にもお礼を申し上げる。文部科学省からの奨学 金のお蔭で、私は日本での生活で多くの貴重な経験を積むことができ、研究に専念するこ とができた。また、この奨学金の財源は日本国民の税金である。よって、日本国民の皆さ んにお礼を申し上げたい。本研究がマレーシアと日本両国の社会保障の発展、および両国 の交流に少しでも寄与することができれば幸いである。 最後に、本稿を執筆するにあたり、いつも傍らで支えてくれた夫泰運、お母さん、お父 さん、義理のお母さん、義理のお父さん、お姉さん、お兄さん夫婦と義理のお兄さん夫婦、 そして世界一可愛い息子建希にお礼を言いたい。

2013 年 6 月

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