Special Issue ウェブ連動のメディア技術 vol no 67 2 1 「HTML5」とは何か ~“Open Web Platform”がテレビに与えるインパクト~ 芦村和幸† キーワード Web標準,Open Web Platform,HTML5,Web and TV,MMIアーキテクチャ 用されてきた.一方で,時代とともにウェブで扱うコンテ 1 ま え が き ンツは多様化し,マルチメディア対応かつインタラクティ 時代とともにウェブで扱うコンテンツは多様化してマル ブなコンテンツの需要が飛躍的に増加した結果,ウェブコ チメディア対応かつインタラクティブなコンテンツの需要 ンテンツは,単なる「ウェブページ」から「ウェブアプリケー が飛躍的に増加し,単なる「ウェブページ」から「ウェブア ション」へと変遷を遂げ,さらに,その利用環境も携帯機器 プリケーション」へと変遷を遂げた.本稿では,まず,ウ や家電機器へと範囲を広げており,これにより,ウェブコ ェブ技術とW3Cによるその国際的標準化について概観し ンテンツを従来の方法で表現することが難しくなってきて た上で,マルチメディア対応かつインタラクティブなウェ いる. ブアプリケーション構築のための開発プラットフォームと 開発者はこのようなウェブ利用の進化に合わせるため, してW3Cの提唱する“Open Web Platform”について解説 独自の手法を使って対応するようになっていったが,それ する.また,その中心的な存在でありW3Cで策定作業の が逆にコンテンツ普及の妨げになるという面も合わせ持っ 進むHTML5仕様の最新状況について報告する.さらに, ていた.そこで,2008年に新しいウェブアプリケーション 近年ますます広がりを見せるウェブアプリケーション用の 記述言語としてHTML55)6)の策定が開始され,近年では さまざまな端末機器の例としてテレビに着目し,W3Cで進 PCのみならず,iPhone, Android等,いわゆるスマートフ む Web and TVの検討状況について説明する.その上で, ォンを含めた各種デバイスにおけるウェブアプリケーショ 将来的にニーズが高まると予想される,家電機器を含めた ンの利用が広がっている. 各種機器とクラウドサービスの連携を柔軟かつ透過的な形 2.2 W3Cによるウェブ技術の標準化 で実現するための標準的フレームワークとして,W3C World Wide Web Consortium(W3C)1)は,ウェブの可 MMIアーキテクチャを紹介する. 能性を最大限に導き出すことを目的として,ウェブ技術発 明者であるTim Berners-Leeにより創設された産業コンソ 2 ウェブ技術とW3Cによる国際標準化 ーシアムであり,アメリカのマサチューセッツ工科大学計 2.1 ウェブ技術の変遷 算機科学人工知能研究所(MIT/CSAIL),フランスに本部 ウェブは世界中で共通的に利用されるがゆえに,その相 を置く欧州情報処理数学研究コンソーシアム(ERCIM), 互運用性(Interoperability),国際化(Internationalization), および日本の慶應義塾大学という3ホスト機関により共同 入出力方法の多様性(Multi-Modality),および利用者への親 運営されている.W3Cはウェブの発展と相互運用性確保に 和性(Accessibility)を保証する必要があり,そのために, 必要な各種標準仕様の策定に取組んでいるが,特に2008年 W3C1)等による国際的な技術標準化が現在も継続して行われ からは,新しいウェブアプリケーション記述言語として ている.そのウェブへのアクセス方法としてウェブブラウ HTML5の策定が開始され,関連する多種多様な ザが開発され,各種端末上の表示装置およびブラウザ・ソ JavaScript APIを利用した非常に強力なウェブアプリケー フトウェアの差分を吸収するため,そして開発者が容易に ションの記述が可能となっている. ウェブアプリケーションの開発を行うことができるように, 以下では,W3Cにおける標準化の取組みのポイントとし Hypertext Markup Language(HTML)2)~4)が標準化され利 て,「W3CグループとW3Cワークショップ」および「W3C 勧告文書」について概説する.なお,これらの点を含め, †慶應義塾大学 大学院政策・メディア研究科/World Wide Web Consortium (W3C) W3Cの活動内容の詳細については,“ W3C Process "The Open Web Platform: Impacts of Web technologies including Document”7)に規定されている. HTML5 on Smart TVs" by Kazuyuki Ashimura (Graduate School of Media and Governance, Keio University, Fujisawa/World Wide Web 2.2.1 W3CグループとW3Cワークショップ Consortium (W3C)) W3Cの標準仕様策定活動は,図1に示す通り,Working 92 (12) 映像情報メディア学会誌 Vol. 67, No. 2, pp. 92~97(2013) » Special Issue « 縡「HTML5」とは何か ~“Open Web Platform”がテレビに与えるインパクト~ Document Document Translations Translations Document Recommendation Maintenance Press Activities, Testimonials Publication of Endorsement Web Standard Proposed Technical Reviews, Technical Reviews, Recommendation Tests, Pilot Tests, Pilot Technical Reviews, Technical Reviews, Implementations Recommendation Implementations Tests, Pilot Tests, Pilot W3C Members W3C Members Track Work Implementations Candidate Implementations Technical Submissions, Recommendation Charter Reviews, Delegation of Experts, Public Public Patent Policy Technical Reviews Technical Reviews Invited Experts Last Call Working Group Commitments Working Draft Formation Organizations, Technical Delegation of Submissions, Invited Technical Reviews Technical Reviews Experts Experts Working Draft(s) CG/BG/IG Workshop Delegation of Technical Submissions, Experts, Technical Reviews Technical Reviews Experts Sponsor First Public Working Draft 図1 W3C Groups and W3C Workshop 図2 W3C Recommendation Track Group(WG),Interest Group(IG),Business Group(BG), に最初に公開される草案 Community Group(CG)等のグループ単位で取組まれる. (2)草案(Working Draft; WD): FPWDからLCWDに WGが具体的な技術仕様やガイドラインの策定を行う一方 至る過程で随時更新される草案 で,IGは仕様策定の基礎となる要求仕様項目の検討を行う. (3)最終草案(Last Call Working Draft; LCWD):一通 また,BGはウェブ技術のビジネス応用に関する議論を行 り技術的な問題を解決して仕様が固まりWG内で合 い,CGはW3C以外の標準化団体や各種ウェブコミュニテ 意が得られた最終的な草案 ィ等との連携を含めた基本検討を行う.各グループではそ (4)勧告候補(Candidate Recommendation; CR):実装試 れぞれ一人,もしくは複数の議長が選出され,標準化議論 験期間(仕様書に規定された全機能について,2件以 および仕様策定スケジュールの管理等を行う.なお,各グ 上の実装が必要) ループには世界中の(あらゆるタイムゾーンの)技術者が参 (5)勧告案(Proposed Recommendation; PR):W3C会員 加しており,参加者全員が直接集まっての打ち合わせ による投票期間 (Face-to-Face会議)を頻繁に開催することは時間的・金銭 (6)勧告(Recommendation; Rec):技術統括責任者 的に困難であるため,標準仕様策定の作業は,主にメーリ (W3C Director)の承認を経て勧告として公開 ングリスト,およびIRC(Internet Relay Chat)を併用した 3 「HTML5」とは何か 電話会議により行われる.ただし,年に数回程度はFace- to-Face会議を行い,仕様検討の詳細について綿密な意識 3.1 HTMLの変遷 合わせを行う. 1989年にHTMLのもとになるハイパーテキストシステム なお,各グループの議論において,グループ参加者以外 が Tim Berners-Leeにより開発され,1990年に最初の の技術者からも広く応用事例や要求項目に関する意見を集 HTMLが規定されるとともに,最初のウェブブラウザおよ める必要が生じた場合,「W3Cワークショップ」と呼ばれ びウェブサーバが作成された.また,1991年には最初の公 るグループ参加者以外にも公開された会議を開催し意見の 開版HTML関連文書(“HTML Tags”)が開示された.さら 集約を行う. に,1993年にBerners-LeeおよびDan Connollyが最初の 2.2.2 W3C勧告文書 HTML仕様(いわゆる“HTML 1.0”)8)を IETFに提出し, W3Cで策定する標準仕様文書は,図2に示す通り,以下 1994年にIETF内にHTML Working Groupが設立される の6段階を経てW3C勧告として公開される.なお,最終草 とともに,1995年に「最初のウェブブラウザ実装のための 案(LCWD)以降に,仕様書の内容に本質的な(Substantial) 標準」として“HTML 2.0”(RFC 1866)が公開された.その 変更が加えられた場合,最終草案(LCWD)として公開し 後,1996年に HTMLの仕様策定がWorld Wide Web 直す必要がある. Consortium(W3C)へ移管され,1997年1月にHTML3.29), (1)公開草案初版(First Public Working Draft; FPWD): 1997年12月にHTML 4.010),1999年12月にHTML 4.0111), 当該活動領域における仕様策定をW3C内外に示すため そして2000年1月にXHTML1.012)がW3C勧告化された. (13) 93 » Special Issue « 特集:ウェブ連動のメディア技術 図3 Open Web Platform Specifications(引用:Mozilla Japan Dynamis's Slides) 一方で,2004年より,Mozilla Foundation, Apple, Opera ・Video15)およびAudio16):プラグインを使わずに動画 Software等のブラウザベンダがWeb Hypertext Application や音声を再生 Technology Working Group(WHATWG)13)を設立し,次 ・Canvas15):2次元画像描画 世代HTMLに関する検討を開始したが,その後,2008年 ・Drag & Drop15):画像およびテキストの移動・編集 になり,W3CとWHATWGの間でHTML5を共同して開 ・Web Socket15)17)18):インタラクティブなアプリケー 発することの合意が成立し,HTML5がW3C Working ション構築に必要な,リアルタイムかつ全二重の通信 Draftとして公開された.なお,W3Cでは,HTML5およ ・Web Storage15):ローカルクライアント上のウェブブ びそれ以前のHTMLバージョンとの差分に関する詳細な資 ラウザ内でデータ保存 料“HTML5 differences from HTML4”14)を公開している. ・Web Workers15):ウェブブラウザ上でのマルチプロ 3.2 HTML5とOpen Web Platform セス 近年,より表現力豊かなウェブアプリケーションを実現 なお,本節の記述において,HTML5という用語に対して するための開発環境として「HTML5」が提案されている. 鈎括弧(“「“および”」”)を付与し「HTML5」と表現している 「HTML5」には,従前のHTMLが持つ基本的なGUI機能に が,これは,“HTML5”という用語が,最新のウェブ技術全 対して以下のような機能が追加されており,音声・動画等 般を参照する「バズワード」(一見,専門用語のようにみえる の動的な情報やウェブと利用者との相互的なやりとりに対 が具体性がなく明確な合意や定義のない用語)として広く使 応したものとなっているため,さまざまなウェブアプリケ われており,単に“HTML5”と言った場合,具体的に何を指 ーションでの利用が期待されている. すのかが曖昧であるためである.そこで,W3Cでは 94 (14) 映像情報メディア学会誌 Vol. 67, No. 2(2013) » Special Issue « 縡「HTML5」とは何か ~“Open Web Platform”がテレビに与えるインパクト~ “HTML5”という用語はあくまで“HTML5仕様”5)6)の意味 レビにおいては,コンテンツ記述とそのレイアウトのため で用い,HTML5仕様を中心とする各種ウェブ標準仕様を含 にウェブ技術が利用されるようになってきており,ウェブ めたウェブアプリケーション開発のためのプラットフォー の能力をさまざまな機器へ対応するよう拡張することが急 ムについては“Open Web Platform”(図3)という用語を用い 務とされている.さらに,テレビとタブレット端末等,複 るようにしている.したがって,本稿でも全般的に, 数の機器を連携させた高度なサービス(いわゆる「セカンド “HTML5”(鈎括弧なし)は「HTML5仕様」の意味で用い スクリーン」)に対するニーズも高まっており,開発者に負 「HTML5仕様を中心とする各種ウェブ標準仕様を含めたウ 担のかからない形で,ネットワーク越しに複数機器を連携 ェブアプリケーション開発のためのプラットフォーム」を指 させる仕組みが必要とされている. す用語としては“Open Web Platform”を用いるものとする. これに対してW3Cでは,まず,各機器の制御に必要な 3.3 HTML5仕様策定の近況 JavaScript APIを体系的に追加することによる機能拡張を 3.3.1 WHATWGとの関係性 行うとともに,複数機器を連携させる仕組みであるWeb 現在,W3CのHTML WGでは,500人を超える世界中の Intents等に関する仕様化を進めている.その一方でW3C 技術者が参加してWHATWGと協調しつつHTML55)6)の仕 Web and TV IG20)では,機器としてのテレビ,そして放 様策定に関する議論を行っているが,2012年7月, 送コンテンツの観点から,2011年2月より,ウェブとテレ WHATWGから「W3CとWHATWGとの役割分担」に関して, ビの連携に関する検討を進めている.Web and TV IGは, WHATWGメーリングリストおよびWHATWGのブログ上 ウェブ/放送/機器連携に関する技術的議論のための「場」と で,「WHATWGはHTML Living Standardを追求し,問題 して,ウェブサービスおよび放送サービスの関係性を含む, 点の修正や機能追加を随時行い,W3C HTMLWGは安定版 さまざまな既存の取組みを精査・分析することを目的とし Snap shopとしてのHTML5策定に専念する」旨が公表され ており,各種サービス提供のための具体的な要求仕様およ た.一方,W3C側も公式ブログ上で「WHATWGとの役割 び想定される解決方法の文書化を行っている. 分担の結果を受けてHTML5の2014年勧告化を目指し, 4.2 W3Cワークショップでの議論 W3C側でHTML5仕様の専任編集者および編集チームを選 ウェブとテレビのよりよい連携のための検討を進めるに 定する」旨を公表した.なお,これらは,2012年4月より あたっては,世界中の関連技術者から広く応用事例や要求 「HTML5の安定化計画」として推進されていた取組の結果で 項目に関する意見を集める必要性があるため,W3Cでは, あり,WHATWGとW3Cの協調関係に変わりはない. 今までに以下の三度のワークショップを開催している. 3.3.2 Plan 2014 (1)東京ワークショップ 21):2010年9月2~3日に慶應義 その後,2012年10月に,HTML5仕様書を2014年に 塾大学三田キャンパスにて開催.ウェブと機器の連 W3C Recommendationとして勧告化するための計画であ 携全般(セカンドスクリーン等)について議論. る,「Plan 2014」19)が W3Cより公表された.この中で, (2)ベルリン・ワークショップ 22):2011年2月8~9日に 2014年の第4四半期までの勧告化に間に合わない追加機能 ベルリンのFraunhofer-FOKUSにて開催.ウェブ上 は,あらためて「HTML 5.1」として整理し2016年の勧告化 のビデオ配信(Adaptive Streaming等)について議論. を目指すこと,そして機能追加にあたってはHTML5仕様 (3)ハリウッド・ワークショップ 23):2011年9月19~20 書そのものを拡張するのではなく,拡張機能をモジュール 日にハリウッドのユニバーサルスタジオにて開催. として切出した「Extension Specifications」として記述して テレビコンテンツ(Content Protection等)について いく方針が提案された.なお,「Extension Specifications」 議論. の機能については,必要性や記述の安定化度合に応じて, 4.3 タスクフォースによる詳細議論 HTML5仕様書に反映していくことができるものとされて Web and TV IGでは,上記ワークショップでの議論を受 いる.また,2012年11月にフランスのリヨンで開催され けて,専門委員会(タスクフォース)を設立した上で各技術 たW3C TPAC 2012会議にて,HTML WGのFace-to-face テーマごとに詳細な技術議論を行い,具体的な形で応用事 会議が開催され,「Plan 2014」に基づく標準化作業につい 例(Use Cases)および要求仕様(Requirements)を整理す て再確認された. るとともに,次世代のテレビサービスに必要とされる機能 と現状の技術との格差の分析を行った.また,その分析結 4 Open Web Platformがテレビに与えるイン 果に基づいて,どのような形で既存のウェブ標準を拡張す パクト るべきかの検討を行った. 4.1 Web and TV IGによるテレビ連携の検討 以下では,これまでのWeb and TV IGの取組みとして, 近年,ウェブアプリケーション利用のための入出力端末 「Home Networkタスクフォース」および「Media Pipeline はPCに限らず,携帯電話,電子書籍等,さまざまな機器 タスクフォース」の活動内容について概説したうえで,今 が利用されるようになってきている.また,ディジタルテ 後の取組み方針について述べる. (15) 95 » Special Issue « 特集:ウェブ連動のメディア技術 4.3.1 Home Networkタスクフォース ービスと連携し,高度な対話内容分析処理が可能なものも Home Networkタスクフォース(Home Network Task 提供され始めている. Force: HNTF)24)では,2011年5~8月の活動期間の間, 5.2 MMIアーキテクチャ ホームネットワークとウェブの統合に関する検討を行い, 上記したように,近年,タッチパネルによる手書き認識, その結果を“Requirements for Home Networking ビデオカメラやセンサによるジェスチャ認識,音声認識等 Scenarios IG Note”25)として公開した.なお,HNTFでの のさまざまな入出力モダリティが利用されるようになって 議論の成果は,W3CのDevice APIs WGおよびWeb Apps きているが,それらのモダリティ拡張は各アプリケーショ WGで共同設立した「Web Intentsタスクフォース」26)にて ン開発者が個々に実装する必要があり,開発者への負担が 継続審議されている. 大きい.これに対して,W3Cでは,Audio APIs, Speech 4.3.2 Media Pipelineタスクフォース APIs等,HTML5を中心としたウェブブラウザ側(クライ Media Pipelineタスクフォース(Media Pipeline Task アント側)での対処のための標準化を進める一方で,多様 Force; MPTF)27)では,2011年9月~2012年7月の活動期 な入出力モダリティとクラウドサービスとの連携を実現す
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